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20.体育祭、陰と陽の分水嶺3

「信二くん、知り合い?」

「いやさっぱり」


 クラスから離れる道中。困惑した様子で聞く最前列の柚本にそう答える。

 しかし割と交友関係が広い柚本が知らないなら、あいつが同じ中学という線は薄い。

 なんかこれ、推理小説で真犯人が作中未登場だった時みたいな感情と近い気が。


「よ、よく分からないけど……がんばってね。しーちゃんっ!」

「おー。まぁ、ぼちぼちなぁ」


 うそっ、いっぱい頑張りゅっ! なんたって小夏の前だ。いいところを見せたい。

 ともあれ移動を終えた俺は、正体不明の男と弁護側的なポジションで相対する。


『えー、と。こういった場合は……ど、どうなるんでしょうか?』

『それは彼が、あたしの彼氏を呼びつけて何をしたいかによるわね』

『あっ、えぇ。まぁ確かに』


 メガネくんが春乃先輩に同意すると、全校生徒が一斉に白組の男子を見て言葉を待つ。


「オレが望むのは、ある議題についての討論。それについてオレと真田信二郎、どちらの意見が正しいと感じるか。それを皆に判断してもらいたい」

『なるほど、ではこのまま続行しましょう。ただし都合よく色が別れているので紅組側の意見が正しいとなった場合〝語り〟の質に関わらず、次鋒戦は紅の勝利となります』


 まぁ、そんな落としどころが無難か。なにせ向こうが事前に用意し、意見を練ってきた議題にこっちは即興で対応しなければならないんだからな。リスクは相応だ。

 つまり、議題は俺を辱めるもの……である可能性が高い、と思う。何故かは知らん。


『では改めまして、白組次鋒。一年A組、伊佐(いさ)利光(としみつ)くん。議題の提示をお願いします』


 こうして討論バトルの開幕が静かに告げられ、生徒たちも固唾を呑んで様子を見守る。


「今回の議題ッ、それは――〝オレが振られたのは、コイツのせいかどうか〟だッッ!」

「……は?」


 たぶん、大半の生徒が俺と同じ反応だったと思う。

 そんな首を傾げる行為が我慢ならなかったのか、利光くんは鬼のような形相だ。


「い、いやそんないきなり訳の分からないこと言われ――」

「これに見覚えがないと言わせねェんだよォ!」


 即座に否定され、怒り狂った利光くんが反証として机に叩き付けたもの。それは、


「……あっ」

「そうだ! 分からねェはずがねぇんだ! なんたってこれは、てめぇがオレの後頭部に押し付けた〝坊主のカツラ〟と〝仏教セット〟なんだからなぁッ!」


 うん、めちゃくちゃ見覚えがある。どうりで顔を知らないのに恨まれてるわけだ。


「これのせいで……これのせいでオレはぁ! 梨々花(りりか)ちゃんに〝なんだか利光くんの頭、杓文字(しゃもじ)みたいだよね。ご飯冷めちゃった〟って振られたんだぞォッ!」

『あははははっ!』


 放送席にいる春乃先輩の爆笑が、容赦なくグラウンド中に響き渡る。


『こ、これはもう勝負あったんじゃないですか?』

『まあまあ。とりあえず反論を聞いてみましょうよ。く、くく、くっ』


 ……反論か。簡単な言葉で否定しても、恐らくこの場の誰にも響かないだろう。

 振られたばかりなだけあって利光くんの熱量は強いからな。凄みがある。


 しかしだからと言って攻撃的なちくちく言葉での反撃は、周囲の印象を悪くするだけ。

 そこは今後の学校生活にも大きな影響をもたらす部分。ヘイト管理は大事だ。


(必要なのは分かりやすい言葉、比喩。順序立てた論理的な共感……ってとこか)


