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番外編 誰を好きになればいいんでしょうか

デート先の水族館をエアプで書くか迷い続けた結果、やっぱり行っておこうと結論したため、今回は苦肉の策で番外編です……


本来は字数で言うと三巻相当の冒頭でやるつもりのエピソードでしたが、支障はない(と思います)恐らくその時期になったら番外編扱いではなくなります

「あのぉ……瑠々(るる)って一体、どういう人を好きになればいいんでしょうか」

「「「――――え?」」」

「ふむ」


 そんな一言で、この日の恋愛相談は始まりを迎えることとなった。

 俺は春乃先輩、冬毬会長、茉莉ちゃんとそれぞれ顔を合わせた後。一呼吸の間を置く。


(……れ、恋愛相談の中でもだいぶ変化球きたな)


 一年C組、加賀(かが)瑠々子。恋愛同好会(仮)が拠点とする教室を訪れた一見大人しそうな彼女は、小夏と同じ家庭科部に所属している女子だそうだ。


 つまり、下手に嫌われた場合。対人関係で露骨な好き嫌いをしない小夏からのマイナス評価に繋がりかねないため、ここは慎重に言葉を選ばねばならない。


 なので、高校生にもなって自分を名前で呼ぶような奴はダメだという偏見はまず捨てる必要があった。もっとフラットに評価しないとな。言動って基本、育った環境だし。


「こうなると、今回も私は役に立てそうもないな。不甲斐ないことだ」


 会長は自主的に戦力外通告をして相談者と同じ視点での参加を表明する。

 まぁ、もうこの人がそういう恋愛観だと理解しているから誰も何も言わない。


「男の視点からこういう男が、って言うのも違うと思うんで俺もダメですね」


 気付いたら自分の特徴を話していた、なんてことになったら恥ずかしすぎるしな。

 さて。二人はどこから切り出すのかと思っていれば、春乃先輩が口火を切った。


「加賀さんだっけ。あなた、友達は多い方?」

「そう、ですね。少なくはないと思いますよ。瑠々、自分のこと名前で呼びますけど」

(自覚はあるんだ……)


 でも言われてみれば、ひと聞きで察するようなぶりっ子特有の無駄に甲高い声をしてはいない。普通を好印象にする高等テクをキメているタイプか? やるなっ!


「そう。なら男友達がいない男は回避すべきね。例外なくどっか破綻した人間だから」

「ですね。あと性格もですが、経験や体験の有無って誠に人相に出やすいのです」


 しょ、初っ端から威力が高すぎる……こっちまで衝撃がくるところだったぞ。

 先輩の価値観は外れ値としても、茉莉ちゃんも同意してるから信憑性は高そうだし。


「ほう」

「いやあの……俺、それなりに友達いますからね、会長」


 何故かタイミング良く目が合ったので一応、釈明しておく。


「えぇと、それはどうしてですか?」

「加賀さんは好きになった人と、どうせならそのまま結婚したいわよね」

「……最終的にはそうなったらいいなぁ、と思います」

「じゃあその前提で、例えば結婚式。友達がいない彼氏を想像してみて」


 友達がいない新郎。友達がちゃんといる新婦。

 わざわざ言葉にするまでもないが、二人が交わった時。何が起こるかは明白だ。


「……瑠々、お友達の皆に祝ってもらいたいので揉めます、絶対に」


 加賀さんが神妙な表情になり、先輩も強く頷く。

 家族婚。別にそれ自体が悪いってことは決してない。ただ、人生で大抵の人間に訪れる一つの節目である結婚式で、披露宴を選びたいのが恐らく多数派だろう。


「そこに至るまではいい男に見えてたのに、披露宴を選べない人望の無さで想いが冷める可能性は笑っちゃうほど高いと思うの。だって余程のことがない限り人生で一度きりの、女として最大級なイベントじゃない? うんと華やかでいたいのが普通の感覚よね」


