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3.あんなに一緒だったのに……

「しーちゃん、どうしたの? 今朝からずっとなんか変だよ。らしくないよ」

「変か……まぁ、そうかもな」


 同じ日の放課後。校門の前で俺は小夏に呼び止められた。

 まぁ、走ってはいないから内心こういう展開を期待していたのかもしれない。


 俺らしさってなんだろうな……小夏から見た俺ってヤツは一体、なんだったんだろ。

 ただの幼馴染? ……いやそれ以外になにがあるんだって話か。


「いやな、実は今朝からずっと頭が痛くて。だから早く病院に寄りたいんだよ」

「えっ。そ、そうだったんだ……ご、ごめんね私、全然気づかなくて」

「気にすんなよ」


 だって俺も気づいてなかったし。気づいたってもう遅いし、手遅れなんだから。

 もうお前の隣にいるのは、俺じゃなくてもいいんだから……。


「家庭科部、行かなくていいのかよ? わ、渡会先輩になんか色々と作ってあげたりとかしたいんじゃねぇの、お前のことだしさ。頑張れよ、下手なりに」

「う、うん……そのつもりなんだ。えへへ」


 笑顔が胸に刺さる。胸の奥をキュッと締めつける痛みが心を削っていく。


「じゃ、俺行くから」

「あ……う、うん」


 無駄に格好つけたようなことを言って、半べそかきながら情けなく去る。

 そして俺は今、駆け込んだ病院で診察を受けていた。


 もちろん、脳に異常があるんじゃないかと思ったからだ。

 原因が不明の頭痛ということで頭部のレントゲンに加えて、磁気共鳴画像(MRI)を受けさせてもらった。わりと軽い頭痛から診てくれるタイプのところでよかったと思う。


 大体、今回だけで8000円くらい飛んでいってしまった。痛い出費だ。

 それに高校生にもなったことだしバイトも――れれれ、恋愛もしなきゃ……シナキャ。


「うーん。ちょっとこれを見る限り、異常らしい異常はなさそうですが……もしかするとメンタル的なことが原因かもしれません。最近、なにかありましたか?」

「お、幼馴染への恋心を自覚した瞬間に。し、失恋をしました……」

「それです」


 糸目で優男風の先生は抑揚に乏しい声で応じると、ついさっき撮ったレントゲン写真や画像をすごい雑にぶん投げて再度問診がはじまる。


 最初の問診は失恋のせいだと思いたくなかったので正直、適当に誤魔化してしまった。

 反省はしてる。悪いとは思ってないが、心の中で先生に謝っておこう。ごめんなさい。


「先生ぇ。お、おお俺の幼馴染が……か、かか彼氏がいるのに、俺に優しいんです……」

「誰にも分け隔てなく接することができるいい子なんですね」

「? そんなの当たり前じゃないですか。でも女性を見る目があるんですね、先生」


 何を言っているんだろう。学校を出る時だって、なんだかんだと気にかけてくれて……なんか今朝は別人に見えてた。けど、違うんだ。違っちゃうんだ。


 あいつは何も変わってない……変わったのは俺なんだ。好きって気づいたから。

 気づかなかったらたぶん祝福できたはず、と思う。まぁそんなの今の気持ちを知れば、無理な話だっていうのはわかっているけども。なんだか、いやに寂しい。


「……ありがとうございます。ではお大――」

「あとっ。お、おお俺の幼馴染が……俺に優しいのに、か、かか彼氏がいるんです……」

「君が彼女をいいと思ったのと同じように、他の方も彼女をいいと思ったのでしょうね」

「ということはですよ! これってやっぱり俺を勘違いさせたっていう、罪ですよね?」

「……恋だと思います。ではお大――」


 何を言ってるんだろう。罪があるとすれば、俺なのに。

 気づいていれば今みたいな気持ちを知らずにいつも通り過ごせていたはずなのに……。

 だからか、懲りずに情けない口は余計なことを話し続ける。


「まだあるんです! 恥を忍んでお頼み申しますが、先生っ! 俺に……俺に、惚れ薬の作り方を教えてください……っ! もしくは一日だけ効く催眠術でもいいです……っ!」

「いやホント忍んでください」


 俺は近くにいた看護師の蔑み混じりの視線もいとわず土下座していた。

 まるで本当に自分の身体が自分のものじゃないみたいだった。おかしくなってるのは、脳じゃなくて心なんだろうか。まぁ、そんなこと俺にもわからない。


「殺生な! 未成年がこんなにも頭を下げているのに!」

「なんの責任能力もない頭を下げられても蹴り飛ば――んんっ、いいですか。君は失恋の影響で著しく頭が悪……いえ、精神が異常をきたしているに過ぎません。そしてそれは、次の恋愛を見つけることでしか、修復できません」

