12.デートじゃないよ、お出かけだよ? 中篇
一ヶ月も間が空いてしまい、申し訳ありません。
前回までのあらすじは、前話の前書きで思い出して頂ければ、と思います。
――デートって実際、どこ行くの?
その疑問は尾行をするにあたって、恋愛初心者の俺が改めて抱いた疑問だった。
なので安直に〝デート〟〝学生〟〝定番〟で検索をしてみたところ、どうやら映画館や水族館、動物園に遊園地と始まり、カラオケ、ス〇バ、ショッピングなどが定番らしい。
そこに季節ごとのイベント。つまり花見、海、祭りなどが挟まれていく感じだそうだ。
なるほど、と。ひとりスマホの画面を見ながら納得していたのが昨夜のことである。
とりあえず〝ホテルへGO〟とか出て来なくて一安心だったわけなのだけど、どうにも初体験がカラオケってパターンもあるにはあるらしいとのこと。
だから俺は、今日。二人がカラオケに向かうのだけは死んでも阻止する所存だった!
阻止できなかったらしぬと思う、たぶん。知らんけども、知りたくないけどもっ!
「僕は尻たいかな。小夏ちゃんの――」
「きゃっ、もう先輩……」
「えぇい、消えろ消えろイマジナリー渡会真人っ! イマジナリー小夏も〝きゃっ〟とか〝もう〟じゃないだろ! というかっ、そ、そういうのやめろやめて許して……」
頭が割れそうだ。実際、俺と渡会先輩は一度も話したことがないので全て妄想だ。
話す理由も向こうには何一つないだろうし、仮に一度でも変に絡んでみろ。間違いなく余計な口を滑らせて、それが小夏にも伝わって白い目で見られるに決まっている!
「しーちゃん、私は悲しいよ……」
「ぁ、う……」
少し哀れんだ瞳で告げられるのを想像しただけで心が滅茶苦茶に辛い。
ジト目を超越してもはや死線だ。まぁ、死線は得てして越えていくものだけど!
「しーちゃんも早く彼女作ろうよ。ね? そしたら学校生活がもっと楽しくなるよ?」
「うっ、お、俺の知ってる小夏はそんなひどいこと言わない! 消えろ、まやかし!」
「まぁ、すぐに知らなくなるんだけどね……」
「だぁあああっ、このやり取り前もしたけどあぁああっ! 何度でもぁあああッ!?」
イマジナリーのくせして現実と同じくらいやたらと俺に厳しい。なして?
いい夢くらい見させてくれよ、と。そう思うのは、わがままなんだろうけどさぁ……。
「ぁあああ。ああああっ!!」
「さっきからうるさい!」
「あ痛ぇッ!」
不意の鈍痛。次いで呼吸困難が俺を襲う。どうやら現実に帰還したらしい。
薄白い視界に映る春乃先輩がまたしても俺の首を絞め上げており、打ち上げられた小魚みたいにビチビチと身体が小刻みに反応を示す。身も心も痛いよぉ。
それ見ろ、なんだか手形の痕がくっきりついてそういうプレイの常習者みたいになってしまっている。特殊性癖の変態はこの場に春乃先輩ひとりで十分なんだよ!
とはいえ周りの視線も〝痴話喧嘩にしてはやり過ぎじゃない?〟みたいな感じであり、それを嫌った先輩は拘束も程々のところで解放してくれた。
「ちっ、生きづらいわね公共の場は。満足に後輩で遊……八つ当たりもできやしない」
(今、完全に遊ぶって言ったよなこいつっ!? つか言い直した理由も最低だろっ!)
「いーから、ほら。集中!」
そう言って睨む俺の首をゴリッと回し、前方を歩いてる二人を見せつけてくる。
声が届かない距離で二人が楽しそうに会話する横顔だけがっ……ああああああっ!?
