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集う仲間たち

 一条は、ある一室に従業員たちを呼んで、推理を披露していた。

「奥さんを殺害したのは、一人じゃない。彼と関係を持っているあなた、佐藤さんも手をかして、奥さんの飲料水に毒を盛った。そして、誰も居なくなった時間帯を見計らい、遺体を運び出し、庭に埋めた。」

 名指しされた、佐藤と呼ばれる女性は、慌てて否定する。

「ち、違います!私が、奥様にそんな事するわけがありません!それに、京悟さんとはそんな仲では…!」

 一条は、1枚の写真を差し出した。

「これを見ても、まだ言い逃れが出来ますか?店の裏庭で、濃厚に密着して抱き合っているあなた方二人を見れば、親密な関係なのは明らかです。」

 佐藤は、ギクッとする。

「西崎京悟さん、あなた奥さんの保険金目当てで、ウソの供述ををし、アリバイ工作を佐藤さんを利用して毒物を飲ませた。」

「違います!俺は、そんな事…!」

「始めから、佐藤さんに罪を着せるつもりだったんでしょ?彼女をそそのかし、毒物を渡した。」

 京悟は、冷や汗をかく。

「あなたは、奥さんである明子さんとの仲があまり良くなかった。でも、この料亭の女将である彼女の地位と財産は欲しかった。」

「そんな憶測、誰が信じるっていうんだ!」

「あなた方が言い争いをしているところを、何人もの従業員が見ているんですよ。京悟さん、あなたどうもギャンブルがお好きで、明子さんに何度もお金をもらっていましたよね?尚且つ、店の売り上げにまで手を出していた。帳簿が、何よりの証拠です!愛想をつかした奥さんが、離婚の話しを持ち出し、別れ話をした。だが、借金ばかりしていたあなたには、痛い話しだった。借金を肩代わりしてくれる人が居なくなったら、困りますからね。だからといって、自分の手は汚したくなかった。だから、佐藤さんを利用して、毒物を入れて殺すように指示した。きっと、まだその小瓶は佐藤さんが持っているはず。どこにも、見当たりませんからね。ポケットにでも隠し持っているのでしょう?」

