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16.ヤバい先輩の親友はやっぱりヤバい

「ありがとう、久住さん。話したらすっきりしちゃった。今度、またお礼させて」

「いいよいいよ、気にしないで~。部活で忙しくない時にでも一緒に出かけましょ~」


 昼休み。その日の不徳箱相談は、全て春乃先輩のおかげで呆気なく円満終了を迎えた。

 そもそもの話、恋愛相談なんて友達にしろよってのは黙っておくべきだろうか?


 などとのけ者にされたかのように不貞腐れているのは何故かと言うと今回、俺の出番が一切なかったからである! 悲しい! 正確には俺たちになかった、なのだが。


「いっやぁ。大活躍だったわね~、あたし!」

「うんうん言ってただけじゃないですか。誰でもできますよ」

「私も真田と同意見だ。根本的に何も解決していないではないか。しかし相談者の彼女の反応を見る限り、春乃の対応で満足していたように見える。理解できんな」


 春乃先輩を中央に面接するような位置関係で、左端にいた周防会長が感想を述べる。


「ぷぷぷ、負け惜しみご苦労ご苦労! 分かってないわね~、恋愛弱者ども!」

(どの口が言ってんだ、こいつ……)

「ふむ。事実を特に否定する気もないが、それで?」


 淡々と続きを促す会長もとい、トマりん。怒っている様子は微塵もなかった。

 改めてこの先輩は、ヒトを学習する前の高性能ロボットみたいな女性だと感じる。


「いい? あの子は最初から解決なんて求めてなかったの。ぶっちゃけ好きな相手が別れそうもないから、程々に慰めてもらいながら適当に諦める理由を探してただけ」

「で、出たー。男の感覚だといまいち納得し難いやつ!」


 どうにも世の中の八割くらいの女子、女性は常日頃あらゆる場面で相手に共感を求める生き物らしいとネットに書いてあった。逆に男は解決を追求するらしい。


 愚痴や苦労話をただ聞いて欲しいだけ、という行為は俺からするとまるで意味が分からないし、きっと俺がこんな愚痴をこぼしても共感してもらえないだろうから理不尽だ。


「……ふむ、なるほど。今の話で一つ、個人的に腑に落ちたことがある」

「その心はなんです?」

「以前、相談を持ち掛けられたことがあったのだが。提示した解決法をそもそも試さないという者がいて不思議だったのだよ。彼女も同じだったのだと今、理解した。つまり私は問題に意識を向け過ぎる余り、肝心の相手を見ていなかったのだろう。己の不甲斐なさに気付けたのは良いことだ、感謝する。流石、春乃だ。やはり私にできないことができる」

「でそでそぉ~!」


 感心する会長の、恐らく本心からの言葉に得意がる春乃先輩はウザ味が強かった。

 親しい間柄らしいが、何だか会長が一方的に騙されてるんじゃないかと思えてくる。


「悔しい気持ち!」

「ってなわけで今度、帰りに松〇や奢ってトマりん!」

「む、トンカツか。まぁ、良かろう」


 何がてなわけなのかはさっぱりだけども、会長は要望をあっさりと了承した。


「あ、俺も俺も! 後輩特権を行使します!」


 当然、すかさず便乗しておく。言うのはタダだし、揚げ物は好きだからな!

 春乃先輩が「図々しいわね、こいつ」などと抜かしていたものの、お互い様である。


「無視よ、無視。ギブアンドテイクでウィンウィンじゃない関係なんて、トマりんは嫌いでしょ? なんたって健全さの欠片もないから!」

「ふむ……」

「じゃ、あたしはお手洗いへ消える~」


 春乃先輩が教室を後にする一方で、神妙そうな顔持ちの会長は考え込んでいた。

 確かに周防冬毬という人間からは、対等や公平の印象を受けるのも事実だろう。


「「…………」」


 不意の沈黙が訪れる。とはいえ会話がないことを気まずいと感じるひとではないように思うから、よほど没頭しているに違いない。てかそうであって欲しい、悲しいから!

