23.無敵が無敵なのは無敵だから
本日、二話目です。ご注意ください。
「さて、皆。こんな時間にわざわざ集まってくれたことはどうもありがとう!」
「ほほ、当然じゃろ」
「今さらですよ、私たちの仲じゃないですか」
「ですなぁ! 水臭いで御座るよ、久住殿!」
「いやいやいやっ、今返事したこいつら全員誰だよっ!?」
体育祭から数日。高校生の補導される限界点をとっくに過ぎた深夜。
俺は何故か、三人のおっさん達と高校からそう遠くない住宅街で肩を並べていた。
「ワシか? ワシは未来ある若者が妬ましい名もなき老害。この世で最も価値のない物のひとつ。上級国民と小学生にクソを塗りたくることが生き甲斐の老いぼれじゃよ」
「私も名乗る程の者ではありません。ただ底辺配信者に質問いいですか、とコメントして放置し続けることが趣味のしがない子供部屋の妖精さんです」
「自分はさすらいのラブドールマニア! 特技はデリヘルを呼んでロリータドールとするところを見てもらいながらママが見てるよ、とささやくように愛を唄うことで御座る!」
「どいつもこいつもカスじゃねぇか! なんだこのおっさん共っ!?」
右から順に映画の雑な字幕みたいなジジイ、ド畜生にド変態なことしか情報がない!
周囲の目をかいくぐり、なんとかここまでやって来たのにおじさんがたむろっていると知ったあの時。心で感じた残尿感的なものは間違いじゃなかったようだ。
「失礼ね。ただ失うものが何もないことが長所な人たちよ」
「無敵の人っ!?」
春乃先輩が平然と言ってのける一方、おっさん共を見やると忠臣みたいに頷いている。
「そ、訳あって無敵三銃士を連れて来たの。これがホントの無敵艦隊ってわけ」
「優れてんのは人生の後悔術じゃねぇか! 大体こんなのどこで拾ってくんだよ!?」
「え、ひとりは近くにある歩道橋下のダンボールに入ってたわ」
「それは住んでるんじゃねぇかなぁ!?」
「にゃーん……」
一番歳を食ったクソジジイの哀愁漂う鳴き声が、暗がりの中で弱々しく響く。
「あとの二人はハッシュタグJKにぶん投げられたい人で募集したら釣れた。さっき」
「初対面じゃねぇかっ! …………って、ん? ぶ、ぶん投げ?」
脳裏をよぎる最悪の展開は、恐らく予想を裏切ってはくれない気がした。
何故なら呼び出された場所を思えば、点と点はおのずと線を描いてしまう。
俺たちがいるのはそう。渡会ファンクラブで幅を利かせていて、かつ小夏と渡会先輩の仲を強制的に進展させかねない憎き樽沢の自宅前なのだから。
「さ、さすがに三匹のおっさんを放り込むのはどうなんですか?」
「ん? あんたも行くのよ?」
「……マジで?」
「まじで」
気付けばとても初対面とは思えない連携プレーで、おっさんと先輩に取り囲まれる。
逃げ場はないらしい。というかたぶん、拒否しても問答無用でヤラれるやつだこれ。
「は、犯罪ですよね?」
「?」
その何を言ってるの、みたいな顔やめろ。結局、この中でお前が一番無敵じゃねぇか!
「……まさかバレなきゃ犯罪じゃないとでも言う気ですか」
「言わないわよ。だってバレても訴えられなきゃ、それはまだ罪とは言えないもの」
「最悪だよっ!」
俺のリアクションに対し、冷めた吐息を漏らして眉をひそめる先輩たち。
圧倒的少数派のため発言力が皆無であり、まるで俺が間違ってるみたいな空気だ。
「いい? ああいうタイプが一番心の中で白馬の王子様とのロマンティックを求めているからこれは必要な過程よ。あとガラスをブチ破る必要はないわ。すでに開いてるから」
「え?」
「不意の転生に備え、技能を身に付けておくのは現代を生きる40代の義務で御座る」
「そっちの方がよっぽど特技じゃねぇかよ……」
「というわけで準備はいいわね。〝老害〟〝妖精〟〝人形遣い〟!」
春乃先輩にコードネームを呼ばれた三人がコクリと頷き、靴を脱ぐ。
「翔べ! 無敵艦隊っ!」
真剣な眼差しだけを宿す彼らは、音もなく夜空を飛んだ。
放物線を描いて超高速回転するおっさんという絵面のインパクトを前に、俺はもう何を言えばいいのか分からない。事実として三人は二階の窓ガラス前にピタリ静止している。
「いや、投げてる方もあれだけど……あのおっさん達、身体能力高くね?」
そのまま事前に取り決めていたかのようなハンドサインを交わし、不法侵入を敢行。
おっさん達は女子高生の部屋へ消えていった。いや、普通に怖いよ。なんだこれ!
