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36.催眠ダブルデート、すなわち両手に爆弾1

アクセス解析で確認したところ〝体育祭1~5〟の部分のPVが異様に少なかったため、水族園1をサブタイトルにするのはやめました。

ちなみに一話よりも、各幕間とおさらい回の方が常にPV多くて笑えます。(たぶん幼馴染視点かどうかの確認でしょうけど)

 葛西(かさい)臨海水族園。東京湾に面し、葛西臨海公園の中にある水族館。

 大きなガラスドームが目を引き、館内ではドーナツ型の大水槽で群泳するクロマグロや国内最大級のペンギン展示場などが見どころらしい。


 最寄り駅の葛西臨海公園駅から徒歩五分とアクセスも良好。

 九時半開園、十七時閉園。家族連れに人気がある、とネットに書いてあった。


(我ながら素晴らしいチョイスだ……何と言っても人混みが多そうなところと、公園そのものが結構広いのがいい。こんなのもう、離脱し放題じゃねぇか……っっ!)


 俺はスマホのメモ帳に徹夜で打ち込んだ、完璧なスケジュールを改めて確認する。

 十一時:小夏と葛西臨海公園駅前で(何故か)現地集合。

 十一時三十分:冬毬会長と葛西臨海公園駅前で現地集合。


(……?)


 十三時三十分:小夏と昼食。食後、腹痛による離脱で時間を稼ぐ。

 十四時:冬毬会長と昼食。食後、腹痛による離脱で時間を稼ぐ。


(??)


 時刻未定:どうにかして二人と一緒に帰宅せず、解散。


「え、何これは……ど、どこの馬鹿が考えたの?」


 追伸:もう限界だ……だから諦めて明日の俺に全てを託すことにする。疲れた、今日の俺は一足先に眠りにつく。二度と会うことはないだろう。健闘を祈る。


(――――っ!?)


 文章はここで途切れている。どれだけ画面をスクロールしようとも動く気配はない。

 つまり……どういうことだ? こ、こんなテスト前みたいなことが許されていいのか?


(…………ここまで全部、願望じゃねぇかあああっ!)


 俺は電車の中でひとり頭を抱える。周囲の目もこの程度ではもう気にならなかった。

 ふ、ふざけるなぁ! つかなに、え? もはや徹夜したって記憶すら捏造かよっ!?

 自分のことながら感心せざるを得ない。すげぇよ、真田信二郎……ある意味で。


(待て待て待て! いくら浮かれて一時間前行動してるとはいえ、一人漫才やってる場合じゃない。な、何かないか? なにか、乗り越えられる起死回生の一手!)


 ……いや、正直なところ。一つだけなら割とすぐ思いついてはいた。

 けどそれは最終手段というか、ほぼ悪魔の契約。背負うリスクが大きすぎる。


 恐らく俺は昨日、二人との待ち合わせ時間をたったの三十分しかズラせなかった時点で詰んでいたのだ。まぁ、当然だろう。どんな言い訳をすればいいんだ?


 部活動が急に生えてくるわけでもない。ましてやバイトをしているわけでもない。

 本当は会長との約束を後日に回すのが一番楽なのも分かってる。

 でも約束に優劣をつけたくないから、こうなっているのは全部ただの自己責任だ。


(仕方ない、これだけは避けたかったが……)


 俺は観念してスマホで通話を開始する。だが、その時だった。

 いきなり背後から視界を塞がれた。この柔らかい感触はまず間違いなく手のひら。


「だ、誰ッ!?」


 振り払おうとして、しかし全くどうにかなる気配がない。つまり、


「どうせ呼ばれると思ってついて来ちゃった」

「き、来ちゃったかぁ……」


 予想通り、声の主は飾森であった。

 それから視界が光を取り戻し、直後。振り返った俺を更なる衝撃が襲う。


「――――っっ!? な、なんでお前がここに……」

「~~~っ!」


 登山にでも行くかのようなザックを背負い、目が合った途端。年下である飾森の後ろへ隠れるように逃げたのは、小夏をひどい目に遭わせたあの樽沢(たるさわ)凪咲(なぎさ)だった。


