迎学祭‐柊瑠璃の場合‐
間違いなく青春を謳歌している方が御光臨です
【瑠璃と小里】
有栖川を風紀委員会から解放した私は、一路生徒会室を目指していた。
ここで風紀委員長と私の壮絶な知略と巧みな話術を駆使した駆け引きについて語るのもいいが、私にとってあまり面白くもないことなので、それは割愛させていただきたい。
既に時刻は一時近くになっている。
昼の休憩、あるいは飲食の出店の稼ぎ時も過ぎたため、迎学祭もますますヒートアップし始める頃合いだ。
残念だが、私はこれから生徒会室で事務作業に追われることになる。
例年、この時間帯には生徒会へ届けられる書類が激増する。
それは全体の三割を超える飲食系の出店がこの時間帯で品切れで営業終了してしまうため。
所詮学生が学祭でやるような店だ。客足なんて予想できないし、資金面でも限界がある。
確実に売れ残らない程度にしか品物を用意しない、というかできない。
それは当然だし、誰も文句は言えないだろう。
それによって私が書類整理に追われてしまうのも仕方がない。
メインのイベントには参加できない。ま、その分他のところで楽しませてもらうが。
生徒会室のある第一棟校舎と風紀委員会の詰所はそう離れていない。
ほんの数分で私は生徒会室の前まで辿り着いた。
私が引き戸の取っ手に触ろうとすると、扉が自動的に開かれた。
もちろん自動であるはずもない。内側から開けられたのだ。
「あ、会長。今お戻りですか」
目の前には生徒会書記の九十九小里が何ともばつの悪そうな顔で立っていた。
「……」
「か、会長?」
「どうして燕尾服じゃない⁉」
「いや、さすがに着替えに帰りましたよ……。会長からの指導も伝えないといけませんし」
む。それはそうか。ならば仕方があるまい。
しかし、それよりも……。
「……こうしてみると、意外に君は身長が高いのだな」
私は目の前の彼を見上げた。
大柄な体格ではないのだが、少し細長い印象を受ける。部屋に出入りするのにも気を付けていないと頭を打ちそうなほど彼は長身だった。
「はぁ。というかもう一年以上背はほとんど伸びてませんけど。会長と出会った時もこれぐらいでしたよ?」
「ふふふ。意外に私も君の事を知らないのだな」
彼はまだまだ私を楽しませてくれるのだろう。嗜虐趣味から知的好奇心までも満たしてくれる。私は良い書記を得たものだ。
「……何で笑ってるんですか?」
ふむ、九十九君には私の気持ちがわからなかったらしい。
「なんでもないさ。それより、君はこれから見回りかい?」
「ええ。まぁ何もなければそれが最上なのですけどね」
一応自由参加である迎学祭では、中にはとてもエキセントリックな出し物を行う輩がいる。私個人としてはそれはそれで面白いと思うのだが、危険を伴うものもあるため、こうして生徒会や風紀委員会からも見回りの人を出している。
見回りと言っても、出し物を見たり客として楽しませてもらったりするようなものだから、事務仕事の多い生徒会にとってはほとんど唯一迎学祭を楽しめる時間といっても過言ではないだろう。
しかし、君の場合は本当に見回って人を助けて回ったりするんだろうね。
「なんですか? そんな生暖かい目をして」
「いや、君は本当、不器用だなと思ってね」
ヘンな人ですね……。と言い残して、彼は見回りへ行こうとした。
「おみあげは食べ物で頼む」
「いや、遊びに行くんじゃないんですけどね」
やれやれと首を振って、今度こそ九十九小里君は見回りへ行ってしまった。
【芸人魂】
「ふぅ……、有栖川君?」
「……何ですか、会長?」
私は我が物顔で最奥の会長の席に腰掛ける有栖川菜々美君を見て天を仰ぎたくなった。
特に誰の席というのを決めたわけじゃないのだが、いつも自分が座っている席にさも当然とばかりに座られているのは意外に腹立たしい。