「ところでこの後、どうなるんですか?」
「決まってるじゃない。襲われそうになったところを助けるのよ。定番でしょ?」
「えぇ……吊り橋効果にしたっていくら何でも脳筋過ぎませんか。確かにあの女が小夏にやった仕打ちを考えれば、因果応報なところは多少ありますけど」
「心配いらないわ。彼女の両親、普段からほとんど家にいないみたいなのよ。この意味が分かる? つまり愛情に飢えてる可能性が高く、何かに依存しやすいってこと」
「いや誰もそんな話はしてないんだが……」
「日本人の良くないとこよね。やり返さないから外人に舐められるのよ、まったく」
どうやらまともに会話をする気がないらしい。まぁ、始まってしまった以上はもうやるしかないだろう。お前の始めた物語だと理解らせてやるしか活かす道はないのだ。
そうして中の状況が一切不明のまま、数分が経ち――
「……頃合いね。目には目を歯には歯を。脳破壊には脳破壊を。暴力には暴力よ」
「お、俺も逃げはしませんけど。じ、自分のタイミン――……」
「ダメ。今行きなさい、すぐ行きなさい」
「え、あ。ちょっ」
一瞬で靴を奪われた後。首根っこを掴まれ、ゴミのように二階へ遠投された。
俺は間一髪、走り高跳びの飛ぶ要領で窓を飛び越えてみせ、室内の状況を目にする。
(あっぶねぇ……ってか、マジかよ)
そこにはベッド上で拘束されて声ひとつ上げられなくなった樽沢が、無敵三銃士の手によって今まさにパジャマをはぎ取られかけているという光景が広がっていた。
恐らく俺の登場を待っていたのだとは思う。いや、けど……それにしたって、
(さ、さすがにまずいだろこの絵面はっ! ラ、ラブコメ漫画でモブ男がナンパしてきたかと思ったら格闘技かじった世界観違う狂人だったってくらいダメだろっ!?)
「「――――……っ!」」
突然として訪れた絶望を前に、涙で瞳を滲ませる樽沢と目が合った。
顔を覚えていれば、先日の一件もあって俺が黒幕のように映っているはず。だからこの状況下で必須のクリア条件はその誤解を解いた上で、冷静さを取り戻させないこと。
あくまでリアルな夢でなければならない。というか、そうでないと社会的に死ぬ。
加えて痕跡を残しても、悲鳴を上げられてもアウト。幸いにも想定外の恐怖感情で声が出なくなるっぽいことはすでに判明しているから、あとはそれぞれのアドリブ次第だ。
(う、上手くやってくれよっ!)
俺は後ろから老害の肩を掴んで振り返らせ、程々のパワーを込めて顔面を殴った。
「ぬぎゃあっ!?」
老害が部屋の端まで吹っ飛ぶ。タンスで背を打ち、辛そうに見えなくもない。
人を殴った経験なんてほぼないので、手加減できているかはちょっと分からないのだ。
ただまぁ、どこからも血は出てないから平気だろう……たぶん。
「……まったく。最近の若者には老人を労わる心がマジでない、のぉおんッ!?」
「あっ」
勢いで繰り出した飛び蹴りの追撃。それが老害の腹に思いきり入った。
気分はまるで特撮ヒーローだが、相手は老人だから絵面はひどいものである。
「チィッ、これだから高校生は嫌なんじゃ……やはり小学生が原点にして頂点じゃよ」
下腹部が痛むはずなのに、何故かクビをコキコキ鳴らして余裕ぶる老害は窓際で最低な台詞を吐いた後。平然と窓から飛び降り、嵐のように去っていった。
たぶん、あんまり効いてなかったんだと思う。とんでもねぇクソジジイだ。
「ほぅ、あの老害を倒すとはやりますね。初めましての其方」
「しかしヤツは我ら〝無敵旅団〟の中でも二番目に最強に御座る」
(ノリがいいのは結構だが、状況との温度差デカすぎんだろ空気読めよっ!?)
馬乗り状態だった妖精が立ち上がる一方、人形遣いは樽沢を頭側から押さえ続ける。
とはいえ、当の先輩が呼吸も忘れてそうだから実際は添えているだけだ。
「キェエエイッ!」
表情に対して圧倒的過ぎる小声の叫びを連れ、高速で距離を詰めてくる妖精。
だがその姿を見た俺は正直、「でもやられ役に徹してくれるんでしょ?」と思った。
……いや、思ってしまった。そして当然、そんな心に真剣さは宿らない。だから、
「んぐ、はッ!」
バトル漫画の衝撃波エフェクトを伴う掌底が鳩尾にクリティカルした。
瞬間的に呼吸が停止し、消化し切れていない夕飯のアジが丸ごと降臨しそうになる。
(く、くそがッ。ふっざ……けん、なよッ!?)
「おや、今のを耐えるとは。私もまだま道半ば、ということですか」
春乃先輩からの突発的な可愛がりがこんなところで役立つのは誠に遺憾でしかない。
俺は意識が飛びそうなのをどうにか踏ん張り、続く妖精の二撃目に対応する。
(同じ手を二度も食うかよ!)
