【11/4】悪気のない言葉に、立ち向かわない
先日の取引先・社長との打ち合わせ。最近仕事も減ってきているので、御用伺いも込みでのこと。
そういえば、最近退職した人がいるって聞いたけど、補充しているのかな?と思い聞いてみた。気心知れているというほどではないが、それなりに長く知っている。といっても、社長だから、そのあたりは丁寧に。
「最近、人材採用なんかはしているんですか?」
「そうですねー、管理職系で一応ディレクションまわりもできるプレイングが欲しいところですね。経営的な視座も持ってるといいなと」
会話の糸口としては、拙いが、あ、それなら僕ぴったりじゃないか。
自分を指さし
「ここにいますよー、ピッタリの人材」
と言ってみる。
まるで気になる女性に、おどけて告白するみたいな、甘酸っぱさが立ち込める。オジサン対オジサンなのに。
「いやぁ、年齢、年齢」
すぅっと、空気が引き締まる。甘酸っぱさは、ほろ苦さに。そして、そのまま無臭の毒ガスのように、会議室を支配した。
そこで、僕が返した言葉は
「僕の返事は、このお話の一番したに書いてます」↓
年齢を呪いのように唱えて、枷のように縛り付ける。それはまるで罪人のようでもあり。そしてそれは、その先に進むであろう自分にも、その禍々しいものが厄災のように、降りかかる。決して、避けることはできない。
「いやぁ、年齢、年齢」←これって、きっと悪気のない言葉なのだと思うのだ。それは、どうしようもない生理現象の究極形みたいなもので、誰もが同じように、重ねてしまうものだから。
ここで、気にしたいのは、悪気のなさだ。それは、デリカシーのなさとも言える。悪気がないというのは、ここで定義を。
■悪意がない: 定義(一般的な意味)
悪意や害する意図を持っていないこと。
言動によって他人を傷つけたり迷惑をかけたりしても、本人にその自覚や意図がない状態。
これって、ものすごく怖い状態だと言える。自覚や意図がない状態というのは、相手(傷ついた方)が「悲しい」って言わないと、まったく気づかないということ。
ん?いや、「悲しい」なんて言っても、「なんで、悲しんでるの?」と追い打ちコンボがさく裂しちゃうかもしれない。
これは、いつ自分も加害しているかわからない。だって、基本的には、相手が大人なら、「今の言葉傷ついたんだけど」みたいには言わないし、仕事ならなおさら。
だから、悪意のある言葉は、回収されないまま、発した本人は、自分が加害者とすら気づかない。ここも恐ろしい点だ。
そんな言葉を正面から浴びた人(被害者)はスルーして、自分のゴキゲンを下向きにしないように、自分を過保護にするぐらいしかできないもの。
悪意のない言葉を、どう捉えるか?
スルー(沈黙・別の話題に変えるなど)して、(あとで)自分に優しくは、あくまでもいくつかある「解」のひとつ。最適解とも言えない。だって、その態度じゃ、相手に「なんか、急に顔色変わったけど、なんなんだろう」と、不本意に印象が悪くなっちゃう。自分は悪くもないのに。
ここで大事なのは、この「自分は悪くないのに」っていう考え。わかりますとも、自分は悪くない。それは正しい。
だけど、これって、被害者ヅラと思われてしまうんです。相手(加害者)に被害者ヅラしていると思われては、損なのです。
被害者ヅラの定義を
■被害者ヅラ: 定義(一般的な意味)
自分が被害者であるかのような態度・言動をとること。
実際には加害性や責任の一端があるにもかかわらず、それを認めずに「自分だけが傷ついた」と見せるふるまい。
被害者ヅラのポイント=加害性の責任の一端があるにもかかわらず、と言う点です。被害者ヅラと被害者のツラは大きく違うのです。
要は、被害者ヅラってのは、「あなたも悪いはずなのに」という、加害者側にいるはずでしょ、ということ。分類上、加害者チームに属するわけです。
では、この「いやぁ、年齢、年齢」に対する被害者ヅラ、つまりあなたも加害者だろうに、という視点ってどこなのか?
それは、「あなた、実際にだいぶ年齢重ねていますよね。52歳でしょ。そんなので、会社員になろうだなんて、それは厚かましいはなしですよ。それにも関わらず、私に『いやぁ、年齢、年齢』と言わせるのって、そもそもあなたにも責任がありますよ。私だって、そんなこと言いたかないですとも。だから、そんなこと言わせるあなたは、私にとって加害者。なのに、不愉快そうな顔するなんて、それは被害者ヅラも甚だしい。
そう言われたわけじゃないよ
という視点となるわけです。
悪気のない言葉に、心が波打って、ざわざわしちゃうと、急に自分も知らないうちに悪者になってしまう。まさに悪気のない表情、悪気のない態度、を発してしまうわけでなのだ。
で、自分に優しくする・スルーする以外の別解で最適解は
「ですよねー」
一択です。これに勝る答えはないと思うのです。
一旦、受け止めておく。だって、そう考える人の思考を変えることは無理だから。たとえ気心が知れた人でも、そもそも差別意識があったり、弱い人に居丈高だったり、どうにも人として近寄りがたい性質をもっているコトなんてよくあるもの。
そんな、視点を変えようとするなんて、それは、その人の両親に託すべきことで、ちょっと知り合い程度のタスクじゃない。他にもやること一杯あるんだから。
僕が返した言葉は、
「そぉですよねー、僕もう52歳になりますしー」
帰りに、チーズケーキ食べて、欲しかった本を買いました。そんなんでいいんです。