 俺と利光くんでは、勝利条件に大きな違いがある。向こうは俺に非を認めさせることが目的でも、こっちは意見に対して他の生徒の賛同がもらえればそれでいい。つまり、


「なぁ、それってさ――前々から別れる理由を探されてただけ、ってことはねぇの?」

「ハァアアアアッ!?」


 利光くんの血管が一瞬で、サイズの合わないTシャツくらいはち切れそうになった。

 それでも俺には、周囲の疑問の言語化が最優先事項。あくまでも代弁者なのである。


「例えに出すのは不本意だけど、井上先生の話を覚えているか? 女子が怒るのは日々の積み重ねだって話。普段は皆、表面張力で我慢しながら生きてるんだよ。恋愛だって同じじゃないか? 相手の全部を無条件で好きになるのは難しいんだ、普通は」

「言い逃れはやめろ! 一生する予定はなかった坊主がきっかけで別れたんだぞッ!?」

(かえる)ならぬ坊主化現象ね、ウケる~』


 そういう皆が思っててもあえて言わない代弁はいらないんだよ、やめろ!


『うーん。私としましては今のところ、どちらの主張もあり得る。という感想です』


 メガネくんの感想を聞き、多くの生徒が頷いていた。まぁ、当然だな。

 この時点で真実を知るのは、当の彼女とその友達くらいのものだろう。


「つまりお前は、梨々花ちゃんに嫌われる落ち度が自分には何一つないと?」

「当たり前だぁああああッ!」

「そりゃすごい。俺もあそこの春乃先輩と付き合ってるけど、そんな風に言い切るなんてとてもとても。だって些細なことでのケンカなんてしょっちゅうだからな」

「ハッ、オレはデート中でも何でもケンカなんかしたことねぇっ! する理由が一切ないからなぁっ! 梨々花ちゃんといるのは、オレにとって特別な時間なんだぞっ!?」

(――――ッ! 特別な、時間……あぁ、そういうことか。見えたぞ終わりへの道筋が)


 あまり嬉しくもないが利光くんの理解力不足につい、自虐的な笑いがこぼれてしまう。


「な、何がおかしい!」

「いや。悪いが今の一言で俺には、お前が振られた原因が完全に理解できたよ」

「何ィっ!?」

『い、一体どういう? す、好きな子に彼氏ができた経験しかない私にはさっぱり……』


 メガネくんが戸惑う隣。春乃先輩は何故か、両腕を組んで後方彼女面に徹していた。


「利光くんお前、デートが特別な時間って言ったな」

「そ、それがどうしたっ!」

「違うな、間違っているぞ。デートの本質は特別な時間を過ごすことではないッ!」

「な、何を言っているんだ……? そ、そんなことあるわけが……」


 利光くんと呼応するように、理解ってない男子どもが一斉に困惑の表情を浮かべる。

 一方で理解ってる側(主に女子)は、先輩と同じく無駄に得意げだった。


「デートの本質。それはな……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「「――――っっっ!?」」」


