32.オーバーキルすぎるだろ……
結局、前話は「食べられないものありますか」と聞いた後の部分を1000文字程度追加・修正しました。
(一応、目を通していただけると、あれそんな話したっけに遭遇する確率が下がります)
何を言っているんだと思った方は、このまま読み進めていただいて結構です。
翌日、金曜。放課後になり、部室へ向かうと案の定な光景が広がっていた。
茉莉ちゃんがプロレス技――吊り天井をかけられた状態で、春乃先輩と舌闘していたのである。言い合いは苛烈らしく、入ってきた俺を気にかける素振りは皆無だ。
(う、うわぁ。圧倒的パワハラ……)
原因は分からないが、たぶん春乃先輩が先で茉莉ちゃんが乗ったに違いない。
すると、当然のように俺の思考を盗聴した先輩が顔も見ずに言う。
「――パワハラがどうした。嫌ならさせるな! される可能性を消す努力はした?」
げ、現代社会基準だと炎上待ったなしの発言過ぎる……。
まぁ、でも謝らないだろう。謝るくらいなら最初から言わない。そういうヒト科だ。
「色んな人間がいるなんて初めから理解ってることじゃない。なら対策してない方も悪いのよ。人生は対象年齢ごとに強弱が変動する、配られた手札と手に入れた手札でやってくカードゲーム。文句言う前にデッキの構築と戦略、見つめ直すべきじゃない?」
言ってることは割と正しいのに、このお前が言うな感はなんなのか……。
やっぱ人間って〝何を言ってるか〟より〝誰が言ってるか〟を見がちだなって。
例えば俺がネットで〝うんちw うんちw〟と呟いても〝キモ〟と一蹴されておしまいだが、人によっては〝深い〟〝心が洗われました〟なんて反応が返ってくるだろうし。
「というか、メンタルもやしは黙って筋トレしてればいいのよ、筋トレ。身体を鍛えれば何をされても〝まぁ、本気出せばワンパンで殺せる〟くらいの余裕が生まれるし。余裕が生まれるってことは人生気楽になって、視野が広くなるのと同じだから」
まぁ、とにもかくにも。ここまで客観的に見れば、全て春乃先輩の独り言である。
なので当然ながら茉莉ちゃんからすると、まさに血の気もドン引きする光景だった。
「こ、怖い……きゅ、急に誰と喋ってるですか。でも何を言うかと思えばカードゲーム。ふんっ、なるほどです。だからさっきから……すんすんっ、誠に臭うんで――」
「ふんッ!」
「ふぎゃあああっ!」
よくしなる弓みたいに身体をのけぞらせながら、情けなくも悲痛な声があがる。
すげぇよ、茉莉ちゃん。どんな逆境でも相手に攻撃を試みる、その濁った精神は。
レスバの本質を理解ってる。俺が思うにレスバで必要なのは正論なんかじゃない。
真に必要なのは、お気持ちと根性。仮にオスメスで分けると断然、メス寄りだと思う。
「春乃先輩、高校生が中学生を負かすのってどうなんですか……」
「ま、負かされてなんかないんですけどっ!?」
そ、そっちが先に反論ぶつけてくるんだ……生粋の負けず嫌いじゃん。
「誠ちゃんの言う通り。外野は黙ってなさい。そもたかが四、五歳の差でしょ」
「同意ですっ。38歳と33歳だと思えば、状況もすぐ納得できると思いますがっ?」
「え。むしろ滅茶苦茶しょーもない理由で争ってそう……」
言葉にした瞬間。二人の世界から俺が消滅したのを直感的に理解する。
純粋なレスバでは互角なのかもしれないが、絵面では完璧に先輩の圧勝だった。
……ダメだ。茉莉ちゃんも春乃先輩にあてられて思考回路が狂ってきてる。
少なくとも昨日見た思慮深い横顔はどこにも存在していない。もう遅い、手遅れだ。
で、結局。醜い物理的な論争は茉莉ちゃんが最後まで負けを認めず、会長がやって来たので次に持ち越す形の引き分けに終わった。
たぶん決着がつく日はルールを決めない限り、こないと思う。まぁ、それより、だ。
「――会長、保健室が大盛況ってどういうことですか?」
「うむ、言葉通りだ。どういうわけかここ数日、保健室の利用者が急増しているらしい」
「しかも男ばかりってのは気になるわね」
「あの、だとしてそれが恋愛相談の部活に何の関わりがあるんです?」
茉莉ちゃんの疑問はもっともだ。というか会長、説明してなかったのか。
「ここ、自治会の補助要員的な立ち位置だから。手伝いとかもあるんだよ」
「え~。誠ちゃんそんなことも知らないの~? ダメだよ、人の話はちゃんと聞こ~?」
「くッ、本当になんなんですかこの部活……周防先輩以外、誠に最悪ですっ」
春乃先輩の身体を傾けまくって下から煽る構図は、確かに本当に最悪だと思う。
てか今の、茉莉ちゃん的には悔しがるところなん――――……えっ、俺も?