長机を三つ配置してコの字型にして、その縦線部分に三つの椅子がある。
左から、書記、会長、副会長の三人の席となっている。
書記はホワイトボードに一番近い為その席になったのだが、他はいつの間にか決まっていたらしい。
私見だが他の生徒会メンバーの見渡せるためなかなか便がいい。
と、閑話休題はここまでにしておこう。
さて、憂さ晴らしの時間だ。
「お茶を入れてくれないか?」
「か、会長。それが今は茶葉を切らしてまして……」
ああ、知っているさ。だからお茶を入れてくれと頼んだのだから。
おどおどしながら話す内向的性格な少女をニヤニヤして見る。
「では茶葉を買って来てもらいたい。茶葉は当然宇治茶で頼む」
「え~! そんなが買えるところなんてわからないですよ!」
そうだろう。私の言う宇治茶葉が近所のデパードで買えるとは思わないでいただきたい。
「なら仕方ない。コーヒーを頼む」
ホッとして有栖川はコーヒーを淹れてくれる。
その隙に私は自分の席を奪取する。
うむ。他の椅子と変わらないはずなのに、何故かしっくりくる。
これは座り心地というよりは見ている光景が関係しているんだろう。
「どうぞ」
「うん。ありがとう」
有栖川が出したコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れる。
一気に一杯飲み干しただところで一言。
「不味い! もう一杯」
「青汁じゃないんですし、ホットでそんなボケをしなくてもいいですよ」
「うん。私ももう二度とやらない」
舌がやけどしてしまった。
芸人みたく体を張る必要はない。
【会長の仕事】
例年通り数多くの生徒が営業終了に伴い出店の書類を持ってきて、私はその整理に追われることなった。
一時は生徒会室の前に三・四人の列ができてしまったほどだ。
多少時間をかけてもきちんと書類をチェックしなければならない。
一度確認したものにもしも不備があればそれを正さなければならない。
それは書類を出した側も、チェックした私たちにとっても面倒なことだ。
ま、私に限ってそのようなことはないだろうが、念には念を、と思って丁寧に確認しているうちにそんなことになってしまった。
一段落した時点で、私はパイプ椅子の背もたれにぐでんともたれた。
机の上の紙の束はしばらく見たくないな。
ふぅ疲れた。
有栖川君がいればもう少し楽だったかもしれないが、彼女には放課後まで自由時間を取ってもらっている。
残りの演劇や展示系統の出し物を行っている四割程度のクラスの書類整理を放課後まで行わなければならないため、この時間に自由時間を与えないと暇がない。
まあなんとか乗り切れたので良しとしよう。
そうやって一息ついたのちにコンコンとまたドアがノックされた。
姿勢を正して、コンパクトで髪や制服に乱れがないか確認してから「どうぞ」と声を出した。
『失礼します』
何故か男女の声が同時に聞こえた。
あれ? と思う前に男女二人が生徒会室に入ってきた。
一人は今朝見知った顔、もう一人は見覚えはあるが誰だかわからない少年。
「やぁ、一体どうしたのかな?」
なんで二人で? とは聞かなかった。
「一年八組です。『ピッツァ・リオン』の営業が終了したので、書類を提出に来ました」
一年八組の男子生徒が私の前に立って書類を両手で向ける。
「ああ、ご苦労様。確認するからしばらく待っていてもらえるかな?」
「はい」
私は必要事項が記入されているかどうかを順に確認していく。
特に不備はなかったため私は笑顔を浮かべる。
「うん、問題はない。確かに受領した」
「ありがとうございます」
男子生徒はぶっきらぼうに頭を下げて、もう一人の少女が立っている入口の前まで戻る。
……そこは君らのデフォの立ち位置なのかい?
