幕間 好きなひとが彼女とデートしてた
「――よぉし、それじゃあ皆! 次の組み合わせを試してくれッ!」
「「「うぇああい……」」」
春先にしては猛暑という他ない、うだるような熱気の日差しを受けながら体操服を着たゾンビ共が体育教師の一声で移動を開始。当然、俺もその群れの中を歩く一体だった。
体育祭へ向けた授業となっており、今日は二人三脚がメインらしい。
時間が余ればリレーをするとのことで、しばらく似たような内容が続くのだろう。
「よろしくなぁ」
「よ、よろしくね……」
と、ほぼ会話の記憶がない目隠れメガネ女子の前園さんが細い返事をしてくれる。
すでに何通り目かの組み合わせになる、女子と肩を組んで行う二人三脚。
初めこそ青春めいた空気もありはしたが、脳筋教師によって全ペアのタイムを計測することとなって以降、運動部以外にとっては完全に拷問の時間が続いていた。
「こらッ、シャキッとしろッ! 準備ができたペアからどんどん行くぞーッ!」
しいたけ目を輝かせながら、恋人が筋肉なマッチョマンが良い笑顔で声を張る。
俺と前園さんの順番も程なく回ってきて、せっせと走り始めた。
だが一応、俺も中学ではサッカー部所属。やってればモテるわけじゃないと悟ったから辞めたとはいえ、いきなり体力が無くなるわけじゃないので疲労は少ない。
そう、問題なのは走るという行為なんて粗末な事ではないのだ。
真に問題なのは、これが男女の共同作業であるということ一点に尽きる。つまり――
「たゆんたゆんたゆんっっ!」
授業が始まってから脳内や視覚的にも鳴り止まない幻聴が、答えの全てだったッッ。
小夏と肩を組んで走るクラスメイトの視線も当然、吸引されている。
さて。どうやって自分が入る墓を掘らせてから自害させようか……。
「本当、涙が止まらない程みっともない男なのね」
「あぁンッ!? 周りにどう思われようと関係ないね、俺がどう思うかだろッ!」
走り終わって小夏を見る俺の背後でため息を漏らすのは、相変わらず飾森だった。
「あら、そう? これは聞いた話なのだけれど、あなたのクラスにおける女子の評判は、〝貧乳には一切の関心を示さないおっぱい星人〟だそうよ」
「え。あっあっ、あっあ……あっ!」
知らない間に俺の高校生活一年目は、終わりを迎えていたらしい。
「い、いやでもおっぱいが嫌いな奴なんていないだろっ! し、尻だって似たようなもんだしさぁっ!? 女子が男子の筋肉見て騒ぐようなもんでしょうがぁあ、ああっ……」
「そうかもしれないわね。まぁ、広めているのはわたしなのだけれど」
「だと思ったよッ!!」
こいつは知り合ってからずっとそうだ。一度だけ対抗して変な噂を流そうと試みたが、そっくりそのまま自分に返って来たのでもう諦めている。
すると俺たちの不毛なやり取りをジッと見ていた前園さんが、ぽつり呟いた。
「真田くんと飾森さんって……仲、良いよね」
「えぇ。誤解を恐れず言えば、都合がよくて後腐れのない肉体と精神的関係だもの」
「いや恐れろよ。誤解しかねぇ」
全く、こいつは。ホント一回くらい痛い目というか、驚かせてやりたいものである。
「そういう軽口言い合えるの、羨ましいって思うな……わたし」
「んー。まぁ、その辺は中学からの付き合いだしな」
「そうね。前園さんはとりあえず、その縮こまった背筋を伸ばして目元を晒け出すところから始めるべきじゃないかしら? 折角、可愛い顔をしているのに勿体ないわ」
「か、かわっ」
褒め言葉を受けた前園さんが両手を頬にむぎゅっと添えながら狼狽える。
確かにそういう仕草は、男から見れば大多数が可愛いと感じるかもしれない。
「走ってる時、視界の端でチラッと見えた感じそんな気はしたかもなぁ」
「う、ぅ、うぅ……」
「それに大人しい性格の目隠れ巨乳なんて、〝ワンチャン俺でも行けそうな勘違い男〟か〝押しまくれば行けそうな粘着男〟ばかり寄ってくるでしょうし」
ひどい言い様だが、飾森の言わんとするところの納得感も正直、百里くらいある。
前園さんに対する個人的なイメージとしては、モテたい相手にはモテず、モテたくない誰かにモテ……あ、あれ? 俺も辛くなってきたからこの話は終わろう、そうしよう。
「まぁ、イメチェン……というかほぼ話したことないから元の印象なんてないけど――」
「ふぐぅっ!」
「幸いそれを指差して笑うようなのもクラスにはいなそうだし、アリなのでは」
しかし仮に前園さんがとんでもない美少女だった場合、長年の生活で染み付いた日陰者仕草(偏見)を連発すると女子からは異常なほど嫌われてしまうだろうなぁ。
「さっ、真田くんは……ど、どっちがいいと思う?」
「えっ。いやその、どっちでも? イメチェンくらい好きすればいいと思うけど……」
「はぅっ!」
さっきからちょいちょい、彼女は謎のダメージを喰らっているが何なのだろうか?
