賢者の石
大勢の観客がいる、劇場のような舞台。そこは、活気で溢れかえっていた。どの人物も、仮面を被って正装している。月夜は、宇佐美のつけていたバッジを胸に飾っている。これが、顔パスとなる。
「おい。あれが、例の宇佐美の御曹司じゃないか?」
「案外、若いな。横に居るのは、愛人か?」
周りから、様々な言葉が飛び交っている。仮面をつけている月夜は、気にせずにその場を楽しんだ。カンカン。舞台の中央にいた男が、板を叩く。
「静粛に!これより、競売を始めたいと思います!」
「まず始めにご紹介するのは、かの有名な画家、ミルク・ソエルの作品、"堕天使の終焉"!」
「おお〜!」
会場からは、大きな歓声が上がる。裏世界でしか生きられなかったソエルという画家は、1856年この世を去った。愛した女性と死に別れてからの彼は、絶望から斬新な作品ばかりを描いていた。"堕天使の終焉"は、月夜と同じ同業者か、金に困った資産家が売り出した物が多い。
「素晴らしいな。まるで、ブラックホールの中に引き込まれていきそうだ…!」
月夜は、目を見開く。
「まずは、500万から!」
「700万!」
「900万!」
次々と値段が上がっていく。こうして、命がけで手に入れたお宝の数々も売られていたのかと思うと、熱気に吸い込まれる。今夜は、10点以上の競売が行われた。そして、最後の競売が行われた。
「それでは、最後にとっておきの商品を紹介します。あの伝説とされた代物、"賢者の石の欠片"!!」
『賢者の石…!?』
月夜は、驚愕する。会場内も、どよめきに包まれる。台の上には、一欠片の赤い宝石が姿を現した。誰も、見たことがないそんな幻の宝石を、誰もが疑問視する。
「あれが、賢者の石…?ただのサファイアにしか見えない。」
月夜は、その小さな光に目をこらす。
「偽物じゃないのか!?」
「そんな物、伝説の中の産物だ!」
観客たちが、野次を飛ばす。
「さぁて、それはどうでしょうか皆さん!私ども、商会は偽物などを売った試しがありません!皆さんご存知ないと思われますが、本物である証拠を一つお見せいたしましょう!」
商人は、宝石を持ち、上にかざす。すると、途端に宝石が眩い光を放ち、その宝石の中には、光を放っている丸い点が見えた。
「な、なんて光だ!」
その眩さに、月夜も周りの客席も目を縮める。"賢者の石の欠片"は、鼓動しているようだった。驚く観客に、商人はにっこりする。
「欠片だけで、これまでの光を放ちます!これは、特殊なルートでしか手に入ることができません!さあ、お買い上げは!?」
一瞬、会場が静まり返る。
「な、七千万!!」
「八千九百万!!」
「…三兆…!!」
いきなりの高額に、会場がどよめく。笑って手を挙げているのは、一人の紳士だった。月夜たちも、その紳士に釘付けになる。
「三兆!他には!?…では、そちらのお客様、お買い上げです!!」
カンと、板が叩かれる。フッと笑う紳士に、皆どよめく。
月夜たちは、リムジンに乗り、一息つく。話しを始めたのは、李のほうだった。
「実はね、月夜。私たちの得物は、最後に見たあの"賢者の石"なの。」
「え?」
「今は、市場に大量に送り込まれていて、有名な宝石よ。もちろん、偽物ばかりなのだけど、きっと先ほど見た宝石が"賢者の石"の特徴だわ!」
「確か、あれは"賢者の石の欠片"だと言ったよな?あんな小さな宝石の欠片で高値がつくなら、本物を探せば、良い稼ぎになるよな!」
月夜は、怪盗の血が疼きを覚えた。
「う〜ん。まあ、そうなんだけど、あまりオススメしないわ。とりあえず、ヒナコの意見を聞いてみない?」
「け、けけ、賢者の石!?」
ヒナコの反応は想像以上だった。だが、顔を歪ませる。
「偽物なんか、わんさかあるのよ!?それに、あまり手を出さないことに賛成するわ!」
「なんで!?」
「得物は、伝説級の品物よ?それを欲しがるのは、あんただけじゃない!数多くの同業者やトレジャーハンターが狙っているわ!第一、この日本に存在するなんて保証は、どこにもないわよ!!」
「わ、分からないだろ?!第一、本物の欠片が競売に…!」