 一条の言葉に、咄嗟に佐藤はポケットに手を当てる。それを見て、決定だな、と警察たちが動き出す。

「ちょっと、失礼。」

 言って、佐藤のポケットから、小瓶を取り出す。

「間違いありません。中身は、科捜研で調べれば分かります!」

「クソッ!なんで、まだ持っていやがる!」

 京悟が、毒づく。その形相を見て、佐藤は涙目になる。

「あなたが、始めてくれたプレゼントだったから…!でも、ウソでしょ?利用しただなんて!?二人で、この料亭を守ってほしいって言っていたじゃない!」

「話しは、署のほうで聞きましょう。」

 京悟と佐藤は、警察に連れて行かれる。その姿を、従業員たちは見届ける。一条は、一段落ついたな、と息を吐く。

「名推理でしたね、一条さん!」

 月夜が、横にくる。

「君のおかげだよ。うまい具合に、写真を撮ってくれたからね。」

 月夜は、ヘヘッと笑う。

『気配を消すことは、お手の物だからな。』

「一条探偵、お手柄ですな!我々の調査にご協力、ありがとうございます!」

「服部警部。いえ、私はただ推測しただけですから。」

 服部警部は、轟警部と知り合いの仲で、関西方面を担当している。轟の紹介で、今回は調査に加わったのだ。

「後は、警察の仕事ですので、お任せください!」

 服部警部は、一条に頭を下げる。一条も、頭を下げてあいさつする。

「どうも、ありがとうございます!京悟の奴は、皆始めから気に食わなかった。やっぱり、あいつが絡んでたんだとは…!」

 料理長が、一条に頭を下げる。

「でも、麻衣子ちゃん素直で良い子だったのに、京悟に利用されるなんて…!」

 従業員の一人の女性が、いたたまれない表情を浮かべる。

「女将さんも、これで浮かばれるでしょう。でも、これでこの店も…。」

「いいや。古くから続くこの料亭を、潰すわけないだろう?」

 従業員たちの話しを聞いていた老人が、姿を現す。

「お、大女将!」

 従業員たちが、一斉に頭を下げる。

「この料亭は、300年続いている店。明子の事は残念だったが、次の女将には聡子をつける!」

「お、おばあちゃん!?」

 傍で聞いていた聡子が、目を丸くする。

「当然だろ。お前は、明子が唯一残した一人娘なんだから。」

 18歳の聡子は、戸惑いを見せる。

「無理よ!だって私は…。」

「お前も、もう一人前になる頃だ。わしが、1から傍で教えてやるから、腹をくくれ!」

 従業員たちは、顔を見合わせる。

「おばあちゃん…!」

「どうやら、ここの美味しい料理を、まだ食べられるようですね、一条さん!」

「そうだね。伝統の料理を無くすのは、心無い。ぜひ、続けていただきたい。」

「探偵さん…!」

 聡子は、ギュッと胸に手を当てる。

「…分かったわ。まだまだ頼りないけど、お母さんみたいな立派な女将になれるよう、精進します!ですから、皆さん、ご指導よろしくお願いいたします!」

 聡子は、従業員に頭を下げる。

「おうっ!皆で、この料亭を守っていこう!」

「料理長さん!」

 一条は、それを見て本当に一件落着だな、と微笑む。

「じゃあ、私たちも帰るとしようか、月夜君。」

「はい。」

 その場を立ち去ろうとする二人に声がかかる。

「お待ちください、探偵さん!」

 大女将が、声をかける。

「あなたたちには、これまでにない感謝をしています。この料亭、"夕焼け"も更に繁栄していくことでしょう。そのお礼と言ってはなんですが、ここ料亭が経営しているお宿をご用意させていただいています。今夜は、もう遅い。遠くからいらしたのですから、今晩お泊まりになってはいかがですか?」

 二人は、顔を見合わせる。

「し、しかし、あいにく、持ち合わせが…。」

「もちろん、タダでお世話させていただきます!後、それと…。」

 言いながら、大女将は、カメラと色紙を取り出す。

『逞しいばあさんだ!』

 月夜は、苦笑いする。

「あの有名な名探偵さんに、タダで帰っていただくわけにはいきません!」

 一躍有名になっている一条は、あらゆる場所に引っ張りだこだ。あの怪盗シルバーと唯一話しをしたことがあると言うことで、TV番組などにも出ている。一条は、苦笑いする。

「わかりました。お言葉に甘えましょう。」

 確かに、もう今から事務所に帰っても遅いと感じた一条たちは、大女将の話しに乗ることにした。



 案内された旅館は、露天風呂がついた大きな旅館だった。

「大きな露天風呂!」

 月夜は、初めて見る温泉風呂に目を輝かせた。

「夕食前までに入っておくように言われたから、早速いただこうか。」

 一条は、上着を脱ぎ始める。

「えっ…?!」

 月夜は、ドキリとする。

「あ、ぼ、僕は、後で入ることに…!」

「何言ってるんだい?そんな事言わずに、早く脱ぎなさい。」

「で、でも…。」

「どうしたんだい?」

 まったくためらわない一条に、月夜は、困惑する。

「いいえ…。」

 月夜は、言う事を聞くことにした。ゆっくりと服を脱ぎながら、一条の方をそっと見る。

『…意外と、がっちりして逞しい体つきしてるんだな。うっ、ど、どこも…。』

 月夜は、急に恥ずかしくなった。露天風呂に浸かり、貸し切りになっている広い温泉に一条は、大きく息を吐く。

「最高だなぁ〜!何年振りだろうな、露天風呂なんて。」

 その横で、月夜は動けなくなって背中を向いていた。

「一体、どうしたんだい?君も、娯楽を楽しみなさい。」

 このシチュエーションに、冷静になれと言う方が無理だと思った。

「いいから、こっちに来なさい。何もしやしないから。この贅沢は、滅多に味わえないよ?」

「は、はい…。」

 月夜は、ゆっくりと振り向く。その時に、以前に負った右腕の傷跡を見て、一条は、ハッとする。唯一残ってしまった傷跡。一条の、もっとも悔いた後悔だった。

「…やはり、残ってしまったね。」

 言われて、月夜は銃口の痕が残った右腕を見る。

「しかたありません。健蔵に襲われて、逃げ出した時に受けてしまったものですから。奴のコレクションの一つになるところでしたから。」

 あの男の気に入った人間たちが、ホルマリン漬けにされていたあの悍ましい事件は、誰も忘れられようがない。怪盗シルバーである月夜が、ターゲットにされていたとも知らず、まんまと罠にかかってしまった。そこに、兄である一夜の首だけが残されていた。その遺体も回収して、今はちゃんと埋葬してある。