 まぁ。それはそれとして。いい機会だし、以前からの疑問を片づけておこう。


「ところで会長。質問があるんですけど、いいですか」

「……む。あぁ、構わないぞ。何が聞きたいんだ?」


 まるで観察するような視線だった。原因不明である。一目惚れか?

 逡巡してみてもさっぱりなので、とりあえず姿勢を正してから言葉を続けた。


「えと、テニスコートで初めて話した時のことなんですが。会長、俺が小夏……幼馴染に振られたってのを、春乃先輩にしてたっぽいじゃないですか。誰経由なんです?」

奈緒(なお)だ」

「あー、飾森姉ですか……やっぱり」


 正直、予感していた通りの答えに落胆した。つまり飾森が面白おかしく姉に喋ったか、重度のシスコンな飾森姉が勝手に妹周りの情報収集をしたかのどちらかだ。

 すると何やら納得を得たらしい周防の冬毬会長は、改まって口を開く。


「私からも一ついいか?」

「もちろん、何でも聞いてください!」

「春乃と付き合っているという話は、本当か?」

「――――……」


 ヤバい。これ、なんて答えるべきなんだ? 雰囲気から察する限り春乃先輩じゃなくて噂で聞いた感じがする。太田先輩と慈由利先輩がそれっぽく広めた成果なのか?


 わざわざ本人不在の時に聞いてきたのだから、親友に相応しいか見定めるとかそういう感じだったりする……かも? まぁ何にせよ、きちんとせねば。


 変な疑いをかけられて、幼馴染奪還の妨げになられても困るしな!


「はい、(幼馴染を取り戻すために)真剣なお付き合いをさせて頂いております!」

「そうか。ならいいんだ」


 短く答えると、会長はどことなく満足げな声色でひとり頷いた。


「うん。やはりこういう相互なやり取りが性に合うな」

「……? ――――ッッ!?」


 疑問符を浮かべる間に席から起立し、俺へ向き直る。そして、次の瞬間。

 一切の躊躇なく、規則正しい長さを保っていたスカートを脱衣した。


「うおあなおああっ!? な、なにしよっとばねっ!?」


 ガタガタと音を鳴らしながら、思わず椅子から後ろに転げ落ちる。

 しかも博多弁のような何か――謎の方言が出てしまって恥ずかしい。


「なに、()ねてより父以外からの男性目線で感想を知りたくてな」

「いっ、いや、あの。理由の方を訊ねているわけではなくて……」


 視界を塞ぐという意思が強すぎた結果、受け身の類いを取れず尻と背中が痛む。

 両手で顔を隠して縮こまる姿は、春乃先輩ならサナダムシと笑うような有様だった。


「何をしている。きちんと見て感想を言わないか、真田」

「だ、だめぇ。見ちゃらめぇ!」


 近づいてくる会長から後ろ四足歩行でカサカサと逃げ回る。


 そりゃ彼女でもない歳上の先輩と密室で下着姿を批評する、なんてシチュエーションはラブコメ的でいいなって思うが、俺がラブコメりたいのは小夏であって別に友達(?)の親友とどうこうなりたいわけじゃない! 大体、こういうのは彼氏とす――


