君とは冒険に出たくなかった
よりにもよって、光とペアになるなんて。誠吾はもんもんとした気持ちを抱えていた。ペアというのは、これから行われる地域清掃を一緒に行動することだ。地域清掃は半年に一回全校で行われ、学校の周りを歩いて落ちているゴミを拾うのだ。ペアの相手とは、はぐれないようにぴったりとくっついて行動しなくてはならない。仲の良い奴と組んだら楽しいけれど、嫌いな奴と組まされたら地獄である。
誠吾は、クラスメイトの光が苦手だった。光は決していじめっ子ではなく、むしろ優等生だった。成績はいつも学年で一番だし、今年六年生になると、代表委員(生徒会みたいなもの)に選ばれた。体育も得意だ。友達が多く、休み時間も放課後も、いつも皆に囲まれて楽しそうにドッジボールやキックベースに興じていた。
それだけなら、誠吾も彼のことを特に意識することなく、ただのクラスメイトとしてほどほどの距離をとっていただろう。
誠吾は読書が好きだ。幼稚園のころから、友達と遊ぶより、先生に絵本を読んでもらう方が好きだった。字を覚えてからは、童話や子ども向けの冒険小説を次々と図書館で借りて読んだ。本の中の世界はいつだって誠吾を受け入れてくれる。自分じゃない人の物語を読んでいる間は、自分が現実でパッとしないことを忘れることができた。高学年になって、図書館の隅の方に置いてあるような難しい本を借りて読んだ。司書の先生に褒められることや、自分が借りる以外はいつまでもその本達が図書館の棚に置きっぱなしであるのが嬉しかった。
六年生の夏休みに、読書感想文の宿題があった。誠吾は大好きな(難しい)小説で感想文を書いて提出したが、なんと、光も同じ小説をテーマにしていた。そして、優秀賞をもらったのは光の方だった。
誰もが
「この小説を読んでみたくなった」
「光君ほどこの本が好きな子はいないね」
とほめていた。
それ以来、誠吾はその小説をほとんど読んでいない。あんなに大好きだったはずなのに、
(僕は、本当はこの本がそんなに好きでもなかったのかもしれない)
そんな思いがちらついて、楽しめなくなったのだ。
__さて、掃除の時間になると、光が誠吾のところにまっすぐやってきて、明るい声で言った。
「地域清掃に行こう、誠吾」
言われなくても行くつもりだったのに。誠吾はふてくされた気分で、心の中だけでつぶやいた。
ゴミ袋とトングを持って学校の近所を歩いていると、何組かの別のペアに出くわした。光は下級生にも人気があって、楽しそうにあいさつを交わしていた。光の友達に会った時なんかは、そのままくっついておしゃべりが始まったので、誠吾は距離をとって黙々とゴミを拾った。光達は立ち止まって話していたので、周りのゴミがなくなると誠吾は手持ち無沙汰になったが、会話に割り込むのも嫌だし勝手にどこかへ行くこともできないしで、木や地面のアリをぼうっと眺めていた。
光の友達の無遠慮な声が聞こえてきた。
「何だあいつ、陰気な奴だな。あーあ、おれが光のペアだったらよかったのに」
「そうだね……」
誠吾は顔を背け、聞こえないふりをした。「陰気」と言われたことが悔しい。だけど、その悔しさをぶつけることもできない。
光がようやく友達との会話を切り上げたのを見計らって、誠吾は歩き出した。
「あ、待ちなよ」
光が引き止める声が聞こえたけど、かまわなかった。いやに反抗的な気分だった。空き缶や紙くずを見つけて、ゴミ袋に放り込むことに集中した。
「誠吾!」
光が大きな声を出した。
「待ってくれよ。何か……変なうさぎがいる!」
「え?」
誠吾は思わず振り向いた。光は、誰かの家の庭をのぞいて、びっくりしたような顔をしていた。
「変なうさぎ、だって?」
そう聞くと、光は庭の中を指さした。きれいな花壇や木々の間に、緑色の何かがぴょこぴょこ動いていた。
