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作品を「寝かす」ことについて

作者: 暇庭宅男
掲載日:2026/02/26

暇庭は長編を書いたことはないが、短編すらもしょっちゅう途中で筆を置き、五千字程度の作品でも平気で「寝かす」人間だ。


作品を寝かした経験は書く趣味をお持ちの方なら多少なりともあると思う。何をどのくらい寝かせたろうか?長編をちょっと休暇を頂いて数週間?書きかけで公開していないものを数ヶ月?


いろいろあるだろうが、私暇庭は寝かす期間の長さはとんでもない。ひと晩で五千字のものを一本書ける日もあるくせに、たかが三千時程度で年単位寝かすこともある。エタっているのではないかと大半の人は思うだろうが、暇庭の中ではエタって未完になっているものは実は片手で数えられる程度で、今現在も、これまでに完結していない何十本もの作品を書きかけで寝かせている。書きかけているとある瞬間に、その先を書ける機会が訪れるのだ。


例を挙げようと思う。暇庭がなろうに投稿した短編の寝かせた期間をいくつか、下に箇条書きする。


・月と虎と人魚:私の代表作で自分でも好きな作品。長い作品でもなんでもないのに話の締めをどうするか思いつかず、中学生の時半分くらい書いてから4年間も寝かせた。


・星は僕らを憎んでる。:これも大したことない長さなのに半分のところで筆が進まなくなり約3年寝かせたもの。


・風を悼む:間違いなく暇庭の中で最長の寝かせ期間。エピソード1を書いてからなんと9年間、月に2回程度読みに戻るがワンセンテンスも書けずに過ごした。


ざっと挙げただけでもこんな感じである。普通はエタっている認定される。間違いなく。

そうして、評価の面では決して良くない。そも、自分で読んでいても、好き嫌いはともかく寝かせたおかげで出来の良い作品になったものはない。


何を言いたいかと言うと、作品を寝かすという行為は、他人様が読んで面白い話を書くのには、全然寄与しないのだ。これは断言してもいい。寝かせて面白くなったり、より洗練された作品へと熟成する物語は大変に少ない。


これは、作品のメインテーマとキャラクターの間にある距離や、同じくキャラクターの性格というものが、寝かすことでは変わらないからだ。

売れ筋の作品はメインテーマと登場人物のマッチングがうまいし、外している作品は大概そこを外している。これは制作期間は関係なく、ほぼ、作者のセンス如何ということになる。だから私が「おーっ!面白い!」と思った作者は、執筆ペースも早くて単行本が年に何冊も出たりする。


さあ、では、意味のない「寝かす」行為を暇庭はなぜ年単位でやってしまうのだろうか。創作意欲が弱いから?その理由も無くはない。が、私が作品を寝かすとき、そこには別の理由がある。



自分が納得できる物語にしたいから、だ。



先に述べた通り、客観的な面白さに作品を寝かす行為はほとんど関係ない。休みが取れたので心身がリフレッシュした、程度の話はあるかもしれないが、そこまでだ。寝かせた作品の続きで洗練された文章を書けたりすることはほぼ、ない。


だがこれが、自分の納得だとか、大げさにいえば自身を救う物語であれば、話は違ってくる。

自身の悩みが投影された物語を書きがちな暇庭は、寝かせている数年間の間に、悩みに対して地道に格闘、解決した経験や心の動きが蓄積して、ある時スッと書けるようになったりする。新しい視点を仕入れてそれを打開することもあるし、あの日誰かが言ったことのうまい言い換えが身についたりする。そういう意味で、作品を寝かすことは書いている自分自身にとって大きな意味をもつ行為なのだ。いつか思ったことや感じたことを、文章で取っておく。文章は腐らないから自分の心がいつまでも新鮮に残っている。そして数年を過ごして様々な経験をした自分が、過去へ手紙を送るように作品の続きを書くことができるようになったりするのだ。


そしてもう一つ、寝かせた作品のその続きを書いた経験は、本当によく身につくのだ。

というのも、時間を隔てたことで、寝かせた作品とはある種の合作となる。過去の自分と今の自分は、完全に同一の心は持っておらず視点が微妙に違う。2人の合作と呼べる作品になる。

この視点の差が本当に大事。自分でどのくらいの期間でどのくらいの心境の変化があったか、は、そのままキャラクターの厚みや、同じテーマに登場人物が返すそれぞれの答えの幅に繋がる。そうするとどうなるか。寝かせた作品に寄与しなくても、その次の作品を書くときに図らずも重要な経験値になったりするのである。


だから、書きかけだけど終わらないから諦めちゃったと、そういう作品があるよという方、それを未完と捉えずに、寝かせ期間だというふうに捉えてみるのはいかがだろうか。


何より、続きを書くのを諦めていないことは、まだ途中になっている物語にとっても、かけがえのない福音であると思うからだ。


未完と言わず、書きかけた物語を自分で読み直してみてほしい。もしかしたら思わず、書き手として貴重な経験をそこで得られるかも知れないのだから。

上達するためにちゃんと書き終えなさい。とは小説を書きたいと言う人に先達からよく言われることだが、書き終えようとして苦しくなり書く趣味をやめた人をたくさん見てきたので、少し違う視点をご紹介したかった。

あくまで、書く趣味を長続きさせるための考え方の一つである。私は書く趣味を完全にやめなくてよかったと今心から思っている人間なので、それを共有したかった。

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