「こんなお願いするようなヤツに彼女なんてできるわけないじゃないですかッッ!!」

「……確かに」

「確かにって言うなぁあああっ、あんたそれでも医者かがべっ……――」


 すると突然、背後から真空状態のクッソ堅い何かで殴られたような痛みが走る。

 とんでもない鈍痛だった。意識が遠のいていく。どうせなら次に目が覚めたら脳が破壊される前に戻って先輩より……より先に。告白す、るの、に……なぁ。


 覚えているのは首根っこを掴まれた感覚だった。

 この雑な掴み方。このパワー。ああそうだ、あいつが付き添いで来ていたんだ。

 飾森瑞希の、呆れとため息混じりが混じったような声が聞こえた気がする。


「すみません。クラスメイトの馬鹿が失礼しました」

「いえいえ。お大事に。もう二度と来ないでくださいね」


 ――で。次に目が覚めると、病院近くのベンチ前で転がっていた。

 上ではない。前だ。見上げる先には足を組んで、覗き込んでいる飾森の顔が見える。

 ついでに顔が痛み、触ってみると腫れていた。絶対、引っぱたきまくったこいつ……。


「一緒にいて恥ずかしい人間はモテないってわかる?」

「はい、ごめんなさい……」

「さっきのは特に。まるで飲食店の店員に横柄な知人を見ているようだったわね」

「反論の余地もございません……」


 事実なのだけど、こうド直球に投げられると辛い。

 しかしこういう物言いが彼女の短所でもあり、長所でもある。

 そうわかっているとはいえ、傷口に染みるものは染みるのだ。


「で、でも……こんな俺なんかでも! ありのままの俺でも好きになってくれる人がっ、世界中で一人くらいいたりしませんか! み、瑞希様……」

「ふっ」

「は、鼻でっ! 鼻でっ!?」


 やっぱりいないんだろうか。そうだよな……今まで告白もされたことないし。

 モテる人間がモテる。評価されるものが評価される。話題になるから話題になる。

 肝心なのはいつも最初の一歩だ。まぁ、その一歩がどうやら果てしなく遠いらしい。


「少なくとも自分を〝なんか〟と言っている異性に、魅力を感じる女もいないでしょう」

「それは……そうかもな。お前、口は悪いけどいいヤツだよ。霊長類としては好きだ」

「そう……なら――……」

「けど知らないかもしれないが、実は中学で俺を好きな子は……かなりいたらしいぞ」


 飾森の顔が一瞬、点になった。はじめて見るちょっと抜けた面は可愛げがある。

 いつもこうならこいつもモテモテ街道まっしぐらだろうになぁ。もったいない……。


「その噂、わたしが適当に吹聴していたら本当にいたってだけなのよ。というか、かなりとかさりげなく嘘を重ねないでもらえる? 居ても――ふ……いえ、なんでもない」

「そうそう、わたしが適当に――……え、それマジでリアリーなファクト? なんらかのデータに基づいたりしたオピニオンなの?」

「馬鹿みたいな喋り方はやめなさい。無性に引っぱたきたくなる顔をしているわ」

「結論がおかしくねぇかなっ!?」


 こいつ、いつも俺の顔を批判してくるけど、どれだけ嫌いなんだろうか。

 ここまでボロクソに言われるといっそ頬ずりでもしたくなるし、何なら今度ガスマスクでも被って来てやろうかね。涙も隠せて一石二鳥だいやっほぉおっ! ……はぁ。


「失礼じゃないの、そんなにわたしが嘘をつくと思うの?」

「うん」


 直後。飾森が演技派女優もびっくりの唐突さで泣きはじめた。

 当然ながら周囲の注目が一気に集まり、ざわめきを増していく。


 ……これはひどい戦略だ。急いで身体を起こし、慰める風を装って身体を近づける。

 すると飾森は何食わぬ顔で俺にささやいてくる。


「嘘っていうのはこういうものと、理解した?」

「こ、こいつ……お前と付き合う男はきっと大変だろうな」

「いえ。わたしが惚れたらもう一日中ぐしょぐしょのデレデレですから。おほほ」

「う、うそくせー……」


 というかほぼ真顔で「おほほ」なんて言うヤツはじめて見た。シュール過ぎる。

 まぁ、それはそれとしてデレデレしている飾森は……ちょっと気になるかもしれない。


「お前、好きな人とかいないの?」

「……いますよ」

「え、意外。そっか……まぁでも、俺みたいにはなるなよ」


 刹那。ノータイムで引っぱたかれ、意識が飛びそうになった。

 早過ぎて見えないほどで、ただでさえ混乱している脳がさらに混乱する。


「えぇ、なに? なにが起こったわけ?」

「失恋を知ってるんだぜ――みたいな顔がムカついて、つい。反省してください」

「いや、お前がなっ!?」


 こいつと話していると柚本とは別の方向で、辛いことを忘れられる気がする。

