異世界転移
一面の緑。
「空が見える・・・。」
地面に仰向けに倒れ、空を見上げている自分がいた。
つい先ほどまで俺(真島修哉)は白い壁で囲まれた教室で退屈な授業を受けつつ、窓の外の桜を見ていた。
桜前線が5月頃通過する北海道は、
5月病でやる気の出ない時期と同時期のため、授業中、桜を見て暇をつぶすことができる。
それが一変、今は森の中にいる。
何故か?そんなことはわからない。
わかっているのは、自分が今、どこにいるのかわからないということだけ。
目を覚ましたらここにいた。
もしかしたら夢か・・・?
もしそうだとしたら異様にリアルな夢だ。
夢って靄がかかって細部まではわからないものだと思っていた・・・。
木々のざわめき。鳥と虫の鳴き声。視界の中心が空。その周りに一面の木々。前に家族で、キャンプに出かけた時に見たような光景。ただ、キャンプ場と違い、人のざわつきは聞こえない。
それに北海道の風の肌寒さと違い、この森に吹く風はとても温かい。
気持ちいい。
やばい。眠ってしまう。
でも睡魔に身を任せ寝ている内にこの夢が覚めるかもしれない。
でも夢の中で寝るってどういうことだ?
しばし悩んだ後、
それはそれでいいだろう。という結論に達し眠ることに決定。
空を見ていた目を閉じ、睡魔に身を任せて・・・
眠ろうとした時、
「起っきろーーー!」
声と共に鳩尾にゴスッっという衝撃。腹部がシェイクされる。
脊髄反射で手が腹部を覆う。食後だったら一体どうなっていたことやら・・・。
「って殺す気かっ!」
体を飛び起こし衝撃の主を睨む。
その姿を見たとたんに、俺は・・・
・・・不覚にも見とれてしまった。
「いいじゃない。人間、それくらいじゃ死なないわよ。」
声の主は、女性だった。いや少女というほうが正しいかもしれない。
満面の笑みでこっちを見ている。
年は俺と同じくらいか。俺と同じ制服をきている。背は女子としては平均で。絵に描かれているかのように整った顔。肩より若干長い金色に輝く髪。世の中の汚れを全く知らないと言わんばかりに輝いている瞳。肌は雪のように白く艶があり、ところどころピンクに色付いている。
正直、とてもかわいい。
そして・・・腕を僕の腹の上に突き立てていたらしい。
・・・とうとう俺は、『森で美少女に会う。しかも2人きり。』というびっくりイベントを体験してしまったのか。
直後、それが夢であろうことに気付き、一気に嬉しさが萎む。
しかし今は、そんなこと考えていられる場合ではない。首を振り煩悩を追い払う。
「死ななくても相当痛いんだよ!」
煩悩消滅と共に鳩尾の痛みが戻ってくる。
正直かなり痛い。
ん? 何かがおかしい。少し考えてみよう。
これは夢のはずだ。
ならなぜ・・・なぜ腹部への衝撃と痛みが・・・?
そこから導き出せる結論。
「夢じゃないのか・・・?」
「なに言ってんの? 痛いのあとに夢じゃないってどんな思考回路してるのよ。」
金髪美少女が罵倒してくる。
いったいこいつ何なんだ。名前も知らない女に鳩尾殴られたのなんて初めてだぞ。
「あの、すみません。出会って早々、倒れている他人の鳩尾を殴ったあなた様は誰ですか?」
嫌味たっぷりで尋ねる。
「え? あたしは綾よ。まさか知らなかった?ついでにあんたの名前は?」
嫌味効果なし・・・。
それにしても綾ってどっかで聞いたことあるような気が・・・?
