【11/24】1巻と8巻のないブッダと父とカメムシ
平成から令和へと越境してきた積読本たち。もっといえば世紀を飛び越えてきた猛者本もいる。
どんだけ買っては読まずが許される世界にいるのだろう。たまに「寝る前にコレ読んでみよう」と手に取り、なんだか知ってるってことになることも。
貴重な読書時間に二度読みするという愚行。
妻に言ったら、それは愚行ではない。必要なときに必要な本を読む、薬と同じだ。と、このシチュエーション、まるで懺悔室で告白しているかのよう。
そして、それでも本を買うという、もはやそれはゴミ屋敷の住人に「あれはやっぱ、ゴミだよ」と言うことが憚れる。そして、わが身の行動に唖然とする。これは愚行だ。
せっかく読書の時間ができたーと思い、書棚を漁るとなつかしい、手塚治虫の「ブッダ」ハードカバーが。全8巻のところ、6巻分しかない。高校生の頃チビチビ小遣いためて買ったはずなのに。実家を売りに出すときに持ち出したはずだったのだが……
しかも、欠損しているのが始まりの1巻と終わりの8巻じゃないか。この本は読み尽くした。ゆえに、我、時間のない今、この漫画を読むべきではない。しかも、はじまりと終わりがないのだ。ちょうど「逃げ恥」をドラマで見た時に似ている。
第一話を見逃し、二話を録画しそこない、三話から見て、最終回をリアタイで見ようと意気込み、寝落ちし、いやいや録画してるよとおもいきゃ、なぜか録画できていない。とにかく、始まりと終わりを、みてないと言えばドラマ部門1位が「逃げ恥」。次は「VIVAN」、「半沢直樹」と続く。
TBSばかりやん
話は戻り、そんなスタートとゴールのない長距離マラソンに敢えて挑むバカはようやく7巻目を読み終わり、どうにもモヤモヤしているという。
読むべき本はたくさんあるのに、欠損している本を読み(漫画も本ですよ)、悟りを得るどころか、色即是空からほど遠いところにいるのです。
はて、1巻と8巻はどうしたものか?遠い記憶をさかのぼる。折しも、母から電話があり。
「ブッダって漫画あったやん、あれ、1巻と8巻がないねん。あたまとおしり、お母さん、知らん?」
「あぁ、あれ。あれ、お父さんと一緒に燃やしたで」
火葬ね、お母さん
そうだった。父の葬儀、母ではなく僕が異例の長男喪主となり(母存命なのに)、金の支払いやら、香典返し、なんか弔辞みたいなの、初七日やら戒名、相続どうすんねんボケ、借金なんぼあるねん、秘蔵のビデオは燃えないゴミにだしとけ!
といった具合で、よく覚えていない。
憔悴しているというテイで、喪主を逃げ切った母は、父の煩悩払いのために、棺桶にブッダ1巻と8巻を入れたというのだ。しっかり燃やしたから、跡形もなかったんだな。喉ぼとけ胡坐かいていた記憶がある。あれはブッダのおかげなのかもしれないね。
家に虫が入ってくると、殺さず窓の外、ベランダに逃がすようにしている。父が転生している確率が異常に高いからだ。だからうちには殺虫剤はない。まわりまわって、殺生しないというブッダの教えを守っているのかもしれない。
以前、カブトムシが部屋に入って来た。猫たちが大騒ぎしていたのだ。そんないいものに転生できるはずはない。翌朝、寝室に入り込んでいたカメムシが1匹。これは、転生の可能性アリ、ということで、玄関側から外に逃がした。
そんな僕は、薄情にも父の命日を覚えていない。だいたい息子が産まれる2ヵ月前というざっくばらんな記憶なのだ。歴史の年号暗記のコツがここで活かされているのだな。




