【3/1】価値感のズレってなんだろう
世の中には自分の価値観など、屁の突っ張りほどにも役立たず、むしろ、屁以下の扱いを受けるものだ。
価値観のズレで離婚なんてフレーズを聞くと、紋切り型過ぎて、これは何か宇宙人でも呼ぶサインなのかと思う。定型すぎると言う意味ね。
価値観のズレと言い出すと、元々だいぶとピタリ賞狙いなのだろうが、そうは問屋が卸さない。
価値観が最初からピッタリ合ってると思ってるのは、そりゃあ傲慢だ。
価値観のニアピンですら難儀なのに。
そもそもだけど、価値観は道徳心から培われると思う。だからみんな最低限の価値観では認めあえる。
食べ物を粗末にしない価値観のレベリング
【レベル1】
ご飯粒を残さない
【レベル2】
特売だからといって、買い過ぎない
【レベル3】
ホテルの食べ放題朝食で、欲張らない
みたいな、価値観レベルが存在している。食べ物を粗末にしないと言う点では合意した価値観だけど、具体的に、僕の嫌いな言い方だと解像度を上げていくと、『相手のそれ、なんか嫌いだな』みたいにレイヤーの違う価値観だと気づく。
ズレというよりも、たくさんのレイヤーがある人と、ない人ってことなのかも。
幸いにも僕は妻と結婚してから、この価値観のズレの正体に気づけた。つまりは、レイヤーレベル(数)が違うんだよ、ということ。
トイレは綺麗に使う
という価値観でも
【レベル1】
使ったら流す
【レベル2】
消臭スプレーを使う
【レベル3】
いかなる場合も、座って用を足す
小は立ってするという理由で、離婚に発展した知人がいる。誰かと一緒に暮らすということは、相手の価値観レイヤー数を飲み込めるかが求められる。相手の数まで増やすもよし、相手に合わせて減らすもよし。
・価値観のレイヤーを増やすのは、努力
・価値観のレイヤーを減らすのは、妥協
相手が常に価値観レイヤーが少ないとか、多いってことは稀。
人間関係全般において、この努力と妥協を表裏のように、俊敏に出せないとうまくいかないものだ。
洗い物担当だが、汚れが落ちていないことがある。夜に洗った茶碗、妻が朝食の準備をしていると、うっすらとノリ状のご飯が残っていると、どこで何をしていようと呼び出しがかかる。
なぜ、ちゃんと洗えないのか?なぜ、改善されないのか?
これは、価値観のレイヤー問題ではない。単に、いい加減な家事をするなということだ。
指導であり、警告。すぐ改めねばならない。
求められているのは努力でも妥協でもない。
なんでも価値観のズレで一括りにしていると、屁以下の扱い、屁理屈にしか聞こえなくなるのだ。
おあとがよろしいようで。