「彼女、今はわたしの助手兼あなたの生体GPSみたいなものよ」

「おい」


 いるわけだよ、ちくしょう。しかし催眠については口に出さないでおくか。

 たぶん樽沢もかかっているんだろうが、余計なワードで解除されたら困るしな。


「まぁ、いいや。いるならあてにするぞ、俺は」

「えぇ。貸し一つだけれど」

「……最低なマッチポンプじゃねぇか、ったく。で、どこまでできるんだ?」


 催眠は、というニュアンスで改めて訊ねる。


「特定人物の声、存在、関連物を認識できない。その程度なら可能ね」

「じゅ、十分すぎる……逆に何ができないんだよ」

「安心して。あなたを嫌うように仕向けるような使い方はしないわ」

「……当たり前だろ。それをやったら俺はお前を人間とは認めない」


 しかし、そこまでできるなら話は早い。男ひとりと女子ふたり。

 文字通りのダブルデートが実現可能なのだからな! こうなると問題なのは――


「にしてもそれ、バレずにできるのか?」

「そのために彼女が荷物を背負っているのよ」

「?」


 飾森の言葉に疑問符を浮かべつつ、やがて葛西臨海公園駅に到着。

 ダブルデートのための準備を整えた後。俺はひとり、地面から直接出てるタイプの噴水傍にある公園案内図のところで小夏が来るのを大人しく待っていた。


(あの観覧車……絶対、小夏が乗りたいって言うよなぁ)


 この場にいて視界に入れないのが不可能、という位置にそれはある。

 なんでもこちらも日本最大級の大観覧車だそうな。言われてみれば確かにデカい。


「しーちゃん~」


 と、まだ少し離れたところから耳に馴染んだ声が鮮明に聞こえてきた。

 もちろん、私服姿の小夏だ。可愛いなぁ、いやなんでいつ見てもこんな可愛いんだろう服か? 馬子にも衣裳……は、意味は違うけど。あぁ、そうか化しょ――


(け、化粧……?)


 出会い頭に俺がポカンとしていると気付いてか。小走りでやって来た小夏は、得意げに鼻を鳴らしながら大きな胸をこれでもかと張って、しかし照れくさそうに聞いてくる。


「問題です、私は普段とどこが違うでしょーかっ!」

「ぅ……け、化粧をしてる?」

「えへへ、正解~。最近、練習してるんだ~」

「へ、へぇ……そ、そうなのか。いいんじゃないか?」

「可愛い?」

「お、おぅ。可愛い可愛い」

「ありがと~、しーちゃん」


 渡会のために? と聞いてしまいたくなる心をキュッと押さえつける。


 化粧をし始めたのは知っていたはず。なのにこの破壊力! 今日一日、俺の脳は持つのだろうか。無邪気な笑顔が愛おしくて、それ以上に苦しいのはあまりに残酷だ。


 けど化粧報告されないのも、何でも話してくれた小夏の消滅と同義だから……。


「どうしたの?」

「え。あっ、あぁごめん。じゃ、行くか」

「うんっ、行こ」


 向けられた笑顔で気を取り直し、俺たちは並木道へ向けて歩き出す。

 そもそもが広い公園なせいか、人通りはかなり多くその大半が家族連れだ。


「そういや、なんで現地集合?」

「えっ? うーん……内緒!」


 あれ、オシエテクレナイ。もうこの話題に触れるのはやめようそうしよう。


「ま、まぁいっか。し、しかし水族館……水族館なぁ」

「水族館が?」

「いや、何というか……動物園なんかでもそうだけど。魚がいる、みたいな感想しか思えなさそうなのは、俺に教養がないせいなのだろうか……ってふと」

「むぅ、しーちゃん。それは今から行こうとしてる時に言うことじゃないと思う」


 うん、反論の余地もない。のだけど、ちょっとムッとした顔も可愛い。


 んで、通りを抜けた先ではちょうど園内周遊車両が運行しており、それを横目に広場へ出るといくつかの出店や大道芸を見ている人だかりがあった。


 そして、今回のお出かけ(デート)における必須チェックポイントが存在する場所でもある。


「お昼は外で食べるのかな」

「一応、中にもレストランあるみたいだぞ。焼き魚とかあんのかな」

「うぅー、しーちゃん」

「ご、ごめんて。あっ、ちょ、ちょっとあそこ寄ってみないか。な?」

「え、えっ?」


 失言でまたふくれてしまった背中をやや強引に押していく。

 向かった先にあるのは、そこそこ大きいサイズの怪しげなテントだ。


(いくらキャンプとかもやってる人がいるらしい公園だからって、あんなのを勝手に設営するの、どう考えてもやばいからさっさと済まさねぇと)

