すべて子リスの思うがまま
「君との婚約をなかったことにしたい。というより、破棄したい」
学園に通う生徒だけでなく各教職員、果ては生徒の親まで揃っている非常に規模の大きなパーティで、その騒動は始まった。
相対するのはこの学園に通う第二王子のエドワードと、その婚約者であるヴィヴィアンだ。ヴィヴィアンは冒頭の第二王子の言葉にきょとんとしている。小首をかしげるさまが小動物のようで、一部の生徒の心をわしづかみにしていた。主に女生徒の。
「そのようなお話は、別室で関係者を交えてするべきではないでしょうか」
「そういう場だと、君の罪が暴かれずにもみ消されてしまうだろう」
「罪、とは?」
「ほら、そうやって誤魔化すじゃないか。だが、この真実の愛の前では君も罪を認めざるを得ないだろう!」
勝ち誇った顔のエドワードに、周囲はざわついた。
第二王子自ら浮気を高らかに宣言していることは、この際聞かなかったことにしよう。しかし、そこまで強気に発言するくらいだ。きっと確固たる証拠があるのだと誰もが思ったが、ふと我に返る。令嬢の罪とはなんだろうか。会場にいる人々は首をひねることになった。
そのご令嬢ヴィヴィアン・ロバーツは、子リスだった。もちろん、動物のリスではない。だが、学園に通う人々に「ヴィヴィアン・ロバーツを知ってるか?」と尋ねると全員が「ああ、あの子リス」と言うくらい「子リス」という呼び名が浸透していた。
まず身長が142cmしかない。そして髪色がリスを彷彿とさせるような栗毛だった。しかもくせ毛でふわふわしており、それを頭の高い部分で一つに結わえている様が、まるでリスのしっぽのようだと言われている。極めつきは動きがちょこまかとしていて、その小動物のような動作がさらに子リス感を強めていた。誰もが納得の理由だ。
「殿下のおっしゃる罪とは一体何のことでしょうか?」
子リスが背筋をピンッと伸ばした。それだけで「はわあああ……」と女子生徒のとろけたような声が漏れ聞こえてきた。
「なんて可愛らしいんでしょう、子リスちゃん」
「精一杯大きく見せようとしていらっしゃるのよ」
「ご覧になって! あのくるんくるん揺れる髪がしっぽを振っているように見えるわ」
目の前の婚約破棄騒動など、なんのその。女子生徒たちは子リスの一挙手一投足に夢中だ。
「君が、ここにいる男爵家のご令嬢ブリジット・ドナヒューに嫌がらせをしていることだよ」
「そちらのご令嬢にお会いするのは今日が初めてですが」
「またそんな嘘をついて」
「嘘ではございません。きちんとした証拠も提示できます」
「え?」
そう言うと子リスは背負っていたリュックを下ろし、その場にうずくまった。ごそごそとリュックの中身をあさっている様がまた他のご令嬢たちの庇護欲を搔き立てた。
「まあ! 探しものでしたらわたくしが致しますのに」
「証拠ってなにかしら?」
「あら、ご存じないの? 子リスちゃんは音声や映像を記録する魔道具の研究者ですのよ」
「それってつまり……」
そう何を隠そうロバーツ伯爵家の次女、ヴィヴィアンは魔道具開発を生業にしている兼業学生だった。
実は、ヴィヴィアン自身は学園に通うことに意味を見出してはいない。通わずに済むのであれば、それに越したことはないとさえ思っている。しかし、臣籍降下の予定があるとはいえ王族の婚約者だ。きちんと学園には通ってそれなりの成績で卒業しておくべきだろうと、ロバーツ伯爵と話し合った結果、最低限の単位さえを取得すれば、規定年数通わずとも卒業資格をもらえるという条件で学園に通っていた。
「そもそも私はあまりこの学園に通っておりません。仕事の合間に必要な単位を取っているだけですので……。週に1度は顔を出すようにしていますけれど、最近は納期の関係で本日3週間ぶりに登校した次第です」
目当てのものを見つけた子リスはババンッと、第二王子に見せつけるように掲げた。
「……なんだい、それは」
「見ての通り水晶玉です」
「水晶玉など掲げてなんだというんだ」
「こちら、記録機能が備わっている魔道具なのです。これはそれなりの大きさですから持ち歩きには不便ですので、普段はこちらの小さなタイプを首から下げておりますが、こちらで保存されたデータはこの大きな水晶玉に集められる仕組みとなっております」
「つまり?」
「学園に入学してからこれまでの私の行動はこちらにすべて記録されております。なお、私はお風呂に入るときもトイレに行くときも寝るときもこちらを装着しておりますので、ご確認の際はご注意くださいませ」
無実を証明するためでしたら、そのようなことは私にとっては些細なことでございます。子リスはそう付け加えて、水晶玉を第二王子に渡した。
「こちらの魔道具が信用できないとお思いでしょう? そちらに関してはぜひ側近候補である宰相令息や騎士団長令息にお伺いください。彼らは利用したことがございますので」
「………そうか………」
え、令嬢が風呂とかトイレに入っているところまで俺が確認するのか?とエドワードは非常に困惑していた。側近候補として側にいる二人の令息も冷や汗を浮かべている。
「ところで、殿下」
「な、なんだ……」
「〝真実の愛〟というものについてですが……」
「ハッ……そうだ、私はこちらにいる男爵れ」
「そんなことはどうでもよいのです」
「どうでもいい……だと」
「真実の愛、とおっしゃるのであれば明確な資料、および証拠を提出していただきたいのです」
