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5.目には目を、脳破壊には脳破壊を。

「う、うぅ……」


 次に目が覚めると見慣れた保健室の天井が広がっていた。遅れて全身に痛みが走る。

 特に後頭部には、脳みその裏側から締め付けられるような鈍い痛みがあった。


 な、何が起こったんだ。確か朝……小夏に会って。それで校門の前まで来て、あいつに呼ばれたような気がして。その後――……そうだ、クズに吹っ飛ばされたんだ!

 痛みを堪えて身体を起こす。たぶんこの仕切りの向こうにいるのは先輩だろう。


「く、久住先輩……お、起きてます?」

「起きてない。真田信二郎……あたしは、キミのことを見損なったと言わざるを得ない。信じていたのに。ひどい。悪いけど今限りでキミとは同盟破棄させてもらうからっ!」

「そんな婚約破棄みたいに言われても……」

「だってそうじゃない。ふたりで登校するなんて……寝取り返したんでしょうっっ!?」


 すすり泣きが鼓膜を震わせる。それにはなんだか場所と声に覚えがあった。

 あっ……もしかして小夏から〝彼氏できた報告〟を受けた日。同じように渡会先輩から〝彼女できた報告〟を受けて俺より先に保健室で泣いていたのでは……。

 しかし、それにしたって信じられないほど思い込みが強いな、こいつ。


「や、やっぱり。誤か――ご、ご誤解っ、なんです……先輩の壊れた脳みそにはお、おお俺が小夏を渡会先輩から奪って登校したみたいに見えたかもしれませんけどっ、ていうか普通そんな風に見えないと思いますけどっ……違うんです! 違っちゃうんです!」


 そう、全ては誤解なのだ。間違っているのだ。

 あれ……なんだか、自分で必死に否定してて悲しくなってきた。話し続けるほど現実は力を増して、無力な俺を押し潰そうとしてくる。な、涙があふれて止まらない。


「うぅ、うう……違うんですよぉ。お、俺の勝手な想像ですけど先輩と一緒じゃない時は前みたいに登校しよとか、断り辛いこと言われそうになってただけなんですよぉ……」

「え? あっ……あっあ、あ」


 状況を瞬時に、自分に置き換えられてしまう久住先輩が嗚咽を漏らしはじめる。

 カーテンに映る影が小刻みに震えながら、力なくゆらゆらと揺れていた。

 やがてカーテンが勢いよく開く。そこには鼻水と涙まみれの汚い顔をした先輩がいた。


「ご……ごご、ごごめんねぇ、真田後輩……! あたしたち盟友だよぉおおっ!」

「久住先輩……っ!」


 俺たちは無事仲直りをし、痛む身体を抱き合ってお互いを慰め合う。

 強い共通項で結ばれているのだから、そんなの当然だ。友情は時間が生み出すものではないのだ! れ、恋愛がそうじゃないようになぁあっ、ああぁあ……。


 てな感じで揃って「うぉんうぉん」泣いていれば、ガラガラと扉の開いた音がする。

 恐らく保健医が戻って来たのだろう。カーテンが乱雑に開けられた。

 しかしどんよりと現れたかわいそうな38歳の生き物は、何故か不機嫌そうだった。


「あなたたちはっ、私の同類だと思ったのに……! 裏切りむのっ!」

「「??」」

「大丈夫なら教室に行きなさい……っ! 今は四時間目の途中だから、ほら早く!」


 いきなりそんなことを言われても、と言う具合で。俺と久住先輩は首を傾げて見合う。

 お互い見当もつかないようだが、ここは大人しくぽんと放り出されておいた。


「゜みィイイいいぃいいいっ!」

「廊下から心まで惨めによく響く……これが38歳独身女性の泣き声なのね、覚えとこ」

「使いどころあります? その知識……」


 正直に言ってないと思う。というかそれよりも、だ。


「先輩、何かやったんでしょう? 正直に謝りましょう?」

「後輩こそ」


 どうやら本当にお互い心当たりがないらしい。まぁ、いいか。保健医は放っておこう。

 ママも辛い時は泣けばいいって言ってたしな! 