誠吾と光がまごついていると、緑の何かは庭を囲む柵を跳び越えて、彼らがいる道路に着地した。
それは、全身真緑のうさぎだった。よく花屋とかに売っているモスバニーにそっくりだけど、鼻をひくひく動かしていた。光と誠吾を交互に見て、ぱたぱたと耳を振った。
うさぎはやおらくるりと二人に背を向け、ぴょんぴょんと跳びはねていった。先に動いたのは光だ。「追いかけよう!」と叫んで、うさぎの後を追って走った。しかたなく誠吾もついていく。
走るうちに、うさぎは雑木林の中に入っていき、どんどん奥へ進んでいった。光るも辛抱強くうさぎをおいかける。誠吾はもう諦めてゴミ拾いに戻った方がいいと思った。あまり森の中に入り込みすぎたら、迷ってしまうかもしれない。
耳鳴りがした。決して嫌な音じゃない。沢山の人がささやきあっているような__いや、沢山の人が思い思いに子守歌を歌っていて、それが重なりあって大きな響きになったような、そんな耳鳴りだった。
周りを見回した誠吾は、ずいぶん遠くまで来てしまったことに気がついた。空が木々で遮られ、暗い。その上緑が深く、妙に不安な気分になる。
「あーあ、見失った」
光ががっくりと肩を落とした。
「もう戻ろうよ」
「ダメだよ!」
光が突然、大きな声を出し、誠吾を睨んだ。
「こんな面白いことが起きてるのに、途中で帰るなんてつまらないじゃないか。誠吾も、あの本を読んだんだろ?」
誠吾はうっと息を呑んだ。
「あの本の主人公みたいにさ、冒険をしてみたいと思わなかった? きっとあのうさぎは、僕らを冒険に誘ってるんだよ!」
光がそう力説した時、パチパチと手を叩く音があちこちからわき起こった。
「よく言ってくれた、少年よ」
わらわらと木々の後ろからでてきたのは、さっきの緑のうさぎや、同じように全身緑の人間たちだった。
緑色の老人が、光の手を力強く握った。
「君は、わしらの英雄じゃ。どうか、わしらを危機から救っておくれ」
光の顔がぱっと輝いた。
「一体、何があったんです?」
「お話しする前にわしらの家へ行きましょう。ここは、敵に囲まれております」
ぞろぞろと緑の人間たちが列をなして歩き出す。光は彼らの真ん中で意気揚々と歩いていった。誠吾も、光を置いていくわけにもいかないので後ろからついていく。皆光を見たり、話しかけたりするのに夢中で、誠吾の方には見向きもしなかった。
こつん。誠吾の肩に、どんぐりが落ちた。拾い上げて、誠吾はそのどんぐりをじっと見た。虫食い一つない、きれいなどんぐりだった。
もっと小さかったころは、どんぐりが好きで、見つけたらひたすら集めていたっけ。だけど、大きくなって、どんぐりは木の大事な種であることを知った。
誠吾は、どんぐりの木からちょっと離れた場所の、湿った土の中にそのどんぐりを埋めてやった。
「誠吾!」
光が呼んでいた。
「どこにいるの?」
ぴょんぴょんとうさぎがはねて、誠吾の前にきた。そしてじろりと誠吾を見上げて言った。
「早くしろよ、どんくせえなあ」
誠吾はむっとした。なんで、うさぎにどんくさいとか言われなきゃならないんだ。
「光様がお待ちだぞ。とっとと来い」
うさぎはまるで光の家来のようにそう横柄に命令した。そしてぴょんぴょんとまたはねて緑の人々のところにもどっていった。
林を抜けたところに、今まで見たこともない家が沢山あった。木でできた立派な家の一つに入り、緑の人々と光、誠吾は車座になった。冷たい水がふるまわれた。
「それで、危機とは何ですか?」
光が早速尋ねた。人々が一斉にため息をつく。
「あなたももうお気づきでしょうが、わしらは植物になりつつあるのです」
緑の腕をなでて、老人がうなだれた。よくみると、緑なのは体にびっしりと葉が茂っているからだ。光は息を呑んだ。誠吾は身震いした。
「どうして?」
