Scene.3 神隠し(1)
活動が本腰になると、委員会で集まる日が多くなる。
放課後に空き教室を借りて、やはり三人で集まっていた。
「冬休み前には完成させたいよな」
斉木は腕組みして言う。
それに犬井が、
「取材旅行とかどうですか?」
「委員会の公費で行こうとしたら、駄目だっていわれた。あの堅物顧問め」
そりゃそうだろう。顧問は社会科の先生で、眼鏡をかけた理知的な容姿だった。
「まあ俺としては、地元に密着した記事を書きたいんだよね。それに俺が委員会に関わんのも、あと四ヶ月ぐらいだからな。冬休みは別の取材に行きたい」
斉木がいなくなったあと、誰がこの委員会を引き継ぐのだろう。晴彦としてはご免だった。
斉木は気を取り直し、
「とりあえず、星宮神社の伝説と、神主さんから聞いた『うつろぶね』の話を載せるとして、あと実際の目撃談がほしいよな。誰か写真とか撮ってないかな。動画だと、キャプチャーの仕方が分からないから困るが」
そういえば今回の企画は、ノンモだかの特集だったはず。
「宇宙人の話はいいんですか?」
「あー、どうすっかな。奈緒子、四コマでも書いてくれ」
「えっ? 私ですか?」
「あー、いいや。漫研の友人に頼むわ」
いったいどんな漫画に仕上がるのか。想像もつかなかった。
そこで斉木は鞄から、メモ帳代わりのノートを取り出す。最新のページを開くと、数枚の写真が散らばった。
「ネットにあったUFOの画像だ。コピーしてきた」
そしてそのページには、斉木が書き写した『うつろぶね』の絵があった。シャーペンで書いているが、本物そっくりだった。斉木本人が四コマを書けばいいのに。
「これなんか『うつろぶね』に似ているんだよな。ただ円盤が張り出してて扁平で、とうの『うつろぶね』はラグビーボールみたいだ。まあ二百年も経っているし、向こうの技術も発展したのかな?」
「でも本当に、UFOが漂着したんですかね?」
「神社に伝わっているぐらいだ。本当だろう。それに疑っても、確かめようがない。前に進むためには、信じるしかないさ」
「事実だとしたら、どうして漂着したんですかね?」
「エンジンが故障したんじゃね? なんせ二百年前のUFOだし」
「そんなもんですかね……」
そこで犬井が、
「でもそうだとしたら、たまたまこの時は事故で目撃されただけで、本当はもっと頻繁に来てたりして」
斉木は指を鳴らす。
「それだ!」
犬井はびくっとする。そして少し嬉しそうに、
「なにかヒントになりました?」
「星宮神社の伝説にある、『天迦具彦』が、最初のエイリアンだ」
「ああ、そういえば」
「そして江戸時代の『うつろぶね』。その間に何もない方がおかしい。星宮神社に落ちた隕石は偶然か? 斑鳩博士は、隕鉄ではあるが、それ以上の価値はないと言っていたが……」
晴彦ははたと気づく。
「斑鳩博士に聞いてみればいいんじゃないですか? まだいるんじゃないんですか?」
「そうだな。博士ならきっと、新しい情報を手に入れているはず」
そうして、構想を練る段階で切り上げることにした。外が暗くなるのは速く、帰り道が危険だからとのことだった。
校舎を出たところで、晴彦は犬井と斉木とわかれた。
坂の上から町並みを見下ろして、海の彼方まで見える。南向きの空は、藍と緋がせめぎ合い、濃紺が飲み干していく。その狭間の空と、それを映す海面は、沈みかけた日の光を受けて、赤橙に揺れていた。
その空に、金色に輝く点が流れる。
流れ星か? 飛行機か?
