九十九小里の新生活 3
今度こそ会長のありがたいお言葉
【カメラ小僧】
入学式の会場で、無駄に高い一眼レフのカメラを構え、僕は妹が入場するのを今か今かと待ちかねている。
そう、保護者席で。
保護者席で何故か学生服を来た僕がいるため、周りの保護者達は僕に不審な目を向けてくる。
だから嫌だったんだよ。
僕らの両親はよく言えば自由奔放、悪く言えば道楽で、しょっちゅう世界中を回っている。
どこにそんなお金があるのか知らないが、それでも金銭面で苦労したことはないので、文句も言えない。
そんな彼らは今はカンボジアあたりで何かしているらしい。
正直そんなことは昔からだったし、僕としては気にしていないのだが、一つ厄介なことを押し付けられた。
それは妹の写真を撮って寄越せというものだった。
そのために春休み前に最新型のカメラを買うためのお金を送ってきて、しかもきちんと試写させ、手振れやら何やらを強制させられてしまった。
というかこれ中学の入学と卒業の時もやらされたから、予想はしてたんだよね……。
苦笑を堪えていると妹のクラスの列が入場してきた。
僕はカメラをフォーカスを妹に合わせつつ、彼女がこちらに気づくのを待った。
妹が一瞬カメラをみて、自然な微笑みが零れた瞬間、僕はシャッターを切った。
【ドーターコンプレックス】
僕がこんな風に妹の思い出の写真を撮るのは全てあの両親が悪い。
あの両親は一つ年下の妹を溺愛している。
僕が愛されていないわけではないのだが、それを押して余りあるほどに妹を愛しすぎている。
念のため、僕は携帯のカメラで妹を撮影しておく。
ピロン、という場違いな音が響いたが、残念ながら僕のものだけではないので気にしない。
昨今の親は式典だろうがなんだろうが携帯のカメラを使うので困ったものだ。
などと一人思っていると、携帯のバイブレーションが電話着信を知らせた。
ディスプレイを見ると予想通りそこには父の名前が表示されていた。
できる限り姿勢を低くして、保護者席を抜け出して、体育館を出てから電話に出る。
「もしもし?」
『…………小里、……そっちはもう式は終わったのか?』
両親は世界中を飛び回っているせいで、電話にも数秒以上のラグが発生することもしばしば。
なので僕はあまり驚かずに質問に答えた。
「まだ始まってすらいないよ」
『……そうか……。……小里、もう写真は撮ったのか?』
「撮ったよ?」
『…………今から言うアドレスにPCメールに添付してそれを大至急送りなさい!』
「いや、だからまだ式が始まってすらいないんだよ?」
『我々は一向に構わん! 早く亜美の写真が見たいんだ!』
ラグを超越して反応が来たのにはさすがに驚かざるを得ない。
「いや、だから亜美が……」
『写真! 写真!』
両親がそろって写真コールを始めたのと同じくして、副校長の「御静粛にお願いします」と会場へマイクで話し始めていた。
「じゃ、携帯で撮った写真送るからそれで我慢して」
『エ~』
「訂正、我慢しろこのバカ親」
まだ何か反論がありそうだったが、無視して通話を終了した。そして、一応写メを送る。
国際料金だからバカみたいに携帯代が掛かるんだよなぁ。
妹を溺愛しているのはわかっているが、もう少し、亜美の気持ちを考えてやれってんだ。
体育館に戻り遠目で妹の様子をうかがう。
妹は空席になった僕の席を遠くからでもわかるほど不安げな顔で見ていた。
僕が小さく手を振ったのに気づくとひまわりのような笑顔を浮かべ、正面を向いた。
「それでは、ただいまより入学式を執り行います」
亜美の高校生になって初めてのイベントが始まった。
【会長のスピーチ】
入学式は順調に進み、僕は順調に眠たくなっていた。
どうしてこういう式のどうでもいい話ばかり長くて眠いのだろうか。いや、どうでもいいから眠いのかもしれないけど。
「それでは在校生を代表して、生徒会長、柊瑠璃君から新入生への言葉を送っていただきます」
途端に背筋を張って壇上を見た。
もし会長のスピーチで眠っていれば、これから一カ月はそのことでイジられる。それはさすがに勘弁願いたい。
会長、柊瑠璃さんは壇上に立って優雅に一礼してから、スピーチを始めた。
最初は定型の春の言葉と新入生を歓迎する言葉を述べる。
こうした式典で彼女の声を聴いていると、驚くほど澄んだ声に聞き惚れることが多々ある。
容姿だけでなくその声まで綺麗だというのだから、ホント、天はいくつ彼女に才を与えれば気が済むのだろう。
「さて、新入生の皆さん。みなさんは高校へ入学できてほっと一息ついているかもしれません。ですが、高校に入ってから三年であなたたちはまた進学のための受験や、就職活動に励まなければなりません。この高校生活ではそれらを心の底で考えて行ってください」
会長の言葉が、僕の胸に響いた。
そうだ。あの人は、それらをもうすぐ目の前に控えている。僕だって他人事じゃない。
進路を決めて、それに向かって励まなければならないんだ。
会長だって、普段はあんなのだけど、見えないところで頑張っているんだろう。
新入生のうちには少し不安そうな雰囲気が漂っていた。それとは違って教師陣は会長を称賛するような雰囲気を醸し出している。
それらをゆっくり眺めた後、会長は保護者席。つまりは僕らのいる場所を見た。
彼女と一瞬目があった。
僕には会長が微笑んでいるような気がした。
「でも、毎日毎日それを考えて高校生活を送るのはとても疲れることです。だからこそ、楽しんでください。友達や仲間とともにこの三年間の学生生活を、受験や就職活動も含めて、存分に謳歌してください! 以上で私から新入生への言葉とさせて頂きます」
優雅に一礼して、彼女はスピーチを締めくくった。
会場から割れんばかりの拍手が湧き起こる。
ホント、あの会長には叶わないな。
僕は一際大きな拍手を彼女に送り続けた。
次回は御片付け後に、カップルがいちゃいちゃして、メイド服がひらりします。