「森の木が、わしらを仲間にしようと呪いをかけたのじゃ。体に芽が出て、葉が茂り、動くのも億劫になり……いずれは、物言わぬ木に成り果ててしまう」
「もう何人も、木となって、森に取り込まれてしまったのです」
緑の子どもたちが泣きだした。老人が光に頭を深く下げた。
「改めて、お頼みします。どうか、わしらを助けてください」
光は決然とした表情でうなずいた。
「分かりました。だけど、どう助けたらいいのでしょう?」
老人は、ひとふりの剣を取り出した。
「これは、一族に伝わる宝剣です。魔力が備わっているのですが、わしらが作ったものではありませぬ」
「かつて、同じような災厄に見舞われた時、やはりあなたのように外からやってきた英雄様が敵を倒してくださいました。だから、今回も、外の世界のあなたなら木の暴走を止めることができるはずなのです」
誠吾は、思わず声を上げた。
「その剣で木を全部切り払えっていうんですか?」
うさぎがうなずく。
「そうさ。あいつら皆、ぼくたちの敵なんだから」
「だけどそれって、無茶だと思うけどな……」
光が誠吾に笑いかけた。誠吾はとっさにそっぽを向いた。
「誠吾の言う通りです。林の木を全部切り倒すのはとてつもなく時間がかかりますよ」
老人の隣に座っていた、若い男が言った。
「林の奥に、最も古く太い木があります。おそらくそれが親玉でしょう。その木だけでも、息の根を止めることができれば……」
緑の人々は口々に賛成した。
「では、早速出発します。その剣を貸してください」
光がそう言うと、緑の人々は大喜びした。
「食糧や、そこの従者にも武器を差し上げましょう」
老人が誠吾を見て言った。従者??
「ぼくもついていくからな。光様をお助けするのに、お前だけじゃ不安だ」
うさぎが、歯をむきだした。
うさぎが大木への道を先導し、その後を光が歩き、誠吾はその後ろを歩いた。うさぎと光はすっかり楽しそうに話し込んでいる。誠吾はやっぱり手持ち無沙汰なので、周りの背の高い木々や、十センチほどの若木を眺めていた。この中の何本かが、元人間だったのだろうか?
こつん。また、誠吾の上にどんぐりが落ちた。誠吾は上を見上げる。風に木の葉がざわざわ揺れている。
緑の人々の話が本当なら、木には意思があって、人やうさぎを呪ったりすることができるわけだ。では、今どんぐりが落ちてきたのも、何か意図があるのだろうか?
誠吾は木の肌に耳をつけてみた。何か聞こえるかと思ったけれど、変わったことは何も起こらない。
光が呼んだ。もうかなり遠くに行っていた。誠吾は慌てて木から離れ、彼らの元へ戻る。うさぎがまた偉そうに文句を言った。
「林の奥は歩きにくいんです」
うさぎが言った。
「つたや根っこがからまりあっているし、シダが生い茂っているから」
「そっか。君くらい身軽だったら、簡単に歩けるだろうね」
そつなく光が相づちを打ち、うさぎが嬉しそうにうなずいた。
「そうなんです! だから、ぼくが案内役に選ばれたんです。人間よりも奥に行けるし、近道も知っているから。__おい、聞いているのか? 誠吾」
「聞いてるよ」
誠吾はむすっと返事をした。
「お前は放っておくとすぐ遅れるからな。どんくさいやつめ」
「はあ?」
「まあまあ、仲良くしようよ。冒険している最中なんだから」
光が仲裁する。
誠吾はますます腹が立って、地面に視線を落とした。
その時、上から木のつるがするすると降りてきて、誠吾の腰にまきついた。
「うわっ!」
つるに持ち上げられ、誠吾は悲鳴を上げる。そのまま遙か上に引っ張り上げられそうになったところ、光が誠吾の足をなんとかつかんだ。左手で宝剣を抜き、誠吾を捕まえていた木のつるを切り払う。
誠吾は地面に落下した。尻をしたたかに打ったけれど、痛みも感じないほど胸がどきどきしていた。引っ張り上げられる時の恐ろしい感覚といったら!
