Scene.2 星宮神社
・読み
風浦町かぜうらちょう
峯火山みねびさん
星宮神社ほしのみやじんじゃ
天迦具彦あまのかぐひこ
綿織津姫わたおりつひめ
「よう」
晴彦が廊下を歩いていると、斉木に呼び止められる。
「こんにちは」
昨日の犬井の言葉が頭をよぎった。斉木は背も高く、頭も良くて、性格も良い。かつ男らしい顔つきだった。
「……」
「どうした?」
「いえ、なんでも」
晴彦の劣等感に気づかず、斉木は肩を組んでくる。
「お前、今度の日曜あいてるか?」
「取材ですか?」
「ああ。あのあと、いろいろ調べてよう、そしたら、ばあちゃんに面白い話を聞いたんだ」
「どんな?」
「今度集まる時に話すぜ。奈緒子には俺からメールしといたから」
奈緒子。そう呼び捨てにするのは、犬井だけではない。晴彦のことも下の名前で呼ぶし、誰に対してもそうだった。
「……」
晴彦がむすっとしていると、斉木は手を振って去っていく。
斉木にしてみれば、寝起きが悪かったのだろう、程度にしか思っていないだろう。
日曜。昼の日差しの中、峯火山は白い霧をまとっていた。
晴彦は町外れにある、峯火山の麓にあるバス停集合になった。このバスは一時間に一本。遅くになると走らなくなる。
峯火山は風浦町の北にあり、その山裾が、町を抱き込む形になっている。「火」などとつくが、火山ではない。小高い山として、ハイキングに最適だった。
晴彦はバス代をケチるため、二時間近く自転車をこいで向かう。そしてバス停に、斉木と犬井がいるのを見つける。他の広報委員は来ない。どうせなら晴彦も行きたくなかった。しかし斉木に「暇だ」と言った手前、引くに引けなかった。
「よう」
斉木がきさくに手を振る。
「遅くなりました」
「いや、時間ぴったしだぜ」
晴彦は適当に、そこらへんに自転車をとめる。
「じゃあ行こうぜ」
斉木を先頭に、峯火山の麓を回る。
「星宮神社って知ってるか?」
「確か、ここでしたよね」
「そうそう」
星宮神社は縁結びの神社として知られていた。峯火山の中腹あたりにある。鬱蒼とした木々で見えないが、町の方を向くようにしてある。
途中で石段が現れ、それを上る。駐車場に、見慣れない町名のナンバーの車が止まっていたが、目についただけだった。
石段を登りながら、斉木は話す。
「ばあちゃんに聞いた話なんだけどな、星宮神社は、隕石が落ちた場所に建てられたらしいんだよ」
「そうなんですか」
素直に感心した。
「しかもな、地図で調べたんだが、星宮神社は町の方向を向いているが、その方向は南東なんだよ」
「どういうことですか?」
犬井も同じように首をかしげていた。まだ聞かされていなかったらしい。
斉木は得意げに笑い、
「南東にあるのは何か。シリウスだよ」
「おお!」
この前の斉木の話と関連づけたら、面白い話である。
「もしかしたら何か、情報が掴めるかもしれない」
「さすが委員長」
掛け値なしに賞賛した。さすが行動派のだけある。
そして色褪せた鳥居をくぐり、境内に出る。もし夜に来れば、この鳥居からシリウスが見えるかもしれない。
近くに神社の由緒が書かれた看板があり、斉木はデジカメにおさめる。
「御神体は隕石らしんだ。創建は飛鳥時代と伝わっている」
「そんな古いんですか」
「祭神は『天迦具彦』、と『綿織津姫』だ。『天迦具彦』は星の神と考えられる。『綿織津姫』は、海の神だろう」
「それがどうして縁結びの神社になったんですか?」
「それは女の子の方が詳しいんじゃないかな?」
「はい!」
犬井は微笑み、得意げに語る。
「もともと峯火山には、迦具彦が住んでいました。迦具彦は乱暴な神様で、人々を苦しめていました。そこで天の神様が、雷と雹の強い神様を送って、懲らしめようとしました。しかし迦具彦は強力で、追い返してしまいます。剣の神様を送っても同じで、そこで雷の神様の妹が、自分が行くと言います。妹は機織りの神様で、そんな乱暴な神様に勝てるわけがないと、誰もが反対します。だけどその神様、織姫に迦具彦は恋をします。二人は夫婦になり、それから迦具彦は優しい神様になりました」
聞く限り、斉木の言っていたノンモとの関係はうかがえない。
犬井は続ける。
「それから二人は幸せに暮らしましたが、ある日、迦具彦は、天に帰らなければならなくなります。織姫は悲しみ、海の波は荒れました。迦具彦はどうしても帰らなければならず、必ず戻ってくると、約束をして天に帰りました。ていうお話です」
後半は、どこかで聞いたことのある話だった。
斉木もすぐに気づく。
「おそらく七夕の伝説とも結びついたんだろう。この物語の織姫は、綿を織る津の姫。綿とは海の古語。海の波を起こす女神だったんだろう」
「素直に考えればそうなりますね」
「先の雷の神様とかは、記紀神話の天津神のことだろう。ここで気になるのは、天が二つあることだ。迦具彦を懲らしめようとしたグループと、迦具彦の属するグループがいる。宇宙人は二種類いたことになるのか?」
その疑問に、
「面白い話をしているね」
不意にかけられた声に、三人ははっとする。
話しかけてきたのはロン毛にサングラス、野球帽をかぶった男だった。