実は意外と〝おもしれー女〟予備軍だったりするのか。なんて思った、その時だ。
「――バカな、あり得ない。ま、前園さんがイメチェン……だ、と?」
さっきまで小夏と二人三脚していたクラスメイトが、分かりやすく絶望していた。
ははん、あいつ前園さんが好きなのか。いや、でも哀しむも気持ちわかるよわかる。
夏休みに彼氏ができて、久しぶりに学校で会ったらギャルに……を想像しちゃうよな。
よしよし苦しめ苦しめ。そんなお前の墓には彼氏とのツーショットを供えてやるよ!
「いや、やっぱりチェンジだチェンジ! 俺は明るく振る舞う前園さんが見てみたい!」
「うひぇっ!?」
「ついでに無理してます頑張ってます感があると愛嬌〇(まる)だと思う! カワイイ!」
「……ひんっ」
勢い余ってつい両肩を掴み、友達みたいな距離感もあってか、涙目になる前園さん。
申し訳ない! けどこれも肉体接触に脳がヤラれてる男子のためなんだよ許してっ!
「さすが、年増女の制服コスプレが好きなだけあるわね」
「そんな性癖はないんだがッ!?」
しかし嘘も吐き続ければ真実に近付くのだろう。途端に周囲が騒々しさを増す。
中には「年増好きならスフィンクスに保健医と寝たって噂もマジなんじゃ」と恐ろしいものまであった。いや寝たっていうか気絶! 失神! 生死の境を彷徨ってただけぇッ!
「お、おおっ、お前ねぇ……俺がツッコまなかったらもう、ただの痛い女なのだぜ?」
「あら、でも突っ込んでくれると信頼しているもの」
「……はぁ。その自信はどこからくるんだよ」
呆れて涙が止まらない。だって釈明してもホントっぽいとか言われるだろうしな!
それから今度はヤバい感じに顔面が溶けていた柚本とペアになり、抱きつき嫉妬走法を編み出した俺は、体育祭出場種目の一つが二人三脚に決定するのであった。
*
「――゛あぁ、゛ああっ、゛あああ、゛ああああ……」
悪夢のような日曜日の青春真っ只中。つい、JKと思えない濁音付きの声が出た。
さて皆様は人生をいかがお過ごしでしょうか? ウチは絶望を過ごしています。
きっと誰しも経験があるはずだと思うんだけどね、ふとした時に昔の失敗を思い出して泣きたくなることがあると思うんだ……あるでしょ? あるよね? あるって言って?
「紹介するわ、こちら久住春乃先輩。で――俺の彼女」
「え」
ぬわぁあああああっ、もうヤダもうやだぬんのああああっ! この仕打ちはひどいよ、あまりに心がない! ひどすぎる! あんなのもう浮気だよ! ゛うわぎだよぉぉっ!
うぅ……どうして? どうしてもっと早く行動に移さなかったんだよウチぃいっ!
なんて。最近はホント、寝ても覚めてもおんなじことばっかり考えちゃう。
でもそりゃそーだよ。ママを恋愛対象なんておかしいよねっ! あ、あああぁ……。
「秋那、いつまでそうしているの。あなた今、人面ゼリーみたいになっているわよ」
いきなり上の方から瑞希ちゃんの平べったい声が聞こえて。そういえば電車に乗ってたことを思い出した。自分以外のみんながとっても大きく見えるなぁ、フシギー。
「瑞希ちゃん……ウチは、どうやったらここから人生を挽回できるかなぁ」
「そうね。友情、努力、天運じゃないかしら。今の秋那にはどれもないけれど」
ひどい。傷だらけの心に正論は良くないと思いま――え、友情もないの?