「もう、傷の具合はいいのかい?」

「もう平気です。なんともありません。」

 月夜は、腕を振って見せる。それを見て、一条はホッとする。

「見てごらん。空が星で綺麗だよ!」

「本当だ!あ、今夜は満月ですね。」

 満月の日には、何かが起こるのでは…、などと考え、また月夜はムンムンとさせる。露天風呂を出た二人を待っていたのは、料理長がよりをかけた新鮮な海鮮料理だった。

「これは…!」

 あまりの豪華さに、二人は驚く。

「こんな高そうな料理、本当にタダで良いんでしょうか?」

「ええ。お酒の方もご用意いたしております。お一つで…?」

 女官さんは、ちらりと月夜を見る。

「彼も、二十歳を過ぎています。二つでお願いします。」

「かしこまりました。」

 会釈して、女官は部屋を出て行く。やはり、未成年に間違われた月夜は、ムッとする。

「何を、眉間にしわを寄せているんだい?さあ、早速いただこう!」

「…はい。」

 渋々と、月夜は料理に箸をつける。

「お、美味しい!」

 一口で、月夜の機嫌が直る。

「うん。これは、得をしたなぁ〜!」

 一条も、笑みを浮かべる。女官が、お酒を持ってくる。

「そらじゃ、今回の事件解決に、乾杯!」

「か、乾杯!」

 お猪口を叩き合い、二人はお酒を飲む。ゆっくりと飲む一条とは違って、月夜はグッと一気飲みした。

『こ、この後、布団を並べて…、二人で…?!ああ~!!余計な事考えるなぁ〜!!な、なんとか落ち着かないとぉ~!!』

「おっ、威勢がいいねぇ!」

 一条は、カカッと笑う。月夜の心情も知らずに…。


 食事も終わり、満足した一条たちはゴロンと布団に転がる。

「はあ。良い気分だ!こんな贅沢な仕事ができるんだったら、言う事なしだねぇ。」

反応を示さない月夜に、一条は、あら?と横目にみる。

「もう、寝たのかい?」

 隣の布団で寝ている月夜を一目置き、自分も寝ることにした。

「ふぅ~。今日も一日疲れたもんだ。」

思っていると、不意に自分の布団がゴソゴソと動くことに気づき、目を開ける。

「ん…?」

 すると、掛布団の中から、月夜が顔を出しギョッとする。

「つ、月夜…君!?」

 月夜は、とろんとした顔をして一条を見下ろした。

「…一条、さん。」

 言いながら、浴衣の上をさらけ出し、唇を近づける。

「まぁ!待った!!」

 一条は、月夜の顔を両手で押さえる。

「もしかしなくても、君すごく酔ってる!?」

「らり、言ってるんでしゅか!僕は、ちっとも酔ってないでしゅよぉ!」

「かなり酔ってるな…。」

一条は、呆れる。

「…苦しい…!助けて、彰さん…!」

 一条のお腹の辺りに、月夜の硬い物が当たるのを感じ、ドキリとする。

「…ねぇ~。助けてよぉ~、彰さぁ~ん!」

 顔を歪ませる月夜に、一条の心は戸惑いを見せる。

「…そうしたら、…大人しく寝るかい?」

 月夜は、コクっと頷く。一条は、ため息をつく。

「本当は、こんなことするつもりじゃなかったんだが…。若気の至りってことで、今回は大目に見てあげよう。」

 一条は、そっと月夜を開放するのだった。

            ※

 月夜は、夢の中で一条の中で喘ぎ、達していく自分の姿を見た。

「あっ、ああ…!」

 自分の硬くなったそれを、一条は優しく撫でていった。


「…や君。月夜君。」

 不意に一条の声がして、ハッと目を覚ます。

「ほえっ?!」

「もう、女官さんが布団を片付けに来る頃だよ。」

 一条は、窓の傍で一服煙草を吸っていた。

