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森の妖精の仕事

森の神秘的な情景をお楽しみください。




 青々と生い茂る植物達。木々の隙間から零れる陽の光。動物達の息吹。虫達の声が鳴り響く。

 

 私は(ここ)で暮らしている。

 

 両親は既に、遠く手の届かない場所にいる。寂しいという気持ちは、今となってはない。

 ここはとてもいい場所と思う。こんなに空気が澄んで、落ち着ける場所はそう多くない。

 

 こんな場所ではぜひなにもせず、ぐぅたらと寝て過ごし好きなことだけが出来る日々を送りたくなる。恐らくどんな種族でもそう願う者は少なくないだろう。しかし、タダで住めるはずもない。

 

 動かざる者食うべからず、と昔ここを訪れる前に立ち寄った街の人間が教えてくれた言葉があった。

 別にそれに倣って仕事をしている訳では無い。元より私達種族は、()()()()生業(なりわい)にしているのだ。

 

「あ、精霊さんだ!」

「本当だ!精霊さんだ!」

 草むらからひょこっと現れたのは、耳の長い白い毛色の兎だった。二匹はこちらにぴょんぴょんと、飛び跳ねながら近寄ってくる。

 

「こんにちわ、兎さん。お元気?」

 声をかけるとその長い耳をピンと立て、こちらに向ける。

「元気だよー!」

「元気元気!でも、元気の無い兎がいるー」

 

 それが一番大事な事だと言うのに、呑気に話す兎達。この種族は、いつもこんな感じなので慌てることはしない。

 かと言って、ほっとける案件でもないことは確かだ。

 

「そうなんだ。その元気の無い兎さんの所まで案内してくれる?」

「わかったぁー!」

 元気にそう答え、草むらの中に飛び跳ねて行った。

 

 兎の足は、とても早い。目で追うのがやっとだろう。到底走って追いつけるはずもない。

 

 私が短く祈り(スペル)を唱えると、背中に半透明な羽が生えた。これで兎を難なく追うことが出来る。

 木々を素早く避けながら、右へ左へ時に回転しながら突き進む。

 

 たどり着いた先には、たくさんの兎が集まっていた。白い毛色だけでなく、黒や茶色、灰色をした兎もいた。

 地面に片足ずつ降りると、背中の半透明な羽は消えてなくなる。そのまま集まっている兎の群れの中央に向かうと、兎は私に気づき道を開けてくれた。

 

 その道を歩いて進むと、中央付近には草木で作られたふかふかなベッドの上で、横たえる一匹の兎がいた。

 近寄りしゃがみこむと、その兎は顔を上げる。

「精霊さん……来てくれたの?」

「起き上がらなくていい」

 

 うん、と言ってまた横になる兎。とても辛そうだ。すぐに楽にしてあげたいが、そんな都合のいい魔法は存在しない。

 

 様子を見ると、この兎には外傷が見られない。

 故に考えられるのは二通り。一つは病気。大抵の子はこれが原因だ。こうなるまで気づくことが出来ず、最後には息絶えてしまうケースが多い。ただ、症状が出ているのはこの一匹だけなようなので、感染症の類の可能性は限りなく低い。

 

 そして、もう一つは……。

「どう?」

「元気になる?」

「精霊さんならきっと治してくれるよ!」

「すごいマホウ?で、ぱーって♪」

 兎達は、口々に言う。

 

 私は、首を横に振った。

「これは、魔法では治せないわ」

 そう伝えると、兎達は一斉に項垂(うなだ)れる。

「本当に出来ないの?」

 一匹の灰色の兎が、横からこちらを見あげる。

 

「この兎さんは、たくさん精一杯生きたの。だから今度は別の場所に行かなくちゃ。精一杯生きた者の特権だよ。私はその手助けをするだけ」

 

 寿命。それは、この世に生を育んだどんな生き物にも平等に与えられるもの。違うのは、どのような生を歩み、どのように終わりを迎えるかだけ。

 

