【1/8】かくれんぼのジレンマ
「あなたは一日中何かを探している」と妻から言われるほどに、何かを探している。何を探しているのかわからなくなって、「何を探していたか」を探しているという、ミイラ取りが的な修辞法に陥るわけだ。
高校生の子どもがいるが、子どものヘアピンやらファイル、単語帳なんかも「ない!」と言われれば探してしまう。昨日なんか、ネックウォーマーを探していた。もちろん、仕事の余暇タイムに探す。家探しみたいになるので、子どもがいないとき、家族がいないときに、掃除を兼ねて家のなかの遺失物を探すのだ。
そういった具合で「あなたの人生は、探し物ばかりしているわね」なんて妻から言われると、「そうだよ」と答えてしまう。嫌味のつもりなのだろうが、もう嫌味にすら感じないところにまで達している。
僕はハンターなのだ。
数々の探索から、手袋・ネックウォーマー・手提げかばん・イヤホン・靴下の片割れ・瓶のフタ・箸置きなどを見つけてきた。
ほとんどの失くしものが自宅にある。犯人は現場にいる的な、遺失物は家にある的な話なのだ。
「また買えばいい」と言われるが、そういうことじゃない。失くすということは、「探して欲しい」というモノたちからのメッセージなのだ、なんて妻に力説すると、「ホントにヤバいよ」と言われる。僕もヤバいと思う。
モノを隠す妖怪みたいなのがいて、忘れた頃に部屋の隅に置いてくれるみたいな話を聞いたことがある。実際に、失くしたモノが突然出てくるなんてことよくある話だ。
モノたちの「探して欲しい」というメッセージを、忘れたり・無視したりしていると「自分から出てくる」この現象はかくれんぼに似ている。
子どもの頃、範囲を決めずに家の中はNGルールとしたかくれんぼ。隣の町内の公園で身を潜めていたら、陽も暮れ、みんな家に帰っていた。見つけてくれないから、ふらっと地元の町内まで戻る的な。
見つけて欲しくないけど、探すのをやめないで欲しい
失くしたモノが見つからないこの現象を「かくれんぼのジレンマ」と名付けようと思う。パワープレイで探すと確かに見つかることもある、でも時間を置いて別のことに集中する。すると、ひょっこりと姿を現すはず。
先日なくなった子どものヘアクリップ(黒)と僕の箸の片方。どちらかというと僕の箸の片方は喫緊に必要だ。一日三回の使用頻度ゆえに、忘れることなんてできないけど、出てきて欲しい。でないと、僕はいつまでも割りばしを洗って使ってと言う暮らしで、待ち続けなければならない。もう一方の箸も待っている。