「い、一条さっ…!」

 月夜は、乱れた自分の姿を見て、ぱっと前を隠す。

「お、俺…。昨夜、何か…?」

 恐る恐る、一条の顔色を伺う。

「昨夜?何かって、君なんか寝ながらうなされていたけど。」

「えっ…!?うなされて…。」

『ってことは、あれは夢…!?』

 なんという、恥ずかしい夢を見たのだと、月夜は頭を抱えて赤くなる。

「少し、落ち着いて朝風呂でももらってきたらどうだい?私は、先にいただいたよ。」

「そ、そうさせていただきますぅ!!」

 月夜は、冷静に告げる一条の提案にのることにした。その慌て振りを見て、一条はフッと笑う。


「どうも、お世話になりました。」

 一条は、旅館の人達に挨拶をする。その横で、月夜は顔を赤くして黙っていた。

「また、お時間のある時にでもお越しくださいませ!」

 旅館の一同は、頭を下げて二人を見送る。一条たちは、車に乗って出発をした。

「月夜君。君、あまりお酒強くないみたいだから、これから控えるようにね。」

「は、はい…。」

 頭のガンガンする状態を見て、月夜はため息をつく。

「帰ったら、また仕事が残ってるだろう。休憩はあまりとってあげられないけど、大丈夫かい?」

「あ。はい。問題ないです!」

『帰ったら、いつものように…。』

 月夜は、待ち構えているそれに、また頭を悩ませるのだった。


あれから一年。一条探偵事務所は、大きく新築され大きくなっていた。それと同時に、ある変化も起こっていた。

「茶々〜!!」

 月夜は、自分にすり寄ってくる子猫に抱きつく。

「ニャ〜!」

 茶トラの茶々は、グルグルと喉を鳴らす。

「すっかり、事務所のマスコットだな。」

 一条は、月夜とある不倫の調査ではっていた時に、写真を写しに草むらで隠れていたところ、捨てられた一匹の子猫と出会った。

「ニャ〜。」

 その愛らしい姿に、シャッターを撮るのを止めた月夜は、ワナワナと手を震わせた。

「…にゃ、ニャンコ〜!!」

 カメラを投げ出して抱きついた月夜に、一条は唖然とする。

「一条さん、子猫ちゃん!子猫ちゃんですよぉ〜!!」

 こんなに猫が好きだったとは…と、一条は驚く。

「月夜君。今は、それどころじゃ…。」

「飼っても良いですが?!こんなに可愛い子、一人なんて可哀想です!!」

「君ねぇ。動物を飼うということは、そんなに簡単なことじゃ…。」

 月夜は、ウルウルした目で一条に訴える。

「…ダメ、ですか?」

 絶対に離そうとしまいとする月夜の姿を見て、一条は根負けする。

「分かった、分かったよ!でも、ちゃんと面倒みるんだよ?」

 月夜は、パァ〜ッと明るく笑う。

「やった!やったなお前!!」

「ニャ〜!」

 そして、メスだったその猫を、月夜は茶々と名付けて事務所で飼うことになった。


 月夜は、茶々を撫で続ける。そこへ、一人の影が現れた。

「お帰りなさいませ、先生。」

 その声に、月夜の機嫌は一気に悪くなる。

「先生は止めなさい、神谷君。」

 神谷と言われた女性は、新しく入った一条の秘書を務める神谷円花だ。神谷は、事務所を新しくしてから1カ月ほど後に入った女性だ。

「あの、こちら一条探偵事務所でよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだが。」

 その女性は、月夜の三つ下の24歳である。スタイルが良く、赤いメガネをかけていて、長いストレートヘアの綺麗な女性だ。それでいて落ち着いきがあり、隙がない雰囲気をしている。