「違うところに行っちゃうの?」

「一人で行くのは寂しくない?」

「安心して。先に行った兎さん達もいるの。一人にはならないわ」

 そう伝えると、兎達は安心したのか飛び跳ねて喜んだ。

 

「よかった!それなら安心だね」

「一人じゃないなら、僕たちも元気に送り届けよう!」

 兎達はお互いの顔を見合わせ頷き合う。

 

「みんな目を瞑って祈って。この兎が無事に向かう場所へ辿り着けるように」

 私は、横たえる兎に手を添える。短い祈り(スペル)を唱えると、そこから温かい光が兎を包み込む。僅かだが、兎は笑みを零した。まるでありがとう、と言っているかのように。

 

 この祈り(スペル)は、兎に伝えた通りどこかへ連れ出す為の魔法……ではない。少しでもこの兎が楽になるようにする為の気休なものでしかないのだ。

 

 程なくして、兎は静かに息を引き取った。

 

 私は魔法をやめ、目を閉じ心の中で祈りを捧げる。

 どうか、安らかな眠りを。

 

 その場にいる兎達に、「もう目を開けていいよ」と伝えると皆、顔を上げた。

 横たえ、既に息を引き取った兎を次々に覗き込む兎達。

「寝ているの?」

「まだどこにも行ってないの?」

 そんなことを呟いている。

 

 私は、兎を抱き抱え立ち上がる。

「ここから先は私に任せて。みんなも精一杯生きるんだよ」

 すると皆、笑顔で「わかったぁ!」と答えた。ほんと、どんな時も脳天気な彼らが愛おしく可愛らしいと思う。

 

 私はその後、ある場所へと向かい、抱き抱えている兎を土へと帰した。そして、手を合わせもう一度祈りを捧げる。



 

 次の日の朝、私はいつも通り森を散策していた。森に異常がないか注意深く観察しながら……。

 

 すると、遠くからこちらへ軽快なリズムとともに歩み寄ってくる音がした。

「妖精様、お助け下さい」

 それは凛とした姿の、とても美しい鹿だった。

 

「何かあったの?」

 真剣な眼差しを向けると、そのつぶらな瞳は今にも泣き出しそうに潤ませていた。

「熊様と喧嘩してるんです」

 それだけでは正直何があったのか、判断がつかない。縄張り争いなのか、食糧問題なのか……とりあえず、言われるまま向かうことにした。



 

「それは私達が先に見つけたのです。貴方の物では無い。返して頂きたい」

「何を言うか。これは俺様が前々から狙っていた物だ。言いがかりは辞めてもらおう」

 

 案内され辿り着いた場所には、立派な角を持った鹿ととても大柄な熊が言い争っていた。どうやら、熊の後ろにある木の実を取り合っているようだった。

 

「お二方、何をしているの?」

 声をかけると二匹は、こちらを振り向く。熊は「なんだぁ君か」と言いながら、なんでもない事のようにそっぽを向いた。

 

「妖精様!この熊が私達の見つけた木の実を、奪い取ったのです」

 一瞬驚いた目をしていたが、瞬時にして熊への鬱憤(うっぷん)を話した。

 

「奪い取ったとは聞き捨てならない。俺様が一生懸命探して見つけたものなのだ。それを横入りしようとしているのは貴様だろう?」

 なんだと!と、今にも突進していきそうな勢いである。

 さすがに、私がこの場にいる手前、それは必死に抑えているようだ。

 

「熊さん。貴方はそれで満足できる?」

 熊が必死に隠している後ろの木の実は、確かにたくさん実ってはいる。がしかし、熊の体型的にはそれは満足いくものとは思えない。

 

 元より熊は、悪戯(いたずら)好きの種族だ。本気で言い合っていないところからして、今回もちょっとした悪戯(いたずら)のつもりなのだろう。

 