! 確かクラスのやつが言っていたな。
清水綾・・・成績優秀、温厚、優しい、かわいい・・・つまりパーフェクト。
絶対違うな。名前が同じでかわいいところしか一致しねぇ。
いや、成績はしらないけど・・・
そんな別人のことは置いておいて何でこいつの『名前を知っているか』に『まさか』がつくのか、とか、俺の名前はついでかよ、とか言いたいことは沢山あるが名前を聞いた以上こっちも名のらなければならない。
「俺は真島修哉だ。ついでにお前のことは知らない。」
「はぁ? あたしの名前知らないなんて状況分析できないんじゃないの?」
出会って5分。険悪な関係の完成。
「俺が知ってるの綾って人間は、クラスの人間が話していた優しいとか温厚とかがつくような人だけだ。決して出会って早々鳩尾を殴ってくるやつじゃない。」
「あ、それそれ。それがあたし。」
「はい?」
返しが想定外すぎる。
え?何?この人が例の完璧人間?
「学校って一度変な噂流れたら止まらないじゃない。だからそういうふりをしてたのよ。優しい、温厚、とかね。」
「じゃあ、今は?」
「猫かぶっていません。」
あ、なんか俺、人間不信になるかも。今まで顔は見たことないけど同じ学年に性格最高、姿も最高という人間がいると思ってたのに・・・。
それが一転。
天は二物を与えず、か・・・。そのとおりじゃないか。
「どうしたの?何か魂の抜けた顔になっているわよ。」
「ちょっと人間不信になりそうでな。」
「なんで!?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「とりあえず、俺らがどんな状況にいるか整理してみよう。
清水・・・でいいのか?
ここはどこだかわかるか?」
地面に折れた枝で絵を書いている清水に尋ねてみると・・・
「知らない。」
即答。
「なぜ、俺らがここにいるのかわかるか?」
「知らない。」
即答。
「時計はあるか? 時間は?」
「知らない。」
即答。
「好きな食べ物は?」
「知らない。」
即答・・・。
「って清水! 俺の話聞いてないだろ!」
自分もわからないことを他人に聞くのもどうかと思うが・・・。
「知らない。」
「音声再生機か!」
「うわっ びっくりした。なによいきなり。」
やっと別の反応をしてくれた。
「いや、なによ、は俺のせりふだと思うんだが。話聞いてたか?」
「えぇ。聞いてたわよ。」
「どんな話してた?」
「えーっと、あれよ。地底人がいるかどうかって話。」
「全然ちげぇよ!」
やばい、この見知らぬ土地でこいつと2人きりって異様なほど不安だ。
「頼む、学校の時みたいに猫かぶっててくれないか?」
まさかこんな願いを他人に言うとは思ってなかった。
むしろそっちのほうが一緒にいて安心できる。
「めんどくさい。疲れる。だるい。嫌だ。ことわ・・・」
「わかった。もういい。」
永遠に続きそうな断り文句を切り上げる。
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その後また暫く話し、(案の定全然進まなかった。)認めたくないまとめを言ってみる
「つまり、俺らはなぜここにいるか全くわからない。
なぜきたのかもわからない。
ここがどこかもわからない。でいいか?」
「何にもわかってないじゃない。」
全く持ってそのとおり。
「反論が見つかりません。」
「よろしい。」
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会話が進まない。
「なぜ、清水はえらそうなんだ?」
「なんとなく。」
疲れた。こいつと会話をするのは本当に疲れる。
顔とスタイルはいいのに・・・もったいない。
まじまじと顔を見ると、
「なにこっちをじろじろ見てるのよ。気持ち悪い。」
全くだ。
「いや、なんでもない。」
「言わなきゃ痛い目見るわよ。」
言っても痛い目見るんだろう。どうしようか。
「あ、見てみてー。こんなところに手ごろな木の枝が・・・。」
長さ50㎝程の木の枝。
清水はそれを拾い右手で持ち、自分の左手のひらに打ちつけている。
打ち心地を確かめているのだろうか?
パシッ、パシッ、乾燥している木からいい音が聞こえる。
怖い・・・。この上なく怖い・・・。
よし、ここで一つ考えてみよう。
選択肢は2つ。
1つ、言わない。→木の枝の餌食。
2つ、「顔とスタイルはいいのにもったいないと思っていました。」と正直に言う。→木の枝の餌食。
穏便にすませる方法が見当たらない!