た、確かに友情は恋愛が絡むと恐ろしい速さで崩壊するってママが言ってたけどぉ!
「ウチにはもう、ツッコミを入れる気力もないんだよ瑞希ちゃん……」
「そうね。入れられたいものよね、普通なら色々と」
「う、うぅ……」
下ネタへの誘導に付き合いたくなくてふと顔を上げてみたら、まるで可哀想な生き物を見るような。それでいて外れていく周りの視線が胸にグサッときて辛かった。
(やめてそんな目でウチを見ないでぇ! 見ちゃダメ! クラスの皆みたいにチケットを咄嗟に隠したウチを「あっ(察し)」って感じで目を逸らすのはやめてぇええっ!)
あ、なら心を閉ざせばいいんだ。そうだよ心があるから傷つくんだよ、えへえへ。
現実から身を守る手段を思いついた途端、祝うみたいに電車が止まってドアが開く。
ちょっと嬉しくて笑顔のままホームへ降りた。よぉし、とりあえず今は映画を楽し――
「この前、告られたんだけどさー。好きでもないのに告られるのダルくね?」
「分かるわぁー。好きでも何でもないから素でいられるだけなのに勘違いやーつ」
「うわぁあああああっっっ!? 勘違いしてごめんなざぁあああいっ!!」
瞬間的に哀しみが限界を超えて頭身が下がり、身も心もみるみる縮こまっていく。
最近はちょっと気を抜くともうこんな感じで、きっとウチは根っからのスピードタイプなんだと思う。まぁでも? 恋愛は出遅れるんだけどねぇあああああああんっ!
「な、なんだあの作画崩壊した粘性生物みたいなのは……」
「知らね。まぁとりあえず、最近振られたんだろ? 南無」
「あぁー」
後ろから手を合わせるかすかな音が聞こえてくる。あふれる涙が止まらない。
そのまま一心不乱に階段をのぼり、改札を抜けて。なんとか太陽の下へ辿り着いた。
(ぐわあっ。ま、眩しい! 世間はこんなに明るいのにウチには冷たいのどうじで!)
しかも休日の真っ昼間なせいか、やたら都合よくカップルが目についちゃう。
し、死ぬ! この空間はウチの心を遠慮なく削っていく! 怖い、人間がコワい!
だから居ても立っても居られず、駅前噴水広場にある草むらへと隠れることにした――筈がすぐ見つかって。それからウチを拾った瑞希ちゃんは、やっぱり無表情で言った。
「秋那、高校時代の恋愛が人生の全てというような考え方はよくないわ」
「そんなの上手くいかなかった大人の詭弁だよっ! 幸せは長い方が良いんだよぅ!」
たとえば高校時代からずぅっと付き合って結婚したような人は、学生のうちに恋愛した方がいいってきっと言う。言わないわけがないっ! う、羨ましいぃ。
じゃあ反対に高校時代は失恋続きの場合、更に二パターンに分かれ……別れてっ!?
よ、よーするに。今が幸せか、そうじゃないか。その差で言葉の意味が変わるの!
――あれ。なんかこれ、瑞希ちゃん寄りの思考になっちゃってるような。うぅ、擦れた人間になりたくないよぉ。だって瑞希ちゃんゼッタイ、同じタイプと共存できないし。
「えぇ、わたしもそう思うわ。まるで大人の自分から滲む負け惜しみに感じるもの」
「じゃあなんで言ったんだよぉ……ウチは瑞希ちゃんがたまによくわかりません」
「まあ、悲しい。けれどそんなことより、わたしは秋那とクレープが食べたいわ」
あんまり悲しくなさそうな顔で答える瑞希ちゃんはホント、いつもどーりだった。
*
「でも。実際これからホントの本気で、ウチはどうしたらいいんだろう……」
「とりあえず日焼け跡でもつけて、脱げばいいんじゃないかしら」
商業施設内を歩きながらなにげなく吐露した気持ちに対する返答は、あまりに無責任なものだった。アーモンドバナナチョコスペシャルを頬張る口もさすがに止まる。
「? 急にかわいこぶってどうかしたの」
「ちがうよ、瑞希ちゃん。これは怒ってるんだよっ」
「あら怖い」
唸りながらクレープをさらに一口。いくら恋愛とかに疎いウチでも、ドラマやマンガでえっちな役回りが基本的に戦いを制せないくらい知ってるんだからねっ!