「占いやってます、結果に満足できたら五百円いただきます?」

「そうそう。普段する機会ないし、たまにはさ。ほら恋愛とか」

「えぇー、うーん……まぁ、しーちゃんがそこまで言うなら……」


 あまり乗り気ではないらしい。ごめんな、じきに良くなるから!

 入口の貼り紙に土足可とあるので、俺と小夏はそのまま中へ足を踏み入れる。


「二人、入りまーす」

「――ようこそいらっしゃいました、蠱惑(こわく)のテントへ」


 程よく雰囲気づくりがされたテント内。俺たちを出迎えた女の声はしかし、飾森や樽沢ではなく。聞いたところによればボイスロイドとかいうものだそうだ。


 これは主に会長の対策らしい。まぁあの会長、一切話したこともなかった俺の出席番号とか知ってるくらいだしな。脳内データベースと声紋を一致させる可能性はある。


「あ、サメさんだ」


 水族館に合わせた準備かは知らないが、簡易テーブルを挟んで椅子に座っているサメの着ぐるみが飾森。その一歩後ろにいる間抜け面の魚人が樽沢である。


「はい、サメさんです。当店では一度、お一人様ずつを占った後で改めて複数名様を占う形式を取っていますが、まずどちらが占われますか?」

「あ、彼女からでお願いします」


 話をさっさと進めるため、特に他意なく即答した。すると、


「か、彼女……っ」

「――――……彼女」


 サメさんの語気はとても怒り心頭なご様子だった。

 というか、えっ。待て待て小夏がなんでそこで照れるんだよ、ずるいだろ蠱惑か?

 まぁ、ともかく動揺している間に彼女はッ! 着席させるに限る。


「こ、個別の段階ではプライバシーの観点から。こちらの装着をお、お願いしてます」


 そう言って樽沢魚人から手渡されたのは、ヘッドフォンとアイマスクだった。

 よし、ここまでくれば後はもう飾森の催眠術を信じるしかない。


 仮に小夏や会長に催眠への耐性みたいなものがあったら終わるが、終わりたくないので考える意味はないだろう。そうして、予備の椅子で待つこと数分――


「終わったわ」


 サメさんに二つの小道具を取られた俺は「そうか」と返事をする。

 見ると小夏は椅子に持たれ掛かりながら、幸せそうに眠っていた。

 かすかにコインを弾く音が聞き取れはしたものの、俺もこんな感じだったのだろうか。


「彼女……そう、彼女はあなたの一回目の声かけでテントを出て、二回目で起きるわ」

「こ、怖すぎる。あっ、今何時だ?」


 急ぎスマホで時間を確認する。だが、時刻はまだ十一時十七分だった。

 これなら冬毬会長との約束の時間には余裕で間に合うな。


「じゃあ会長も連れてくるから。次も頼む」

「あら、真の彼女によくできましたの〝ちゅっ〟はないのかしら」

「あるわけないだろ」

「まあ、ひどい」


 わざとらしいやり取りもそこそこにして、テントを後にする。

 待ち合わせ場所に水族館側から来たら不自然すぎるため、先に着くのはマストだ。

 んで、十一時二十六分。無事、俺は会長を駅の階段下で待つことができた。


「――む、待たせてしまったか」

「あ、いえ。そんなことは全然ないです。予定より一本早く乗れてしまって」

「そうだったか」


 制服姿の会長が答える。てっきり私服で来ると思ったので意表をつかれた。

 と、そんな思いが顔に出ていたのか。冬毬会長がわずかに困った様子で続ける。


「やはり制服はまずかっただろうか。何を着ていけばよいか、分からなかったのでな」

「い、いや全然いいと思いますよっ? 学生の間にしか着られないんですし、好きなだけ着ればいいと思います。何よりとても似合ってますからっ!」

「そう言ってもらえると有り難い。あぁ、そうか……なるほど。この次のデートでは服を買いに行くとしよう。詳細はまた後日」

「あ、はい。分かりました……」


 なんで初デートの結果を待たず、二回目の行き先が決まるんだよ。この人おかしいよ!