 恋愛未体験者には到底納得できないかもしれないが、悲しいかなこれはどうあがいても覆りようのない現実なのである。春乃先輩の人権を賭けてもいい。


「恐らく何度もデートを繰り返すうち、梨々花ちゃんにとってお前といる時間は特別でも何でもない、当たり前の時間になっていたと。そういうことになる」

「な、んっ……」

「勘違いするなよ? 何も別に悪いことじゃない。あくまでふたりの関係性が次の段階に移行したというだけの話さ。だがな、それは足並みが揃っていればの話だ」


 春乃先輩とお出かけを追跡したあの日。その概念を身に染みて理解させられた。

 弁当が渡会先輩の好みに置き換わるように。ズレていた歩幅が合っていくように。

 これまでと違うこれからは、新しい日常として当たり前の光景となっていくのだと。


「そう! つまりお前は恋愛に浮かれすぎた! その結果、特別が日常になってきていた梨々花ちゃんを見落とした! そんな彼女の心に俺の坊主がトドメを刺したんだッ!」

「…………っ!」

「芋ジャージの田舎娘が都会のギャルに触れて染まるのも! 男に影響された女の趣味が増えたり減ったりするのも同じっ! 人生はな、環境オセロなんだよッ!」

「か、環境オセロ……」


 利光くんにはもはや、先程までの強情さは感じられない。まるで牙を抜かれた虎だ。


「で、でも……そ、そん――」

「くどい! 本当は自分でも勘付いてるんだろ? 彼女は割と前からお前と別れる理由を探していたッ! そしてそんな女には残念ながら基本、すでに新しい彼氏がいる!」

「い、いや、そんなはず……だってまだ、別れて日が浅いんだぞ!?」


 そんなの一切、関係ない。残念だったな! 基本的にたぶん絶対、女子の恋愛におけるセーブスロットは一つで、上書き保存のオートセーブなんだよ……悲しいね。


「想像を働かせてみろ。では、はいクエスチョン! 方向性の違いでご飯が冷めちゃった日々の中、顔も性格もとりあえず合格。しいて言えば出会って日が浅い。けれどなんだかいい雰囲気で家にお呼ばれしてしまった。さて、彼女はどうした?」

「え? い、いやダメだろそんな。断るべきだ! 仮にも付き合ってるんだぞ!?」

「そうだな。けど違うんだ、もう根本的に。一種の開き直りと言ってもいい。ダメな気がするからこそ探すんだよ、何でもいいから。自分を納得させられる言い訳を」


 甘いなぁ、別れる前に揺れるから浮気って言うんだぞ。経験したことないけど!


「恐ろしいことに本当、何でもいいんだ。姿勢がいいとか爪がキレイとか、そういう」

「ば、バカな! そんなことが! ゆ、許されていいはずは……」


 利光くんは賛同を求めて周囲を見渡す。他の男子達も不安なのか同じ様子だった。


「「「わわ、あわ……」」」


 で、必然的な集団マインドクラッシュが発生。バタバタと人の倒れる音がする。

 たぶん教師を含め、バツが悪そうな女性陣と目が合わなかったんだろうな。南無。


 今こそ保健医の出番なのだが、幼馴染に脳が壊された可哀想な生き物も卒倒しており、実行委員が慌ただしくさせられていた。いや何やってんだ、あの人は……。


『勝負あったわね。では、これより生存者に今回の討論の決を取ります』


 まぁ、春乃先輩なので惨状は一切気にせず、パパっと宣言して起立制の投票が開始。

 俺の意見に同意する生徒達が立ち上がって、それを見た先輩は高らかに続けた。


『――比べるまでもないわね。というわけで次鋒戦、勝者! 一年D組、真田信二郎!』


 大半が女子なので歓声はない。俺がもっとイケメンなら違ったかな。うん、考えるのはやめておこう……苦じいぃ。ともあれ俺は、崩れ落ちた利光くんのもとへ向かう。


「利光くん。さっきはああ言ったが、まだ諦めるには早いんじゃないか?」

「……え?」

「ふっ、なんだ知らないのか? いいか、坊主はな――寝取り属性、だ」

「「「ッッッ!?」」」


 言えば、聞き耳を立てながら死んでいたゾンビ共も一斉に息を吹き返していた。

 瞳にかすかな光が灯るのが分かる。NTRなんて頭の片隅にもなかったに違いない。


「んで寝取った男はなるんだよ、奪ったその瞬間。寝取られる側にッ!」

「――――ッッ!!」

「心に刻んでおけ!」


 救済の右手を差し伸べ、それに応えた利光くんはゆっくりと立ち上がる。


「真田、信二郎……いや、兄弟!」

「あぁ、行こう! 共に!」


 がしり、と。俺たちは両手を固く結び、お互いを称え合いながら無事和解。

 こうして今日、確かな友情が生まれたのである! ……知らんけど。


 *


「あら、お一人様でどうしたの。先輩彼女さんと食べなくていいのかしら」

「俺だって昼くらい、普通にクラスで食べる」


 体育祭も折り返しとなったお昼。俺と飾森は教室の窓際で弁当の準備をしていた。

 小夏が渡会先輩と食べないらしく、春乃先輩のとこに行く予定はなくなったのだ。


 それと討論の後に利光くんが昼飯を誘ってくれたから、お一人様の認識には誤解があると思う。A組とは焼き肉の件もあるしな。まぁ、勝負の現状は一切不明なんだが。

 なにせスフィンクス川島本人が集計者のため、機嫌でしか状況を把握できなかった。


「それで、ぼっち飯なのね。可哀想に……およよ」

「う、嘘くせー。いやだってなんか、大半の男子はバリカン求めてどっか行ったし」


 坊主はモテると言ったはずもないんだが、変に勘違いされてたら面倒でしかない。

 んで残ってる少数派とはその、あんまり話したことないので距離感が掴めなかった。


(というか、このフィールドにおいて真のぼっち飯は……)