と、ややガニ股で通路を歩く姿は子供っぽい気がした、ちょうどその時である。
「――HEY! そこの迷える仔猫ちゃんたち!」
いきなり笑顔で器用に並走してきたのは、雰囲気からしてたぶん大学生。
頭のてっぺんからつま先まで軽そうなのと、元野球部な感じのおかしな二人組だった。
「昨日。おれたち夢で会ったと思うんだけど、今からお付き合いドゥっ!?」
「い、今どきナンパなんているんだ。しかもこんなとこで」
……あっ、素直に無視すればよかった。反応したら無駄に喜ばせるだけだよね?
これには瑞希ちゃんもわかりやすく飽きれてた。ご、ゴメンね!
「いるよーん。SNSは色んな意味で地雷が多すぎて原点回帰ってなわけ」
「なんつってもマチアプとかと出会える層が全っ然違うっスからね」
「へ、へぇ。そ、そうなんですか」
すっごくどうでもいいデス。大体ウチ、LINE以外は特にやってないし!
なんて思っていたらさりげなく密着を試みてくるので距離を取る。ヤだなぁ……。
「うわ、今すっごいどうでもいいって顔してる。これって以心伝心?」
「ちがいますっ」
「キミもクールでいいね。どう? 一緒にカラオケでも行か――」
つい後ろに隠れちゃったから当然だけど、代わりに瑞希ちゃんが肩へ手を回される。
そして相手を心配した時にはすでに。ぽきっ、という軽すぎる音が聞こえてきた。
「ぽき?」
首を傾げても、もう遅くて。空気より軽い小指はきれいに折れちゃってる。
よ、容赦ないなぁ。そのあとも瑞希ちゃんは無表情のまま次々と指を折っていった。
あれは瞬間的に折って戻してを何回か繰り返す匠の技らしく、折れた状態で長時間放置されなければあんまり痛みがない、とは信二くんの体験談という……。
「左手」
「あっ、はい」
まるで猛獣と遭遇した子犬みたいな素直さで、だらんと垂れ下がっていく指たち。
それから遅れてきた痛みで正気に戻れたのか、表情はどんどん崩れていった。
「や、ヤベェぞこの女! 〝わたし、男に一切興味ありませんけど?〟な見かけによらずパワー系の粘着ストーカータイプだッ! お、おれには肌感覚でわかるッ!」
「マジっスか。哲二くんのきめ細かやかな肌感覚センサーが言うなら間違いねェっス!」
どういうことなのっ!? た、確かに悪く言ったらそういうとこはあるかもだケド。
「撤退だ矢田、もっと頭と股が緩い女と出会いに行く! ついでに女医さんにもだ!」
「ウス! そんじゃお二人さん、百合の間に挟まろうとしてすんませんした!」
言動からして後輩っぽい方が一方的に、いきなり頭を下げてくる。
かと思ったら二人は、別の女の子に声をかけるべくさっさと去っていった。
あの振られてもくじけない心はちょっとだけ見習うべきかもしれない。というか、
(ゆ、百合ってなに…………)
「恋人同士のように見える女の子よ」
「そ、そうなんだ……」
目線だけ向けてもちゃんと返事が返って来た。何でも知ってるなぁ、瑞希ちゃんは。
「でもやっぱり瑞希ちゃんはカッコいいよね」
「惚れたかしら」
「男の子だったらね」
「残念だわ」
「嘘ばっか――――り、ぃ……あ、ぁっ? え、えっ、ちょっと待って。うえぇ?」
瑞希ちゃんがペーストみたいにうすーく笑った、その後ろ。三階から二階に折り返しのエスカレーターで降りてくる、信二くん。それと……そっ、そそそ、それとっ。
「あら、誰かと思えば捨て犬と泥棒猫じゃない」
ドロボー猫っ! 許せない! そんな権利ウチにないケド……ってなんで捨て犬!?
