話1 俺が転生する前の話
「お前、趣味、何?」
職場で不意に聞かれた一言だ。
「・・・・特に無いけど。」
「そんな訳ないじゃん、その歳で無趣味は無いだろ?」
だろ?
まぁそうだ、趣味がないわけでは無い、軽薄そうなこいつにそれを正直に言って何になるって話だ。
俺でさえいい憚る趣味の話をして言いふらされるのは本当に勘弁だしな。
「アニメとかは見るけど、趣味ってわけじゃないからな、グッズとかDVDとか買わないし」
「まじか、その歳でアニメかよ」
・・・おいおい、じゃあ何だ、お前は何を見る?
ドラマか?ニュースか?恋愛リアリティーか?
「やっぱ、ネ○フリだろ?
大人なら、やっぱ金の掛かったモン見て満足しねーと」
は?
サブスクなら俺も数社と契約してるし、多分、お前よりも番組数は見てるよ、それにあそこはアニメも力入れてるし、実際面白そうな原作のアニメはあそこ独占が多い。
でもそこじゃ無いんだろうなお前が言いたいのは。
「でも最近ネト○リもろくなんやってねーよな、エロい番組もねーし、もう解約しよっかな」
意味わからん、ここ数秒で俺の趣味の話から何でお前のサブスク事情の話に話題が飛ぶ?
「あ〜めんどくせ、ちょっと行ってくるからさ。
ちょっとまかせるわ。」
口の前に右手拳をチョキにすると立ち上がりオフィスをそーっと出て行く。
始業してからそう経っていないが、何回目だ。
目の前のディスプレイに目を戻す。
机の上に置いてあった携帯にメールの通知が表示される。
・・・趣味か。
無いわけでは無い、あまり人に言えないだけだ、俺の収入は殆どそれに突っ込んでいる。
つまり金の掛かる趣味。
「風俗」
その中でもデリヘルだ。
ラブホやビジネスホテル、自宅に風俗嬢を呼んでサービスを受けるあれだ。
元々、40代になる迄アニメ鑑賞、読書(主に漫画)、映画鑑賞(ヒーロー、怪獣)が趣味だったが、離婚して1人になった時、ふと思ったのだ。
もうどうでもいい・・・・と。
離婚して思ったのが、金の無さだった。
元嫁に金の管理を任せていた自分にも落ち度はあっただろうが、貯金が無かった。
子供に金が掛かっていたのは仕方の無い事だとしても、金が無い。
離婚後に受け取った俺名義の通帳の中には7万円しか入っておらず、俺の結婚してからの十数年の努力や忍耐はこれだけの価値しか無いと思い暫く呆然としたのを覚えている。
せめてもの慰めとしてあちらも財産分与する金が無くて大変だろうと思う事にしたが、逆に俺は何て小さい男だと自虐的になって吐きそうになった。
こんな金0にしよう。
そう思って最初の風俗に手を出したのがきっかけだった。
はまってしまったのだ。
十数年浮気もせずに、真面目に結婚生活を送ってきた反動か、その真面目な生活の中で、元嫁から拒否され続けて数ヶ月セックスレスだった反動か。
離婚理由の原因の一つになった事なので、関係無い訳がない。
金さえ出せば、俺の年齢や容姿では到底相手にもされない女性からそういったサービスを受ける事が出来る。
はまらない訳が無いのだ。
そこからは給料が入る度に湯水の様に風俗を利用し金を溶かした。
その中で口コミなる物に出会ったのだ。
意識して出会う迄は、そこら中に溢れている口コミに気付きもせずに、知らず知らずの内にそこから商品やサービスに関する知識を得ていた。
店頭のポップ、情報雑誌、何処ぞのサイト、etc。
何処にでも溢れているアナログな情報ツール。
人のその物に対する感想、評価、批評。
元々、文章を書くことに抵抗は無かったので、風俗を利用してその口コミを書く事が俺の趣味になった。
何人かの風俗嬢に
「私が言うことじゃ無いけど、そんな不健全な趣味じゃ無くて、もっと健全な趣味見つけた方がいいよ」
何て言われたが、俺にとっては、なのだ。
健全か不健全では無い。
いい悪いではなく、楽しいかそうではないか。
俺の口コミが参考になれば、その風俗嬢の客が増えるかもしれない。
安月給の俺はそこまで金を出せないので、彼女達に貢献したい気持ちを埋める事が出来る。
養育費もばかにならない。
まだ借金をしてまで風俗を利用したいかと聞かれたらノーと答えるが、数ヶ月後か数年後は身を滅ぼしているかも知れない。
それだけ今の俺にとっては無くてはならない存在になってしまってきていた。
それに、地域の風俗店を統括する総合風俗サイトには口コミを読んだ人間がその口コミが参考になった際、それを評価する欄がある。
その数字が伸びれば伸びる程、風俗嬢では無く、俺自身が評価されている様な気分になって俺の自己顕示欲が満たされる。
それが何とも気分がいい。
ある風俗嬢からは俺の書いた口コミのおかげで指名が増えて大変な事になったと恨み節も聞こえたが、それが純粋に嬉しかった。
ただの社交辞令、俺をあげようとした営業トークだろうが少なくとも俺が書いた口コミが人を動かした。
その事実が堪らなかった。
決して上手い文章では無い、だが、単純に文章を書くことが楽しい。
口コミを書く為に風俗を利用する。
いつの間にか目的が変わっていた。
というのはただのかっこつけではあるが、利用して書くこれはいつの間にか俺にとってマストのセットになっていった。
そして、今。
吐き気を伴う、激しい頭痛が俺を襲っていた。
立っていられなくなり、オフィス備つきのアメリカンを何倍にも薄めたようなコーヒーメーカーから入れた薄いコーヒーを入れた紙コップを床に落とすと、フラフラと自分の席に戻ろうと歩こうとする。
一歩一歩が重く、全身が気持ち悪い。
スーツの重さが気になり始め、首を締め付けるネクタイをスルッと外し、そのまま放る。
力が入らず頭痛m治らない。
俺は堪らず床にあぐらをかくようにペタンと座り込んだ。
目の前が暗くなる、意識が段々と薄れていく、頭痛は・・・・・。