 会長は感心し、女子二人が納得の頷きを見せる。

 茉莉ちゃんも先輩と同じ考えなのは意外だったが、考えてみれば父さんは茉莉ちゃんのお母さんと式は挙げてないだろうし、思うところがあるのかもしれない。


「ちなみにあたしも絶対、披露宴したい派よ! 友達にはシンプルに祝ってもらいたいし嫌いかつ独身の女にも、幸せっぷりを見せつけてやりたい! 来てもダメージ、断ってもそれはそれであたしの勝ちだから最高よねぇ! なははは!」


 最高にクズだった。つまり、いつも通りである。


「ついでにそうね。こういう言葉を聞いて幸運にもヒットマークが出たとしてよ、そこで顔を真っ赤にさせて憤慨するようなのは男も女もやめた方がいいわね」

「ふむ。何故だ?」

「認める能力が誠に欠如している証明だからだと思いますよ、周防先輩」

「いえす。それは怒るより先にやるべきだもの。でも怒っちゃう。つまり、やるべきことから目を背けて逃げる性格だから、この先の人生終わる可能性が高い。で、行き着くのは特技、見当違いな自己の過大評価・的外れな他者への責任転嫁ってわけ」


 ……うぐっ。あ、あまりにも耳が痛い話だ。こ、心が痛い。

 俺も先輩も彼氏彼女の存在を認め――……そうだ、どの口が言ってんだこいつ。


「じゃあ、そういう人を好きになった場合。具体的に瑠々にはどんなデメリットが?」

「んー、と。そういう手合いは基本、ごめんなさいが言えないと思うのよ。で、連鎖的にありがとうすら言えない人間である可能性が高い。お互いに感謝のない家庭は、例外なくアウトってのが持論ね。寡黙な父親も理解されてなきゃダメ親の一種なわけ」

「ふむふむ。理想の温かい家庭から一歩遠ざかるかも、と」

「ボクは、自分の過ちを認められない男の人が浮気をしたら開き直ると思うのです」

「あぁ、それはありそうですね」


 私怨が含まれていそうな意見だが、言っていることは概ね正しい気がする。


(……にしても茉莉ちゃんが同級生と恋愛している光景、あんま想像できないな)


 きっとクラスの男子も俺と同じことを思っていて。で、そういう時は大抵、自分の知らない年上の男に()(さら)われる非情な現実を突きつけられるのが世の常っ!

 ……なんだか胸が苦しくなってきたので思考を切り替える。自衛は大事だ。


「結局、好きになる相手は良くも悪くも対等な方がちょうどいいの、やっぱり。その上で多くの共通項といくつかの相違点があれば、ベストだと個人的には思うわね」

「なるほど。やはり勉強になる、さすが春乃だな」


 冬毬会長がまた一つ、かしこくなっていた。


「じゃあ、瑠々は……そこそこのお友達に囲まれてて、キャンプと天体観測って共通点がある、それ以外の場所でキラキラしてる男の子が合ってるんでしょうか」

「うん、その方向性でいいとあたしも思う。ただ――――」


 おっ、流れ変わったな。いや、だと思ったんだ。春乃先輩がこんな普通の意見だけ言うはずないし。だってこれじゃ、まるで先輩の倫理観がまともみたいだろ。


「一つだけ例外。社会的な地位が生まれた時から違う人間に溺愛された場合だけ、余程の理由がない限り別ね。当然ハイリスクハイリターンだし、付き合う過程で〝相手が好きになってくれた自分〟から変わりすぎないことの意識が必要だけど……」


