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迎学祭‐陣野隆司の場合‐

しばらく一話毎に視点がかわります。


 【自由を求めて】



 新入生や来賓、保護者が去った体育館で、ぼくら生徒会と迎学祭委員と教師陣が会場の後片付けを始めた。


 ぼくらが一般生徒より早く早く来たのはこのためだ。

 会場の片づけと続く迎学祭のための会場設営。面倒だけど仕事である以上、早く終わらせるに限る。


 会長や教師の指示の元、ぼくらは椅子を片付ける。


 ぼくは黙々と人一倍多く椅子を片付ける。


「なんだか張り切ってるね?」


 そう聞いて来たのは小里だった。

 これがほかの人なら口よりも手を動かしましょうと辛辣に返したかもしれない。

 しかし、小里はこういう作業では普段から人より多く作業をする。

 ぼくのように下心なしでそんなことをするような男なのだ。


 そんな小里である以上、ぼくも邪険にすることはできなかった。


「ぼくはこれが終わったら、後は自由だからね」

「ああ、そういえばそうだった」


 小里とぼくは去年同じクラスで、当然迎学祭の出し物も同じだ。


 迎学祭はすこし変わっていて、新年度になっても前年度のクラスで出し物をするのだ。

 故にクラス最後の思い出となり、そのためにこの行事に参加する人も少なくはない。


 ぼくは夏休みの課題の削減のためだけど。


「うん。悪いけど店の方はお願いするよ」

「分かった」


 去年のクラスのみんなには悪いが、ぼくは今日の仕込みのために一週間以上前から奔走していたのだから、お互い様だ。


 小里は微苦笑を浮かべた。


「また森田さんとデートか?」

「うん。迎学祭を一緒に回ろうって約束してるんだ」


 これもまた迎学祭の変わったところ。

 新入生を迎えるための行事のはずが、在校生もその出し物を楽しんでもよいのだ。

 やはり小さな学園祭というのが、この行事の本質的なものだろう。


「まあ精々楽しんでくれ」

「……そうさせてもらうよ」


 少し言葉が悪いがこれは彼なりの感謝と激励の言葉だと受け取って置いた。


 会場の片づけは予想よりも十分も早く終わり、急いでいたはずのぼくは、音衣が来るまで暇を持て余すことになった。



 【ハグタイム】



 待つこと十分。音衣の姿が校門から視認できた。


 初めて出会ってからもう二年以上が経っているにもかかわらず、相変わらず彼女は童顔で、栗毛の色合いが綺麗で、表情がコロコロ変わって可愛い。


 ぼくは大きく手を振り音衣を呼ぶ。


「音衣!」

「隆司君!」


 ぼくは腕を広げ、飛び込んでくる音衣を受け止めた。


「早いね。もうお仕事は終わったの?」

「うん。みんなが協力してくれたからね。だからこれから思いっきり楽しもう!」

「うんッ!」


 あははははと笑い合う。


「まだ、迎学祭、始まっていない」


 ぼそっと見知った男子生徒の声が響いた。


 惜しいが一旦音衣を離して、その声がした方へ二人して顔を向ける。


 そこには長い前髪で目のあたりが影になっていている少年が立っていた。


「赤井君?」

「朝から、二人して、お熱い」


 赤井智あかいさとし君。小里と同じように元クラスメイトだ。


「「いや~」」


 二人して頭を掻く。


「似たもの、カップル」


 今更ながら登校中の生徒がこっちをちらちら見ていることに気が付いた。校門の目の前で抱擁していたのだからそれも当然だ。


「それで、迎学祭はまだ始まってないって?」


 入学式が済んで片づけが終われば、もう迎学祭が始まっているはずだ。


 赤井君は首を振って、身に着けている腕時計を見せてくれた。


「あと、三十分は、準備時間」


「あ、そ、そうだった」


 すっかり忘れていたが、在校生は今登校してくるので、それに合わせた準備の時間が多少必要になる。それが今だった。


「陣野、一緒に行く」


 出し物の教室にみんな一度は集合しなければならないのだった。それはぼくも音衣も同じだった。


「ごめん。音衣。ぼく、ちょっとはしゃぎ過ぎてたみたい」

「いいよ。わたしも同じだし」


 えへへと笑う音衣が可愛過ぎて抱きしめる。

 むぎゅー。


「えへへ。隆司君……」


「二人とも、時間。わかってる?」


 赤井君は呆れながらも待っていてくれた。



 【計画通り】



 集合場所の二年の教室棟へ入り、自分たちのカフェを捜す。


 ぼくたちの出し物はカフェ。冷たいドリンクやケーキを提供する。