「資料……証拠……わ、私がそう言っているのだぞ。それで十分じゃないか」
「それは資料でもなければ証拠でもありません。言った言わないはトラブルのもとです。ゆるぎない証拠を資料として提出していただかなければ」
目に見えない愛を証明する資料とは一体。会場にいる人々の心が一つになった瞬間だった。
「ヴィヴィアン、目に見えない感情を証明するのは難しいと思うのだけど?」
「それでしたら殿下はどうしてそれが〝真実の愛〟であると思われるのですか?」
「えっと……そ、それは……」
(そういえば、真実の愛ってなんだ? 最近流行っていたから流れに乗ったけれど、真実の愛の定義ってなんだ? わからん。というか、そもそもブリジットは体の相性が良くて程よく頭が弱くて扱いやすいという理由で側に置いていただけだったな。ん? いつから真実の愛と誤認していたんだ)
「証拠の提出はできないようですね。ですが、婚約の破棄は承りました。こちらとしても願ってもいないことですので、ありがたく思います。父にはすでに連絡済ですので、もう間もなく処理されると思います。五歳の頃より長きに渡りお世話になりました。不透明な真実の愛とやらをどうぞ大事になさってくださいませ」
第二王子が脳内で感情の濁流に呑まれている間に、すべてが終わった。彼が正気に戻ったときには国王陛下の耳にも届いており、激しく叱責されたのは言うまでもない。
それがきっかけで彼は正気に戻ったものの、時すでに遅し。すべては泡となって消えた後だった。
その後、彼が真実の愛の相手だと思っていたブリジット・ドナヒューが娼館出身でその道のプロフェッショナルだったことが判明。男爵家に引き取られた経緯はお察しなのであえて語らないが、つまりはそういうことだ。そして残念なことにすでに彼女のお腹には新しい生命が宿っており、ほぼ強制的に真実の愛を貫く結果となった。
ちなみに一応水晶玉の中の記録は確認した。お風呂やトイレのシーンがやってくるとドキドキしていたエドワードだが、そこはきっちりモザイク処理がなされており「くそっ! 期待させやがって!!」と嘆く姿が目撃された。もちろんヴィヴィアンがブリジットに出会った記録はなかった。
「あら、ギア伯爵様、ごきげんよう」
「慣れない名で呼ぶのは止めてくれないか、ヴィヴィアン嬢」
「ふふ。臣籍降下なさってギア伯爵となられたのでしょ、エドワード様」
「君は思ったより意地が悪いんだな」
「今頃お気づきになったんですの? 子リスって案外いたずら好きでしょ?」
彼女は今日もふわふわのしっぽを振って、その小さな体で走り回っている。
「君は、結婚する気がなかったんだな」
「ええ。だって私は魔道具の研究をずっとしていたいんですもの。王族との結婚なんて望んでいませんわ」
「俺はまんまとハメられたわけか」
「まさか。アレは偶然ですわ。こちらとしては幸運でした」
コロコロと笑うヴィヴィアンを見て、嘘だなとエドワードは思った。幸運だというのは本当のことだろうが、絶対に偶然ではない。とはいえ、自分にはその真実を探す術も気力もないと、エドワードはよくわかっていた。
だからそのすべてを呑み込み、彼は微笑んだ。王族時代に身につけたアルカイックスマイルではなく心からの笑顔だ。
「そういうことにしといてあげるよ」
「ありがとうございます。ところで彼女とは上手くやっていますか?」
「まあね。真実の愛かどうかはわからないけど、俺もブリジットもこの結果に不満はないし、産まれてくる子供を二人で楽しみにしているよ」
「それは良かったです」
ヴィヴィアンは花が咲くように笑った。
彼女は知っていた。エドワードが王族の考え方やあり方についていけないと思っていることも、王太子殿下が即位した際に王弟として国王に仕えることも、ましては自分が王太子になることも無理だと思っているし、それができる器でないことも。だから自分が長女で、彼が婿にくる立場であれば良かったのにと常々思っていた。彼は平民としてはやっていけないけれど、一貴族の一領主としてやっていけるくらいの力は持ち合わせている。ヴィヴィアンはずっと落としどころを探していたのだ。
そんなときに出会ったのがドナヒュー男爵家だった。
ドナヒュー男爵家の娘ブリジットは、元は娼館で強く生きるたくましい女性であった。彼女にとって娼館は自分の家と言っても過言ではなく、不満など全くなかったのだが、ある日人生がひっくり返るほどの事実が判明する。永らく不明だった父親が貴族だとわかったのだ。子供のいなかった男爵家は彼女を引き取りたいと娼館へやってきた。困惑する彼女だが、多額の寄付金を娼館に入れてくれるということもあり、男爵家へ行くことにした。
持ち前の要領の良さで男爵家レベルの作法は難なく覚えた。しかし一つだけ問題があった。それは彼女の伴侶についてだ。娼館出身ですでに生娘でないことを隠して結婚しても、長く一緒にいればいずれバレてしまう。何か良い方法はないだろうか。一家総出で模索していた。
その情報がヴィヴィアンの耳に入ったのが、今回の出来事のきっかけだった。
「上手くいって良かったですわ。ついでに私の結婚もなくなりましたし」
さあて、バリバリ働きますか! ヴィヴィアンは髪をひときわ高く結び直して、エドワードと別れた。
end.(2024.10.15)
名前は某映画から取りました。気づいた人、いますか?