 気づいたらツッコミをさせられているわけだし。狙ってやってるならすげーと思うが、まぁ普通に俺がなんとなく気に入らないとかそんなところだろうな。


「と、とりあえず今日はもう帰るわ。付き合ってくれてサンキューな。また明日」

「秋那にお願いされてなければ誰がこんな……えぇ、不本意ながらまた来世」


 本当に一言多いやつだ。なんて思いつつも飾森と別れ、ひとり寂しく帰路に着く。

 それから眠りにつくまでの長い間。やっぱり何もする気が起きず、ずっと死んでいた。


 夜になってもいつものように窓は開かない。前は窓越しに話をしたりしてたけれども、今日はずっとカーテンがしてあった。きっと二度と開かない……いや、俺が開けない。


 だからこれから先の人生で窓越しに聞くのは楽しそうな渡会先輩と小夏の会話と、あと……あとぉ……うぅうううぅっ、やっぱりアレなこともするよなぁ当然だよなぁ……。


 ――まるで気を失うようにその日は眠り、翌日。一日が経って錯覚したのだろう。

 何を血迷ったか、未練がましくも朝だけは俺の時間では? みたいな結論を破壊された俺の素晴らしく出来の悪い脳みそは完璧な結論を導き出したのだ。


(だって付き合ってるって言ってもだ……仲が良い幼馴染と朝、登校するのを止められる権利まではないはずだよな。そもそも先輩はテニス部の朝練なわけだし……)


 徒歩数秒。東雲と書かれた表札の一軒家を前にして、大きく深呼吸をする。

 心臓の音がうるさい。脈が激しい。呼吸も明らかに荒い。苦しい。吐きそうだ……。


 小夏の家を訪ねるのにここまで緊張するのは、はじめてのことだった。

 意を決してインターホンを鳴らせば、程なくして聞き慣れた声がする。

 それから見慣れた小夏のお母さんが玄関から出てきた。


「あら、おはよう信ちゃん」

「おはようございます、おばさん」


 だがそこに小夏の姿はない。とてもとてもイヤな予感がした。

 だって「ちょっと待ってて」みたいな一言もない。普通あるよな?

 やばいやばいやばば。消えたい消えよう待って待っ……不思議そうな顔が怖い。


「……それで、どうしたの? 忘れ物?」

「あ」

「? だって――今日はずいぶん前に出たでしょう? きっと忘れ物を取りに――……」

「あっあ、あ」


 おばさんが何を言っているのか、理解できなかった。理解したくなかった。

 ……鳴らさなきゃよかった。ふらふらと学校へ足を向けながらラインを確認する。

 通知はゼロ。何もない。そりゃそうだ、連絡する必要ある? ……ないよなぁっ!?


 ――で、気がついたら高校の敷地内にいた。すげぇ、記憶がねぇんだけどぉっ!!

 よく轢かれたりしなかったなぁ。最高にツイてるって今日はっ! やったぁ。


「ぁ――――……」


 体育館の傍。テニスコートの方に小夏が見えた。見えてしまった。

 一瞬、駆け出そうとしてすぐに止まる。


 笑顔が向く先には、朝から爽やかに汗を流した上級生が立っていたからだ。

 ふたりがなにかを一緒に食べながらわらっていた。たのしそうだった。


 ひらきっぱなしだったらいんをみてみたら〝せんぱい、あされんでおなかすいてるかもしれないからさきいくね〟みたいなことがかいてあった。うれしー。

 おれのことをわすれてはなかったみたいだ。おれのいばしょはあそこにはないけれど。


「ど、どうしたの! だいじょうぶ、信二くん!?」

「柚本……」


 バスケ部の朝練が終わったばかりなのか、汗だくの彼女がちょうど外に出て来ていた。


「ぅ、うううあっ」

「えぇっ!? ちょ、ちょちょっ、あ、あせっ! 汗臭いからっ、ダメだよぉ……」


 本能だったのかもしれない。人目も気にせず、柚本の中で赤ん坊みたいに泣いた。

 周りから見ると普通に情緒が不安定過ぎてやばいヤツだと思う。けどしょうがないじゃないか! 苦しくて悲しくて辛いんだから……涙が、止まらないんだから。


「うぅ、ぅう……あぁああ、あああ、ああ、あぁあああっ!」

「そっか。よしよーし、よしよーし。いたいのいたいの飛んでけ~。うん……辛いときは思いっきり泣けばいいと思うよ、ウチは」


 涙と鼻水にまみれながら、俺はそんな柚本の言葉に頷いたような気がする。

 正直あまりにも気が動転して覚えていないし思い出したくもない。


 結局、週末は一歩も家を出なかった。

 そして――いつも一緒だったはずの小夏と顔を合わせることも……なかった。

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― 新着の感想 ―
失恋と思わせてハーレムものだった笑
…胸が痛いね。
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