「大丈夫!?」
「……うん。ありがとう」
誠吾は光の伸ばした手を握り、ゆっくりと立ち上がった。
「剣を振るのが上手いんだね」
「僕、居合道を習っているから」
光がはにかんだ。
うさぎが檄を飛ばす。
「この辺りの木は、力が強いんだ。油断するなよ!」
「う、うん……」
こつん。また、誠吾の頭にどんぐりが落ちた。誠吾は光達に見えないようにそっとどんぐりを握り、上を見た。
僕を木にしようとしているの?
心の中でそう呼びかける。風が吹いて、誠吾の耳をくすぐっていく。
『……助けて』
そう聞こえた気がした。だけど、その後どんなに耳をすましても、それ以上何もきこえなかった。
「これが、木の親玉だ」
うさぎの案内で、光と誠吾はひときわ大きな木の前にやってきた。不気味な沈黙が、辺りを包んでいる。すっかり日が隠されて、目の前にいる光の顔さえよく見えない。
「この木さえ、倒せれば……」
その時また、誠吾の耳に声が聞こえた。
『……助けて!』
「誰?」
誠吾は見えない相手に呼びかけた。
『助けて。お母さんを助けて!』
どんぐりを握る手の中がくすぐったい。手を広げると、さっき落ちてきたどんぐりがかすかに震えていた。
どんぐりを耳につけると、あの声が飛び込んできた。
『お願い、あの人達にお母さんを殺させないで』
「君は……」
前に目を向けると、光が剣を抜き払い、大木に向かってゆっくりと近づいていた。
とっさに誠吾は叫んだ。
「光、待って!」
「え?」
振り向いた光を、太い枝が突き飛ばした。光は地面に倒れ込み、剣を手放してしまう。うさぎが光を助け起こそうとした。
誠吾は見ていることしかできなかった。体が、すっかり固まって動かなかったのだ。体中がくすぐったい。目だけを下に向けると、手や足から緑の芽が沢山吹き出していた。
「誠吾!!」
光が絶叫し、駆け寄ってくる。だけどその前に誠吾の意識はふつりと途切れ、目の前が真っ暗になった。
真っ暗で、何もない空間の中で、声だけが響いた。
『セイゴ、セイゴ』
「聞こえてるよ」
心の中でそう思うだけで、わんわんと自分の声も辺りに響いた。
「そこにいるのは誰?」
『ワタシハ、スベテノキノハハオヤダ』
「じゃあ、ここは……」
『キノセカイダ。ワタシタチハ、コウシナイトハナシガデキナイ。ワルイケド、ドウシテモアナタトハナシガシタカッタ』
「話って、どんな?」
『アノツルギヲモッタオトコノコヲコロシテホシイ』
誠吾ははっとした。
「光のこと? あなたを殺そうとしているから?」
『ソウダ。アノコハワタシタチノテキダ。コノママダトワタシタチハミナコロサレテシマウ』
「だけど、それはあなたが人間を木にしようとしたからだ!」
『ジュンジョガチガウ。サイショニ、ニンゲンタチガ、ワタシタチノコドモヲタクサンコロシタ。コレカラセイチョウシ、ハヤシノミライトナルコドモタチバカリ。ドウグヤ、イエヲツクルノダトイッテ。ワタシタチハオイツメラレ、シカタナクキヲキリタオスニンゲンヲキニカエタ』
「そうだったんだ……」
『アノコヲコロシテクレルノナラバ、アナタヲニンゲンニモドス。モシデキナイナラ、コノママキノスガタデイテモラウ』
誠吾はためらった。木のままでいるのは嫌だ。だけど、光を殺すなんて……?
本当に嫌なのか? 意地悪な声がそうささやいた。ずっと妬んで、目の上のたんこぶのように思っていた光を排除する良い機会なんじゃないのか?