「私は別件で手伝えないが、よろしく頼む。あぁ、それと保健室の鍵が無断で増設されているそうなので、最悪ドアは壊してもらって構わない」
だそうで。俺たち三人は早速、保健室へ向かうこととなった。
その道中も二人は火花を散らしており、見かねて話題を振る。なんて偉いんだ、俺は。
「うちの保健医、今は昔。幼馴染にこっぴどく振られたのを引きずってるんですよね」
「へぇ、そう。半妖なんだ。けどそんな人が急にモテる? 年下に。妙ね……」
クズは訝しんだ。つーか、アラフォー寸前のこと半妖って呼ぶのやめて差し上げろ。
いつか自分もなるのにそこまで強く出れる理由が理解らない。これが若さか。
「あっ、そういえばさ。誠ちゃんって家庭の事情で学校に馴染めないから一時的に面倒を見ることになったって聞いてるんだけど、実際どうなの? 違うんでしょ?」
「……そうですね。学校には誠に馴染めているので、理由付けの部分はボクが先生がたに無理を言ってしまった辻褄合わせだと思います。それで、実を言うと――」
「「言うと?」」
「小中一貫校で環境が同じですから。簡単なんですよね、頭張るの。だからです」
「頭春乃? ――――ふぐはァッ!?」
内臓をアイスみたいに抉り取るような一撃が、笑顔のノールックで飛んできた。
天井を貫通していないだけ、まだ良心的な気がするのは精神的な調教の賜物だと思う。
というかなんで頭張るとか、そんなヤンキーメンタルの持ち主なんだよ。
「へぇ、いいじゃない。交友関係広げようなんて、向上心あるわね」
「ふんっ、あなたに褒められても誠に嬉しくないです」
(お、俺の安否は二人してナチュラルに無視ですか……?)
と、思いが伝わったのか、頭上でめり込んだ俺をちらりと見上げる茉莉ちゃん。
「なにひとりで遊んでるんですか。早く行きますよ、信二郎先輩」
その視線はとても冷たく、茉莉ちゃんは春乃先輩と共に先へ行ってしまった。
同じパワーを体験したはずなのに何故、そんな目ができるのだろうか……。
で、俺たちは施錠された保健室に到着し、春乃先輩が秒で鍵を破壊。
そのまま何食わぬ顔で足を踏み入れ、目を疑う光景を目撃した。
「まみさんの笑顔、本当に素敵だね。俺たちまで明るくなれるよ」
「おれ、家に帰った後。いつもまみさんのこと考えて寂しくなっちゃうんだ……」
「毎日お仕事、ご苦労様。今くらいは羽を伸ばしていきなよ、僕の麗しき淑女」
「きゃーっ。皆、私のこと見てくれてありがとっ、ありがとうねぇーっ!」
なんと保健室が、ギラギラなホスト部屋へと変貌を遂げていたのである。
「なにこれ……」
男子を侍らせているのは、間違いなく保健医――養護教諭の間宮まみであった。
割と音を立てたはずなのに気付く気配がないので、よほど入り込んでいるのだろう。
つーか、目がチカチカすんだけど、これ大丈夫なやつ……?
なんだか段々と視界がカラフルになってきたきがするんだけども、おれは今、果たしてしょうきなんだろうか。いまいちじしんがもてなくなってきたきがするようなきが。
「……この光ね」
「はい、ボクもそう思います」
どうちょうしたふたりは、あぁ。まみさんすてきだ。おれがそばにいてあ――……
「アがぁっぺッ!?」
突如、腹部に尋常ではない鈍痛が走る。春乃先輩だ。慣れてきたとはいえ、痛いものは痛いん……え? お、俺……今、直前まで支離滅裂なこと考えてなかったか?