 春乃先輩は一瞬、息を吸ってから改めて言葉を続ける。


「男が積み上げてきたものの隣に一瞬で座る。それこそ真に、若くて可愛い女の特権よ」

「「――――っっ!?」」

「う、うぉっ、いろんな意味で過去一最低な発言きたな……」


 俺と加賀さんだけが春乃先輩のとんでもない言い分に驚いていた。

 皆、薄々理解してるけどそれを言っちゃおしまいだろっていうまさに爆弾発言である。


「でもそうでしょ。トロフィーワイフなんて言葉もあるけど、実際のところはトロフィーハズバンドしたい、もしくはしてる女の方が多いに決まってるもの」

「飛躍した暴論すぎる……」

「うーん……瑠々も同じく懐疑的ですね」


 そんなのはネットの中にしかいない、特定の女性の偏った思想なのでは。

 俺たちのやり取りを会長は静観し、茉莉ちゃんもため息混じりに呆れている。


「飛躍でも暴論でもないわよ。単に普通は出会わないし、求められないだけ。これに意を唱えられるのは幸運にも今、幸せ真っ只中な人間でしょうね。言わば、安全なところからもっともらしいことを主張してるだけ」

(どっちにしろネットによくいるじゃねぇか)

「じゃあ聞くけど。どうしてモテるにはまず、モテる必要がある。人気になるには、まず人気になる必要がある。なんて矛盾螺旋に納得できる人間が多数派なの?」

「「……えっ」」


 改めて何故と聞かれると、そういうものだからとしか言いようがない気がする。

 現代人が数字に取りつかれていることを考慮しても、ヒトが動物である以上は何らかの強みを持つオスやメスに多くの異性が引き寄せられるのは当然の摂理。


「そして、人間の場合。その矛盾が適応されがちなのは、どうして男の時だけなの?」

「そ、それは……」


 何故だろう。確かにいざそう言われると、モテる女子は異性からモテているからさらにモテるわけじゃない気がする。たまたま好きになった人が多くいたって感じだろう。


 たぶんアイドルなんかが分かりやすい。ファンが多いからって推すか?

 いや、まずそうはならない。ファンが多いのは単なる結果だ。


 身に着けている装飾品の価値が人の価値を示すわけじゃないのだから顔や声、胸や尻で好きになることはあっても、高価な下着で恋に落ちたりはしないだろう。


(ん、装飾品……ブランド……付加価値……)


 高価な時計や衣服を買う目的は、特別好きでもなければ裕福さをステータスとして誇示するためだと俺は思う。ある程度を超えたら趣味の領域だしな。


 で。少なくとも俺は、金持ちそうだからで誰かに惹かれたりはしない。

 するとしても美人だとか、優しくしてくれたとかそういう部分に対してだろう。


(まぁ、諸々が対等じゃない相手が好意に応えてくれるとは、ちっとも思わないけど)


