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幕間 好きなひとに彼女ができた

秋那ちゃん視点になります。(まだ数話ほど出番のない回が続きそうなので……)

「――ぶへらっ!」


 いきなり顔面に走った痛みに、およそ女子のものとは思えないひどい声が出た。

 なにが起こったんだろ? ちょっとだけ意識が現実に引き戻されて、ウチは鼻をさすりながら反射的にその場へしゃがみ込んだ。


 ダムッダムッ、と。なにかが跳ねる音がして、チラッと音の方を見てみる。

 バスケットボールだった。そうだ、思い出した。部活でミニゲームの最中だったんだ。


 サイアクだぁ……どうしよう、先輩たちに怒られちゃう。

 なんて思った頃にはもう遅く。ボールは何度か跳ね、コートの外に出てしまった。


「こら秋那ーっ、なにぼーっとしてんの!」

「す、すみまぜんっ!」


 コートの外で試合を見ていた部長からすぐにお叱りと一緒にボールが飛んでくる。

 しっかり真正面へ放られたので今度こそちゃんと受け取れた。


「謝んなくていいから早く再開する!」

「は、はひっ! ――……うぎゃっ!」


 ウチは慌てて一度コート外に出て、ゲームを再開させる……つもりでいたんだけども。

 ほどけた靴紐に気づかず、二歩目で踏んずけて転んじゃった。うぅ、う……痛いよぉ。


 しかも勢い余って脱げた白バッシュが宙を舞い、後頭部に直撃する。

 恥ずかしさと悲しさがごちゃ混ぜになって、でも今のウチにはそれよりもずっとずっと悲しいことがあった。だからこんな風に部活も集中できない。


 大人しく休んでいればよかったかなって思うけど、絶対にサボってるって思われちゃうだろうし、それならならドジやってた方がマシな気がしたんだ。


「あのねぇ……いい、柚本さん」


 と、呼び方が名字に変わって明らかに部長が説教モードに入ったとわかる。

 部長の目線の促しで、代わりに休んでいた一年生がコートに入っていった。


 でもウチが悪いんだから腐ってもしょうがない。

 だから素直に部長の説教を受けようと思っていたら副部長が部長のバスTを引っ張ってなにやら耳打ちで内緒話をはじめた。なんだろう?


「私、部活前に秋那ちゃんの友達から聞いたんだけど――……」

「えっ、ウソ。それ、ほんと……? うわぁ、キツぅ……」


 あぁ……そういえば。部活までついてきた瑞希ちゃんが色々と言ってくれてたかも。

 ショックのせいかな……記憶がぶつ切りになってるよ。

 さすが親友! ありがとね、瑞希ちゃん。やっぱり愛情より友情だよ!


 ウチが今日こんな状態になってる理由を聞いたっぽい部長は「そりゃこうなるか」ってちょっと気まずそうな顔をしていた。

 部長、普段少し怖いけど優しいんだなー。おんなじような経験あるだけかもだケド。


「えー……あー、んー。その秋那? 気持ちはわかるんだけど、ゲームはちょっとほら。皆に楽しみにしてるし迷惑かかるから、ね? というか休んどく? 先生には私たちからうまいこと言っといてあげるから、それでも全然いいんだけど……」


 手のひらがぐるりと一回転しちゃったくらいに対応が変わって、優しさが逆に苦しい。

 気持ちはありがたいけど体育館の隅で休んでいるなんてウチらしくない。だから、


「が、外周行ってきます……っ!」

「あ、うん……ま、まぁそれでもいいけど……」


 とりあえず今は部活だ。少しでも気持ちを前に向けて涙の代わりに汗を流そう。


「うぅあ、あっ! なにがママぁなのよぉ、ばかぁあああああっ!!」

「車に気を付けてねぇーッ!?」


 ごめん、やっぱりうそ。むりむり信じらんない。ばかばかばか、あほ!

 ……でも、好き。中学の時からずっと好き。

 寝る前にいつも顔が浮かんじゃうくらい好き。なのに……。 


 ――好きなひとに彼女ができた。


 そうして、ウチは――柚本秋那はここ一か月近くの後悔を思い返すのだ。


「ママぁっ……」

「よしよし、よしよし。いたくない、いたくないよー」

「えぇ、むしろ痛々しいわ」


 きゃーっ、かわいいー。瑞希ちゃんの声は聞こえない、聞かない!

 最初はちょっと恥ずかしかったけど、なんだかすごく弱っている信二くんを見ているとなんとなくそう感じることが多くなった。新世界への序曲?


 これってヘンなのかなって瑞希ちゃんに聞いたら「病気よ」って言われて。

 だから「正気だよ!」って返したら鼻で笑われちゃった。ひどい!


 スマホで調べてみたらこーいうのは、バブみを感じている状態らしい。

 それで受け入れているウチは、母性本能が刺激されているそうだ。


 えへえへ。またひとつかしこくなってしまった……!

 でもじゃあ逆に、パパに父性を感じるのはなんて言うんだろう?


