赤神緋音という女
日本、某所。
太陽が中天にて照り輝く、ある日のこと。
一人の女性が、自然公園の中心地にてマジックショーを披露していた。
「どーも皆様! ようこそ! このワタクシ、赤神緋音のマジックショーに!」
その名に相応しい燃えるような赤髪で、キツネを彷彿とさせる細目の笑顔が特徴的な女性であった。その髪は後ろで豊かな一束としてまとめており、これがまたどことなくキツネの尾を思わせる。
赤神緋音は演技っぽい、大きな身振り手振りで手元のトランプの束を指し示した後、観客たちの前でそれをシャッフルしてみせる。
「はーいそれではご注目! 先ほどサインされたトランプを、この束の中から探し当てたいと思いまーす!」
しかし実際のところ、マジシャンはトランプをシャッフルする前に、サインされたトランプを服のポケットに隠していた。大きな身振り手振りは、トランプを隠す瞬間から観客たちの目を引き離すための陽動……いわゆるミスディレクションだ。
シャッフルを終えた後、再び大きな身振り手振りで観客たちの目を引き付けつつ、その間にポケットへ忍ばせたサイン入りトランプを素早く山札の一番下へ。
「ここで指を一回鳴らすと~……はい! 束の一番下に、サインされたトランプが瞬間移動してきているわけです!」
大成功。
観客たちは誰一人としてこの手品のタネを見破れず、山札の中からトランプを瞬間移動させたのだと、素直に拍手喝采する。
そんな調子で手ごろな手品を三つほど披露し、マジックショーは閉幕した。
観客たちから貰ったおひねりを数え終わった後、赤神緋音はスマホの時刻を見る。
「さーてさて。そろそろお時間ですねぇ。こちらのお仕事は無事に終わりましたが、『本職』の方はどうなることやら? ワタクシ、緊張してきましたねぇ……ふふ」
赤神緋音はマジシャンだが、それはあくまで表の顔。
彼女は妖狐であり、裏社会にその名を知られる始末屋である。
商売道具をまとめたスーツケースを持って、赤神緋音は町はずれの廃工場へと向かう。
「情報によると、今回の標的はここを隠れ家にしているのだとか……お、いらっしゃいましたねぇ」
工場内部の中央に、ガラの悪い男の二人組がいる。
彼らもまた赤神緋音の気配を察知し、そちらへと視線を向けた。
「この気配……お前さんも人外か? 俺たちに何の用だ」
「へぇ~別嬪なお姉ちゃんじゃねえか。なぁ、オレたちと一緒に仕事しねーかぁ? 金持ちの人間のジジババのお宅に突撃するだけで大金が手に入る簡単なお仕事さ」
「うーん、なるほどなるほど! 聞きしに勝るゴミっぷりでございますねぇ!」
「……あ?」
聞き捨てならぬ暴言を吐かれて、一瞬にして男二人の瞳に殺意の眼光が宿る。
だが、赤神緋音はその殺意を一身に受けても、全く動じることはない。
「最近このあたりで頻発していた、人間によるものとは思えぬ破壊を伴う強盗事件。これは間違いなく妖怪の仕業だろうということで、アナタがたの始末に私が派遣されたワケです」
「派遣だと! テメェ、どこの誰の使いだ!」
「そこは当然、企業秘密ですとも!」
返答の後、赤神緋音は右の手のひらの上に炎を生成し、それを水のように前方へ撒く。男二人組へ浴びせるように。
当然、男たちも黙って突っ立っているはずがない。左右に分かれて炎を回避した後、その姿を本来のものへ……妖怪としての姿に変える。一人は熊ほどの大きさがある猿のような怪物に。もう一人は爬虫類の鱗を生やし、鋭い爪と牙を持った蜥蜴のような異形に。
「ふふ……。炭か、灰。どっち行っときます?」
「ちぃ! 炎の妖術か! 厄介なモン使うじゃねぇか! おい、挟み撃ちで仕留めるぞ!」
「おう! 可愛がってやるぜぇ!」
自分を取り囲む二人組に対して、赤神緋音は右手と左手をそれぞれに向けて火炎弾を発射。一発だけではない。二十発、三十発と連射する。機関銃のような火球の射出音が鳴り止まない。
だが、男たちは火炎弾を避ける。
猿妖の男は力強い疾走で火炎弾の射線から逃れる。
蜥蜴の男は地面を這うように動き、火炎弾の下を潜り抜ける。
「意外と良い動きですねぇ! ですが、逃げれば逃げるほど、炎はアナタがたを追い詰めていきますよぉ?」
「ったく、どんどん炎が燃え広がっていきやがる! テメェこんなに派手にやって大火事が発生したら、テメェこそ雇い主から目を付けられるんじゃねぇか、ええおい!?」
「おっと、意外と鋭いご意見! ですがご安心を! この炎はワタクシの手足も同然。ワタクシの意志ひとつで、自由に鎮火できるのですよ!」
「けっ、だと思ったぜ! だがな、話し相手になってくれてありがとよ! おかげでテメェの注意を引けた!」
その猿妖の言葉を聞いて、赤神緋音は背後をちらりと振り返る。