気絶した原因は確実にこれだろう。知ってる幼馴染が知らない男と仲睦まじく横並びで歩く姿を見せられれば、精神が自己防衛のために意識を手放すのは至極当然である。
「くっ、適当にその辺のチャリをかっぱらって轢き倒す……いえ、お手洗いで抜け出したところを掴んで便器の底の底に叩き込むべき……ううん、いっそのこと――……」
「お前マジそれ、実行したら戦争だからな?」
やりかねないから困る。そんなこんなで現在、俺と春乃先輩は繫華街の大通りにいた。
電柱や植え込み、車の影に隠れながら尾行を続ける姿はいかにも怪しさ全開で、道行く人々からの視線もまあまあ集めてしまっている。
先輩は一切気にしていないようだけど、俺はまだ正気を保っているまともな人間なので羞恥心というものがきちんとあるから最高に居心地が悪い。
と、その時だった。渡会先輩がなにを思ったか、唐突に左側――つまり、車道側を歩き出した。一瞬、なんだと考えたが、昨日ネットで見たデートの記事を改めて思い出す。
「あ、あれはッ! 女の子に車道側を歩かせないやつ!?」
「いやそんな驚かなくても。万歩譲って気にしてたとして、意味ないでしょあんなの」
冷めたように春乃先輩が「うへぇ」みたいな表情を浮かべる。
実際、ぶつかるのが先か後かってだけでまったく無駄だと俺も記事を見て笑った!
そう、笑ったのだ! しかしだぞ。する相手がいない俺に笑う資格があるかっ!?
やってみて、やっぱ意味ねぇわとふたりで笑い合う。そうあるべきだろうに!
経験したこともないのに分かったような顔で、へらへらしてるなんて典型的なバカじゃないか? なんて一種の悟りを啓いてしまったりする俺である。
「つまり、そういう無意味さにも憧れちまうのですよ……っ!」
「まー、小夏だかなんだか知らないけど。いかにも頭お花畑っぽくて、真人の気づかいに胸をキュンキュンさせてそうではあるかもねー。そういう意味では相手に合わせた行動ができてるからグッド。つまり、流石はあたしの真人ってとこね」
ぎぃええええええっ! 口に出すな、分かっていても口には出すな! その通りだよ、ちくしょう! そんな俺を見てげらげら笑う春乃先輩は、やっぱり最低だと思う。
(つーか、なにがあたしのだよ。ばーか――……ぐえぇえええッ! ぐ、苦じぃ……」
思考した刹那。光の速さで背後を取られ、拘束。ヘッドロックを決められた。
もちろん非力な腕力よわよわ男の抵抗は、ギャグ漫画出身みたいな先輩の常軌を逸したパワーの前では赤ん坊のように無力だった! 全身の細胞が悲鳴を上げている気がする。
な、なんでいきなり……っ! 顔に出てたのか? つ、次からは気をつけよ――
「いいえ、思考盗聴よ」
(ふざけんな!)
「それに嬉しいでしょ? 美少女で、先輩の、胸の温もりを感じられて」
好きでもない女子の胸を感じて嬉しいわけないだろ! 興奮はしちゃうけどッ!!
く、くそぅ……何か、何かないかっ!? やられっぱなしは性に合わないぞッ!
そう思ってできれば直視したくない二人の背中を注意深く観察し、気づいてしまった。
「う、あ……み、見ましたか、い、今の……」
「? 何をよ」
「なんで見てないんだよッ! い、いいですか? 見てください、俺は見たくないので。たぶんあともうしばらくしたら――……き、きたぁっ!」
とっさに目をつむってリアルから目を逸らし、自己防衛する。そうしてきょとんとした春乃先輩が、見たくもない事実を直視したらしい。明らかに俺の拘束が緩んでいた。
春乃先輩が目にしたのは、〝付き合いたてゆえに歩調が合わず、とことこ小走りをして先輩の後をついていく小夏〟ッ! う、ぅううぅ……っ! そして〝それに気づいた渡会先輩がさりげなく小夏に合わせてあげる〟というかなり心臓にクる絵面だった。
「……ぁ、あんたの幼馴染がっ。と、とろいからぁ!」
「な、何言ってんですかっ! そっちの気が利かなくてカメより視野狭いからでしょ!」
俺だったら――……とみじめな言葉が続きかけ、同じことを思考していたのか、先輩とそろって吐血。直後、みにくい責任のなすりつけ合いが始まった!
「ひったはねほのっ、どんがんぐぞなぎむじ!」
「ふーへらんやねぇひゃ! ほはがははってひくんでひゅよ、ほれはら! ほなつとっ、ほなつとっ、ほなつとッ! ぜんはいとぎゃなぐで、ほなつとッッ!」
「う、ぅうっ、ううっ……」
告げれば先輩がぺたりと、まるでか弱い少女のようにアスファルトへ崩れ落ちる。
はっ、今更そんなことをしたってなぁ! ヤバいヤツだってバレてるからもう遅い!