「危険よ!賢者の石は、今まで以上に命がけで探し出さないといけない物なの!99%偽物!!その数百の仕事をこなす自信があるの!?」
「うっ…。」
月夜は、言葉を失った。
「…分かった。少し、皆と話しをさせてくれ。」
「その方が良いわね。ヒナコの忠告通り、命がけの仕事をこなすのだから、考えなくちゃ。」
李が、ポンと月夜の肩を叩く。
『…伝説のお宝。欲しいなぁ〜!』
密かに、月夜は踏ん張りがつかない気分だった。そして、運命的な何かを感じた。
※
月夜は、フューたちに会うことにした。
「久しぶりに再開だと思ったら、何だって?賢者の石!?そんな物語的な代物、あるわけないだろ!?」
「俺も、始めはそう思ったさ!だけど、競売で見たあれは、本物と言わざるおえないほど、どんな宝石よりも輝きをしていた!それに、たった少しの欠片で三兆なんて値段がでたんだぞ!?」
「さ、三兆…!?」
「生唾物だな。賢者の石なんて伝説級の宝石が、そうホイホイ出回っているとは思えない。」
バスクが、一括する。
「ぼくちんも同感〜。世の中には、偽物がたくさん出回っているよぉ。それに、その賢者の石って、昔の錬金術師が造ったんでしょ?手に入れれば、どんな願いも叶っちゃうとか、お伽話だよねぇ~。」
ジェリーが、ガムを膨らませながら言う。月夜は、三人に手を合わせる。
「頼む!"ブラックエンド"の報酬に免じて、しばらくの間そのお伽話に付き合ってくれないか?手に入った宝石が偽物だったとしても、言い値で売れれば損はないだろ!?」
月夜は、にっこり笑う。
「もしかしなくても、本気で楽しんでるな?」
フューが呆れる。
「当たり前だろ。男なら、一度ぐらい冒険したいだろ!?」
怪盗魂に火がついている月夜を見て、三人はため息をつく。
「分かった、分かった!今回の報酬に免じて、しばらくお遊びに付き合ってやるよ!」
フューが、手に顎をのせる。
「…だな。少しの間なら、冒険とやらに関わってやってもいい。くいっぱぐれることもないからな。」
珍しく、バスクも同意する。
「世の中、萌なきゃつまらないしねぇ。」
ジェリーは、ニシシと笑う。
「決まりだな!なら、早速、李に連絡する!」
「賢者の石のリサーチなら、ある程度しておくけど、お前も探偵ごっこしてるんだから、うまく活用しろよ!」
フューが指をさす。
「おうっ!」
月夜は、今までのような宇佐美からの重圧が無くなり、初めて自分自身の仕事が出来ることに胸膨らませていた。早速、李に連絡する。
「え〜!?結局、皆同意してくれたの!?…男の人って…。まあ、いいわ。こちらでも、賢者の石らしい情報をリサーチしておくから、それで良いわね?」
「ああ。頼むぜ!」
「月夜。くれぐれも、今回の仕事は気を抜かないでね?」
「同業者ってやつだろ?そっちの方は、たぶん探偵事務所の方に情報が入ってくるだろ。対策は、それから考えるよ!」
「分かったわ。じゃあ、また連絡するわね。」
電話を切り、月夜は自分の住処へ戻ることにした。
月夜は、軽やかに事務所の階段を上がって行った。そして、ドアノブに手をかけると、二人の笑い声が聞こえてくる。
「フフッ、やだぁ先生ったら!」
「まいったな、ハハハッ!」
ドアを開けると、普段笑顔を見せない神谷が、一条の傍で笑顔を浮かべていた。それを見て、月夜はムッとする。月夜の姿に気づいた二人は顔を向ける。
「ああ。お帰り、月夜君。」
「それじゃあ、先生。時間なので、失礼します。」
「はい、お疲れ様。」
神谷は、バッグを持つと月夜の方を一度も見ずに出ていく。
『あの女ぁ~!毎回毎回、シカトしやがって!!』
月夜は、眉間にシワをよせる。
「何、怖い顔をしてるんだい?」
一条が、月夜の方に歩いてくる。
「ずいぶんと、楽しそうに話してましたね。」
月夜は、フンッと顔を背ける。
「ああ。大したことじゃないよ。そんな事より、仕事の方はうまくいったかい?」
一条は、話題をかえる。
「え、ええ。施設の運営も、滞りなく運んでいるようです。しばらくは、あちらに任せられそうです。」
「なら、明日は空いてる?大切な依頼が入ったんだ。手伝えそう?」
