Scene.5 エイリアンズ・ランチ
目を覚ました時、喉はからからだった。
ステーキの匂いがする。腹が鳴った。
一日中どころか、三日は寝ていたような気分だった。頭が朦朧とする。
晴彦は起き上がり、呆然とした。白一色の、隅の輪郭さえ見てとれない空間にいた。その部屋の中央で、斑鳩がステーキを食べている。ご丁寧に前掛けまでしている。
晴彦に気づくと、ステーキの切れ端を噛み締めながら、
「君の分もあるぞ」
とフォークで示す。
考えるよりも空腹が勝った晴彦は、食卓に着く。影を落とすテーブルは、かろうじて見分けられた。
晴彦はステーキを前に、ナイフで大きく切り、すぐに口に運んだ。
「なかなか美味しいですね」
「うん。この調理法は私が教えた」
「へぇ」
緊張感のない会話だった。晴彦は寝起きのせいか、頭痛がして、深く考えられなかった。何かを忘れていることさえ気づかない。
「何の肉ですか? 牛とも豚とも違う。少し筋が多いですね。歯の間に引っかかる」
「牛や豚と違って、ほとんどが筋肉だからね」
「何の肉なんですか?」
「君は肉骨粉というのを知っているかい?」
「いえ」
「狂牛病は?」
「ああ、なんか聞いたことあります。脳がすかすかになっちゃうやつでしょ?」
「その主な媒介となったのが肉骨粉だ。これは屠殺した家畜の、食用として使われない部位、脳や脊髄、屑肉を粉末にしたものだ。それをまた、牛や豚の飼料とするんだ」
聞いていて気分が悪くなった。
「食事中にそんな話しないでくださいよ。それがどうしたっていうんですか?」
「この宇宙人が好むのは、人間の臓器と血液だ。それ以外の部位は必要ない。廃材として棄てられる」
「はあ」
脳がうずいた。
「君は冷凍の肉と、新鮮な肉、どちらが好きだい?」
「新鮮な方が好きですね。冷凍だと、マグロとか、味が落ちますから」
「それは誰もが同じだろう。宇宙人も。もし人類が宇宙を旅するようになれば、船にスペースがあれば、家畜を積むだろう。しかし家畜にも食料は必要だ。少しでも荷物を軽くしたいのに。そうするとどうだ。潰した家畜の、食用部分以外を、他の家畜に食わせればいいんだ。長く新鮮な肉を保つことができる」
嘔吐感に、泣きそうな声で言う。
「だとして、何なんですか?」
「家畜の肉は、食用として飼われ、飼料を与えられているから、肉の質が柔らかく、臭みがない。だが人間は動き回り、そして雑食だ。また食物連鎖の頂点に立ち、多くの重金属を体に蓄えている。堅くて臭いんだ」
晴彦は椅子から転げ落ち、床に手をつく。
「長い旅をする宇宙人は、船内に食用の人間を飼う。食用として潰し、その屑肉を、また家畜の人間に与える。番がくるまで、生かされ続けるんだ」
そして斑鳩は口を拭い、
「うん。女の子の肉は、男よりも柔らかくて美味しいな」
晴彦は嘔吐する。胃の中身をすべて吐き出し、それでも吐き出そうとする。意識がはっきりとした。そして冷静になった。
今食べたのは、犬井だ。行方不明者の中に、女子高生は彼女しかいない。
「もったいない。食べないなら私が食べよう」
晴彦は口元も拭わず立ち上がる。
「あんた、自分の言ってる言葉の意味が分かってるのか!? 犬井を、食ったんだぞ!!」
「ああ」
絶句した。
「あんた、人間じゃないのか?」
「失礼な。私はれっきとした人間だぞ」
「じゃあどうして、人間が食えるんだ?」
斑鳩はきょとんとする。
「何を言ってるんだ? 私たちも、牛や豚に、共食いさせているじゃないか? どうして私たちが共食いをしちゃいけないんだ?」
「俺たちは人間だぞ!」
「人間だからどうした? 人間は別なのか? なぜ人間は他の動物を食べることが許されて、共食いは駄目なんだ?」
「当たり前だろ!?」
「よく考えてみたまえ。人間は牛や豚のように、ただ食われるだけの命をつくりだしたじゃないか。そもそも彼らが食べられていい理由はなんだ? 人間より下等だからか? じゃあ人間のように賢い、クジラやイルカは食べちゃいけないのか? でも食っているだろう? じゃあ人間だって、食っていいじゃないか」
斑鳩の言っていることは、とうてい理解できない。どう言い返せばいいかも分からない。無力感よりも、得体のしれない怪物を目の前にした恐怖感と絶望感が、晴彦をおそった。
斑鳩は壊れたように続ける。
「考えてもみたまえ。なぜ人間は猿から進化したか。人間もまた、家畜なんだよ。はるか昔に地球にやってきた、宇宙人によってね。そして地球は、彼らの中継地点であり、巨大な牧場なんだ。家畜らしく、食べようじゃないか」
「だから、なんだっていうんだ!」
「汝に罪なし。ちゃんと食べないと、先に食べられてしまうぞ? 家畜はまるまる太った方が美味しい」
「どうしてあんたは、そんなふうに振る舞えるんだ!」
「見るためさ」
「えっ?」
「別の星をね。それまで私は死ねない。そのためには共食いだろうと、何だってする」
「……」
晴彦は、犬井を咀嚼する斑鳩を、じっと見つめていた。
たとえ飢えようが、先に食われることになろうが、絶対に食べない。
次に晴彦が目覚めた時、白い空間には十人ばかりがひしめいていた。一様に腹を空かした彼らは、人肉のステーキを貪っている。斑鳩は静かに食していた。
腹の虫が鳴る。空腹に目眩を覚えた。亡者のように、ふらつく足取りで食卓に向かう。そこで意識が途切れた。
次に晴彦が目覚めることはなかった。