 わからないから瑞希ちゃんに聞いたら「シュゴみを感じてトコる」って言ってたけど、なんだかテキトー言ってる顔だったからあんまり信用してない。

 パパしゅごいって言いながら、トコトコついてくことだって。ホントかなぁ~。


 それでその……ある日突然、好きなひとの幼馴染に彼氏ができた……らしい。

 ウチはてっきり小夏ちゃんは信二くんが好きなんだと思ってたけど、意外に年上が好きだったみたいだ。大人だなぁ……ま、まぁウチとしては?


 ラッキーハッピーで、いえーいぴすぴすって感じ! やったーっ!

 でも小夏ちゃんのことで泣いてる好きなひとを見るのは、ちょっと胸がチクっとした。


 涙が出るってそういうことだもんね。中学の時、告白しなくてよかったー。

 絶対なんとなくで付き合って、なんとなく振られてたやつだよ! せふせふ。


 それで信二くんがウチの胸で泣いてることがすごく嬉しかった。

 だって辛くて悲しくて泣きたくなって。どこか安心できる場所を求めて、ウチのとこに来たんだもん。来てくれたんだもん。二番目! ってことは今、ウチが一番なんだ!


 その事実がたまらなく嬉しくて、居心地がよくて。今の関係よりも前に進みたいと思うのとおんなじくらい、壊したくないとも思っちゃって。だからこんな有り様……。

 瑞希ちゃんは「趣味が悪いわ」って言うけどそんなことないと思うっ!


 おしゃべりしてて楽しいし、優しいし、バスケの試合見に来て褒めてくれるし。

 あとあとサッカーは意外とモテないからって急にやめちゃったけど、そんなことないよモテてるよ! カッコいいよ! えへえへ。面と向かって絶対言えないケド……。


 あ、そうだ。瑞希ちゃんはいつも「顔が顔が~」って言うけど、ゼッタイ瑞希ちゃんのタイプだよ! 指摘するとものすごい剣幕で否定するケド、逆にアヤシイ。


 そもそも口で言うほど嫌いじゃないはずなんだよね! だってホントに嫌いだったり、興味もなかったら話しかけたりしないと思うもん。ウチもたぶんそう。


 見てればすぐわかるよ。他の男子と対応全然違うもん!

 ――で。そんな五月を過ごしてたある時、瑞希ちゃんがウチに言ったのだ。


「デートに誘うのが恥ずかしいなら、三人で遊びに誘えばいいじゃない」

「それだよっ!」


 今週末の日曜日がちょうど、部活が午前で終わる予定と聞いたので。

 瑞希ちゃんと三人で映画に誘うことを決意したのである! …………なのに、


「久住春乃先輩――で、俺の彼女」

(えっぇええええええええええええええええええ――――っ!?)


 なにが起こったのかわからなかった。 いみふめーだよ、こんなのもうなんかゼッタイおかしいよっ! 信二くんにとってウチは甘えられるってだけの存在なのっ!?


 ど、どどどどうしよう。どうにかできるのかな? ウチってこのまま告白もできず遠くで眺めてるだけなのかなぁああああ、終わったさよならウチの初恋……。


(う、うぅう……こんなことになるなんて。どーして、どーしてあの時っ! 冗談っぽくでも〝つ、付き合っちゃおっか〟って言えなかったんだよもぉおおっ!)


 傷ついた心の隙間に入り込むみたいで、なんだかイヤだったのは覚えてる。


 でも今となってはそんなこと言ってる場合じゃなかった! 悠長にウチは二番目だって得意げになってる場合じゃなかった! そりゃそーだよ、ウチはなんてアホなんだ!


 恋が終わったら次の恋がはじまっちゃうんだから。むしろはじまらない方が変だよ!


(それに全然ちっとも接点なさそうな先輩と付き合うって、絶対知り合ってすぐポンってくっついちゃたってことでしょ? うぅう……恨むぞ、一か月前のウチぃ~~……)


 長くても一か月で芽生えた気持ちに、数年育てた想いが負けてるわけない……!

 でも、略奪愛? みたいのなんてちっともガラじゃないよぉ……どぉしよぉおお。


 なんてそんなことを、うだうだ振り返っている間に部活の時間も終わってしまった。

 結局、二時間以上も無心(笑)のまま走り続けてたみたいで汗がもうダラダラだ。


 そういえば、信二くんが言うにはウチの汗はいい匂いらしい。

 自分じゃわからないケド。喜んでるならいっかぁ……。


 現実から目を背けながら、ひとりニヤニヤとテニスコートの傍を通って体育館へ戻る。

 するとその途中。美形で長身の少女漫画みたいにキラキラした男の先輩と小夏ちゃんがなにやら話し込んでいるのが見えた。なにを話してるんだろう?


 小夏ちゃんは男のひとの胸に飛び込んで――……泣いてるようにも見えた。

 泣いている理由は、遠慮して帰り道を変えたからわからない。でもウチも家に帰ったら瑞希ちゃんと通話していっぱい泣こうそうしよう! そう思った一日だった。

実際、バブみを感じてオギャるの父性verってなんなんですかね……?

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