月夜は、笑顔に戻る。
「はい、大丈夫です!それで、その仕事って?」
一条は、一枚の紙を見せる。それを見て、月夜は目を細める。
「…ローズ…クイーン?」
「そう、怪盗ローズクイーン。世界的に、指名手配されている怪盗だ。どうも、ここ日本に現れたそうだ。詳しい詳細は、轟警部が説明してくださるそうだよ。」
「か、怪盗!?」
早速の同業者発見を知り、月夜は目を丸くする。
※
二人は、轟の依頼で、警察署の一室に呼ばれた。
「いやぁ、お久しぶりですな、一条さん!」
「そうですね。また、同じ仕事が出来て光栄です!」
二人は、握手する。
「紹介します。こちらFBI捜査官の…。」
「マット・ミディアムです。よろしく、アキラ・イチジョウ!」
マットは、一条に握手する。
「今回のターゲット、ローズクイーンは、とても凶悪な犯罪者です。私の部下も、何人か病院送りにされました。あなたは、かの有名な怪盗シルバーを追いかけていると聞き及んでいます。どうか、お力をお貸しいただきたい!」
「私のような者でよければ、喜んで!」
「早速ですが、奴が狙っているのは、伝説の"賢者の石"です。
「け、賢者の石…!?」
思わず声を出した月夜の方を、マットが見る。
「…彼は?」
「私の助手をしている宇佐美月夜君です。」
一条が紹介する。
「これは失礼。ツキヤ、よろしく!」
マットは、握手をする。
「ど、どうも…!」
『やべぇ、声に出てしまった!』
月夜は、冷や汗をかく。
「話しを続けていいかな?」
「ええ。」
「これが、奴を写した唯一の写真です。全身は、真っ赤なタイツを身に着けて、顔は仮面をつけている。性別は不明。奴が狙っているのは、"賢者の石"と名のつく宝石です。実際、そんな非科学的な産物があるのかわかりませんが、奴は世界中を飛び回り、盗みに入っています。そして、今回この日本で"賢者の石"と呼ばれている宝石を持った人物が現れたと情報が入り、奴が予告状を出してきた。実際の予告状です。」
マットは、一枚の紙をテーブルに置いた。その紙には、赤い薔薇が描かれていて、文字は英語で書かれていた。
「今宵、"賢者の石"をもらいうけに参上する…と。予告状を受けたのは、シンジ・イトウ。宝石を発掘している人物です。SNSで、"赤い美しい宝石を発掘した"と書き込みを入れたところ、狙われたようです。」
賢者の石と思われるその宝石は、とても大きく四角形をしていた。だが、月夜が競売で見た賢者の石と違っていた。
『ハズレ…か。でも、実際にこの目で見てみないとわからないな。』
月夜の思っていたことを、一条が言う。
「実際に、お目にかかることはできますか?」
「出来ますよ。今から、彼の屋敷に行ってみましょう。」
マットは、その屋敷に案内する。屋敷は、思ったよりも古びていて、豪邸とは言いにくい場所だった。
「こちらが、シンジ・イトウです。」
マットが、メガネをして頭の毛が薄い年配の男性を紹介する。
「どうも、伊藤伸二です。心強い、こんなに私のコレクションを守ってくださる方々がいるとは!」
「伊藤さんが発掘した宝石は、本当にあの伝説の賢者の石なのですか?」
一条が質問する。
「私は、そう確信しています!あのように美しい光を放つ宝石は、見たことがない!」
「失礼ですが、拝見しても?」
「ええ、もちろんです!こちらです。」
伊藤は、コレクションルームに案内した。その間、伊藤がコレクションの説明をし始める。皆、気が滅入っていた。そして、伊藤は金庫から袋を取り出す。
「こちらが、"賢者の石"です!」
その場にいた全員が、伊藤が手に持った宝石を見る。
「こ、これが、賢者の石…?」
「ただの石にしか…。」
「見えないですよね?」
伊藤は、フフフッと笑う。そして、宝石にライトを当てる。すると、その宝石は七色の光を放った。
「おおっ!?」
「こ、これは…!」
「どうです!美しいでしょ!?」
月夜は、目を見開く。
『確かに綺麗だが…。やっぱり、ハズレだ!』
内心ガッカリする。マットと轟たちは、屋敷内を警備し始める。一条と月夜は、廊下で考え込んでいる。