それは雲の中から現れ、夕日を受けて、燃えるようだった。
大きく円を描き、複雑に飛び回るさまは、飛行機ではありえない。ましてやヘリでもない。航空自衛隊の訓練だろうか。
そしてまた、点が一つ増える。
晴彦は立ち尽くしていた。
海風が坂を上る。身に染み入り、寒さで我に返る。
ケータイを取り出したが、画質が悪く、はっきりと撮ることができない。
もう少し見ていたかったが、寒さに耐えかねた。
とりあえずこの話を、明日にでも犬井に話そう。何となく、斉木を出し抜いてやろうと思った。
翌日、晴彦は話題を切り出す機会を失した。
風浦町は漁業を中心とする町だ。同級生の中に、漁師の子供は多い。
晴彦が教室に入ると、銘々に、その話題で盛り上がっていた。
野球部でもある友人の小菅は、晴彦を見るなり手招きする。その顔は驚きとも喜びともつかない表情だった。
「なあ、昨日親父に聞いた話なんだけどよ」
他の取り巻きも、しきりにうなずいている。
「この時期、潮の流れの関係で、朝方、他のみんなと漁に出たらしいんだよ。そんで魚の影を探してたらよ、ソナーに大量に映るじゃねえか。そんでそこに向かったらよ、海一面に、魚の死骸が浮いてたんだ」
「なんだろ。えるにーにょ?」
「馬鹿! ちげぇって。見れば、魚の腹が全部食い破られてるじゃねぇか。サメか何かの仕業かって話になったんだが、歯形がないらしいんだ」
「えっ? 食い破られたんじゃ?」
「そうなんだよ。ごっそり腹がもってかれてるんだ。誰かがくり抜いて、捨てたとしか思えないらしいんだ」
「誰が?」
「誰がって、そんな面倒なこと、人間の一人や二人じゃ足んないぜ。百人いても、おいつかねぇんじゃねぇかな。数万匹の魚が、そんなふうに死んでやがんだ」
「マジか!」
としか返しようがない。
「ほら、証拠写真」
そういって小菅は、ケータイで撮った、例の魚の死骸を見せる。ぽっかりと腹の部分がくり抜かれ、歯形は見当たらない。
「しかも、きれいに内臓が取り除かれてんだ。漁師の息子が言うんだから確かだぜ。あの取り除き方はプロだ」
晴彦はひたすら感心しているふうを装った。漁師の息子でない自分には、画像を見せられても、それがどういうことなのか分からなかった。
小菅は怒りとも、喜びともとれる様子で、
「夕刊の見出しは、『風浦で魚の、謎の大量死』だな!」
昼休み、晴彦と犬井は、斉木に呼び出される。
「お前ら、聞いたか? 魚が大量に死んでたってやつ。俺は昨日、ばあちゃんに教えてもらった」
ただそれ以上、話題は膨らまず、斉木が「きゃとるみゅーてぃれーしょん」がどうのと呟いていただけだった。
「それと」
斉木は話題を変える。
「お前ら、明日暇か?」
「空いてますよ」
犬井はすぐに答えるが、晴彦は内容いかんによって決めることにした。たまの祝日ぐらい、のんびりすごしたい。
斉木は構わず続ける。
「朝の十一時に、『くじらぐも』集合な!」
『くじらぐも』というのは喫茶店である。よく老人達のたまり場になっており、学生は入らなかった。
「どうしてですか?」
晴彦が食ってかかる。その内心にまでは気づかない。
「昨日、魚のことでよ、斑鳩博士に電話したんだ。そしたら詳しく話を聞きたいって。で、博士の方も、なんかすごいことが分かったらしいんだ」
そこまで言われたら行くしかない。
「すごいですね!」
晴彦は感心したようにうなずいた。
十一時、相変わらず晴彦は自転車で、一時間近くかけて来た。
斑鳩の正面に斉木が座り、何の因果か、斑鳩の隣に晴彦は座った。この怪しい男に、犬井を近づけたくないというのもあるが、斉木の隣にいられるのも嫌だった。
斑鳩は魚の話に、しきりにうなずき、興味深げに聞いていた。そしてまた「きゃとるみゅーてぃれーしょんか……」とうなった。それに斉木も応じる。
そこで斑鳩が、話を切り出す。
「実はあの後、この町の資料館に当たり、図書館も調べて回ったんだ。町役場でも確認を取る作業に追われてね」
「何を調べていたんですか?」
「“神隠し”だよ」
「神隠し!」
さすがは超常現象研究家だ。話が幅広い。しかしそんな話、ずっとこの町に住んでいるが聞いたことがない。しかし斉木は、
「祖母に聞いたことがあります。祖母が小学生だった頃、村人が――ああ、当時は村でした――数人ほど行方不明になったそうです。その中に叔父がいたらしく、よく覚えていたそうです」
「ところで君は、この国で年間、どれだけの行方不明者が出ているか知っているかい?」
「いえ」
「年間十万人。そのほとんどが家出だが、そのうちの三割は、何らかの事件に巻き込まれた可能性がある」
「そんなに……」
