【1/13】先延ばしにする人は、先に来れない人
どちらかと言えばせっかちだと思う。どちらかといわなくてもせっかちだ。とにかく、せっかちだ。自分の思っている時間割にプログラムを組み込みたいだけの、自分勝手な人とも言える。
せっかちだからではなく、これは働く人としてのポリシーなのだが「先延ばしにする人」が苦手だ。慌てる何たらはもらいが少ない、なんていうけれど、相手との約束においてはそれは別物。
「明日ぐらいに●●しておくね」と「また今度●●しておくね」では時間の概念は違うことぐらいわかる。後者は、まぁやらんのだろうな、と推察される。シャコージレイでそれはそれで、大人な物言いだ。
だがどうだ
「明日ぐらいに●●しておくね」についてはそうは問屋が卸さない。下品に言うなら、そうはイカの金玉だ。
ここで苦々しいのは「明日ぐらいに」のぐらいにだ。明日が霞む。明日やるんかい、やらんのかい、やるんかい、やらんのかい、そんなドリルが回転するじゃないか。
仕事が垂直に落ちてくる場合、つまりリレー方式の場合はアナタの明日を起点にこっちも段取り始まるんだぉーと思うのだ。すごくまっとうだと思う。先日も「明日ぐらいに」の冠トークされたのだが、一ヶ月近く明日が来ないらしい。
時勢がら、インフルエンザやはたまたコロナ、なにか病気にでもなったのかなと思うが、流石に一ヶ月もすると違うようだ。SNSで飲み会の投稿がされているのを見ると、明日がきてるじゃねぇか、と思うのだ。
こういう人は、「明日がある」の大曲解人だといいたい。明日があるからくじけないという意味では捉えていない。明日やりゃーいいさ、明日ぁっ。と先延ばし思考でどんどん先伸ばして、忘れてしまうのだ。
僕も一ヶ月そのままにしていたわけでもなく、10日スパンで連絡はとっている。が、もうやりたくないんだろうな、明日ぐらいにと言っていた件は流れた。
フリーランスの口約束はかなり重要だ。売上を見込む。話半分にするようにしていても、そこにある程度の期待値が邪魔して回る。
信用と信頼は両輪だ。二輪というより四輪だ。パンクしたらスペアはない。だから人との約束は守るのだ。自戒の念を込めて。合掌




