第3話 略取
「ヒナねぇ、どうして……」
サクヤは広場の隅で崩れた瓦礫に身を隠す。
ヒナタと共に逃げるつもりだったが、ヒナタはカマンセーヌの元へ行ってしまった。
『サクヤちゃんは先に逃げて。あたしは大丈夫だから、ね?』
ぎこちない笑顔を浮かべたヒナタを思い出す。
「……『大丈夫だから』じゃないよ、ぜったいあぶないよ……。ミィだってあのままだとやられちゃうって……」
少し身を乗り出し広場の様子を見る。しかし体重を掛けすぎたおかげで瓦礫の一部が音を出しながら崩れてしまう。
「あっ……!」
慌てて身を隠そうとするも、このまましゃがむと最悪瓦礫の下敷きになるかもしれないと感じ、サクヤは瓦礫の山から脱出した。
しかしそれは姿を晒すのも同然で……。
「おい! まだそこにいるぞ!」
傭兵にすぐ見つかってしまった。
「ひっ、ヒナねぇぇぇぇええ!!」
サクヤはそのままヒナタに向かって走っていく。
***
一方その頃、広場中央部ではカマンセーヌがヒナタの話に耳を傾けていた。
「──なるほどね。その話が本当ならここへ来た甲斐があるよ」
彼は脚を組みながら口を開く。
ヒナタは彼をまっすぐに見つめ、弱さを見せないようにしている。
「だったらもういいでしょう。これ以上町を荒らさないで」
「ふん、わかっているさ。ボクは約束は守る男だからね……ん?」
彼はまっすぐこちらへ向かって走ってくる少女に注目する。
「ヒナねぇー!!」
勢いのままヒナタに抱きつく。
「サクヤちゃん!? 危ないから隠れててって──」
「ヒナねぇだって! もう逃げようよ!」
「あたしはいいからサクヤちゃんは──」
パンッ! とカマンセーヌは手を叩き、二人はハッとする。
「わかったわかった。もう終わりにさせるよ」
やれやれといった感じに口を開く。
「さて、ダルシアンはどうしているかな」
***
広場では肩で息をするミツキと、余裕の様子を見せるダルシアンが対峙する。
「なあお嬢さん。その首飾りはただの飾りじゃねえな。なぜ使わない」
ダルシアンはミツキの首飾りを指差す。
「……関係ないでしょ」
ミツキは首飾りを隠すように掴み、小さな声で答える。
「"魔神器"だろ、それ。そいつを使えば俺たちを倒せるかもしれないぞ」
「"魔神器"だって!? その女、堕天使か!!」
戦いを眺めていたカマンセーヌは身を乗り出し、ミツキに向かって叫ぶ。
「ボクは堕天使が! "血の目"が大っ嫌いなんだ!! ダルシアン!! そいつを殺せ!!」
目を吊り上げながら指を差す。
「ま、待って! もう終わりにするんでしょう!?」
ヒナタは慌ててカマンセーヌに縋る。
「ボクに触れるな! ああ終わりだよ! ダルシアン!さっさと終わりにしろ!!」
「……了解」
ダルシアンは背中の大剣を抜き、静かに構える。
「"魔神器"は堕天使の力を増幅させる特別な武具だ。使わないなら結構だが……このままだと死ぬぞ?」
「……私は人間だから! 堕天使の武器なんて使わなくてもやれる!」
「なら敬意を表そう、いくぞ!」
ダルシアンは地面を蹴り、ミツキへ飛びかかる。
大きく剣を横薙ぎ、対応の遅れた彼女は回避が間に合わず、刀で防ぐも踏み込みが甘く、簡単に弾かれてしまう。
大きく隙ができた彼女を見逃さず、大剣を振り下ろす。
「っっ!!」
ギリギリで体を逸らし、回避と同時にミツキは右切上を行い、彼の左腕を斬りつける。が、踏み込みが甘く致命傷にはならなかった。
「惜しかったな」
大剣を振り払い、ミツキは寸前で攻撃を防ぐも耐えきれず、衝撃で壁まで吹き飛ぶ。
彼は彼女にゆっくりと近付く。
「よく防げたな。いいセンスだ」
「はぁ……はぁ……まあね……」
「だが相手が悪かったな、もうここまでだ」
彼は大剣をゆっくりと振り上げる。
もう駄目だ───ミツキは目を閉じ、顔を背ける。しかし一向に斬撃は来ず、不審に思った彼女は目を開け、ダルシアンを確認する。
「ぐおおおおお!!」
どういうわけか、男は全身が燃え上がり、火だるま状態で、もがいている。
「えっ……どういう、こと……」
ミツキは状況が理解できず、周りを見渡す。眼前には燃える男と、その背後にはカマンセーヌが驚いた顔で左側を見ている。その視線を追うとヒナタが立っている。そう、ヒナタが右手首を強く握り、開いた掌から炎の残滓と硝煙が舞っていた。
「ヒナ……?」
「もう、わかったでしょ……!? これ以上続けるのなら、この人を、燃やし尽くすわ……!」
ヒナタはカマンセーヌに忠告するように告げる。
カマンセーヌは冷静を取り戻し、息を吐く。