「それで、君は一体どうしたんだい? 九十九亜美君?」
私のよく知る男子の妹はおどおどしながら一歩前へ出た。
「生徒会長。あの、……兄がどこにいるかご存知ですか?」
私は、おやっと思った。
入学式が終わってすぐにひらかれるこの迎学祭は、新入生にとっては友人作りやグループ作りの格好の場になっている。私もそうだった。
それなのに、彼女は兄を捜している……。彼女のようにかわいい少女を誘わないグループはないだろう。男女ともに。
これは、まさか。
「……君は所謂ブラザーコンプレックスなのかい?」
「ち、違います‼」
弄れそうなところ発見っ⁉
【嗜虐趣味、炸裂】
顔を真っ赤にして否定する九十九亜美を見て、私は思わず笑みを浮かべていた。
ああ、これはオイシイなぁ
「いいですか、あたしはブラコンなどではありません。兄は確かにいい兄だと思いますし、兄を好きではありますが、だからと言ってブラコンなどと言われるほど好きなわけではありません」
「ああ、要するに君はブラコンなわけだ」
「全ッ然わかってませんよね⁉」
いや~、彼女にこんなところがあるなんて。
これから兄妹ともども楽しくやっていけそうだ。
「会長⁉ 聞いてますか?」
彼女が何か言い訳をしていたが私はそれを綺麗に聞き流す。
彼女が話疲れて息を吐いている間に私は口を開く。
「さて、小里君がどこにいるのかという話だったね」
私の趣味は引き際も肝心だ。あまり話し続けると本気で怒らせてしまう。それは私の望むところではない。
私にとってはその辺の引き際のやり取りもかなり面白いからいいのだけど。
「残念だが私にもそれはわからない。彼は今、迎学祭の見回りの仕事をしてくれてるからね」
「……そう、ですか」
九十九亜美は肩をがっくりと落してしまった。
奥で様子を伺っていた少年が少し気遣わしげに視線を向けたのが見えた。さっきまで君はとてもとても退屈そうな顔をしていたのにねぇ。これは意外に面白いかもしれないなぁ。
【計らい】
と、思考を脱線させている場合でもない。
「一体、小里君にはどういった用件だったんだい?」
「……兄と一緒に迎学祭を廻りたいと思って」
彼女は逡巡するように視線を迷わせてからおもむろに口を開いた。
う~ん、なんというか。ブラコンだねぇ。
「でも、諦めます。兄が捕まらないんじゃどうしようもないですもんね」
私は軽くため息を吐いた。
「……まだ諦めるには早いんじゃないか?」
「え?」
「あー、そーいえば至急小里君に見てもらいたい資料があったんだ。誰かに放送部に頼んで小里君を呼び出してもらおうと思っていたんだー」
「会長……、うっかりサンですね!」
こいつ……天然⁉
彼女の表情は完璧な超人の意外な一面を知ったような、可愛いものを見る目をしていた。本気でわかってないのか……?
「……済まないが放送部まで行って、生徒会室へ小里君を呼び出すように頼んできてもらえないか?」
ここで私が何か言うと恩着せがましいので、私はこの方向で話を進めるしかない。
くそぅ。後で小里のやつが状況から私が気を回したと気づくのを願うしかないか……。
どうも後ろの男子生徒は気づいているようだが、あえて口にはしていない。まあいいが。
「……でも、私、放送室の場所を知りませんよ?」
「だったら、後ろの彼に案内してもらえばいい」
「……えっ⁉」
寝耳に水でも垂らされたかのように後ろの彼は驚愕していた。
「ここにも案内してもらったのだろう?」
「はい。とっても優しい方です」
ほぅ……。
「君、名前は?」
そう聞いた途端彼は露骨に嫌そうな顔をした。……失礼な。私に名前を聞かれるのはそんなに嫌なことなのかね。
「逢坂梓馬です」
「逢坂君、すまないが彼女を放送室まで案内してやってくれ」
また彼は嫌そうな顔をする。
しかし、それぐらいで私が依頼を撤回することはない。
「会長が案内すればよろしいのでは?」
その言葉に少し九十九亜美が顔を伏せる。それを逢坂君も気にしているようだった。言葉にもあまり覇気がない。
反抗する心意気やよし。だが、その程度の返答、私が考えていないはずがない。まして本人の熱のこもっていない弁など覆すのは容易い。
私は目の前の紙束の山に手を乗せた。
「この通り私も忙しい。この部屋を空にするわけにもいかないのでな。人手がなくて困っていたところだったんだ」
私の最初の嘘を見抜いているなら、これはただの空言に過ぎないが、九十九亜美にとっては真実となる。
しかし、実際にここを留守にはできないのであながち嘘でもない。
「……」
まだ迷う彼に私はそっと後押しをするつもりで口を開く。
「ここまで付き添ったんだ。もうちょっとぐらい付き添ってやってくれ」
彼は頭を掻いて深いため息を吐いた。
「……わかりました」
途端に嬉しそうに頬を緩める九十九亜美を見ながら、私もお節介だなと苦笑いをかみ殺した。
『失礼しました』
二人仲良く生徒会室を出て行ったのを見届けて、私は再び背もたれに、だらんと倒れ込む。
やれやれ。
まあ今後楽しませてくれる分の先払いの親切、と思えば少しは心も軽いものだ。
小里君。私にはこういうのは似合わないよ。
とりあえずしばらくは、小里君がどんなリアクションをするか想像して楽しむことにしよう。
次回はお久しぶりな主人公がメインのお話。