「数字だけで見れば、千三百人に一人の割合で行方不明者が出ていることになる。そのうちの三割が事件に巻き込まれているとして、四千数百人に一人が、何らかの事件で行方不明になっていることになる。そうすると、ここが村だった頃の人口や、社会状況から一概に言えないが、年間に五人以上の行方不明者が出れば、それは異常だ」
「はぁ」
「君のおばあさんが、今七十いくつなら、その当時だろう。ほんの三ヶ月の間に、三十人の行方不明者が出ている。年齢も性別もばらばらな三十人だ。その後、発見されることなく、今では風化してしまった」
「そんなことが……」
斉木がうなるように、晴彦も驚いていた。ずっと住んでいた町で、そんなことが起きていたとは。
「この事件の前後で、奇妙な証言があるんだ。何でも空を飛ぶ発光体や、晴れているのに、雷の鳴るような音を聞いた、という複数の証言がある」
「まさか、UFOが!?」
「カナダマという妖怪を知っているかい?」
「いえ」
「雷の鳴るような音を立てて、空を飛ぶ発光体なんだ。隕石のことと考えられているが、もしかしたらUFOの目撃証言なのかもしれない」
「それでUFOと、この失踪事件がつながるわけですね」
「そのとおりだ」
そこで晴彦は、昨日の夕方、自分が見たものを思い出す。そして魚の大量死。時間の関係は分からないが、もしかしたらあの火の玉は、そのカナダマ、UFOなのかもしれない。だとしたら言うべきだろう。
ただ斉木は斑鳩との会話に熱が入り、二人で話し込んでいた。二人の話についていけず、犬井を見ると、瞳を輝かせて斉木の横顔を見ていた。
結局晴彦は、あの話は誰にもしなかった。
久しぶりに理科部に顔を出し、ウーパールーパーに餌をやる。
理科室は堀田の趣味――でしかない――によって、水槽だらけである。ウーパールーパーの繁殖には学術的価値があるらしいが、いくらなんでも増えすぎだ。増えすぎたウーパールーパーを生徒に配ってさえいた。
晴彦は餌のメダカを水槽に入れる。ウーパールーパーは食べたい時にしか食べない。一緒に水槽にいるさまは微笑ましいが、捕食する瞬間を見ると、その愛らしさも半減する。
「そういえば、ウーパールーパーって、水がなくても平気なんですよね?」
水替えをしていた堀田が振り返る。
「うん。ただ徐々にならしていかなければならないんだ。エラがなくなって、トカゲみたいになるよ」
「へぇ」
ウーパールーパーの愛嬌は、なんといってもエラだろう。エラがなくなったのを想像して、あまり可愛くないなと思った。そこで“ノンモ”のことを思い出す。
半魚人の神。水辺に住み、人類に文明をもたらした。案外、他の星の生物は、水中に文明を持っているのかもしれない。
またその連想から、魚の大量死と、斉木と斑鳩の話を思い出した。
「先生、きゃとるみゅーてぃれーしょん、って知ってますか?」
「おっ、お前、斉木に毒されたな?」
「はぁ、たぶん」
どうやら斉木は、その手で有名だったようだ。
堀田は続ける。
「キャトルミューティレーション、てのはな、一時期アメリカで頻発していたんだよ。宇宙人に誘拐されて、解剖されたあげく、ポイ捨てされちまうんだ。牧場の牛とかが、内臓とか全部くり抜かれ、血液も一滴残さず抜き取られてしまうんだ。そしてそのくり抜いた切断面は、鋭利なナイフで切られたとか、レーザーに焼き切られたんじゃないかっていわれてるんだ。チュパカブラとか知らないか?」
「あー、なんかテレビとかでやってましたね」
「あれは宇宙人がつくった生物だとかペットだとかいわれてるが、その犯人じゃないかともいわれてるんだ。まあ何にせよ、この目で見てみない限りは、ね」
「そうですね」
斉木と斑鳩は、あの魚の大量死を、宇宙人に仕業だと考え、そのキャトルなんちゃらだといっているのだ。
「仮に宇宙人がいるとして、なんで内臓を取り出すんですか?」
「実験が目的なのか、それとも、食べるためじゃないかな?」
「人間は、誘拐されないんですか?」
「さあ」
堀田は肩をすくめ、笑った。
ようやく記事は形になり始め、斉木も納得の様子だった。魚の大量死と、過去の神隠し、それを星宮神社の話と関連づけ、宇宙人の仕業ではないかと主張している。ノンモのことはすっかり忘れ去られた。
「よっしゃもう少し! 大量生産に入るぞ!」
そして十二月、数少ない人海戦術で、すべての広報紙は完成間近となった。そんなある日、朝のホームルームが始まっても、犬井は来なかった。
あとは清書するだけだが、なにぶん文字数が多く、手が痛くなる。一人でも欠けるのはピンチだった。時期が時期だし、風邪でもひいたのかもしれない。あとでお見舞いのメールでも送ろう。
「なんだ? 犬井はまだ来てないのか?」
担任がぼやく。
十時過ぎに送ったメールは返信がなく、放課後を迎える。
斉木に犬井が休みの旨を伝えた。