「ところで知っている、秋那」
「な、なにを?」
「すべての純愛は失恋と寝取られの導入で、伏線なのよ。通じているの」
「それはたった今、傷心中の親友にかける言葉なのかなぁッ!?」
もっと優しくしてくれてもバチは当たらないと思う。瑞希ちゃんがそうしてくれたら、現実から目を背けて友情に生きるとか、心にもないことが言えるかもしれないのに。
「ウチ、さっきのでわかっちゃったよ。好きでもない相手からこう、ぐいぐい迫られてもなんかちょっと、あんまり嬉しくないなって……だから、ウチはもぅんんぐっ」
諦めが喉から出そうになったその時、瑞希ちゃんの手にむぎゅッと口を塞がれた。
珍しくちょっと怒ってるみたい。なんたって眉毛が2ミリ険しくなってるもん。
「秋那。そういう弱い自分を誤魔化して覆い隠すための、鬱陶しい優しさは捨てなさい。モテないわよ? あなたが異性として好きになるような相手からは絶対に、必ず」
「わ、わかってるよ。でも、だけどっ、とにかく正しさは胸に響かないよ……っ!」
「けれど現実逃避が行き着く先は現実改竄よ。そのうち秋那、本当に付き合っているのは自分みたいな結論を出した後、二台持ちのスマホでおままごとを始めたの。可哀想に」
「未来完了形なのっ!? そ、そこまではウチもしないよ!」
たぶん、きっとゼッタイ。もう九十九割、確実にあり得ない……筈。
「なら、うじうじ腐っている場合かしら。せっかくルール無用が恋愛のルールなのに」
「そ、それは……そう、なのかもしれないけど……う、うぅ」
でもじゃあ、どうしたらいいの? あの先輩の悪いところを言いふらすの? そんなの意味ないよ。むしろ嫌われるだけだよ! 相手も自分の価値も下げるだけだよ……。
「いい、秋那。今はワガママを押し通せる自分勝手な人間が得をする、やったもん勝ちの時代なのよ。受け身で真面目な人間は損をするだけ。ゼロじゃなく、明確なマイナス」
「……そ、そうなの?」
「えぇ、そうなの。いつまでも花束を大切に抱えていたって、幸せにはなれないのよ」
いつもの調子で大胆すぎることを平然と言えちゃう瑞希ちゃんは、やっぱりすごいなぁと思いました。でも、ウチがそのメンタルを見習うのはちょっと難しいです。
*
(はぁ……)
体育の授業中。今日も今日とてなにも手に着かない無力感とか、脱力感みたいなものがウチを包んでいた。二人三脚なんてそりゃー、一緒にやれたら嬉しいケドさ。
体格差的にタイムを出すのは無理があるので期待は無駄なのだ! それよりも、
(今までちっとも気にならなかったのに。クラスの子と話したり走ったりしてるの、遠くから……関係ないとこからっ、遠くからぁっ! 見てるのもイヤになるウチって……)
正直、かなり自己嫌悪デス。そしたら瑞希ちゃんは「秋那も結局、女ね」とか言ってたけど、最初から女の子だよ! むしろウチを何者だと思ってたのっ!?
そんなことを思い返してたら、やっと信二くんと二人三脚する順番が回ってきて――
「なぁ、柚本。俺ひとりで走った方が速く、ママには包容力がある。後は理解るな?」
「゛エッ!? そ、そんなの無茶苦茶だよ? たぶん上手くいかないよっ」
「上手くいくかなんてやらなきゃ分からないだろ! いいから抱け、俺を! 早く!」
(~~っ! ――――ッ!? ……やってみなくちゃ、わからない?)
そうだ、そうだよ。初めて付き合った相手とずっと上手くいくとは限らないよっ!
三ヶ月とか、ひどい時は数週間で別れるってネットに書いてあった! それに――
(キスとか他の色々も普通まだしないだろうし、大丈夫だよねっ! ……ねっ!?)
とりあえず今はしがみついて行こう! えへえへ。この走り方はどう考えても想定外のルール違反な気がするけど、なんだかもうなんでもいいかなって思えるウチだった。
次回から体育祭になります。そんなに話数は掛けないと思いますが……。




