さざなみ
私なら、あなたが声を出せなくても嫌いになんてならないのに。
私なら、どんな姿に変わったとしても、ずっとあなたを愛し続けられると誓えるのに。
私なら。私なら。
こぽりと、口から漏れた空気に目を覚ます。
天蓋付きのベッドには薄ピンクのシーツが敷かれていて、ふかふかの枕も相まって寝心地がとてもよい。
一瞬、自分がどこで眠っていたのかが思い出せなくて混乱したものの、隣に眠る少女を見て全てを思い出す。
――自分は彼女の夫だ。
彼女を見ているだけで愛おしさが溢れてくる。
思わず彼女を抱き寄せると、長いまつ毛の奥から翡翠色の瞳がゆっくりと開かれた。
彼女の口から、さざなみが漏れ出る。
柔らかい波が自分の体中を撫でるように通り抜けていく。
奇怪な快楽に安らぎと恐怖を同時に覚えていると、彼女の心配するような瞳と目が合う。
愛らしい気持ちが胸に溢れて、すぐに恐怖は引いていった。
「まるで夢でも見ているようだ」
現実感のなさに、思わずつぶやく。
声帯を震わせたつぶやきは音にはならず、波となって部屋中に霧散していく。
「かわいそうに、悪い夢でも見ていたのね」
パクパクと口を開閉して、少女がそんな波を紡ぐ。
――段々と慣れてくる。
そうだ。私たちはこうやって交信をする。
当たり前のことを忘れている。
そんな不思議な感覚が、少しだけ気持ち悪い。
心地の悪そうな自分の表情を気にしてか、少女が半身を起こした自分の膝に頭を乗せて、腰に手をまわした。
甘えてくる彼女の黄金色の髪を撫でながら、お互いの脚は魚のそれなんだな、と当たり前のことを考える。
不意に、シャツ越しに彼女が歯を立てた。
くすぐったさと少しの痛みに我に返ると、少女が不服そうな表情をしていた。
「今日のあなた、おかしいわ」
「そうだね。寝起きでぼーっとしているみたいだ」
「もっと私のことを見ていてくれないとイヤよ。わかるんだから、そういうの」
拗ねた表情を浮かべる彼女の額に口づけして、長い髪を指で梳く。
地上の人間が使う言葉と違って、波はすべての想いを伝えてくれる。
彼女が自分をどれだけ想って、愛してくれているかも。
いつからこうしていたのだったろう。
一体、どうして……。
しがみつく彼女が、再び腹に歯を立てると薄っすらと血が立ち上り、周囲を少しだけ赤く染める。
突然の痛みに驚いて少女を見る。
彼女は自分の表情が面白かったのかクスクスと笑い、それから……。
「ねぇ」
波には想いが乗る。
だから、それだけの波で彼女が何を欲しているかをわかってしまう。
その口を塞ぐようにして、自らの唇を重ねる。
舌を絡めて、舌先を噛みあって、喘ぎの一つも逃さないようにキスを交わす。
彼女の波が、自分の五感全てを包み込む。支配していく。
愛撫に反応するたび彼女の生み出す波が愛しくてたまらない。
お互いがお互いの想いを確認するように弄り合い、愛し合う。
その交感は、およそ知っている言葉では表せない快楽だった。
≪ずっと一緒よ≫
彼女の産み出すどんな波にも、その想いが乗っている。
そのことが嬉しくて、愛しくて。
自分も波でもって彼女に応える。
腕の中で彼女が果てる。
少女の体中から発せられた波が、自分の奥深いところまで届くのがわかる。
「愛しているよ。ずっと」
こぽり。
口から出た気泡が、どこまでも深く暗い空へと消えていった。