 仕込みは昨日のうちに終わっており、後は迎学祭が始まるのを待つだけだった。


 しかし、何やらカフェの教室が騒がしい。


 赤井君と顔を見合わせ、教室に入ると、クラスの中心的な女子が教師に食いかかっていた。


「なんでダメなんですか!?」

「申請書にないからだって、さっき説明しただろう?」


 教師の名は大川内忠志おおこうちただし。今年で三十路の男性教師だ。基本的には緩い教師で、多少の無茶なら面倒を見てくれる。いざって時には意外に頼りになる教師だ。


 一方女子生徒は梅郷京うめさとけい。このカフェの企画を実質取り仕切っていた生徒だ。


「いよ、遅かったね?」

「ちょ、ちょっとね」


 小里が声を掛けてきたが、まさか生徒会役員ともあろうものが行事のプログラムをど忘れしていたとも言えない。


「これ、どうした?」


 赤井君は目の前のやり取りを指さし、小里に尋ねた。


「うん。まあまずはあれを見てほしいんだけど……」


 といって小里が指さしたのはカーテンレールに引っかけられた服。


「あれって……あれだよね?」

「うん。あれだ」

「……メイド服?」


 赤井君の言った通りだった。シックな紺色をベースに純白のフリルたっぷりのエプロンが付いた給仕服。それは一般的にメイド服と呼ばれ、コスプレとしてもてはやされている。


「確か、ホールはエプロンを持参するか、発注したウェイトレスかウェイターの服を着るんじゃなかった?」


「うん。だけど、どうもウェイトレスの服の生成が間に合わなくなったらしい。だから急遽発注したあの服になった、……というていらしい」



「「てい?」」


 赤井君とぼくの言葉が重なる。


「うん。まあ僕も知ってたんだよ。梅郷さんたちがメイド服着たいって言ってたのは。でも先生と風紀委員会が公序良俗に反するからって、ダメになったんだよね。だから、似たようなウェイトレス服で我慢してもらう話だったのに……。勝手に業者に話を付けて、メイド服にするなんて……。せめて相談くらいしてよ……」


 何故か遠い目をしてぶつぶつと小里は呟き始めた。


「九十九は、確か迎学祭委員も務めてた」

「ああ、そういえば」


 不思議に思っていたぼくに赤井君がボソッと教えてくれた。


 迎学祭委員は学期の最後に二人が任意で立候補する。去年のぼくらのクラスは小里と、さっきから揉めている梅郷さんが担当していた。


「九十九。つまりはどういうこと?」

「ようするに一部のメイド服着たい女子が、みんなに秘密でメイド服を発注したってこと」

「予算はさほど余ってなかったはずだけど……」


 ぼくの質問にがっくりと小里はうなだれた。


「だから、男子のウェイター服はこれ、一着だけ」


 そう言って小里が指差したのは、ハンガーにかかった燕尾服。ウェイター服ではない。

 なるほど。つまり、男子生徒の制服代がメイド服に充てられたのか。


「しかもちゃっかり用意までしてるし……」


 小里が恨めしそうな瞳で見たのは『メイドカフェへようこそ! ご主人様!』と書かれた立て看板。


「絶対計画的犯行だ……」


 本当に何も聞かされてなかったのか、とぼくは少し小里に同情した。



 【厚意と厚意】



「ったく、やっちまったもんは仕方ねェ……」 


 折れた、というよりはもうあきらめたという方が正しいだろう。大河内教諭は頭をがりがり掻きながらため息を吐いた。


「服装だけは認めるが、ほかは当初の予定通りのサービス以上はするな。世間一般のメイドカフェなるものみたいな、奇妙なサービスは認められない」


 メイド服賛成の女子たちは「分かってまーす」と気の抜けた返事をした。


「小里、なんだったらぼくも手伝おうか?」

「いや、いいよ。問題はこれだけだし、男子はジャージか、制服で接客をしてもらえば解決する。まぁ汚れないように注意してもらわないといけないけど」


 まあ任せてよ、と小里は手で胸を打つ。


「分かったよ。でも、本当に大変な時はいつでも呼んでくれよ?」

「そんな無粋なことはしたくないんだけどね。まぁどうしようもなくなったら呼ぶよ」

「できれば、どうしようもなくなる前に呼んでほしいんだけどね」


 小里はきっとぼくたちのことを気遣ってくれているのだろう。

 ならここはその厚意に甘えて、ぼくはぼくで迎学祭を楽しませてもらおう。


 ぼくは友人に感謝しながら、時が過ぎるのを待った。


次回は執事になって、お嬢様と戯れて、迎学祭を廻ります。

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