「水着を見る程度、何を恥ずかしがることがある」

「ぬッ!?」


 カッ、と俺は目を見開く! すると会長は確かに、下着ではなく縞パンみたいな水着を制服の隙間から覗かせていた。色は王道の水色と白。実に見事だよ、ファビュラス。


 どことなく湯上りの彼シャツ(あじ)も感じてよい。俺に言わせればこの格好はそう、


「あえて表現するとっ! こ、固定資産税かかってそうでいいと思いますっ!」

「? それはつまり、性的な魅力を感じるという解釈でいいのか?」

「よ、よろしいと思います……」


 ストレートな返しは正気に戻るので、正直やめて欲しい。

 曖昧な返事を続けていると逆に話が長引きそうな予感がするし、もう素直に率直な感想だけさっさと伝えて状況を早く終わせるべきかもしれない。


「ふむ、そうか。では今度は、触ってみてくれ」

「ぃえっ、さッ!?」


 そこに愛はあるんか? いや別に触りたくないとかではないんだけど、触ったら終わりだと思う。はっきり言って春乃先輩以下だッ、底辺だ。危機感、持った方がいい。 


 というかこの話、俺程度の存在に頼むくらいだからもしかして――


「あの……これ、俺が断ったら別のひとに同じこと要求したりします?」

「? そのつもりだが」


 全く迷いのない、純粋な眼差しが答える。な、なんて危ういひとなんだ……。

 恋愛に否定的どうこう以前に、一体どういう情操教育をしてきたのよご両親。


「いや何というか、その。やめた方が、いいと思います……よ?」

「む、何故だ?」

「な、何故って。不要な誤解を生むというか、後で絶対に後悔するというか……」

「はっきりしない男だな。そういう曖昧さを、私は好かん」


 俺にどうしろと言うのです、神よ。つーか、この既視感はあれだ。小学校高学年の頃、小夏から「赤ちゃんってどうやって生まれるの?」と聞かれた時の感覚である。


 当時は慌てふためいた俺だが、高校生ともなればこれほど年齢にそぐわない認識を持つひとは逆に心配になってくる。自分より冷静じゃない人間を見て落ち着けるのに近い。


 現に会長と話しているうち、普通に直視しながら喋れてしまっていた。つまり、


(……もはや俺の脳細胞は、会長をえっち存在として認識不能ッ!)


 まるで風呂上がりの格好がだらしない母を見てる気分だ。あれほど虚しいことはない。


「――訂正します。触るべきではないと考えるので、自分は会長に触りません」


 明確に拒否すれば、会長も「ふむ」とあっさり引き下がった。

 あぁ、やっぱり断定及び言い切りの言動だと会話がスムーズになるらしい。


「しいて言えば日焼け跡があるとっ、個人的にはよりファビュラスではありましょう」

「む、そうか。他にはあるか?」

「他ですか、そうですね……うーん、会長はその、シンプルに表情が硬いと思います」

「口角の緩みか。なるほど、知見が広がるな」


 と、会長が早速。ほぼ無表情のまま非常に分かりにくい笑みを浮かべる。


「痴態も広がってますけどね……」

「? まぁよい。ではそうだな……真田、キスの経験は?」


 キ、キッスの経験かぁ。俺は昨日の夕暮れを思い出しながら唇にそっと触れた。

 詮索を疑う気はさらさらないが、こればっかりは先輩の了承を得ないとどうにもな。


「な、ないと言えば嘘になるのですが……自分は、そういった行為の有無について伝えることを恥ずかしいと感じる感性を持っています」

「む、そうか。普通は羞恥するものなのか、これは失礼した」


 俺が一言話す度、会長はどんどんまともに近い感性を身に付けていく。

 これが成長かぁ、将来が楽しみだなぁ。早く戻って来てクズミーっ!


「最後にもう一つ。異性とのキスは、可能であれば多くしたいものか?」

「え? そりゃあ、好きな相手とが一番ですけど。美男美女とキス、あるいはそれ以上をしたいっていうのは古今東西、万国共通で性差もなく普通の認識だと俺は思いま――」


 言葉を続ける間にも、周防会長はゆっくりと距離を詰めて……いや、近いなオイ。

 あぁ、じゃあ今度は男が物理的な触れ合いで異性へ恋愛感情を持つという知識を――


「へっ? ――――ん、んんぐっ!?」


 それはあまりにも唐突な、人生で二度目のキスだった。

 数秒にも満たない時が流れ、柔らかい感触は瞬く間に小首を傾げながら離れてゆく。


「よく分からないな。こんなものか」

「えっ、いやっ、えぇっ!?」

「何を慌てる必要がある。トンカツの代金だと思えば気も楽だろう?」

「ら、楽じゃないですがっ!?」


 どんな判断だっ、あーもう滅茶苦茶だよこのひとッ!

 先輩の時より正気なのも合わさり、なんか普通に恥ずかしくて頬が熱い。


「性的魅力を感じるのはつまり、君の言う美女に該当すると理解したのだが」

「間違ってはない! 間違ってはないんですけど、絶対的に間違っていますっ!」

「ふむ、困ったな」

「言うほど困ってる顔ですか、それは!」


 まずい、俺ひとりだとツッコミで過労死するぞ。というか春乃先輩は、トイレ済まして教室に戻ったんじゃないだろうなっ!? 長すぎるぞっ、連れションでもないのに!


