【1/4】長い参拝の人、あのハゲのご主人はきっと平和を願っているはずだ
新年が開けている。おめでとうございます!地元の神社での出来事。普段は人っ子一人いない、犬がその辺歩いているような神社。正月三が日はえらい人の数になる。
出店も軒を並べて、この寒いのにアイス饅頭を強気の価格設定で売っていた。買わない寒いから。
神社の参拝ロードは、長蛇の列でディズニーランドのアトラクション待ちぐらいのイベンタリーなものもなく、ただ隣にいる妻と他愛のない話をするばかりだ。寒風吹きすさぶ朝8時の神社で、三十分近く並ぶ。
妻と三十分のトークに耐えられるネタもなく、目の前にあるもので大喜利せんばかりのライブトークが求められる元日だった。
目の前の風景が固定化される行列。つまりだな、目の前の人しか視界に入らないぐらいの行列なのだ。仕方なく、目の前の夫婦をウォッチする。
ご夫婦ともに60歳過ぎぐらいの印象。ご主人は髪が薄くなっていると、奥様と会話している。シシガシラやトレンディエンジェルのネタぐらいのハゲネタ質量だった。
奥様も適当に流しているかの如く、ハゲてきた話を延々としたところで毛根が元気になるわけでもなく。そう言う意味で、「なんか膝が痛いねん」「太って来たわー」「老眼が進んできた」みたな肉体の衰えトークって、相手に話したところで全くの解決ルートが見えてこない。
決まって相手からは「私、医者とちゃうねん。病院行き!」とトークボールを剛速球で放り投げられて終わるのみだ。病院に行くほどでもない、かといって、パートナー(妻とか彼女とか夫とか彼氏ね)に話を聞いてもらうには、いささかダルイと思われる。
ダルイんですよね。そもそも、どうにもできない悩みって。で、人って悩みを聞くと(特に男性の脳では)、解決策を提示したがる。
老化現象的なモノをはじめ、知らんけど案件については、その解決策自体が「病院行け!」と投げやりにならざるを得ない。
後ろでその不毛な元旦の会話を聞くにつれ、私の肩こりと目がしばしばするというトークがいつのまにか封じられていたのだ。
そんな、不毛な時間を「寒いねー」ぐらいの気象事実だけで、乗り切った私。妻の返事は次第に「そうだね」から無言の相槌、さらには、ノーリアクションとなる。
会話を辞める決心をした夫婦は強い。無や間を気にしなくなるのだ。この境地に至るのは、ある意味夫婦としての肉体的接触を放棄していないとできないのではないかと思う。
セックスレスとは、会話の無や間をもう気にしないで生きて行こうというサインでもあると思うのだ。
そんなどうでもいい思考モードのなかで、いつの間にか自分の番まであと少しの参拝となった。前のハゲトーク夫婦、奥様はサッと終わったものの、ご主人が長い。両手を合わせてからの、長いこと。
隣に並んでと言う感じで進むわけにもいかないぐらいの、「ここ来ないで!」オーラが出ていた。
ハゲのご主人の祈り、願いが終わるまで、待つこと2分近く。後ろの人たちが進まない先頭にイライラしているのではないかと、ハラハラする。しかし、原因は「このハゲ!」なのだから仕方ない。
僕の勝手なイメージでは、ハゲは人に優しく、状況を見極めることができる「気配りの達人」だ。それゆえ、ストレスが毛根をイジメ抜き、毛が抜けていくのだと。傲慢な人にはハゲはいない!これが勝手なイメージであり、持論だ。(と今思えば、いるよね、傲慢な人)
そのハゲのご主人は、この長蛇の列、後ろからの酔っ払いもいるなかで、泰然自若としている。奥様がちょっとコッチコッチと、促してもその両目は閉じられたまま、両手は離れず合わさったまま。
それは、祈願の姿。
祈願とは
神仏や超越的な存在に対し、自分や他者の願いがかなうよう、心を込めて祈り求めることです。多くの場合、健康、無事、成功、回復、安寧など、
人の力だけでは及ばない事柄を託す行為を指します。単なるお願いではなく、敬意や覚悟、願いに向き合う姿勢を伴う行為である点に特徴があります。
イライラがピークに達した頃、つまり2分ほど経った頃、ハゲのご主人は満足し切った横顔で、奥様が待つおみくじコーナーへと捌けていった。
自分の番がようやく回ってきた。押した時間は私のせいではないが、なんとなく早く終われよの視線を後ろから強く感じた。
僕は僕で、「あのハゲのご主人、毛のことを祈願していたのかな?」と思わざるを得ず、自分の参拝に集中できなかったのが悔やまれる。
「仕事、健康、家族、とにかく平和で。あと、世界から戦争もなくなりますように」と急いで祈願した。
その後、おみくじコーナーへと向かったが、あのハゲご主人の夫婦はいなかった。
おみくじは「末吉」
順序を飛び越えて行動すると失敗します、とありがたいお言葉が。
ハゲのご主人の横に並んだり、「長いねん」なんて言わずに、自分の順番をただじっと待つ。そんなありがたい気づきを得た。
帰宅後、昼から妻と飲んでいて、「あんなに長く祈願するのに「ハゲ一本」だけではないだろう、という結論には達した。ハゲのご主人は僕みたいに戦争がなくなることだけでなく、飢えや差別も世界からなくなることも祈願していたと信じたい。