なんて一瞬だけ「どうだ! 勝ったぞ!」みたいな顔になってしまったけれども、よく考えたらすでにあり得ない規模で人生大敗しているのでまた泣いちゃった……。
で、俺たちが落ち込んでいると――突然。後ろからやって来たチャリに、思いきり音を鳴らされた。よくある、ベルを〝どけ〟の意味合いで鳴らしてくる手合いである。
別に通行を邪魔しているわけではないので、鳴らされるのは少しばかり心外だった。
「歩道でじゃれるな、クソガキども! ママに教わんなかったのか、あぁん? はぁ……これだから最近の若いのは常識がない。バカはこれ以上、増えてくれるなよ。暗いなぁ、日本の未来は。ったく、一日中スマホに触ってるいるから脳が退化してるんだろうがっ。だからコンピューターを神だと思うのは恥なんだよ、馬鹿は馬鹿らしく休日も机にかじりついて自らに励むべきだろうにさっ! まったくどうなっているんだ、我が国は!」
などと言いたいことを一方的に吐き捨てて満足したジジイは、チャリチャリ鈴を鳴らしながら風のように去っていった。正直なところ、唐突すぎて開いた口が塞がらない。
しかし時間を置いてイラついてきたのか、春乃先輩がわなわなと震えはじめた。
「は、はぁ!? 右側の歩道走ってるチャリに言われたくはないんだがっ!?」
「ま、まぁ気持ちは分かりますけど、どうどう。実際、普通に邪魔で――……いや、でも流石にあそこまで言われる筋合いもねぇなよなぁ……」
「当たり前でしょ!」
犬歯を剥き出しにする先輩はがっつり中指を立てていた。
とはいえ、追いかけて半殺しにしないだけの理性は残っているらしい。成長したな!
――が。俺たちを追い越したということは、二人の方へ向かったということでもある。
耳障りなジジイが小夏と渡会先輩を舌打ち混じりに抜き去っていく。そして、
「「あぁああああああああっ!?」」
もつれた小夏が、ぽてん。という感じで、今度こそ確実に俺以外の男の胸へと飛び込んじゃった。これぞもらい事故。不本意な観測だった。ふざけんなくそったれッ!!
ただ歩いてるだけなのに、なにゆえこれほどのダメージを受けなければならんの?
その疑問の答えはまぁ、自業自得としか言いようがないため考えないこととする。
ともあれ俺たちの車よりも騒がしい悲鳴もあり、二人がこっちを振り返りそうだった。
なので隠れるついでに植え込みへと倒れ込む。どうやら先輩も同じ思考が巡ったらしく仲良く葉っぱに全身を包まれながら涙を流すハメになった。
「ぐうぅ、せっかく用意したハチマキで顔を覆う暇さえなかった……」
「せ、先輩。胸がすごい邪魔です、重い……い、息が……」
視界が塞がっているため外の様子は不明だけれど、もし仮に二人が後ろを気にしているとしたらきっとこんな感じのやり取りだろうとは思う。
「どうかした? 小夏ちゃん」
「い、いえ……な、なんでもないですっ。い、行きましょう先輩!」
「? あぁ、うん」
まぁ、それも全部。二人の世界に突入してなければだけどもなぁぁああ、ああ……。
全部、春乃先輩のせいだ。こんな訳の分からない自殺に付き合わせるからっ!
すると俺の不満に応えるように、顔面へ掛かるおっぱいの圧迫感が増していく。
なんだ、また思考盗聴か? なんなんだよ、この女は……。
「あ、あの女ぁあ……ゆ、る、ざ、んッッ!」
「せ、先輩……?」
「んッ!!」
どうやら今回は思考盗聴ではなかったようだ。
しかし安心したのもつかの間。まぶたを両手で強制的に開かれて、見たくもない現実を見せられ――というか、改めて突き付けられることになる。
それは、二人が腕を組んで歩きだす現じいぎいぃいあやあああああッ!?