 まぁ、今更言ってももう遅い。それよりも今は大事な確認をしなければならない。


「それと冬毬会長、一つ提案があるのですが……今日一日だけ、タメ口を利いたりしてもいいでしょうか? えと一応、デートって形なわけですし」

「ふむ、それもそうか。確かにどちらか一方が敬語というのも不健全な関係だな」

「まぁ、その辺の実際は二人次第だと思いますけれども……」


 恋愛観の補足はしつつ、俺はおほんと咳払いを一つ。


「じゃ、じゃあ行こうか」

「あぁ。今日はよろしく頼む、真田」


 改めて言葉を交わし、俺と冬毬会長は駅前の噴水広場を出発した。


(ひとまずタメ口を許可してくれて助かった……)


 デート中の絵面を想像すれば、タメ口を使わないわけにはいかない。

 でないと小夏に対して敬語で話すという、他人行儀な事態に陥ってしまう。

 それから広場に出て、俺は先ほどと同じようにテントへと誘導を開始した。


「デート先で予定外のことをするのも案外、楽しみ方の一つだと思いま、よ」

「確かに私は、用事だけを済ませてすぐに帰ってしまうな……ふむ、一理ある」


 と、すんなり了承してもらえたが、屋台などには目もくれず水族園を目指していたのでかなり焦った。今、自分で言っていた通りの性格をしていると俺も思う。


 で、冬毬会長も無事にサメさんの餌食となった。一方の小夏はというと雑に鯉マスクを被せられてテント内で寝かされており、ちょっと笑いそうだったのは悔しい。


 ややあって、催眠の役目を終えたサメさんがやや楽しげな声色で言った。


「この人、かなり掛かりやすいわね……少し驚いたわ」

「まぁ……無垢というか、無知というか……良くも悪くも純粋な人だから……」

「その、俺は理解(わか)ってるみたいな口ぶりやめてもらえないかしら? 嫉妬で解くわよ」

「誠にごめんなさい」

「は?」

「申し訳ございませんでした……」


 俺はサメさんに土下座した。お、おのれ許さんぞ、米良茉莉……っ!


「……まぁ、いいわ。占いの部分も記憶に蓋をしたから刺激しないように」

「あぁ、ありがとう。で、名前を呼べばいいんだよな」


 飾森の頷きを確認したのち、俺は二人の名前を呼ぶ。

 声に応えるようにゆっくりと立ち上がったその表情は明らかに虚ろで、夢遊病みたいに見えた。

 ヤバ(あじ)を感じつつもそのままテントに出て、広場の中央へと連れていく。


「……た、頼むぞ。すぅ、はぁ――――小夏、会長」


 そして、深呼吸をキメてから二度目の声かけをした直後。二つの意識が覚醒した。


「あ、あれ……? しーちゃん、私……」

「ふむ……」

「あっ、やっと起きた。立ったまま寝落ちするからびっくりしたよ」

「えっ? あっ、え? ご、ごめんね。しーちゃん」

「寝不足のつもりはなかったが……申し訳ないことをした、すまない真田」


 スマホと腕時計で時間を確認した後、二人は揃ってバツの悪そうな顔になる。

 どちらも何も悪くないのでかなり胸が痛むが――にしても、だ。


(ほ、本当に二人ともお互いの存在を認識できてねぇのか……)


 恐ろしい限りだが、味方ともなればこれほど頼もしいことはない。後は俺次第か。


「ま、まぁとにかく。ほら、行こう」

「う、うんっ。せっかくの水族館、楽しまなくちゃ損だもんねっ」

「うむ、君の言う通りだな。時間が惜しい、行くとしよう」


 気を取り直し、俺を真ん中とした横並びで歩いていく。すると道中、小さなショップが目についた。い、行きと帰りでお土産を買わせようってことか、たくましいな。

 たぶん寄らないとは思いながらも一応、尋ねてみるべきだろう。


「あれはさすがに帰りでいいで――……よな?」

「うん、荷物になっちゃうしね」

「賛成だ」


 二人の同意を得られ、俺たちは更に奥へと進んでいく。その時、ふと疑問に思った。


(これ、意見が食いちがった時どうしよ……)


