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13.デートじゃないよ、お出かけだよ? 後篇

「――し、死ぬかと思ったわね……いやホント」

「思ったっていうか実際、死んでたんじゃないですかね。なんか色々見えましたし……」


 普通こういうのはあっという間に感じるものだと思うけれど、まるで半年くらい意識を失っていたかのように長く苦しい体感時間だった。

 すでに劇場内はスタッフしかおらず、俺と春乃先輩の二人が取り残されている。


「真田後輩もNT‐R指定空間に引きずり込まれた感覚あったの? 危なかったわね」

「え、NT‐R指定空間って何ですか……」


 性根がクズのくせ、とても深刻な事態に直面したような眼差しでちょっと怖い。


「知らずに自力で戻って来たって言うの!? やるわね、真田後輩……」

「ど、どうも?」


 自分の理解力の外側で褒められてもいまいち釈然としない。

 でも最近は真っ当に褒められた記憶がないため、嬉しいことには嬉しかった。


「いい? ギリシャ、北欧、エジプト。古くから神話として語り継がれていることからもご存知の通り、人類史は常に寝取られと共に歩んできたと言っても過言ではないのね」

「めちゃくちゃ過言じゃねぇかな」


 さも当然のように語っているが、春乃先輩は恐ろしいまでにいつも通りだった。

 目がキマっているわけでもなく至って普通で、たぶん宗教勧誘の適性があるんだろう。


「つまり――これまで散っていった数多英霊たちの願いが集まる、このセカイのあらゆる事象が始まり、そして終わっていく万物の根源的な感応の源泉のことなのよ」

「数多亡霊の後悔が集まる、肉欲的な汚泥の間違いだろ。絶対それ……」

「願いに共感して取り込まれたが最期、寝取られモノでしか興奮できなくなったあげく。窓際で泣きながら自慰行為にふけるしか脳がなくなる呪いにかかるの」

「いや、もう呪いって言っちゃってんじゃん」

「えぇ。だから抵抗するのよ、拳と(こと)()で。なぁに、いくら英霊でも現実を突き付けてやれば瞬コロよ。〝自分が振られたからって、あたしに自己投影するのはやめて〟って」

「む、無慈悲すぎる……」


 発言が事実かはともかく。まぁこのクズはそれくらい言うし、殴るだろうな。

 というかこんな妄言に付き合ってあげてる俺、逆に偉いと思う。


「あ、ところで小夏と渡会先輩がどこにも見当たらないんですがいいんでぐぶぁッ!?」


 凄まじい速度の拳が腹部にめり込み、イヤな音が内側から響いた。


「早く言いなさいっ! 遊んでる場合じゃないのよっ!?」

「お前がなっ!? つーか今時、暴力ヒロイン気取りかよ!」

「はぁ~? いつからあたしが、あんたの! ヒロインになったってのよ?」

「え、あっ。た、確かに……」


 ――で。春乃先輩の幼馴染を嗅ぎ分ける〝鼻〟を頼りに二人の後を追うと、小夏と渡会先輩はどうやら商業施設を出て、港が一望できる広々とした公園に向かったらしい。


 ヤな鼻だな……尾行をする分にはこれ以上ない技能だけども。

 それにしても腹が減った。朝早かったのもあるし、もう十二時を回っている。


 正直。軽めの昼食を摂りたかったが、春乃先輩に秒で却下されてしまい、仕方なく俺と春乃先輩は今も大人しく色んな意味で二人を草葉の陰から見守り続けていた。


「しかし妙ね。映画観て、買い物もせず、お昼も食べないで公園に直行……なんて」

「まぁ、言われてみれば。ショッピングはしそうなもんですよね、普通」


 俺自身は意味もなくうろつく買い物を嫌うが、小夏はそういうのが好きな方だ。

 昔から何度も付き合わされたことがあって、今となっては惜しむべき過去だろう。


「でしょう? ということは、公園に何らかの特別な目的があるってことなのよ」

「と、特別な目的ですか?」


 春乃先輩が「いえす」と頷く。

 公園……というより、丘のある広場に近い場所で高校生の男女がすることか。

 いくら何でも走り回ったりするわけもなかろうし、散歩って感じなのか?


 でもそれって「たまにはこういうのもいいよね」みたいな、息抜き的な雰囲気ある気がすでぇあぁぁああっ、違う違う! これはデートでもなければ回数重ねてもない!