あろうことか小夏は自分の意志で、憎き渡会真人に身体を寄せているようだった。
距離があろうとも「えへへ」な幻聴がはっきりと聞こえてくるぅううえ、え……。
「そ、その辺の汚いおっさんを……深夜に大量に部屋の窓から放り込んでやろうかしら」
「やったら渡会先輩の家に片っ端からヘルスをデリバリーしてやるからな覚悟しろ」
「いちいちキャンキャンうるさいわね、本気に決まってるでしょ」
「あぁ。まぁ、ですよ――……あのさぁっ!?」
冗談じゃないのかよッ!
「落ち着きなさい。分かってないわね、こういう時こそでしょ? ……んっ」
身体を起こし、先を行く二人が後方を気にしなくなったのを確認したかと思えば、春乃先輩が何やら自分の片腕を差し出して俺に謎の要求をしてきた。
なんだろう? まぁ、よくわからんから頬を引っぱたいておくか。
ぱしんっ、と。いい音が鳴る。あぁ、気持ちいい。割と散々な目に遭わされているからこれくらい許されてもいいだろう。まぁ、今の数倍の反撃は覚悟するべきで――……。
「……?」
しかし予想に反して、だ。悪ガキな女の子がいきなり引っぱたかれて一瞬、真顔になるような驚きの表情を春乃先輩は浮かべており、逆に俺も驚かされた。
な、なんだか新しい性癖を開拓してしまいそうな言葉にし難いくすぐったさを感じる
「え、あ……いやいや誰が叩けって言った!? ねぇっ!?」
「違うんですか?」
「違うわよ、アホなんじゃないの!」
言って先輩はまたしても強引な態度で俺の右腕を取る。続けて致し方なしという曖昧な感情を乗せ、幼馴染たちと同じくまるでカップルみたいに腕を組んできた。
「……ん?」
「はい、これで友達同士で出かけても腕は組む! 友達同士で出かけても腕は組む、友達同士で出かけても腕は組む。友達同士で出かけても腕は組む――……」
すでに正気を失ったらしい(ずっと前から)春乃先輩は、自己催眠や暗示の如く一人でブツブツと呪文を唱えながら引きつった笑みで俺の腕を掴み続けている。
「あ、あぁ……な、なるほど。確かに女子同士で手をつないで歩くとかありますもんね」
何度聞いても滅茶苦茶な理論――……というか、ほぼ都合のいい解釈だと思う。
そうは言っても一体、先輩的にはどこまでこの理論で突き進むつもりなのだろう……。
「いえすよ、真田後輩。あ、それはそうと忘れるとこだった!」
「?」
首をかしげると、春乃先輩があっさり俺から離れていく。
ちょっとだけ惜しいと思ってしまうのは男だからだと思うけれど、冷静になってみればこういう人間(?)を異性として意識すること自体がなんだか間違いの気もした。
「たった今、腕組んどいてあれだけどちょっとだけ一人で尾行してくれる?」
「一応、聞きますけどなんでです?」
別に一人で行動することは全然、構わない。寂しくなんてないんだからな!
しかし幼馴染の行方よりも優先すべきことが何なのか、純粋に疑問だった。
「え。そんなの、さっきのチャリカス埋めてくるからに決まってるじゃない」
「えぇ……」
淀んでこそ輝く春乃先輩のいい笑顔は、邪悪としか言いようがなかった。
*
「――こ、ここは……っ!」
「大げさな。ただの映画館じゃないですか」
わざとらしさ全開で春乃先輩は驚いているが、俺たちが辿り着いたのは単なる複合型の商業施設にあるT〇HOシネマだった。
上階に続くエスカレーター近くの影から列に並ぶ二人を密かに見守っている。
「やあね、知ってるわよ。それくらいっ、うふふふふふ」
お上品に下品な笑いをこぼしつつ、ばしばしと背中を叩いてくる春乃先輩。
なんか普段からクラスの男子と距離感バグってて色々勘違いさせてそうだなぁ、なんて思ったりした。で、恐らく……というか、間違いなく。
こんなオーバーリアクションが取れる心の余裕を生み出している原因は、くるくる指で回しているダサい帽子――チャリのジジイから奪った戦利品のおかげなのだろう。
車販売店前の植え込みが丁度空いてたので、チャリと一緒に突き刺してきたらしい。