「人間に戻して」
『ワタシノタノミヲカナエテクレルノ?』
「……うん」
次の瞬間、黒い空間はぱっとなくなり、元の林の中に誠吾は戻ってきた。体も動く。肌に芽吹いていた葉も消えていた。
誠吾の体を支えてくれる者がいた。光だ。目が合うと、光は微笑んだ。
「よかった、誠吾」
大木の声が聞こえた気がした。
__サア、コノコヲコロシテ。
手がぴくぴく動く。誠吾は地面に落ちていた剣を拾い、胸に抱きしめた。光が驚く。
「どうしたの? 誠吾」
「この木を殺しちゃいけない!」
うさぎも光も、目を見開いた。誠吾は声を張り上げる。光やうさぎばかりか、周りの木々にも聞こえるように。
「この木は、子どもたち__若い木をたくさん切り倒されて、怒っているんだ。だから、人間を木に変えた。もうやめよう。今ならまだ、殺し合うのをやめて、仲直りできるはずだ!」
「じゃあ、木に変えられた仲間たちはどうなるんだ!」
うさぎが怒って言った。
「よそ者が、勝手なことを言うんじゃないよ。植物は、ぼくらに食べられるためにあるもんだ。仲直りなんてごめんだね!」
その時、光がそっとうさぎを抱き上げた。
「よそ者と君は言ったけど、誠吾も僕も、昔君達を助けた英雄の子孫だよ。違う?」
光の腕の中で、うさぎは震えていた。
「僕は__誠吾に賛成だ。今この木を殺したって、問題は解決しない。それよりも、木と仲直りした方がずっといい」
光は、誠吾をまっすぐに見た。
「皆が木を切らないと約束すれば、木にされた人達は元通りにしてもらえると思う?」
「それは……」
口ごもった時、大木が深いため息をはき出した。そして、ばらばらとどんぐりが誠吾の上に降った。
『約束します』
どんぐりが口々に言った。誠吾は光に微笑みかける。
「そうしてくれるって」
「じゃあ、僕が皆を説得する」
うさぎを抱いたまま、光は立ち上がった。
その日のうちに、緑の人々は大木の元へ行き、木を切りすぎたことを謝った。すると彼らの体から葉や芽が抜け落ち、あっという間に元のなめらかな肌に戻った。林の中から、何人もの人々が現れて、再会を喜び合う。
「もう、必要以上に木を切りません」
『私達も、あなた達を木にしません』
どんぐりが、さわさわとささやいた。
お土産にお菓子やきれいな石をたくさんもらって、誠吾と光は林から出た。学校が見えるところまで戻ってくると、不意に光がその場にしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたの?」
光は答えず、口を手でしっかりと押さえている。誠吾も隣に座ると、光は嗚咽を小さくもらした。
「誠吾が……木にされた時、本当に怖かった」
「ああ……」
誠吾はちょっと苦笑する。
「でも、元に戻ったんだから、よかったじゃん」
光は首を振る。
「もう二度と戻れないかと思った。誠吾がいなかったら、僕もあんなところにいられないのに。一人きりで取り残されたらどうしようって、頭がおかしくなりそうで」
「光なら、一人でも戦えただろ?」
だが、彼は何度も首を振る。
「違うよ。違う。僕一人じゃ、無理だ。林の中だって、誠吾がいてくれたから入っていけたんだ。誠吾はちっとも怖がらないから」
光は誠吾の腕をしっかりとつかんで、ぽろぽろと泣いていた。誠吾は唇を噛んだ。
僕なんか、光を殺してもいいと一瞬でも思ったのに。光なんかいなくなればいいと思ってた。それなのに、光は。
自分はなんて嫌な奴だと誠吾は思った。木から許されたのは、光を殺すと言ったから。光を殺せなかったのは、臆病だったから。卑怯で、臆病で、おまけに冷淡だ。光のように、誰かをここまで心配することもできない。
胸の奥が張り裂けそうで、その傷をうめるために涙があふれた。光の手を握り返し、誠吾も泣いた。涙が、自分の嫌な心をすっかり流してくれれば良いと思った。
皆よりずっと遅れて学校に帰ってきたせいで、誠吾と光は居残り罰を受けた。机を並べてプリントの問題を解きながら、誠吾は光をちらちらと横目で眺めていた。時々、彼と目が合う。彼もまた、誠吾が気になっているらしい。
プリントが終わったら、光と一緒に下校しよう。今なら光と素直に本の話ができる。そう誠吾は自分に言った。