というより、どの選択肢でも変わらないのかよ。
なら、ここはだめもとで2つ目の選択肢だ。
「顔とスタイルはいいのに性格が悪いからもったいないと思っていました!」
「そこに座れ。」
失敗だ。余計に怒らせてしまった。
「すいませんでした。」
正座の状態から手をつき、地面まで頭を下げる。土下座だ。
この際、プライドよりも命のほうが大事である。
神様、俺をお助けください。
数秒後、頭を上げるとそこには・・・
木を手で持ち、その手を振り上げている清水がいた。
その手が
俺の頭にせまってくる・・・。
俺は咄嗟に横に転がった。
すると、さっきまで俺がいた地面を木の枝が通過してえぐれる。
木は折れていない。
いつもなら頑丈な木だ。と褒めていたかもしれないが、状況が状況。
そんな暇は無い。
俺は起き上がり、
全力で、
逃げた。
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一体どれだけ森の中を逃げただろうか。
ずっと帰宅部だったため体力はあるとはいえない。
でも女子に負けることは無いだろうと思っていた。
今日までは。
足の限界。走るのをやめる。
ずっと制服だったため全身あせだくだ。息もあがっている。
「疲れた・・・。さすがのあいつもここまでは追ってこないだろう。」
その場に座り込み、息が整うのを待つ。
しまった。どう走ったかわからない。
落ち着くことでやっと気付いた事実。
冷静になって考えてみるとここでの唯一の話し相手であるはずの清水とも別れた。
これは精神的にも結構やばいんじゃないか。という考えが浮かぶ。
うーん。これが大切な物は失ってからその大切さに気付くというやつか。
大切な物→話し相手・人間だ。そう考えていると無性に会いたくなってくる。
その時、
「あんた最低ね。こんな森の中に女の子を置いて1人逃げるなんて。」
俺が走ってきた方向から清水が現れた。
右手の枝は健在。目から怒りが感じられる。
前言撤回。会いたくなかった。
そもそも逃げる原因を作ったのはお前じゃないか。という反論はおいといて、
「どうやって追いついてきたんだ・・・?」
「は?普通に走ってだけど。」
「普通って、俺、男子でもうすでに疲れているんだが。」
「体力ないわねー。私はまだまだ全然平気よ。」
俺、全然平気じゃありません。
それどころか体力女子以下って結構ショック受けてるんだけど・・・。
そういえば成績優秀ってことは体育もできることになるのか。
「いけない。忘れるとこだったわ。あんたさっきのこと忘れてないでしょうね。」
俺は覚えているが、清水には忘れておいてほしかった。
「イエナンノコトダカサッパリ。」
「覚えているわよね。」
やばい。笑ってる。この人笑ってるよ。笑っているのに怖いよ。
「覚えて・・・ま・・す・・・。」
脅迫に敗北。学校での顔は一体なんなんだ。
「よろしい。じゃあ覚悟してね。」
もう抵抗しても無駄だろう。それどころか体力はむこうのほうが上。どう考えても俺に勝ちめは無い。
一体どうしてこうなったんだ?
俺は授業を受けていただけなのに。
数分前まではまったく知らなかった美少女に枝で殴られようとしている。
清水が枝を振り上げる。本日2回目だ。
ヒュンという音と共に振り下ろされる枝。それが俺の頭に当たる。
バキッという木の折れる音と、爆発音が俺の頭の中に響く。
「は? 爆発?」
殴られた痛みよりもそっちのほうが気になる。
「いってみましょう。」
清水が折れた枝を捨て呟く。
「爆発音のした方向にか?」
「えぇ。工事とかなら人がいるはず。まずはその人に聞いてみましょう。」
「お前にしては正論じゃないか。」
「それはあたしに対する悪口ととっていい?」
「だめです。」
会話はこれで途切れ、俺ら2人は歩く。
爆発音のした方向へと。