 ちらり、と。教室のど真ん中を陣取る孤高のクラスメイトを見やる。

 そこには暗黒のオーラを纏い、(つわもの)の面構え(背中)で正座する前園さんがいた。


「……なぁ、前園さんってそんなに友達いなかったの?」


 聞こえないように声をひそませながら飾森に聞く。


「ご覧の有様よ」

「ご覧の有様か……」

「放っておいて平気よ。だって秋那が通りがけに拾ってくるもの」

「あー」


 納得。今ちょうど柚本はトイレなので、気づいたら声をかけそうではある。

 なんたってママだからな。優しさという人間として持ってて当然の、むしろないと減点される没個性も研ぎ澄ませば、一つの強い独自性に進化していくものだし。


「お、戻ってきた」

「そうね」


 しばらく様子を観察していると、柚本が置物と化している前園さんに話しかける。

 何を話しているかはよく聞こえないが、彼女の持つ暗黒は柚本持ち前の陽気さの前では秒で霧散していた。まぁ、気弱さから来る陰気なんて脆いからしょうがない。で――


「一緒にいいよね!」

「お、お、おおっ、お邪魔しますぅ」


 結果、前園さんゲット。いや、競技中とか普通に話してたのになんで教室だとこうなるんだよっ! 体育祭マジック!? ……興奮して気が動転してたりするんだろうか。


「別に断る理由も特にないしな」

「ひうっ、消極的肯定ぇ」


 言うと、初めて見た生き物を親と思う小動物みたいに柚本の後ろへお隠れになった。


「もう。ダメだよ、信二くん。怖がらせちゃ」

「……えぇ、俺のせい?」

「気にすることないわ、前園さん。そこの人も言っていたでしょう、環境オセロと」

「!」


 狐につままれた前園さんが一瞬だけ視線を高速で泳がせ、考え込む。


「つ、つまり。わ、わたしが陽キャに……?」

「? よく分からないけど明るく振るまえば、明るく振るまえるってことだよ!」

「うわっ!」


 柚本のおでこがペカっと光り輝いてでも見えるのか、目がくらんだらしい。

 そんな彼女を聖母に擬態した悪魔は「きっとなれるわ」と優しく受け入れていた。


(確実に新しい玩具としか思ってねぇだろ、あいつ。ボロ雑巾みたいに捨てそう)


 ともあれいい加減、腹も減った。そろそろ食べ始めたいが、まだ役者は揃っていない。


「てか小夏は? 食堂に行ったのは知ってるけど」

「お弁当を完成させるために調味料を借りに行くんだよ! って張り切ってたよ?」

「だとしてもお弁当は置いて行ってもいいと思うけれど」

「それはそう」

「あ、あわわ。こ、これが内輪の空気。ひっくり返って死ぬわたしは孤独なオセロ……」

「全部声に出てるけど大丈夫そ?」


 前園さんが口を抑え、早速ひっくり返ってしんだ。南無。

 そんな時だった。教室のドアが開き、クラスメイトの女子が戻ってくる。

 何やら不安げな彼女が友達に小さく話しかける声は、俺には明瞭に聞こえた。


「――ね、ねぇ。あのね私さっき、小夏ちゃんが先輩達と別校舎の方に連れてかれるとこ見ちゃったんだけど……だ、大丈夫かな? へ、平気だと思う?」


 そして。自分の感情を自覚した頃にはすでに、俺は廊下を走り出していた。

体育祭は次で終わる予定です。

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