8.友達だってあれくらい普通
俺の小夏が渡会先輩とベッドの上で抱き合っていた小夏が渡会先輩とベッドの上で抱き合っていた小夏が渡会先輩とベッドの上で抱き合っていた小夏が渡会先輩とベッドの上で抱き合って……い、いいや待て待てっ、ちょっとウェイトお願いプリーズ止まって死ぬ。
き、記憶が捏造されているぞ! 間違っているぞ! しっかりしししろ俺っ、れれっれ冷静になれ正しく観測しなくちゃそれが事実でいいのか真田信二郎!?
どう見てもふたりは抱き合ってない。そう、確実に抱き合ってはなかった!
もう一回この目で確認する勇気なんてこれっぽっちもないけど、間違いなく抱き合ってはなかった! あくまで無理に身体を起こそうとした小夏を、渡会先輩が支えようとした結果ついうっかり胸に飛び込んじゃったっ、とかあくまでそういうアクシデントな感じであぁァアアアアアあああ、ぁっ! と、飛び込んじゃらめぇええええッッ!?
こ、これが密室パゥワァッ!? つ、強い……強すぎる法律で禁止すべきだろ悪魔。
だから不倫も寝取られもなぁっ、する男も女も全員死刑でいいんだよ!
……え、これはそれのどれにも当てはまらないって? そうだよ、俺のはただの〝俺が先に幼馴染にとだったのに〟なんだよなぁああっ!? 残念無罪俺だけ死亡!
小夏も熱のせいだか知らんけど赤らんでたしあんなん俺を妊娠してる顔だろ? 来世は幼馴染の子で決定! あははははあはっ、ああ、あ、ぐっ、うぅ、うう……。
「あっあ、ああっ、あ……ひ、ひぃ、ふ、えぁ……」
やばい呼吸の仕方がわからない。と、とりあえずカーテンを閉めよう。
これ以上の破壊は命に関わ――………………あっ。
と思ったら先に小夏の部屋の窓の隙間がなくなっていあぁあああああああッ!!
「あっあっ、ああ……」
ベッド、密室、微熱、二人きり……っていうかさ、ここ小夏はさっ。
おお、俺が帰りに寄るの知ったうえでああいう状態になってるんだよな……。
えっ、えっ待って待って。じゃあ、つまりどういうこと俺ってば忘れられてる?
記憶の端っこに追いやられてふたりの世界に突・入ってコト? だってこんなん直でお見舞いに行ってたらもうどう考えても玄関先で知らない男もんの靴を発見して「うわぁ、おじさんの靴だぁ~」とか泣き崩れてたやつじゃん? え、鬼畜すぎない……!?
は、はぁ~……家で先に見てよかった九死に一生を得てんねぇエエエエエっっ!!
「う、うぅう……あぁあ、あ」
つかそもそも渡会先輩はなんで小夏んちいるんだよ、部活行けよっっ!!
こういうの逆だって普通! 俺が小夏を看病している時にさ、渡会先輩が来て、それでよく知らない男に看病されてる彼女を見てメンタル削られるイベントなんであッ!!
「――熱を発散する方法、僕が教えてあげる」
「ま、真人先輩……あっ、やぁ……ぁっ」
あぁあああアアアアアアアアアアッ!! もうダメだおしまいだこの世の終わりだ。
そういやあのクズ、観測しなかったら事実じゃないとかそンなふざけたこと抜かしてたけどさぁッ! 考えちゃうよあうあうわぁああ……もう、プロレスとかしてるのかな?
気が付くと俺は制服のポケットからスマホを取り出し、春乃先輩に電話していた。
『どしたの急に、真田後は――……』
『うぁああああ、あああ、ああっ……ぐぅ、ううぅう……こ、ここ小夏がッ、小夏がっ、ベ、ベベベベッド! ベッドの上で……真人先輩の胸にた、体重をあずっ、預けててっ、カーテンの奥のっ、密室に消えちゃっだよぉおおおおおッッ!!』
泣き叫ぶしかできず、そして俺がひとり虚しく枕を濡らしてる隣で。
ふたりはもうデキてるのかな、濡れてるのかなとかそんなことしか考えられない憐れな思春期の男子はようやく気絶することが叶ったのであった…………。
んで、翌日。果てのように長く感じられた時間がようやく過ぎ去り、放課後になる。
今回も前回の〝彼氏できた報告〟があった日と同様。授業中、ずっと死んでいた。
違うところがあるとすれば柚本ママに癒してもらえなかったことだろう。
一瞬、慰めてくれようとしていたのだが飾森に止められたのだ。
何も施されることはなく、癒されることなく代わりに飾森からここぞとばかりの罵倒を受け、しかし塵となりかけている心が感じる痛みもなかった。
「――ということがっ、あ、ああっ、あってしまい、ました……」
別校舎の四階。恋愛同好会(仮)に与えられた空き教室で、俺は昨日遭遇してしまった事件を、目にした情報だけをふたりで決めたルールに従って憶測は抜きで伝える。
一つ〝この目で見たものだけが事実〟。
二つ〝俺の目は先輩の目、先輩の目は俺の目〟。
三つ〝幼馴染に関する隠しごとはしない〟。
その三つ目は――つまり、余計な気を回した嘘はつくなということだからだ。
春乃先輩はしばらく機能不全に陥り、一分以上も瞬きすらせずに固まっていた。
実際に目にしてないとはいえ、想像だけで人の心を壊すには十分過ぎる出来事だ。
人によっては病院送りもまま普通にあり得ることだと思う。
「足がもつれてとっさに支えただけよ」
と、不意に笑顔を浮かべた春乃先輩がそんなことを言った。
いい笑顔だったけれども、そこに感情は欠片も感じられない。
心を手放し、現実から目を背け続けている者の目だ。面構えが違う。
「え、いやっ、で、でも……」
「足がもつれてとっさに支えただけよ」
