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ライバル、記憶喪失に

「記憶を失ってるだと……?」

 

 正体が暴かれるという直撃は免れたものの、予想外の角度から不気味な矢が飛来してきたような気持ちだった。


「はい。ルーク殿下は、頭部を強く殴られたことによって記憶の障害を引き起こされていらっしゃいます」

 

 俺の驚きに医師の男が返した。エミリアも横にいて、驚愕に目を見開きながら話を聞いている。


「先ほどお目覚めになったばかりですので、症状の程度までは現時点では断定できかねます。しかしながら、ご自身のお名前までお覚えでいらっしゃらないご様子ですので、症状は広範囲に及んでいると見て間違いないかと存じます」

 

 広い部屋の中、俺たちとやや離れた位置にあるベッドでルークは身を起こしていた。頭部には包帯が巻かれており、表情はひどく困惑している。かつての明晰さは毛ほども感じられない、戸惑う子どものような表情。

 俺とは二言話したくらいだが、俺やエミリアのことも、なぜ自分がこんな状態になっているのかも、まるで把握できていないようだった。


「記憶は戻るのか? あいつを襲った奴の――」


「シオン、今はやめて」

 

 医師に質そうとすると、エミリアが止めた。


「ルークに聞こえるから……。今の彼にそんな話はまだ聞かせたくないわ」

 

 そう言われると、話を中断せざるをえなかった。少なくとも現時点で、俺が犯人であるとルークが思い出している様子はない。

 

 エミリアはベッドに近づき、その脇の椅子に座ってルークに語りかけた。


「やっぱり、私のこと思い出せないの?」

 

 ルークは困ったように首を横に振った。


「……ごめん、何も――思い出せないんだ」

 

 エミリアはルークの手をとった。


「それでも、あなたが目を覚ましてくれて本当によかった……。今はそれだけで十分よ。過去のことはこれからゆっくりと思い出せばいいの」

 

 エミリアは口もとに微笑みを浮かべていたが、瞳には少しだけ涙をためていた。それはおそらく、恋人の死は回避できたという安堵と、恋人であることを忘れられた悲しみが等分に混ざった涙だろう。ルークはどう反応すればいいのかわからず、ただ当惑している様子だった。

 

 その二人を目にして俺は、嫉妬と罪悪感と焦りが綯い交ぜになったような複雑な感情を味わわされた。その中でも今このときでいえば、俺をもっとも強く揺さぶっているのは焦燥感かもしれない。俺に襲われたことをルークがいつ思い出すかわからないのだから。

 

 医師と二人だけ部屋を出て、廊下で話すことにした。


「さっきの話なんだが、ルークの記憶は戻るのか?」


「記憶障害は、まだ過去の症例が少なく、現在では解明されていない部分が多いものでございまして……。症状は一様ではなく、ある患者は過去の出来事を失いながら言語能力を保ち、またある者は言語を失いながら他の知識を保持します。まだ少しお話しさせていただいただけですが、ルーク殿下は、ご自身が王族であるということはご記憶にないようでした。しかしながら」

 

 冗長な説明のように感じながらも、俺は黙って聞き続ける。


「言葉や文字、生活に関する知識はある程度は覚えておいでのようでした。これからの治療方針といたしましては、治癒の魔術も併用しながら、ルーク殿下の治療に尽力させていただく所存です。もし、ルーク殿下のご記憶が回復の傾向に向かうならば、順序としては幼少期のものから再生されていくと、しかしこれは、記憶の強弱や反復の差によって――」

 

 果てしなく長くなりそうな説明に耐えきれず、俺は手を上げて重要な質問に戻した。


「で、ルークは自分を襲った奴のことを思い出せるのか?」


「それは、私にはわかりかねます」

 

 本当に医師かよ。肝心なところは何の答えも得られないじゃねえか。……とはいえ、今の医学では確実なことは言えないのだろう。喉元まで出かかった苛立ちを呑み込んで、俺は一応礼を告げ、医師は辞去した。

 

 それから振り返ったとき、俺の背筋に軽い悪寒が走った。視線のすぐ先にあの女がいたのだ。――ペイシェンス。

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