スピードスターの一日
午前7時00分ジャスト。
午前7時00分ジャスト。
ベッドに流された高圧電流によって、俺は全身麻酔から強制的に覚醒させられた。
「おはようございます。朝食が出来ております」
機械の声が天井のスピーカーから降り注ぎ、次の瞬間、胃袋に直結しているチューブにドバドバと朝食が注ぎ込まれた。今日は果たして和食だろうか、それとも洋食だろうか。舌を通さないので味が分からない。まだ寝ぼけ眼で、ぼんやりと天井を見上げていると、
「出勤の時間です」
間髪を容れず、ベッドがギギギ……と軋みを上げて、縦に起き上がり始めた。まるでミサイルの発射台だ。数秒後、ベッドが完全に垂直になる頃には、俺はすっかりパジャマを脱がされ裸になっていた。横から伸びてきたロボットアームが、床で器用に服を畳んでいるのが見える。
午前7時01分ジャスト。
「発射!」
の合図とともに、背中がドンと強く押された。
投げ出された俺の体が、足元にあったウォータースライダーを滑り落ちて行く。ぐるぐると人間洗濯機で泡立てられた俺は、数秒後、ベルトコンベアーの上にいた。全自動で流れていく工程で、テキパキとスーツに着替えさせられていく。おでこに『除菌済』の判子を押された俺は、箱詰めされ、すぐさまトラックの荷台に乗せられる。トラックはそこから高速道路に乗り、会社まで一直線だった。
午前9時00分01秒。
「遅刻だぞ!」
会社に到着した途端、社長から物凄い剣幕で怒鳴られて、俺は項垂れた。コンベアーのネジが緩くて、1秒遅刻してしまった。
「申し訳ございません」
「謝るな。時間がもったいない。さっさと仕事にかかれ!」
言われるまでもなかった。俺は飛びつくようにデスクに座り、遅れた時間を取り戻すべく、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
時間短縮が是とされて早数年。
疾いことが正義となった新世紀。『ライフクロック』の導入により、人間のありとあらゆる行為が極限まで時間短縮されるようになった。ご飯を食べる時間がもったいない。歯を磨く時間がもったいない。顔を洗う時間が、着替える時間が、寝る時間がもったいない。タイム・パフォーマンス向上のため、人々はAIによって行動を管理されていた。
午前9時31分42秒。
不意にデスクの電話がなった。電話に出ている時間がもったいないが、ここは遅刻してきた罪滅ぼしに、俺が対応せねばなるまい。仕方なしに、PC画面から目を離さず、ワンコールも待たず、反射的に素早く手を伸ばした。
「西商事の佐川だ。加藤を出せ」
「待て……加藤は今いない」
「掛け直す」
相手はそれだけ言うと、電話がガチャリと切られた。会話をしている時間がもったいないので、社交辞令の類は法律で禁止されている。お互い要件だけを手短に伝え、すぐに自分の仕事に戻った。
「部長、来月のプロジェクトですが」
「会議をしている時間がもったいない。今すぐとりかかれ」
「分かりました」
最近は面倒な会議も全て廃止され、おかげで発案が通り安くなった。その反面、失敗した時の責任も重い。業績は悪化する一方だったが、それよりも何よりも、時間が惜しかった。
午後0時00分ジャスト。
昼休みは3分間だった。点滴のパックに入った昼ご飯がドローンで配られる。それを胃袋に直接差すと栄養が補給される仕組みだ。時は金なり。外に食べに行く時間がもったいないとして、社長が導入したのだ。就業時間内での排泄行為は禁止されているから、くれぐれも食べ過ぎは厳禁だった。だって、もったいないのだ、トイレに行く時間が。自宅での洗浄時間に済ませておかないと、最悪の場合罪に問われる。
昼飯を注ぎ終わり、俺は軽く肩を叩いた。何気なくスマートフォンを確認すると、ちょうど『10秒野球』の中継をやっているところだった。
「プレイボール!」
ピッチャーがキャッチャーのサインに目を細め、わずかに首を傾げた。その途端、審判は悪質な遅延行為による退場を宣告し、相手チームの勝利を言い渡した。スタジアムが揺れる。たまりかねた監督が抗議に飛び出るが、もう遅い。『10秒野球』は試合時間を10秒に短縮した実質一球勝負だ。
タイパが重要視される今の時代、10秒以上の娯楽は、誰にも見向きもされなかった。今ではヒットチャートは100位までイントロ曲だ。新連載と同じ号に最終回まで載っている。一行以内に、10秒以内にオチまで書けない作家は無能とされ、多くの文豪が筆を折るか、指の骨を骨折した。
乱闘の映像とともに放送は終わり、次に始まったのは将棋の『時短王戦』であった。
「負けました」
試合開始と同時に、挑戦者の佐藤五段が深々と頭を下げる。駒は一つも動いていない。勝ったのは畿内八段。勝者の畿内八段には賞金1000万円と、最短手で負けを宣言し見事時短王になった佐藤五段には、一億円が与えられた。あまりの面白さに、俺は危うく失禁するところだった。
0時3分ジャスト。
仕事が再開される。そこから17時まではノンストップで、ひたすらデスクに齧り付いていた。何よりも時間が重要視されるため、残業の類は一切ない。全く良い時代になったものだ。仕事が終わった開放感に包まれ、俺は朝方と同じくらい猛スピードで会社を後にした。ここから就寝時間までは自由時間だ。時間が。時間がもったいない。
会社の入り口で、アルコールの原液を胃に流し込むと、目の前で■ちんぼしていた女と出会って3秒で合体し、
「発射!」
すぐまま帰りのトラックで直帰した。
玄関を開けた途端、たちまちロボットアームが伸びてきて、俺はベッドに拘束された。大の字になった俺の拡張脳に管が繋がれ、やってもいないゲームのプレイ動画が延々と記憶装置に流し込まれる。
午前0時00分ジャスト。
360時間分のゲーム動画と、ドラマ、漫画、小説、スポーツ……などなどの圧縮情報を限界ギリギリまで流し込まれた俺は、喜びのあまり口から泡を吹き、ピクピクと痙攣しながら全身麻酔で意識を失ったのだった。




