【11/19】52歳にして、靴のサイズを疑う
足が小さい。手も小さいけど。靴のサイズは25.5cmだ。だが、正確には測った記憶がない。なんとなく25.5cmがマイベストだと信じているのだ。いつ測ったのだろう、母との会話にヒントがあった。
「あんた、お父さんの靴履けるん?」
「いや、デカいやん」
「デカいって、お父さん26.5cmやで」
「ブカブカやから、ほら」父親の靴を履いてズボズボなのを見せる。
あの頃(1985年春)
翌日、勝手に母親が25.5cmの靴を買ってきた。中学入学時の話である。服も靴も無頓着というか、中学生になりたての子どもだからよくわからなかった。興味がないわけではなくて、わからないだけ。
13歳になろうかという頃である。それから約40年、靴といえば25.5cm、という焼ゴテを母に押されたまま生きてきたのだ。
靴のギュッと締め付けるような感覚こそ、「THIS IS 靴」と言わんばかりで生きて来たし、息子にも靴はギュッとしてる方がいいと言ってきた。
先日ひとりで街に出て、靴屋でスニーカーを買いに行った。試着するも、どうにもむっちりしている25.5cmたち。靴下分厚い?なんて独り言言ってると
「あぁ、お客さん26.5cmぐらいがいいんじゃないですか?」と店員。
そんな馬鹿な。僕は25.5cmと40年近く付き合ってきたんだぜ。もうその数字は誕生日並みの親近感だ。そうやすやすと、違うなんてことも認められない。
「あぁ」と声が漏れた。快適だったのだ、26.5cmのスニーカー。
思い込みで、40年近く1cmもサイズ違いだったのか。それとも、どこかで結婚太りみたいな感じで、足がデカくなったのか。ちなみに身長は高校生ぐらいで20cmほど伸びた記憶があるが、足はそんなこともなかった。
変わるのだ。万物は流転するのだ。違う。思い込みなのだ。アップデートを怠ってきたというわけだ。
母親が選んだもの信仰があるのか、そういえば中学生の頃初デートで、黒いニットにピンストライプの白ツータックパンツという、チンピラコーデを母にしてもらい、得意げに福ちゃん(当時好きだった女の子)に告白したのを思い出した。
苦い経験にはならず、告白は成功したものの、振り返るとあのファッションに身もだえする。しかも、僕は当時部活ルールで丸坊主だったのだ。靴は父親に借りた革靴だったと思う。26.5cmの靴を履いていたのだ、あの日。
あの日、妙に、軽快に歩けたのはぴったりサイズの靴のおかげだったのかもしれない。福ちゃんと一杯歩いた記憶があるが、足は疲れなかったのを覚えている。
アップデートし損なっている他の何かに怯えつつ、死ぬまでには気づいて変更しておきたいものである。