猿妖の相方である蜥蜴の男が接近してきて……いない。
すぐさま正面へと視線を戻す。
赤神緋音が背後に気を取られた一瞬の隙を突いて、猿妖の男が猛速で間合いを詰めてきていた。
「おや、ハッタリですか……!」
「引っ掛かってくれてありがとよ! ブッ飛ばしてやるぜぇ!!」
既に猿妖は、赤神緋音の目と鼻の先まで接近している。
猿妖の速度は下がらない。赤神緋音に体当たりするつもりだ。
小手先の攻撃ではこの突撃を止められそうにないが、この距離で炎を浴びせても、彼女自身まで巻き込んで自爆してしまう。
鮮血が舞った。
猿妖の血だ。
赤神緋音が、いつの間にか一振りの刀を握っている。
これを使い、至近距離からの居合切りを放って、猿妖を切り裂いたのだ。
「ぐあ……!? てめ、その刀、いったいどこから出した……」
「それも企業秘密につきお答えできませんねぇ! しかし、この程度の手品、マジシャンであれば出来て当然でしょう?」
相手は丸腰だと認識していた猿妖は僅かな回避行動すらとれず、この居合切りの直撃を受けた。腹部の傷口を手で押さえながら、猿妖は床へと崩れ落ちた。
「サル! このアマ、許さねぇぜ!」
蜥蜴の男が憤り、赤神緋音に飛び掛かろうとした。
だが、彼は急にその足を止める。
足元がいやに熱い。背筋に冷たい緊張が走るのを感じた。
「あ、熱っちぃ!? なんだ!? 俺の足が……燃えてやがる!? ウソだろ!? 炎はしっかり気を付けて回避していたのに! 壁や床に燃え移った炎だって! な、なんでだぁぁ!?」
蜥蜴の男は気づいていなかったが、彼の足元には薄青色の炎が燃え盛っていた。これを踏んだことで、蜥蜴の男の足に炎が移ったのだ。
この「薄青色の炎」というものは、周囲の光度によっては目に見えなくなり、透明の炎と化す。赤神緋音は戦闘開始時、派手に火炎弾を乱射していたが、それは緋色の炎によって周囲の光度を調整し、この薄青色の炎を透明化させるためだったのだ。
燃える足元に気を取られている蜥蜴の男へ、赤神緋音はゆっくり接近。
刀を上段に構えて、蜥蜴の男を斬り伏せた。
「ぎゃあああ!?」
蜥蜴の男も床に倒れて、意識を失った。
これにて今日の仕事は完了だ。
パチン、と赤神緋音は指を鳴らす。
工場内に燃え盛っていた炎が、そして蜥蜴の男を包もうとしていた炎が、一瞬にして消え去った。
男二人は大怪我をしているが、まだ死んではいない。
死んではいないが、当分の間、動くことはできないだろう。
後は然るべき場所に連絡すれば、後始末はしてくれるはずだ。
「ふふ……今日の仕事も楽しかったですねぇ」
赤神緋音は手品が好きだ。
摩訶不思議な現象を見た時の、観客たちの驚きと興奮を見るのが好きだ。
それらの手品は、どうということはないトリックによって成り立っているというのに、それでも良い反応をしてくれる観客たちを見ると、優越感に浸れる。
赤神緋音は手品が好きだ。
摩訶不思議な逆転劇をされた時の、困惑と絶望に染まる標的を見るのが好きだ。
勝利を確信している相手に、敗北という現実を叩きつけてやるのは、マジックショーでは得られない快感がある。
赤神緋音は手品が好きだ。
ショーにおいて、観客たちは手品のタネを知らないからこそトリックは成り立つ。
戦闘において、どんな強者でも知らない攻撃には対処が遅れるものだ。
手品とは、トリックを極めること。
トリックを極めれば、殺しの腕もまた極められる。
それが赤神緋音の持論である。
赤神緋音はスマホを取り出し、電話番号を入力。
通話の相手は、世界侵略を目的とする妖怪組織【春醒】の幹部。
「もしもし~? ええ、ワタクシです。ご依頼は無事に達成しましたよ。標的のお二人は片付けました。後始末はお願いしておきますね?」
妖怪は、一般社会にとっては今なお闇の存在だ。
【春醒】としてはそれでいい。今はまだ、妖怪の存在は認知されていない方が、自分たちも動きやすくなる。
だからこそ今回のように、はぐれの妖怪が好き勝手に暴れて、妖怪の存在が世間から注目され始める事態は避けなければならない。
そのような思惑のもと、【春醒】は赤神緋音に今回の件を依頼したのだ。
「それで……アナタがたから見て、ワタクシの実力はいかがでしたか? ……ほほー、合格ですか。では、今度の一件も本格的に噛ませてくれるということで? ふふ、楽しみですねぇ」
赤神緋音は妖術を使い、自身の刀に赤々と輝く火を灯すと、それを頭上から足元へ力強く一振り。刀身の炎と、付着していた鮮血を、同時に振り払った。
「火祭りか、血祭り。蛮狸の連中にはどちらがお似合いでしょうかねぇ?」
赤神緋音が微笑む。
その笑みは妖艶であり、そして凶悪だった。