 ……はあはあ。ふぅ、なんにせよ俺だったらその、例えば。小夏が作っ――

 嫌な予感がしてふと先輩を見れば、同じような結論に至ったらしい。そういう顔だ。


「ま、まさか……」

「て、手作り弁当?」


 あり得る。あり得えすぎる仮定だろう。何と言っても小夏は家庭科部!

 調理も平気でやったりする部活動なのだ! この際、あいつの料理下手は関係ない。

 俺以外の男のために作った料理を差し出された時点で生命の危機が危うい!


「いっ、いやいや! そんなもの出されたら俺たち虐殺確定じゃないですかッッ!?」


 しかし俺が情けなく取り乱す横で、何故か春乃先輩は落ち着きを払っている。

 なんだ、更にイカれたのか? かわいそうに。叩いたら治るだろうか?


「ふふん、惰弱未熟! この程度、想定の範囲内よ! はい、手作り弁当ドーンっ!」


 すると春乃先輩が小さめのカバンから取り出したのは、可愛らしい弁当箱だった。

 まばゆく輝いて見える弁当箱の端にはひらがなで名前があり、哀愁を感じさせる。

 そうか、昼食を止められたのは弁当を作って来たからだったのか! 納得がいった!


「うぉおおっ! さすが春乃先輩! 人間以外は出来てるっ!」

「でしょ~」


 使い古されたお弁当箱を崇める俺と春乃先輩。通行人から引き気味の視線を向けられたものの、まったく気にならない。これがメンタルが強くなるってコト!


 そして二人のお出かけに血涙を流しながら付きまとった結果。予想通り、手作り弁当によるお昼ご飯だった。今は少し開けた芝生でシートを広げる共同作業をしていやぁあ。


 三階層もある城みたいな大型遊具の上階で脳を焼かれ、たまらず双眼鏡を落とす。


「落ち着きなさい。たかがピクニックを模したお出かけよ、恐るるに足らず!」

「そ、そんな腰ガクガクの、腕ぷるっぷるっで言われても……」


 自前の水筒を持つ先輩の手は、凍土を全裸で徘徊するような勢いで震えていた。

 それから俺の一言に小さくうめいた後。双眼鏡を拾い、今度はわめくように鳴く。


「あぁっ、お弁当が開封されていっちゃう!」

「……うっ」


 胸がひどく苦しい。小夏と弁当で思い出す過去はそう、あれは家族ぐるみの付き合いで行ったお花見の時のことだろうか。小学校低学年の頃だ。


 初めて作った弁当……おにぎりなのにめちゃくちゃ不味くて。ついうっかりその事実をストレートに伝えたのをよく覚えている。その後で小夏に泣かれたこと、母親に死ぬほど怒られたこと、仲直りしたこと。作り直したおにぎりはやっぱり不味かったこと。