「とりあえず、目をつぶってなさい。平気そうなら薄目」
「従った方が良いですよ。ホスト気取りの先輩とか、たぶん誠に不愉快なので」
俺は大人しく目をつむり、落ち着いてから徐々に薄目にしていく。
「おかしいなぁ。女の子にも少しは効き目があるって、井上先生に聞いたんだけど」
すると小首を傾げた保健医の黒いシルエットが、ゆっくりと席を立つ。
傍に控える男子生徒たちの影も、呼応するような姫を守る位置取りだ。
「精神的に自立しているから、とあたしは思いますね」
「じ、自立ぅ? お姫様に自立なんて必要ないのよ。ねぇ、私の王子様たち?」
「「「姫! 姫! 姫姫! 我らが姫! 絶対! 運命! 不文律!」」」
ちょっとだけ楽しそうだった。もちろん聞いている分には、だが。
「……このおめでたさは、そうね。水素水を白湯にして呑めば大気中のマイナスイオンと体内のプラスイオンが結合して、いつか彼氏と赤ちゃんが精製できると思ってる感じ」
(どういう例えなんだよ……)
しかし先輩の偏見オブ偏見の発言を聞いても、保健医から動揺は感じられない。
それどころか軽く鼻で笑い飛ばすと、彼女は毅然とした声色で言い放つ。
「ふふっ、これだから最近の若者は。水素水ゼリーも白湯もダウントレンド! 今本当に流行しているのはこれ! 生体融合型光触媒、トラインオメガなのよね」
「「「――――ッ!?」」」
薄目で見やりながら、間宮先生が天高く指さす先を確認する。
そこにあるのは、球体――恐らくミラーボールか何かだろう。
てか何? 光触媒? なんだその明らかに怪しい物体……アルミホイルの親戚か?
「なんだ、原因はスウィートベイビー井上なの」
「誰です、それ?」
「勘違いおばさん」
春乃先輩の物言いに茉莉ちゃんが「なるほど」と頷く。それで理解るんだ……。
「い、井上先生のこと、悪く言わないで! あの人は私に〝ガデちゃん〟を教えてくれた命の恩人なんですからねっ!」
「…………匿名掲示板?」
「あんなのと一緒にしないでください。あれはもう、卒業しました!」
(通ってはいたんだ)
そこは、俺も恋愛について検索するうちにたどり着いたことのある魔境だ。
すると間宮先生はおもむろにスマホを取り出し、画面を見せつけてくる。
薄目なのでよく見えないが、恐らくSNSの何か。つまり〝ガデちゃん〟とは、バズり投稿を何度もしている特定の女性向けアカウントなのだろう。
「……へぇ、意外。こういうのって大抵、業者が別のとこに誘導してるのにこれ、純粋に不純な承認欲求だけで生きてるアカウントじゃない。可哀そうに」
「ですね。しかもこういうの基本創作ですし、嫌いです」
「そ? あたしは嫌いじゃないけど好きじゃない」
(どうせ最低な理由なんだろうな……)
けど、先輩が素直に褒めるのも珍しい。余程まともにまともじゃなかったのか。
「ふっ、残念ながら今の私はその程度のちくちく言葉でへこたれないの! 長年傷ついた脳が超回復を引き起こし、七色の精神を手に入れた! 即ち無敵! 人生の最高潮!」
「最高潮なんですか? じゃあ、後は落ちるだけですね」
「ぐ、ぅっ……」
春乃先輩の返しに間宮先生は、少なからずのダメージを食らっていた。
しかもなんか、それと同時にミラーボールもわずかに欠けたように見えた気が……。
(あ、生体融合型とか言うだけあって連動してるのか?)