 たぶん男からすると相手が無収入でさえなければ、言うほど気にしない……かは、子供から見た甘い幻想なのかもしれないけど、そうであって欲しいと。俺としては思う。


 逆に異性から見た時、男が人生の中で手にしてきた装飾品――つまり、立ち位置などといったものは、果たして恋愛においてどれほどの割合を占めているのか。


 俺には見当もつかない。だが、恐らくその差が大きいことだけは肌感覚で分かる。

 そんな数秒にも満たない逡巡の後。ニヤリと笑った春乃先輩が言った。


「答えは簡単。男と女で〝他者からの評価〟の意味と願望の比率が違うから」

「評価の意味と、願望の比率?」

「……あぁー。瑠々、納得」


 まさに今、答えが分からなかった疑問を提示された傍で、加賀さんは納得できる部分を見つけたようだった。これが男と女の感覚の差なのかもしれない。不思議である。


「信二郎には前に言わなかった? 〝選ばれる〟は愛情の芽を育てるって話」

「い、言ってました」

「よね。つまり、期待の表れなのよ。多くの選択肢から自分を選んで欲しいっていうね」

「き、期待? それって願望……あっ」

「繋がった?」


 まだ霧のようにあやふやだが、何となく掴みかけた言葉があった。それは、


「…………〝選ばれたい〟と〝応えて欲しい〟の違い、ですか」

「いえす」


 芸を覚えたペットを見るような視線を向けられる。もちろん、嬉しくはない。


「女の恋愛の正体は選ばれたいが七、応えて欲しいが三。男はその逆ってとこね」

「なる、ほど……」


 いわゆる男らしさ、女らしさみたいな固定観念が願望比率の差を生んでいるのだ。

 告白やプロポーズは男からするべき。これが一番分かりやすい例だろう。


 確かに〝女子の方から積極的に来て欲しい〟なんて願望を俺は当たり前に女々しいなと感じるし、〝惚れた弱み〟という言葉も今なら自分の中で咀嚼(そしゃく)できる気がした。


「ちなみに信二郎先輩。幸福度でどちらかに十まで偏るですよ、それ」

「……マジかよ」


 茉莉ちゃんは、さすがに恋愛知識が豊富を自称するだけあるな。

 普通に俺より造詣(ぞうけい)が深いじゃねぇかよ……本当に数か月前まで小学生か?


「いえす。メンヘラストーカー男みたいなのは〝応えて欲しい〟十割だし、SNSで幸せアピールすると、死ぬほど噛み付いてくる女は〝選ばれたい〟十割なわけ」

「お、おぉ……い、嫌な点と点が繋がったなぁ」

「良かったじゃない」

「言うほど良かったか?」


 雑にまとめるなら世の女性は基本。日本人すごいみたいな動画を見て、日本人がすごいイコール、私すごいみたいな精神構造をしてるって感じだろう(ド偏見)。


「ま、個人差はあるし結局は〝自分だけが知ってる優越感〟が最強なのも事実なのよね。あとほら、男のオタクって最終的には〝……ったくw〟系のガチ恋勢に進化するでしょ。あれも恋愛から遠いとこを生きてるせいで女々しくなった結果なわけ」

(そうかな……そうかも……)


 とりあえず根本的に、ガチ恋は恋愛じゃない。ただの性欲だと俺は思う。

 つーかもう、何の話してたんだっけ今。論点が行方不明になってる気がした。


「……瑠々も何だかんだ〝自分にだけ溺愛〟が一番いいかもですねぇ」

「女子に基本搭載された憧れよねぇ。ここまで色々と言ってきたけどさ、どうせ男なんてちょっと優しくされた時点でもう好きになってるから意味ないのよ、言語化」

「男子の九割を代表して申し上げます。反論の余地は御座いません……」


 ぐぅの音も出ないほどに完璧な主張だった。

 男なんてのは結局、恋焦がれるよりも身近な優しさに脳を焼かれるのである。


「……で、先輩がた。もう相談内容から誠に脱線しているですが、まだ続けますか?」


 と、茉莉ちゃんの至極真っ当な意見を受け、程なく加賀さんは退室。

 相談に対しては満足していたようなので、上々の成果だったのは間違いない。

 それからしばらくしてずっと黙っていた冬毬会長が不意に口を開く。


「――しかし、なるほどそうか。つまり、真田は異性にモテるということだな」

「「「はい?」」」


 三人の声が一切のズレなく重なった。視線も当然、会長に全て集まる。

 いやいや急に何を言い出してんだ、この異世界人は……。


「む? 私は今、おかしなことを言ったのだろうか。先程の言い分から推察するに春乃と付き合っている君は、数ある候補の中から春乃を選んだのではないのか?」

「「――――っっ!?」」


 会長のその発言に戦慄が走る。それはもちろん、俺と茉莉ちゃんの中に、だ。

 中学一年生かつ腹違いの義妹と視線が重なる。


「ま、誠に……あ、あり得ないのです……こ、怖っ……え、えっ? えぇ……?」


 彼女の瞳はどう見ても、人間に化けた怪物と出会ってしまった時の眼差しだった。

【36.水族園1】はなんとか今月中に投稿したいと思います。(できれば2も……)

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