 それから両家の父親が俺と同じおにぎりを食べて「確かに美味しくない……」って顔をしてたこと。全部、覚えてるし、全部いい思い出だ……思い出だったのだ。


「――ね、お昼に食べたい好きなもの片っ端からあげてみて」


 朦朧としてきた意識を現世へ呼び戻すように、春乃先輩がふとそんなことを聞く。


「え? あー、そうですね……唐揚げ、玉子焼き、ベーコン巻きとか? あ、あとしいて言うならパンよりおにぎりの方が好きですかね。美味いんですよ、肉巻きとか」

「ふーん……ちなみに今言ったの、全部入ってる。小夏ちゃんのお弁当」

「……え」

「対してあたしが作ったの、開けてみなさいよ」


 言われるがまま傍に置かれた春乃先輩の弁当を開けてみると、中身は照り焼きチキンのサンドイッチ、ツナ、タマゴ、ハムチーズレタスなど。各種パン系で固められていた。


 特別嫌いなわけでもないが、弁当で出てきて嬉しいかと聞かれると俺はそうでもない。

 逆に言えばこれらは全て、渡会先輩の好きなもので埋め尽くされているのだろう。


「当然っちゃ当然よね。あたし、あんたの好物なんて一つも知らないし」

「でもそういう自分の中にある些細なことを、話して積み重ねて。育む過程が――」


 恋であり、愛なんですよ……とは、口に出したくなかった。そして互いが互いを知り、別たれるその日まで共に在ろうとする生き方が、相思相愛だと賢者モードの俺は思う。


 と、そんな後ろ向きな考えは頭を振って吹き飛ばし、続けた。


「何はともあれ! 相手の好物くらい覚えてないと素敵カップルからは程遠いですよね」

「……そうね。だから一応、覚えとくけど作る気は基本ないわよ?」


 シチュエーションに応じて作れるように備える、ということだろう。

 けれどそうはっきりと言われてしまうのも、なんだかそれはそれで寂しい気がした。


「つ、つまり〝あれ〟の中身が〝これ〟に置き換わったら終わり……ってことですよね」

「ま、そーいうことになるわねぐぅあああああああっ!?」


 曖昧な表情を浮かべたと思えば突如、虫眼鏡で眼球を焼かれたような悲鳴が上がる。

 さっきの俺と同様に、見たくない光景の不意打ちを食らった感が半端じゃない。


 死にかけの先輩にどう追撃をしようか迷っていれば、先に泣きじゃくりながら双眼鏡を渡されたので恐る恐る俺も幼馴染たちのいる景色を覗き見た。


 しかし小夏の笑顔以外にクるものは、何一つそこにはないように思える。が――


「? ふっ、情けないですね。何をそんな大げさなぅああああああああッッ!?」


 全ては俺の思い違い、思い上がり、自惚れでしかなかったのだ。

 その様子を目にした春乃先輩が、酸素を求めるように弁当へと手を伸ばす。


「こ、こっちもやるわよ。真田後輩……」

「うぅっ……は、はぃいいいッ」


 〝あーん〟と〝ほっぺの米粒〟の悪魔的コラボレーションの前に、俺は無力だった。


 尾行をする俺たちは幼馴染たちが彼氏・彼女ではない精神的な証明をするべく、二人と同じ行為を強いられている。それがどんなに破綻した論理であったとしても関係ない。


 実際、光の速さで荒れ果てた心の平穏を取り戻すには必要だと思えてしまうからだ。


「は、はい。ぅあ、あ……んっ」

「あ、あっ、ああぁああっ……」


 泣きながら誰かに食べさせてもらう、なんて経験はきっと赤ん坊の頃以来だろう。

 こうして大型遊具の中で平然と行われる、怪奇現象染みた高校生同士の慰め合い(おままごと)


 周囲では小さな子供たちも行き来しており、不審者を見る視線が向けられる。

 中には「なかないで」と頭を撫でてくれる幼女もいて、その優しさが逆に辛かった。


「――ちなみになんだけど、そっちの幼馴染はほっぺの米粒とか取れちゃう?」

「取れちゃうし、取られたことある……というか、さっき取ってたじゃないですか」

「――――へっ?」


 俺の返答が予想外だったのか、聞いた瞬間に「バカな、あり得ないっ」と驚きを見せる春乃先輩。あ、もしかすると先輩が見た時は〝あーん〟だけだったのか?


 やがて完全に生命活動停止(フリーズ)すること数分。忽然と動き出した先輩がまず取った行動は、パンのカスを指先で練り上げて、俺のほっぺに押しつけることだった。


「うぉっ! そんなハナクソみたいに押しつけないでくださっ、痛い痛っいてェ!」

「あっ、も~。やだ信二郎~。ほっぺにパンくずついてるじゃな~い」

(し、白々しいヤツ! クズはお前だっ!)


 恍惚に赤らんだ微笑みを浮かべ、春乃先輩が俺に身体と顔を寄せてくる。

 悔しいが先輩の容姿が自他共に認めるほど優れているのは事実であり、だからこそ面と向かった肌と肌の接触は好き嫌いに関係なく〝男〟の生理現象をわずかに呼んだ。


(――パパ?)

(俺は認知しねぇえぇっ!)


 何が悲しくて興奮しなければならないのか。コレは女として見るのが間違いなのに。

 当然、バレないはずもなく。春乃先輩は俺の下腹部に軽く馬乗りになった途端、静止。


「…………」


 一度だけ目線を下に落とし、次に向けられた視線は完全に冷え切っていた。

 ゴミを見下すそれを気持ちいいとは思わない。俺はそこまで堕ちていないからな!

 直後。指先のパンくずを見やり、春乃先輩は目にも止まらぬ速さの突きを繰り出す。


「お前が食えぇ――――ッッ!」

「んぐっ、ごぉええっ!」


 指をしゃぶるなんて邪念など挟む隙もない苦しみが、口内に襲い掛かる。

 い、痛いよォ。けど自業自得と罵られればそれまでだ。


 だって俺たちの関係はあえて言うまでもなく〝相手を好きにならないこと〟と〝相手に欲情しないこと〟を前提とした共犯関係なのだから。


 ある程度の報いは受けようと思い、しかし文字通りしばらく飯が喉を通らないレベルはやりすぎだろうと。そう思って睨むけど、更に追撃を食らってひとり泣く俺であった。

次もなるべく早めに投稿します……

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