「わ、わざわざカーテンを閉めたんですよ、その後。なんで、なんのためにそんな――」
「足がもつれてとっさに支えただけよ」
「せ、先輩――……ぁ」
春乃先輩は張りついた笑顔のまま、イカれたマシーンのように同じ言葉を繰り返す。
よく見れば足がガクガク震えており皮肉にも、もつれて転びそうな勢いだった。
「う、ぅうう……先輩っ」
「そうだね、後輩……とりあえず、一緒に泣こっか」
頷き、そして――
「「びぇええええええっ!!」」
ただ俺たちは泣いた。流れる涙や汗、鼻水など一切気にせず、己の無力さを噛み締めて抱き合う。そこにはもちろん愛なんてなくて、あるのは共感であったり同情であったり、感情移入であったり理解でしかない。なんと惨めな抱擁なのだろう……。
こんなにも虚しいことはない……そしてもたらされた精神的な余裕のなさから、教室に近づいてくる気配に俺たちはまったく気づくことができなかった。
「……一体、何事なんだ?」
現れた凛々しい顔立ちの彼女はもちろん、周防会長だ。ミジンコとは格が違う人だ。
「トマりぃいいいんっ、ぶえぇええっ!」
「ぶぇええええっ!! トマりん会長ぉおおおっ」
「ぶぇでは何もわからん。それと真田、呼ぶなら会長はつけずともよい。可愛くない」
やっぱりヘンな人だと思う、この会長。
そうして俺たちは泣きながら、途切れ途切れに何があったのかを会長に話していった。
今さらだけどこの人は初めて話した時。何故、俺が幼馴染相手に失恋したらしいことを知っていたのだろう。先輩についてはまだわかるが……どういう経路を辿ったんだ?
ようやく話し終わる。すると会長は何でもないようにあっさりと言った。
「――ふむ、訊いた限りではその程度、友人同士でも起こり得ることではないのか?」
「「え?」」
「? 私にはただ看病していただけのように聞こえるが……あぁ、不純異性交遊の有無がどうしても気になると言うのならば、ご両親に滞在時間を訊ねればよかろう」
「「――――っ!!」」
会長の言い放った言葉は、俺と先輩を正気へと引き戻した!
「そ、そこのとこどうなの……?」
「え、あ……おばさん。小夏のお母さんは昔っから小夏のことほったらしにして、どこか出かけられるような性格じゃないので……たぶん、その日もいたと思います」
「というよりも不在ならば誰が家の鍵を開けたのだ?」
「「確かにっっ!!」」
そうだよ。五分とかそこらだったら色々できてるわけないよなっ!?
先輩はどうか知らんが、小夏は初めてだろうし……――初めてだよな…………?
い、いやっ。昔から何でも話してくれて、その結果が彼氏できた報告なんだ!
さすがに元カレがいたとかは、ありえない! それだけはたぶん絶対!
「あ、というかよく考えたら小夏、今日も学校休んでます……」
「それを早く言いなさいよっ!?」
「ん、ではそうだな。真田、肩幅よりも両手を広げてみろ」
「え。こ、こうです――………っ!?」
周防会長が何のためらいもなく俺の胸に体重を預けてきた。
思わず緊張が走り、全身が硬直してしまう。一気に頬が熱を持つ。
吐息が近く、つい視線がやわらかそうな唇へと向いてしまった。
「概ね、似たようなものだろう」
淡々と言い、会長は俺からさっと離れていく。
「……真田後輩、顔がやらしい」
「えっ、あっ、ちち違うんですよこれは……これは――……」
沈黙が生まれる。俺と春乃先輩は猛烈な違和感を感じ取り、お互いの目を見合った。
「え、あれ……何か、あたしたちとんでもない勘違いを」
「は、はい……俺もそう思います。こういうの、なんて言うんでしたけ?」
「む? それは単なる――生理現象であろう」
「「それだぁあああああああああああっ!!」」
――天啓、ここに得たり。俺たちの耳には幼馴染大好き神が「大丈夫だ、問題ない」とダイイングメッセージで告げているのが確かに聞こえる!
「これで滞在時間さえ短ければ、もう首の皮一枚どころか命を吹き返した感じですね!」
「えぇっ、手足はもげてるけど!」
「希望が出てきました! そうですよ、全ては生理現象なんです。俺と会長がくっついて自然と顔が紅潮したのと同じ理屈なんです!」
「まぁ、口づけ程度はしていてもおかしくはな――」
「「我々の世界では、この目で観測したもの以外は事実ではないっっっ!!」」
周防会長は困惑したように「??」と疑問符を顔に描いていた。ふふふ、会長もいつか壊れた世界の向こう側の話についてこれるようになれますよ! 安心してください。
「そもそも真人は友達想いだからお見舞いとか時間があったらするタイプだし? 細かいところが妙に気になったりするから、カーテンの隙間が帰りがけに気になっただけっ!」
「なんだそうだったんですね! さすが幼馴染っ!」
「そのとぉおおりっ、あたしってば真人のことなら何でも知ってるのよ!」
謎は全部解けた。何もかも俺たちの考えすぎだったのだ! 完全勝利!
「「ぅうおおおっ、やっぱり信じる者は救われるッ!!」」
「もし仮に数時間いたと言われた場合はどうする……いや、どうするも何もな――」
「「信じる者は救われるッッ!!」」
「そ、そうか……私にはよくわからないが、とにかく本来の活動をはじめてもよいか?」
活力を取り戻した俺と先輩は、「もちろん(です)っ」と元気いっぱいに返事をする。
それを見てひとつため息をつき、会長はポケットから三枚の投書を取り出した。