「む……俺様はこれが食べたい」

 むすっとして答えるが、わたしは熊がもっと気に入る食べ物を知っている。

 

「ふむ、これ以上に美味しい物を知っているけれど、これがいいと言うのなら仕方ないね。鹿さん、私が美味しい木の実を教えるのでそれで収めてくれない?」

「妖精様がそう仰るのなら……」

「ま、待て」

 

 鹿は、渋々と言った様子で引き下がる。私は、鹿と共にその場を立ち去ろうと一歩踏み出すと、熊がそれを制した。

「どうしたの?」

「そ…そのもっと美味しいものとはなんだ……?」

 よし、食いついた。

「それは口では教えられないよ。私の秘密の場所なんだ。熊さんになら教えてもいいと思ったのだけれど、その木の実がいいと言うのなら……」

「ぐぬぬ……」

 

 熊は、歯噛みし後ろの木の実と私の顔を交互に見る。

「わ、わかった。これは鹿にやる。俺様をその美味いものとやらに連れて行け」

 

 しめしめ。私の作戦に容易にかかるとは、なんて可愛いんだろう。

「こっちだよ」

 

 熊は渋々といった感じで、私に着いてくる。鹿は、熊が必死に隠していた木の実を頬張り喜んでいた。

 あとは熊をある場所へ連れていくだけ。



 

 私は、とある一本の樹木へと案内した。深い森の奥に堂々とした立ち居振る舞いだ。他の樹木より緑が生い茂っているせいで陽の光が所々しか差し込んでこない。おかげで、とても神秘的な空間を作り出していた。

 

「何も無いじゃないか」

 熊は、嘘つきとでも言いたげに機嫌が悪くなった。そう、ここには木の実ひとつ無いのだ。

 

「何も無くはないよ。本当に美味しい食べ物があるの。あそこに」

 わたしは、神秘的なその樹木を指さす。

「あれは食べ物じゃない。馬鹿にしているのか?」

 

 まぁここからじゃ分からないか。私は樹木へ歩み寄る。木の根元まで来ると、私は振り向き怪訝そうな顔で佇む熊に手招きする。

「ここまで来たらわかるよ」

 

 疑いの目を浮かべたまま、渋々と言った様子で私の側までやってくる。

「一体なにが……」

 私が指さす先、真上を見上げると()()が目に入り、熊は途中で口を噤んだ。

「あの中にとても甘〜い蜜が詰まっているんだよ」

「ほほう!これは確かに良い匂いがする……!」

 ()()は、ひとつの巣だった。しかし、ただの巣ではない。

 

 均等に模様が描かれた円形状の巣だ。蜂の子が一生懸命に築き上げた家。その中には、充分に蓄えられた蜜が詰まっている。

 蜜を摂り、食すのは容易ではない。それを摂ろうとすると当然、蜂達が巣を守ろうと襲ってくるのだ。持ち前のその毒に刺されでもしたら一溜りもない。

 

 だが、その毒が熊には全く通じないことを私は知っている。両親に教えて貰ったことの一つなのだ。あれを食すのに相応しい存在だと思わない?

 

「けれどひとつ約束してね。あの巣に暮らす子達を殺してはいけない。そして、毎日食べないこと。そうだなぁ一週間に一度くらいならいいよ」

「承知した。こんなご馳走を毎日食べられないのは残念だが、森の精殿の言うことはちゃんと聞くように、と代々言われてきているからな。俺様は、約束を守る男だ」

 


 

 今日も私は森を散策する。鼻歌混じりに歌いながら……。

 

 これが私の……森の妖精(エルフ)と呼ばれる種族の仕事である。

 

読んでくださりありがとうございます!


どうでしたでしょうか?楽しんでいただけていたら幸いです。

下のいいねや感想など送ってくださるととても嬉しいです♪


また気まぐれにショートストーリーを書きますね♪

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