「あぁ。では君にならい、言い方を少し変えよう――先輩命令だ、黙って聞け」


 会長がさらりと無機質に言い放ち、俺は為す術なく再び唇を奪われた。

 一度目がお試しだとすれば、二度目により深さを求めるのは自然なことだろう。


 俺と会長にある僅かな隙間で、恋や愛とは無縁の銀糸がたゆたっている。

 拒絶すべきと頭では理解しているが、どうにもならない。男とは無力な生き物である。


「あ、愛のないキッスなんて、恥じらいのないパンチラ以下ですよっ!」

「ふむ……では、こうしよう。私は今、君に襲われたと校内に吹聴し――」

「やりたい放題かッ!? へ、変なところで春乃先輩にならわないでくださいッ!」

「む、よく分かったな。しかしそれほど嫌か? ふむ、なら別の人間に頼むとしよう」

「い、いえ。嫌ってわけじゃってるうぇっ、別の人間に頼むぅううっ!?」


 本当に現代で生きる日本人かっ!? ……ま、待て待て。俺は結論を急ぎすぎる!

 もしかすると両親は幼い頃に他界し、特殊な環境なのかも知れない。とはいえ、だ。


「い、いやいやいやっ! どう考えてもヤベぇでしょ。なんだ、常識改変かっ!?」

「経験はないよりもあった方がいいだろう?」

「そんなの場合によりけ――……」


 脊髄反射で否定しようとして、アイアム・シンキング! 賢い俺は考えるっ!

 否定はいつだって何も生み出さないのだ。建設性の欠片もない行為! トチ狂った時の慈由利先輩も言っていた。否定するだけで何かやった気になってはいけない。ならば!


「……全て理解しました。今から俺は会長の師になります、恋愛のっ! 疑似的な経験をすれば解像度も上がり、先ほどのような不甲斐なさを味わうこともありません! 会長は恋の何たるかを知り、俺は美女と仲良くできてウィンウィン! ――どうですっ!?」

「ふむ、悪くはない提案だな」


 ……あぁ、話がどんどん面倒な方へ転がってる。でもこうしなければ他の男のところに行く可能性大。別にいいんだけども、役割を取られるのもなんかモヤるんだよっ!


 かといって先輩に伝わったら絶対、無知を利用してエロいことすると思われるだろう。

 つまり、この場における最善の自己防衛策として俺は――


「しかぁしっ、春乃先輩に知られてはいけません! それは何故か! 〝秘密の共有〟は恋愛を盛り上げる一つの大きな要因と考えられているからなのですっ!」


 ビシっと人差し指を向ければ、周防会長は「おぉ」と彼女なりの納得を見せる。

 ちょうどその時。見計らったようなタイミングで、教室のドアが開かれた。


「――ねぇねぇ、聞いてよ二人とも。あたし、思ったんだ、け……ど、さ……ぁ?」


 何やら嬉々とした春乃先輩は、水着の会長を目撃した途端。ジト目で、


「……どこにそんな度胸が?」

「誤解するのも分かるが、違うからなッ!?」

「はあァン!? ホント、なぁにを貴様はナチュラルにタメ口してんのよ!」

「まともで健全な社会において、尊敬は獲得するものだろがぐええぇえええぅっっっ!」


 瞬間移動かと錯覚する速度で背後に回られ、容赦なく首を絞められる。

 や、やばい。お、落ちる……ここで気絶したら絶対、放課後まで放置され――……


「友愛を深めているところ悪いが、二人に話がある。体育祭についてだ」

「トマりんも案外、中々どうして図太いわよね。さっすが、あたしの親友」


 今回ばかりは春乃先輩の言い分に全面同意だった。

 クズさ加減じゃなくて思考回路の方らしいが、類は友を呼ぶのはやはり事実か!

 しかし返ってくるのは、全く気にも留めていない無機質な態度と言葉で、


「む、この格好のことか? 気にすることはなかろう、たかが水着だ」


 会長は何事もなかったかのように淡々とそう言った。

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