【2/2】未踏の地と貧乏性
貧乏性にも種類があると思う。僕はモノは捨てられる。むしろどんどん捨ててしまう方。捨てる判断がつかないという時はたいてい、「もったいない」というよりも、「いつか使うカモ」という理由だ。
いつか使うカモだって、使う時に買えばいい。だが、たいていそんな時はこない。広い意味で僕は貧乏性に分類されると思う。
腕時計が手放せない。自宅でである。外出先ではない。自宅だ。掃除もするし、水仕事もする。邪魔な時は外すが、またつけてしまう。風呂に入ったらあとは外しっぱなしだ。
朝起きて、朝食を食べ終わり、片付けをして、妻と一緒に出る。妻は会社へ、僕は吟遊詩人ばりの散歩へ。腕時計をしている。このタイミングから風呂まで腕時計は外さない。
(※腕時計は30年前に妻からもらった。ベルト交換して使い続けている。ほぼ秘伝のタレ的な使い方)
腕時計を外さなくなったのは、フリーランスになってからだ。4年前から。というのも、仕事場がほぼ自宅。外出することもあるけど、自宅。すると、腕時計をする機会がないのだ。
せっかく腕時計があるのに、スマホで時間を確認するのは何だかもったいない気もする。それに、腕時計をほったらかしにしていると、どうにも時間が狂ってくる気がするのだ。(振動で動くタイプとかじゃない・リチウム電池)
出た出た、貧乏性が。
腕時計を肌身離さないオジサンがここにいる。
あるのに使わない、他にもないだろうかと気になり、ひとり昼食中に「あぁ!」と声が漏れた。
家だ。マンションをローンで買った。狭い家だけど、フリーランスで仕事場=自宅ならば、使いたおしているといえる。とはいえ、僕が踏んでいない場所ってのが家の中にいくつもあるのだ。
クローゼットの右奥、子ども部屋のベッドとクローゼットドアのぶつかるあたり、トイレの奥、玄関宙づり下駄箱の下、ベランダの水場の左隣。
そんなこといちいち言われても、他人にはなんのことやらだろうが、パッと思いつくだけでもこんなにある。
もったいない、せっかく買った家なのに、未踏の地があるなんて。
ということを、妻に伝えたら
「ついでに、掃除しといて」と。
ついでの意味がよくわからないけれど、掃除しておきます。