「こちらで働きたいのですが。」

 二人は、顔を見合わせる。

「すまないけど、求人募集はしていないが?」

「分かっています。でも、先生は今とても有名な探偵です。人手が足りなければ、事務処理など周りの管理をする人間が必要になると思われます。」

 周りのダンボールの山を見て、一条はう〜ん、と悩む。

「ちなみに、君が出来ることは?」

「事務仕事一般です。先生のスケジュールなど、管理することができると思われます。前は、管理会社で働いていました。金銭面の管理も、お任せください。」

 確かに、一人では依頼を受けるのに、わざわざ手帳を持っていちいち確認しなくてはならなかった。それに、依頼書の管理など、片付けるのが苦手だった。

「分かった。とりあえず、まず3カ月臨時として採用しよう。それから、君に任せて良いものか、判断する。」

「ありがとうございます!精一杯、働かせていただきます。」

 彼女は、頭を下げる途中で、チラリと月夜を一度見た。何も言わずに。

「!?」

 月夜は、自分に一度も挨拶をしない神谷に、違和感を覚える。

『なんだ?この愛想のない女は!』

 それから、月夜には気に食わないと思われた人物が現れた。


「先生、昨晩はどちらに?」

「連絡しなくてすまなかったね。急なことで、依頼主さんが、お宿をとってくださったんだよ。」

 デスクに向かう一条の後を歩き、神谷が月夜に目もくれず話しを続ける。

「依頼が二件、入っております。一つは、行方不明者の捜索。もう一つは、ニュース番組への出演です。」

「テレビには、出ないと言っているだろ?私は、芸能人じゃないんだ!それに、顔が知れ渡りすぎたら、潜入捜索なんか出来なくなるだろ!」

 一条は、不機嫌そうに煙草に火をつける。

「それと、事務所に例の脅迫状が…。」

 神谷は、パソコンの画面を見せる。そこには、"成り上がり探偵!""図に乗ってると殺すぞ!"など、心無い誹謗中傷だ。

「そのことなら、警察に報告してある。それに、幸いなことに、私には知り合いの弁護士もいる。心配することはない。」

「ですが、今世間では、このような脅迫状を書いて、実行に移そうとする狂った人間が溢れかえっています!あまり、お一人では外出なさらないほうが…。」

「まあ、警戒にこしたことはないが、脅迫状を送った場所は、都内のネットカフェだと見当がついているらしい。時期に、犯人も見つかるだろう。」

『成り上がり探偵…。』

 月夜は、少し自分が勝手に宇佐美の残した財産を使って、事務所を建て直したことを心に病む。それは、自分の勝手で使ったことだったからだ。今、宇佐美の行っていた表側の会社を受け継いでいるのは、宇佐美の弟の貞治だ。貞治は、宇佐美の会社の取締役になり、一時期下がっていた会社の株価を上昇させ、建て直すことが出来た人物だ。各施設への寄付も続けており、あらゆる会社と関係を保っている。もちろん、月夜とも顔見知りで、裏社会でのことも承知している。月夜は、その裏事業を担当している。貞治とも、密に連絡を取っている。月夜のスマホが、音を鳴らす。画面を見ると、(始動開始)と書いてある。ついに、待っていた仲間との連絡が来たのだ。

「あ、あの。一条さん…。」

「仕事かい?行ってくると良い。こちらのことは、心配しなくていいよ。」

貞治の仕事を手伝っている、と伝えてあるため、一条は快く返事をよこす。

「すみません。遅くなったら、また連絡します!」

 月夜は、茶々を撫でた後、事務所を出て行く。




 今まで以上に仕事がやりやすくなった月夜は、時間を気にする事なく、本業に勤める事に出来るようになった。その足で、ヒナコの館へ向かう。

「久しぶりね、月夜。一年振りかしら?」

「ああ。」

 ヒナコは、いつものようにカウンターへ座っている。

「そんな事より、李は…?」

 バスクたちのおかげで、生き抜いた李の事を月夜は気にしていた。彼らの行動は、把握していなかったからだ。

「李一族とは、私たちもごひいきにさせてもらっているわ。ぞんざいに扱うわけないでしょ?どうぞ、入って。」

 ヒナコの合図で、一人の髪の短い女性が姿を現した。それを見て、月夜は微笑む。

「元気でなによりだよ、李!」

「ええ。また、会うことが出来たわね。」

 すっかり、いつもの綺麗な顔に戻った彼女を見て、ホッとする。

「これからは、お宝の情報もここで彼女が受け持つことになったわ。」

「また、よろしくね!」

「ああ!それで、仕事だろ?」

 慌てる月夜に、ヒナコは手を振る。

「まあ、待って。あなたも、立派な宇佐美の仕事を受け継いだ後継者。もう、裏の社会を知っても良い頃だわ。」

「そうだけど、どんな?」

 ヒナコは、明細を月夜に手渡す。それを見て、目を見開く。

「一年前に手に入れた"ブラックエンド"の金額よ。」

「…こ、こんなに…!?」

 それは、兆をとうに超えていた。そして、宇佐美が居なくなった今、そのお金は月夜のポケットマネーとなる。これなら、仲間を養っていける。

「で、話しはここからなんだけど…。一度、その競売を見学してみない?」

「競売を?」

「怪盗稼業は、あなたの仕事よ。そして、私たち仲間の命運がかかっているの。どうやってやりくりされるのか、体感するのも仕事よ!」

 ヒナコの提案に、月夜は頷く。

「分かった。見学させてもらうよ!」

「私も、一緒に行くわ。」

 李が、笑顔で言う。

「競売場所は、李がよく知っているわ。お宝を、その目で見てきて、養ってちょうだい。」

「いい機会だ。そうさせてもらうよ!」

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