「先に星の神様がいたのがミソだね。星の神は航海の神だ。目印のない海原で、方角を教えてくれるのは星の配置だからね」
「あなたは――」
そこで斉木は驚く。
「い、斑鳩博士!」
それに斑鳩と呼ばれた男は、少し出た腹を揺すって笑う。
「私を知っているのかい?」
「勿論です!」
興奮する斉木に、何か芸能人にでも会ったのかと、晴彦もおぼえず興奮した。
男は斑鳩郁雄と名乗った。超常現象研究家、らしい。
近くにある休憩所の椅子に、木のテーブルを挟んで座る。
「しかし博士、なぜこんなところに?」
「この神社に伝わる伝説を調べにね」
「今の話ですか?」
「うん。それもあるが……。君たちは、地元の子かい?」
「はい。実は僕たちは、宇宙人の痕跡について調べているんです。そこで御神体になっている隕石を調べにきたんです」
感心したように斑鳩はうなずく。
「どうやら私と君たちの目的は同じようだね」
「おお!」
「どうだい? 私と一緒に調べてみないかい?」
「ぜひ!」
晴彦や犬井の意見を聞かず、斉木はどんどん話を進めていく。もともとそういう委員会なのだから、別に構わないが。
斑鳩は立ち上がり、
「君、斉木くんと言ったね。君はついているよ。実は今日、神主さんに頼んでね、神社の古文書を見せてもらう約束をしているんだよ」
「すごいですね!」
「なんでもそこに、驚くべきことが書かれているらしいんだ」
「おお」
斉木は落ち着きがなく、体が揺れていた。どうにも晴彦の中の、斉木のイメージが壊れてきた。
四人は眼鏡をかけた初老の神主に、社務所の中の一室に案内された。
「少しお待ちください」
神主の岩井は、風がそよぐような居振る舞いで、ある物を取りに行く。岩井の奥さんが、暖かいお茶を持ってきてくれる。晴彦は両手でそれを包み、かじかんだ指を温めた。
緊張しているふうの斉木は正座で、犬井はおっとり座っている。斑鳩は不敵な笑みを浮かべていた。
少しして、戻ってきた岩井の手には、黒漆の玉手箱があった。岩井は赤い紐をほどき、蓋を外す。そこには黄ばんだ書物があった。拍子は虫食いで、ところどころ穴が開いている。
「これは神社の縁起になります」
そう言って岩井は縁起書をめくる。そこにはミミズがのたくったような、解読不能の文字が連なっていた。
「江戸時代に書き写されたものです」
岩井は内容を読み上げるが、大まかには犬井の話と一緒だった。ただ具体的な神名が出てきた。そして犬井の話の最後に付け加える。
「そして峯火山に落ちた星こそ、『天迦具彦』である、としています」
そうして物語が帰結するわけだった。感心したように斉木がうなずき、メモを取っている。晴彦は話を聞いているだけだが、興味深いので、真剣に聞いていた。
斑鳩はサングラスの奥で、うっすらと見える目に、獲物を狙うかのような光を潜ませていた。
「しかし続きがあるんですね?」
「正確には続きというわけではないのですが、享和年間頃、書き足された話があるんですね」
「その話をぜひ!」
斑鳩は興奮していた。そこからが本題なのだ。
岩井は縁起書を取り出すと、底から冊子が出てきた。
「当時、書き写された物だそうです」
ぱっと、岩井がめくる。そしてそこに書かれたものに、四人は息を呑んだ。
海辺に立つ人物が描かれていた。その服装は奇妙で、中華風の、異国情緒ただよう。ただそれよりも、その人物の背後にある“舟”に驚愕した。
ラグビーボールをもう少し丸くしたような、紡錘型のそれには、丸い窓のようなものが取りつけられている。注記がされており、岩井の解説で、この“舟”が金属でできていることが分かった。
「これは!」
斉木が吠える。
「まるで、UFOじゃないですか!」
それに斑鳩もうなずく。
「享和年間、風浦に流れ着いた、奇妙な舟。『うつろぶね』と書かれています。舟に乗っていた人物とは、言葉が通じなかったそうです」
「学者たちはこれを異国人などと言うが、そんなわけがないことは君たちにも分かるだろう?」
「その後、村人が数人姿を消したとされていますが、以前来た学者さんは、宣教師が奴隷として、連れ去ったんだとおっしゃってました」
「馬鹿な。ここにはキリシタンの痕跡は何もない! これは宇宙人に連れ去られたんだ!」
斑鳩は肩を震わせて熱弁する。
岩井の方は、どちらでもいい、というふうな顔だった。
斑鳩とは石段の下でわかれた。あの車は斑鳩のもだったらしい。
去り際に斑鳩は斉木に名刺を渡す。
「私はもうしばらくここに滞在するよ。何か分かったら連絡するよ。君も、分かったことがあったら連絡してくれ」
「はい!」
斉木は何度も斑鳩にお辞儀した。
しばらく歩くと、
「よっしゃー!」
いきなり叫ぶ。晴彦も犬井も驚く。
「どうしたんですか?」
「こんな嬉しいことがあるかよ! ずっと俺、斑鳩博士に憧れていたんだ」
目を輝かせて言う。
晴彦は怖じ気づきながら、
「そもそも、誰なんですか?」
斉木は口角泡を飛ばす。
「知らないのか!? 月刊『レムリア』の大御所だよ! 世界の謎と不思議に挑戦する、すごい人だ!」
「そう、なんですか……」
斉木は興奮冷めやらず、何度も飛び跳ねていた。それを犬井はくすくすと笑っている。