再び繰り出された掌底をギリギリまで引きつけ、肘の手前辺りを掴む。
そして相手の踏み込む勢いを利用して背負い、窓の外へ容赦なく投げた。
「あ、やべっ」
「ふぅむ、見事ですね。さようならの彼方」
妖精が軽やかに落下していく。だが、激突音はないから何故か無事なんだろう。
よし、何はともあれこうなればあと残すは人形遣いだけ――
「来るなで御座る! こいつがどうなってもいいので御座るかぁ?」
(なんでだよ、かかって来いよっ!?)
振り返るとあろうことか人形遣いは樽沢の首に人差し指を突き立て、人質に取るという行動に出た。部屋を荒らすわけにはいかないから、こうなると俺は無力だ。
仕方なく正対位置を維持しながら、ジリジリと弧を描いて室内を移動させられる。
そのまま俺が部屋の出入り口側、二人が窓側に入れ替わったところで、
「いざ、さらばっ!」
「うおっ!」
人形遣いは人質を強く突き飛ばし、あっさり窓から飛び降りていった。
倒れてくる樽沢を受け止め、その時。ようやく彼女の怯えを肌で実感する。
「――……めんなさいごめんなさいごめんなさい。ありがとうございますうれしいです、たのしんでくれましたかほこらしいですしあわせです……」
「……っ」
これはなんというか、その……明らかに地雷が現在進行形で爆発してる、よな?
いじめっ子はやられ慣れてないから打たれ弱い、とかいう範疇は明らかに超えてる。
思い返してみれば、自分に何か言い聞かせるようなことを戯れていた気もした。
まぁ、だからと言って樽沢に悲しき過去が……と茶化す気には到底なれないし、客観視して〝ざまぁみろ〟とか〝自業自得だ〟とも思わない。正直、どうでもいい。
「「…………」」
俺は不本意ながらも樽沢を抱え、ゆっくりとベッドまで運んでいく。
特に抵抗がないのは助かったが、代わりに掴んだ手を離す気配がまるでなかった。
(……ど、どうすればいいんだ。子守唄でも歌えってか?)
孤独の色を滲ませる瞳は、傍にいて欲しいという意思を強く訴えかけてくる。
だがこんなのは彼氏に振られた女子が、誰でもいいから慰めを求めるのと同じだ。
この目に騙されて素直に居続けた場合。恐らくふとしたタイミングでいきなり冷静さを取り戻して悲鳴を上げられる可能性が高いだろう。そうなれば待つのは社会的な死!
(何か、何かないか……っ!? あのクズが仮にも彼氏を無策で放り投げるわけ……)
ある、かも。春乃先輩ならやりかねない。当然、罪は全部俺に被されるやつ。
(ん?)
気取られないように辺りを見回すと、足元に何故かタッパーが落ちていた。
フタには〝妖精の粉〟と書かれており、中には湿ってそうなハンカチが入っている。
(でかした妖精!)
やるべきことが決まれば、実行あるのみ。俺は樽沢を落ち着かせながら徐々にまぶたを優しく手で閉じ、タッパーから取り出したハンカチでそっと鼻と口を覆う。
その瞬間、樽沢は驚くべき早さで夢の世界へ旅立っていった。
(い、一秒で落ちた……こ、これ人間に使って平気なのか?)
まぁ、ともあれこれにてミッションコンプリート。後は簡単なお仕事である。
布団をかぶせ、涙も一応拭い、それからまたしても妖精が残したと思われる掃除用具で部屋から俺たちの痕跡を消していく。ここまで大体、十分弱といったところ。
で、最後に解決すべきは脱出方法なのだが、これはたぶん人形遣いが窓に仕掛けた紐の力を借りて無事、施錠しながら屋外へ出ることができた。そう、出ることは。
「いや、それいけるの……?」
数センチもない足場の上で壁にしがみつく俺に春乃先輩がしてくれたことは、文字通り手を差し出すことだけ。あのクズは要求しているのだ。二階からここに飛べ、と。
あり得ないだろ普通。まぁ、着地できたんだけど……やっぱ物理的に勝てないと思う。
「上手くいった?」
「……えぇ、まぁ。たぶん」
「そ。ならよし」
「あいつが、こうすればああなるって……先輩、分かってたんですか?」
「ま、少なくとも。何の勝算もなしで仕掛けるあたしじゃないのは確かね」
敷地の外にでた後、春乃先輩は何でもないことのように淡々と答えた。
ここまでの一連の流れを含め、下調べの段階で家庭環境を完全把握し、それらが樽沢の人格形成にどのような影響を与えているかを細かく考察した結果なのだろう。
俺はそれ以上の言葉を続けず、大人しく帰路に着いた。
この手のギャグ調によって解決、というのもあまり好みではない方が多いと理解はしていますがご容赦下さい。