 というわけで同じ結論に至った俺たちは保健室に背を向けて歩きだす。


「じゃあ俺、行きますんで」

「あ。ちょ、ちょっと待って!」


 手を引かれ、呼び止められる。

 久住先輩はなにやら得意げな笑みを浮かべていた。 


「あたしキミをぶっ飛ばした後、悲しみのあまり失神して頭打ったんだけど。その衝撃であたしたちふたりの、人生を一発逆転する妙案を思いついたのよね。聞きたくない?」

「あんたそんな理由で倒れたのかよ……って、妙案?」

「そう。だから――四時間目、どうせならサボっちゃいましょうよ」


 言われるがままこそこそと移動を続け、屋上に続くドア前の踊り場に向かう俺と先輩。


「それで妙案っていうのは? あんまり期待はしてな――」

「ふたりは本当に付き合っているのかな。それ、ふたりが勝手に言ってるだけよね?」

「え? なに言ってんの、お前……」

「お前って言うなし! あたし先輩ですし!?」


 脳が壊れたせいだろう。先輩は言ってることもやってることもめちゃくちゃだ。

 これで壊れる前と大差ない言動だったら普通に引いてしまう。


「あらゆる進歩は当たり前に疑問を持つことからはじまるでしょ」

「それは、まぁ」

「だからあたしたちの当たり前について、改めて考えてみたわけね」


 言ってることはわからないでもない。けれどそこから人生を一発逆転できるとは正直、思えなかった。まるでおかしなセミナーを聞いている気分にさせられる。


「まず結論から言うと、真田後輩――あたしたち付き合わない? ってこと」

「付き合……え? えぇ? な、なにゆえホワイです?」

「正確には付き合っているフリをするの」

「い、いいいやなんのために……」

「わからない? じゃあ順序よくいくわよ? とりあえず目をつむって」


 冗談ではないようだ。この目が嘘ならば稀代の詐欺師になれる才能があると思えるし、逆に俺の人を見る目はゼロだ。自信満々な表情に流されるまま、現実から目を背ける。


「あたしには幼馴染が――真人が傍にいるのは生まれた時から当たり前なの。キミは?」

「俺だってそうですよ」

「それがある日突然、たった一言で全部なくなっちゃった……そして、なくなったことを惜しんだから悲しくなるし、辛くて苦しくて涙も出た。そうよね?」


 素直に首を縦に振る。いわゆる〝失ってから初めて気づいたこと〟である。

 だからこれから先は、身近にあるものを見落とさないように生きたいと思う。


「なら、相手も同じ気持ちでいてくれていると信じられるなら。向こうだって少なからず胸に穴が空いているはずでしょ? 空いていて欲しい! 惜しんで泣いて諦められる人は前を向けて立派だと思う。けどわかる。たぶんあたし、そういうタイプじゃない」


 未来のことなんてわからない。でもなんとなく理解できる気がする。

 引きずって過去を悔やんで、呪いに憑かれたように動けない。そんな予感があった。


「真人はわからないけど。聞く限りキミの場合は可能性があると思うの。さっき言ってたじゃない、もしかしたら〝前みたいに一緒に登校したい〟って言いに来たのかもって」

「あ……」

「それってさ。キミの幼馴染も過ごしてきた〝当たり前〟を失って、はじめて眠っていた好意に気づいた……そんな可能性があるってことになると思わない?」

「! で、でも……なら、ただどっちも捨てられなくてってだけの可能性だって……」

「十分あり得ると思うよ。でも、そうじゃないかもしれない。ただ現実に絶望して、涙で前が見えなくて。なにやってんだって思いながら幸せそうな幼馴染を遠くから眺めているよりはずっといいと思わない? 傷つけるわけじゃない。好意の比較と選択を求めるの」

「そ、それは……いや、でも……」


 瞼の裏に、ずっとずっと見てきた小夏の笑顔が続いていく。

 いつからかそれを向ける相手が俺ではなくなって、隣にいるのは俺ではなくて。


 久しぶりに会った時にはきっとお腹が大きくなっていたりして。

 その時、俺は……――あり得る未来を思い描き、自然と涙がこぼれた。


「実は俺、昔からお前のことが好きだった……なんて言えないですよ。言いたくない……誰かにそんな恋もあったんだ、なんて笑い話にできてる気も……もちろんまったく」

「あたしもだよ」


 そう苦笑いする久住先輩の表情は、まるで自分の写し鏡のようだった。


「……一応、話はわかりました。表向きは先輩と付き合って、幼馴染ふたりに空いているかもしれない胸の穴を強引に広げて確認してみようってことなんですよね」

「いえす。楽しくいちゃついてるところを見せつけて、こっちの脳が完全崩壊するよりも先に向こうの脳を粉砕! いい感じのタイミングで別れちゃおうってこと! ある意味でこれも一種のわからせね。そしたらどうなる? キミはどうしてる?」

「付き合っているかも……――いえ、付き合ってます! 付き合ってみせますッ!!」

「その意気よ! さぁさぁ、涙を拭って。今は無理やりにでも元気よくいきましょう!」


 俺は涙を拭い、空元気を出すべく深呼吸――差し出された手にはっきりと応じた。

 久住先輩――いや、春乃先輩が満足そうに微笑み、よく通る声で高らかに宣言する。


「目には目を歯には歯を、脳破壊には脳破壊を! 嫉妬には嫉妬をっ! 破壊による再生こそが恋愛革新であり、これなくして我々に明日はないのです!」

「そうだったんですか……明日はないんですか、俺に」

「いえす。故に真田後輩! ここから始めましょう、あたしとキミの――生存戦略を!」

「はいッ! 春乃先輩!」


 こうして、お互いの幼馴染の脳を破壊し返すべく〝偽恋契約〟が締結されたのだ!

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