 今の俺は集合で言うところの小夏・会長の共通部分。

 どちらか一方だけに肩入れするわけにはいかないし、嫌われたくもない。


(た、巧みな話術の出番だな……俺にあるかは知らんけど)

「あっ、マグロだ~」


 不意に嬉しそうな声をあげた小夏が走り出す。向かう先には二メートルのクロマグロと身長を比較できる撮影スポットがあり、子供の撮影を終えた親が離れていった。


(写真かぁ……写真なぁ……ん、写真ッッ!?)


 飾森に確認し忘れてたが、この場合どうなるんだ? 二人には写真の人物が見えるのかどうか……いや、口ぶりから察するに恐らく見えないのだろう。

 けど明日。フォルダ見返したら急に小夏と会長が映り込むんじゃないか?


(とすると今日は、一緒に写真を撮るわけにはいかない……っ! 仮に撮るとしても俺のスマホで編集して後から送るようにしないと終わる!)


 同時に今、俺が小声で提案すべきことは一つしかなく――この間、実にコンマ数秒。


「せっかくだしどうです? 俺、撮りますよ」

「それもそうだな」


 頷いた会長はマグロに歩みを進める。メモリはマグロの左右に刻まれており、幸いにも小夏と会長はそれぞれ逆に位置を取ってくれた。ふぅ。ま、まずは一勝……。


「撮りまーす」


 構えたスマホをタップし、パシャリと風景が記録される。

 うん、ばっちり二人が映っていた。まぁ、表情はかなり対称的だけども……。


 なんにせよ、撮ったのなら映り具合を確認しに来るのが女子というもの。

 俺は高鳴る鼓動、冷や汗と共にスマホを覗き込む二人を静かに見守った。


「大きいねぇ、マグロ。じゃあ、今度は私がしーちゃん撮るよ!」

「ふむ。では次は私が君を撮影しよう」

「あ、うん。お願い」


 ふ、ふぅ……まずは無事、第一関門突破といったところだろうか。

 その後、券売機で入場券を買う際。やや俺の動きに不自然さはあったものの、奇跡的に会長を単独で購入させることに成功。あの人が元々、単独行動派で助かった。


(にしても入場料が七百円って割と安いな……)


 で、それとなく小夏・俺・会長の位置取りになるよう集まって入場ゲートへ到達。

 スタンプを押してくれたお姉さんの視線に、たぶん私情込みの怨念が含まれていたためかなり心苦しかった。まぁ、逆の立場なら同じ顔をするので文句は言えない。


(あれかぁ)


 程なく道なりに行って階段をのぼると、道中も見えていたガラスドームへと辿り着く。

 あそこから下が本格的な水族園の始まりなのだろう。

 形容し難い緊張感に包まれながら中に入り、途端。小夏が気付いた。


「あ、あれ!」

「あれ?」

「む?」


 右側に見えたエスカレーターではなく、左にあったボードへ俺たちは足を向ける。

 パンフレットが置かれた傍。スケジュールの書かれた紙が貼られていた。


「マグロの餌やりだって。あっ、ペンギンもあるよ」

「えーと、十四時半のマグロと十五時のペンギンの餌やりは見れそう」

「うむ。園内を見て周る速度にもよるが、昼食の後ならば丁度よいだろう」

「楽しみ~」

「だなぁ」


 そう半分引きつった笑みで同意を返しながら、俺は改めて思う。

 ここまでの会話で破綻が見られないのは幸運としか言いようがない、と。


 だが以降、魚という共通の話題において。小夏と会長の着眼点や知識が一致することはまずあり得ない。どう考えても地獄(ほんばん)なのはここから先である。

 正直、既にかなり胃が痛い。誰か助けて欲しい。けど、やるしかない。


(あっ。エスカレーター(ここ)も二人の間に入らないと事故るよな、たぶん)


 まるで百合の間に挟まる男か何かだな。いや、別に百合ではないのだけど……。

 将来に不安を感じつつ、俺たちは薄暗い地下へと飲み込まれていった。

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