「あれが、"賢者の石"?」
「とっても、そんなふうに見えませんでしたよね。」
すると、月夜のスマホが音を鳴らす。月夜は、一条の方を見る。
「あ、あのー…。」
「仕事だろ?行って来なさい。こっちは、気にしないで良いから!」
一条は、笑って手を振る。
「すみません!」
一条たちと離れた場所に行き、月夜は電話に出る。
「俺だ。」
「月夜、先を越されたわ!伊藤伸二という男の屋敷に…!」
李が、慌てて話しをする。
「分かってるよ。こっちにも情報が来て、下見した!」
「えぇ!それじゃあ…!?」
「残念ながら、偽物だ。」
「そうなの…。じゃあ、今回は…。」
「予告状は、出さないで良い。だけど、俺に一つ考えがあるんだ!今から、フューたちの所へ行く!」
月夜は、ニッと笑う。
予定の時間になり、伊藤はマットたちと一条が担当して、外側を轟たちが警備していた。そこへ、一つの影が敷地内を動き回る。
「ほ、本当に、大丈夫でしょうか?」
伊藤が、大事そうに宝石を抱えている。
「大丈夫。必ず、死守してみせますよ。」
一条が、にっこり笑う。すると、部屋の外から、警察のうめく声が聞こえてくる。
「来たか!」
マットが、銃を構える。静かになったと思うと、扉が開き、何かが投げ込まれる。それが、一条たちの足元へ転がると、プシューッと白い煙が噴き出す。
「クソッ!スモークか!!」
辺りは、白い煙で包まれた。その間を、一つの影が駆け込んでくる。
「ローズクイーン!!」
マットは、拳銃を発砲する。だが、軽々とした身のこなしで、拳銃を蹴り上げる。
「マット!」
一条が叫ぶと、ローズクイーンは向かってくる。
「うわっ!」
刃物を振りかざした攻撃を、間一髪よける。隙を見せず、一条のみぞおちに一撃拳を食らわす。
「くはっ…!」
容赦ない攻撃に、一条は倒れ込む。そして、伊藤の元へ行く。
「こ、これは、絶対に渡さないぞ!!」
意気込んでいたが、自分に近づいてくる人物に、伊藤はまんまと悲鳴を上げて目を瞑る。
「うぎゃあ〜!!」
伊藤の悲鳴を聞き、轟たちは急いで向かう。
「ローズクイーン!!」
すると、ローズクイーンは窓から屋根の上に逃げる。手には、赤い宝石を持っていた。だが、不意にローズクイーンを遮る一つの影があった。
「!?」
ローズクイーンは、足を止める。
「フーアーユー?」
「俺は…。」
「か、怪盗シルバー!?」
轟たちが、大声をあげる。
「…敵?」
「イェース!」
そう答えると、ローズクイーンは素早く刃物を振りかざしてくる。シルバーは、すんでで避けていく。
「っ…!とに、危なっかしい奴だなぁ!!」
シルバーが、ローズクイーンに蹴りを入れると、サッと後ろに下がる。そして、ジリジリと次の攻撃に備える。だが、同時に動いて近づくと、一発の銃声が鳴り響く。
「!?」
ローズクイーンとシルバーは、後ろに下がる。
「そこまでだ!!」
マットが、屋根に登ろうとしている。
「今回は、私の勝ちね!バァ〜イ!」
ローズクイーンは、姿を消す。すると、シルバーも笑いながら姿を消す。
「クソッ!」
マットが毒づくと、轟たちが登ってくる。
「マット!大丈夫ですか!?」
「ええ。」
轟は、深くため息をつき、辺りを見渡す。
「ところで、怪盗シルバーは?」
「シルバー…?奴もここに!?」
マットが、驚く。一条は、伊藤と先ほどの部屋にいた。そこへ、マットと轟たちが駆けつける。
「イテテテッ…!」
一条は、腹を押さえる。
「どうやら、うまくいったようですな!」
轟が、一条に言う。
「ええ。奴は、石ころを持って行きましたよ。」
一条は、ニッと笑う。その頃、偽物を持っていたローズクイーンは、ワナワナと雄叫びを上げる。
月夜は、フューたちのいるボックスカーに戻ってくる。
「どうだった?って、お前、ボロボロじゃねぇか!?」
服の刃が空いた場所は、どこも急所のある場所だった。月夜は、笑いながら冷や汗をかく。
「なかなか、手応えのあるヤツだったよ!」
これから、ローズクイーンと相対することが何度かあるだろう。その為には、色々と準備が必要のようだった。