ちらりと二人に目を向ければ、どうやら同じことを思ったらしい。
とすれば、だ。心苦しいが保健医の精神と触媒の破壊は同義なんだろう。
「しゃらっぷ! これさえあれば二十四時間三百六十五日ちやほやされてっ、デートでは私にモテたい男の子に奢られ放題! 割り勘なんてくそよ! 絶対、手放さないから!」
あぁ、これは確かにスウィートベイビー井上に目覚めさせられてる言動だ。
前はこんなんじゃなかったから、良くも悪くも影響を受けやすい素直な人なんだろう。
「正しく理解ってないようなので一応言っておきますが、因果関係が逆ですよ。モテたいからおごるんじゃなくて、モテてるからおごられてるんです。男が女に奢るのが当然なんじゃなくて、若くて可愛い女は奢られる可能性が高いだけなんですよ?」
「……でも本当は?」
「全人類、あたしに奢れ」
本当、なんなんだろうなこのクズ。逆にいっそ清々しいけど、べつに尊敬はしない。
「あの、誠に素人質問で恐縮なのですが、先生はおいくつなのですか?」
「うん? まだびちびちの38よ!」
「四十手前で彼氏が、デートが、割り勘がって誠に浅い人生です。ね、久住先輩」
「茉莉ちゃんの言う通り。先生、ちょっと足を止めて……もう止まってるか。周りを見てください。そこに誰がいますか、誰もいませんよね? 皆、もう先に行ったんですよ」
「んぬぅぅうんっ」
(そしてこの、ノリノリな女子陣である……)
合法的に罵っていいと理解した途端、彼女たちはウキウキだった。
まるで姉妹のように息の合った連携罵倒を繰り出している。それに保健医自身は罵倒の耐性があまりないだろうから、なるべく長生きしろよって感じだ。
「井上先生も言ってたけど女は四十からっ! まだ私は私を温め育てる時期なのっ!」
「あの俺、思うんですけど……こういうのって大体、三十からって――――……」
と、体育祭の時も実は内心思ってた疑問を投げかけようとした、その時。
俺の肩を茉莉ちゃんがそっと叩き、優しげな眼で首を小さく横に振った。
「人は誰しも歳を取るものですよ、先輩」
「え?」
「つまりそれを言ってた連中は皆、四十になったのよ。コンテンツの高齢化ね」
「あぁ……」
「あ、わわわっ。で、でも、これの効き目は元々、私に好意がある人にしか効かないって井上先生言ってたから! だから不同意じゃないの! 同意なのよ!」
「「へー……」」
不意討ちの意味ありげな視線が、味方から飛んでくる。
「いやいやっ、幅が広すぎだろっ!? 幼馴染の話で共感したくらいだがっ!?」
「――まぁ、それはとにかく。都合のいい現実と本当の現実の落差が埋められなくなった人間が語る現実改竄論なんて聞くに値しないんですよね」
「誠に同じ意見です。何者にもなれず、若さしか取り柄のなかったひとがそのまま年齢を重ねてしまった成れの果てだとしたら、それは思想未満の単なる老化だと思います」
「う、ぐぅ! でも、だけどぉ、それでもぉ! 昔は先生だって、こんな――っ」
保健医がたじろぐ。過去や年齢に関しては禁忌なのか、ホストたちも沈黙していた。
「ほんと過去にすがる大人には言い訳が似合いますね、間宮先生」
「ぬ、ぎぁ!」
「先生って、あらゆる議論にモテなそうって言えば勝てると思ってそうですよね」
「ぃ、ぐぅ!」
「い、今! 敵に回した! あなたたち世界中の女性を敵に――――……」
「無駄に主語を大きくする人って」
「誠に責任能力がないことが大半なんですよね」
「な、ばァっ!」
す、すごい。もはや会話をする気などなければ、話の繋がりすら一切ない。
一方的に効きそうなことだけを言い、相手の主張には耳を傾けない無法者の所業!
で、でも。あ、あれ……? お、おかしいな。何故か、目から涙が…………。
「――ツイフェミニズムと掛けまして、勘違いおばさんと説く」
「そ、その心は?」
急に先輩から視線が飛んできたので、俺はとりあえず茉莉ちゃんに爆弾を投げ渡す。
「どちらも老いてイカれたでしょう!」
(オーバーキルすぎるだろ……)
「゜みィイイいいっ! ――――……ぁひんっ」
あ、しんじゃった。間宮先生が泡を吹いてばたりと倒れる。
そうして心痛と比例するように生体融合型光触媒も粉々に砕け散り、ホストだった男子生徒たちも正気を取り戻すと同時に気絶。無事に(?)一件落着となった。
正直、今回は〝ガデちゃん〟の存在だけ頭の片隅に置いておいてもらえれば大丈夫です。