「わかった、わかったよ。余興が過ぎたね。傭兵たちも止めさせるよ」
「……」
「ひ、ヒナねぇ……?」
サクヤは少し怯えた様子でヒナタを見つめる。
ヒナタがゆっくり手を下ろすと、ダルシアンを覆っていた炎は一瞬で消えた。
「……っ、こんな力、もう使いたくなかった……!」
魔法使いは腰が抜け、肩で息を吐き、自らの手を恨めしく眺める。
大男は剣を杖代わりにし、なんとか立ち上がる。
「な、なんだったんだ、いまのは……魔法にしても攻撃が全然見えなかったが……」
剣を鞘に納めながら呟く。
「ダルシアン! もう帰るよ、部下たちを集めろ」
カマンセーヌは急かすように告げる。
「あ、あぁ、了解した」
腰の袋から筒のようなものを取り出し、上空へ放り投げると煙と大きな音を出しながら爆発した。殺傷能力はなく、信号弾のようなものだ。
音に気づいた傭兵たちはぞろぞろと帰投し始め、馬車へ向かってくる。
「お友達に助けられたな」
ダルシアンはミツキに話しかける。
「……ヒナがそんな力を持っているなんて、知らなかった」
「お嬢さんが堕天使を隠すのと同じようにか?」
「! 私は隠してなんて……」
「なら"魔神器"を使うべきだった。堕天使なら上手く扱えるはずだ。"血の目"だの呪いだの気にする必要はないんだ」
「……」
「……まぁなんでもいいか。あぁそれと、なかなか腕がいいな。強くなりたいならもっと実戦を積むといい」
そう告げると踵を返し、馬車へと向かおうとする。
「ま、待って! ヒナを連れて行くの!?」
「……あぁ、元々それが仕事だからな」
「そうは、させない……!」
ミツキは力を振り絞り、立ち上がろうとするもうまくいかない。
ダルシアンはゆっくりミツキに近付き、諭すように喋る。
「お友達が大切なのは分かるが、その"ヒナ"はお嬢さんや町の人のために名乗り出たんじゃないのか?」
「なにを……」
ミツキは周りを見渡す。広場の中央の噴水は半壊し、水浸しになっている。壁も床も昨日までとは打って変わり廃墟同様の荒れようだ。逃げ遅れた町民達はあちこちで倒れており、痛々しい様子だった。
昨日までこの町とは無縁だった傭兵達は、仕事を終えた様子で馬車に集まっていく。
「っ……でも、これはあなた達がやったんでしょ……!」
「そうだな。だがこれも仕事なんだ」
「それならっ! ヒナを返してって言えば返してくれるの!?」
彼はミツキの瞳を覗くと、小さく呟く。
「……お嬢さんの眼……似てるな」
「……?」
ダルシアンはしゃがみ、顔を近づけ小さく呟く。
「ここから東方面、竹林を越えた先に城みたいに大きな櫓がある。カマンセーヌの旦那はそこで滞在の予定だ」
「えっ……?」
「俺の仕事はここまでだ。どうしたいかは、お嬢さん次第だ」
そう言うと立ち上がり、彼は馬車へと向かう。
言われた意味が理解できず、呆然とする。なんとか半身を起こそうとしていると、馬車の方からサクヤとヒナタの声が響いてきた。
「いや! 離して!」
サクヤは傭兵たちに腕を掴まれ、宙ぶらりんとしていた。
「あたしがいればそれでいいでしょ! だからサクヤちゃんを離して!」
「なに、ちょっとした人質みたいなものさ」
カマンセーヌは傭兵を急がせる。
「キミに力があることは分かったし、この娘とは仲が良いみたいだしね」
「人質……!?」
「まぁ、キミが素直に従ってくれれば危害は加
えないよ」
「……今の言葉を忘れないで……!」
「もちろんさ。ボクも燃やされたくないし、約束は守るよ」
ヒナタは拳をぐぐぐと握りしめた後、大きく息を吐く。ここでの抵抗はサクヤや町民に対して危険と感じたからだ。
大人しく馬車に入り、後ろ髪を引かれるように振り返る。
「ミツキ……」
唇を震わせ、小さな声で呟く。このまま連れて行かれたらもう帰れないかもしれない。ミツキとサクヤと過ごした日々が遠い昔のように感じてしまい、一筋の涙が流れた。
「……10年前とは逆ね」
幼い頃からずっと一緒だった、家族のような大切な人。そして────。
「……ごめん、ごめんね、ミツキ。あたし、ずっとあなたに……────」
届けたい相手には届かない声が溢れる。
傭兵たちは全員乗車し、カマンセーヌが最後に乗り込み、広場を見渡す。
「ずいぶんと騒がしたな! いずれボクに感謝する日が来るだろう! さらばだ、アサヒミナの町民たちよ!」
町民がいない広場で声高々に宣言し、馬車が発進する。
「ヒナ、サクヤ……」
ミツキは見送ることしかできず、歯痒さに拳を強く握る。なんとか体を起き上がらせ、天を仰ぐ。
「ぜったい、絶対に助けるから……!」
夕日を睨み、強く宣言をした。




