第4話 月夜の竹林
馬車が町から消えると、隠れていた町民たちがぞろぞろと広場へと集まっていく。
「こりゃひでえな」「貴族様とはいえ、国際問題だろ」「おれ達がなにしたってんだよ」
不満の声があふれる。それはそうだ。平和に暮らしていただけなのに、いきなり襲われるなんて理不尽だ。
「……」
ミツキは己の不甲斐なさに俯く。自分がもっと強ければ、町もヒナタもサクヤも守れたのに……。
町民の不満は収まらず、どんどん膨れていく。
「なぁ……やっぱりあの子のせいじゃ……」「やっぱり"血の目"は災いを呼ぶ、ってやつかね」「10年前も過激派の連中が来てたもんなぁ」
囁き声と視線がミツキに向けられる。強大な力を持った隣国の貴族様ではなく、すぐ近くにいる差別対象者に目を向けられる。きっとその方が気も楽になるのだろうか。
「ミツキちゃーん! 大丈夫!?」
「おばさん……」
一人立ち尽くしていると、団子屋のおばさんが駆け足で寄ってきた。
「ケガだらけじゃない!ちょっとまあ、はやくお医者さまのとこへ行きましょう!」
「おばさん……ありがとう。でも、大丈夫」
「大丈夫ってあなた」
「これくらいの怪我なら平気……私は、堕天使の、子、だから……」
消え入るような声で口にする。堕天使のミツキと接触しているおばさんや、そのお医者さんにも町民から嫌悪の視線で見られてしまうかもしれない。それは避けたい。
心配してくれて嬉しい。だが、今はそれよりもヒナタ達だ。
「それよりおばさん! 東の竹林の奥に櫓ってある?」
「えっ? ええそうね、たしか大戦で使われていたわね。もう使われていないと思うけど、それが?」
「ありがとう、それじゃあ」
「ちょっ、ミツキちゃん!? ケガ!」
ミツキはその場を去ろうと踵を返す。フラフラで歩く様子が痛々しい。それでも迷いなく進むミツキの並々ならぬ気配に気圧され、団子屋のおばさんは止めることはできなかった。
──ミツキを通り過ぎる町民の視線が、冷たく刺さった。
***
一人竹林を往くミツキ。砂利道を歩くたびに足音が響く。竹林の奥では、月光が葉の隙間を縫い、冷たい地面にまだらな影を落としていた。
袖をめくり、傷があった場所を軽く揉む。
「あんなに怪我していたのに、もうほとんど治ってる……」
自身の自然治癒力に驚き、思わず呟く。自分が人間なだけではなく、堕天使の血が入っているので当然なのだが、それでも回復力がはやい。
曇り顔のまま、ミツキは首飾り──堕天使の象徴の"魔神器"に触れながら口を開く。
「父さん……ごめん、もうアサヒミナにはいられないかも。私のせいでヒナとサクヤは攫われて、町も滅茶苦茶に壊されて、怪我をした人もいて……堕天使は、町にいちゃいけないのかな……」
弱々しく呟く。ヒナタ達を助けたい気持ちは本物だが、町から逃げ出したい気持ちもあった。あのまま残っていても、居た堪れない思いをするだけだ。
ヒナタとサクヤが居れば、何も気にならないのに……。ミツキにとって、二人の存在の大きさを改めて感じる。
「……ううん! しっかりしないと! 『負ける前に負けることを考えるな』だよね! それよりも二人を助ける作戦を考えないと!」
無理に明るく声を出す。悪い想像はネガティブになるだけなのを知っているため、早めにやめるようにしている。
──一瞬、首飾りが光る。ほんのりと熱を発した。
「……? 今なにか……」
首飾りを確認するも異変はない。一瞬のことだったので気のせいと思い、改めて目的を確認する。
「あの傭兵……ダルシアンの情報が本当ならカマンセーヌは櫓に滞在しているはず……櫓ならそこまで大きな建物じゃないから、中にいる人もそこまで多くはないはず。見つからないようにすれば、なんとか救出できるかも!」
顎に手を当てながら考える。周りには誰もいない静かな竹林のため、風が通る音とミツキの足音だけが響く。日は沈み、月光を頼りに進んでいく。雲は出ているが本日は満月。暗くて何も見えなくてよかった。
「それにしても、どうしてダルシアンは教えてくれたんだろう……」
偽の情報か、あるいは罠か。
偽の情報だとしたら教える意味がわからない。ただの意地悪?
だとしたら罠? それも意味がわからない。ミツキとダルシアンの実力差なら罠なんて必要はないのは明白だ。
彼の言葉を思い出す。
『どうしたいかは、お嬢さん次第だ』
「私次第、か……。仕事に誇りを持っていそうな人だっけど、もしかしたらあの人は──っ!」
思案に耽ている間に周りの空気が変わったことに気がついた。いつの間にか鳥の鳴き声も止み、風の音が嫌に響く。肌に突き刺さる凍てつく感覚。殺気だ。
近くに誰かいる。いつの間にか囲まれているようだ。
油断した。罠だったようだ。
ミツキは足を止め、刀の柄に手を添え、肩をわずかに下げて身構える。
「……三人、いや四人? お出迎えしてくれる
なんて紳士的だね」
挑発するように語りかける。相手の伏せている場所が分からないのなら、闇雲に突っ込むよりも相手の出方を待った方がいいと思い、警戒をする。
……動きはない。しかし殺気を感じる。町を襲ってきた傭兵たちよりも、手練れのようだ。
「……私はミツキ・フユウミ。この先の櫓にカマンセーヌが居るとダルシアンから聞いた。この情報に偽りはある?」
周りは見ずに、前だけを見つめ問いかける。……返事はない。風の音だけが返ってくる。
「確認をする。あなた達はカマンセーヌに雇われた傭兵で、アサヒミナを襲い、二人の少女を攫った。その娘達も櫓にいる?」
正直、返答には期待できない。しかしこれだけは確かめたかった。
暫くすると前方の茂みから一人の男が出てきた。手斧を肩に乗せながら、ゆっくりと近づいてくる。
「隊長の言った通り、胆力のある女だな」
「お褒めいただき光栄だね。櫓までエスコートをしてくれるの?」
「あァ連れて行ってやるよ。あの世にな!」
男が叫ぶと同時に、周りの茂みから傭兵たちが飛び出してきた。
ミツキは大きく地面を蹴り、木の枝まで跳び移る。
傭兵の数は四人。町での戦いとは違い、相手は武器を持ち、こちらを殺しに来ている。
「このまま逃げて、警備が強化されるくらいなら……!」