無駄にキラキラとしてる先輩の汗は、まるで青春の輝きのように見えなくも……まぁ、確実に錯覚だな。俺の目がもう濁っているからに違いない。
「なんにせよ、です。デッ、の定番ですよね。デッ、の!」
「ほっほぅ、知ったようなことを言うわね。しっかしいやはや、インターネッツで調べた知識を得意げに話すなんて人間としての底が、あ~~~さっいなぁ。真田後輩も」
「うぐっ、地味に効く言葉を繰り出すのはやめてくれませんかね……」
どうせ自分のことを棚に上げているのは理解しているけれども、絶対に〝それはそれ、これはこれ〟って答えるだろうから言い返すのはもう諦めた。
「しかも定番なのは映画館じゃなくて映画を観るって行為そのものね」
「お、おうちデートってやつですか」
春乃先輩が「いえす」と白い歯を見せて笑う。
母いわく確かに最近は、映画も高いらしいからな。俺はまだ学生だから実感ないけど。
それはともかく、だ。聞くだけ無駄とは理解しつつ、一応聞いておくか。
「……ちなみにそれ、もちろん経験に基づく知識なんですよね?」
「え? ネットで調べたまんま垂れ流しだけど?」
「こ、この女……」
「何そんな当たり前のことを言ってるの? バカじゃないの? え、やだ。保育卒?」
な、殴りてぇ……不意をつかないと確実に負けるだろうけども。
「さぁて、二人は何を観るのかしらね。今って流行りのやつとかあるの? あたしさぁ、そういうの全然ちっとも興味ないからさっぱりよ、さっぱり」
「俺もですよ。最近はアニメの劇場版が話題になる印象ですけども、興味ない人間にまで届いてないってことは、特に流行っているものはないってことだと思います」
「ふーん」
つまり、小夏主導だとしたら無難なところに着地するのが自然なはず。
先輩は上映スケジュールを見ていたが、選ばれるのは恐らく――
「恋愛っぽいタイトルあります? 渡会先輩の趣味は知りたくありませんけど、選ぶならそのどれかじゃないですか。あいつ、恋愛系の小説とか漫画はけっこう趣味ですし」
「ま、趣味なんて男ができたらころころ変わってもおかしくないけどねー」
その何気ない一言は俺の心を傷つけ、雑に殺々されてしまった!
「‘+?*P_*L¥=@・{ッ!!11!」
「ご、ごめんて。最低限、人語でよろしく……」
しかし謝る言葉とは反対に目と鼻と口を全力で塞いできた。ぐ、ぐるじいよぉ……。
「けど真人も意外と恋愛もの好きだからねぇ――……あ、チケットの順番だ」
「ぷ、は……はぁ。どうすんです、何観るかこの距離じゃ分かんないですよ」
「ふふん、まだまだね! あたしに抜かりなし!」
(ふん。抜かってるから幼馴染が今、小夏とお出かけしてるんだろッ!)
なんて口に出しかけたけれども百倍で返ってくるのでやめた。やだ、俺ってかしこい。
それから春乃先輩が手持ちのバッグから取り出したのは、双眼鏡だった。
「読み上げるわよ。えー、と――〝きみは僕の涙になれない〟ですって。知ってる?」
「あー。小夏に小説を勧められたことがあるような、ないような。どっちみちもろ難病が絡んでくる感じのコテコテ恋愛映画じゃないですかね。たぶん」
「まだ分からないわよ? 悲しみを理解できないサイコパスが〝オラッ、お前が俺の涙になるんだよ!〟みたいな勢いで起こした連続殺人事件を追うミステリーかも」
「詐欺だろ、そんなん……」
やがて二人がそれぞれトイレに消えたタイミングで、俺たちも券売機へ向かった。
それほど人気もないのか、席は自由に選ぶことができるようだ。
「公開終了間際なんですかね、この作品」
「人生が後悔終了間際なのは真田後輩だけどねぇ~」
(ギャオオオオオォォォォンッッ!!)
「うげー、男のメンヘラなんて需要ないからその路線やめた方がいいわよ、ホント」
なんてひどいことを言うのだろう。そりゃあドラマだって可哀想なヒロインはイケメン彼氏が助けてくれるけど、逆のパターンなんてほぼ見たことねーもんな。
つーか、もしかしてこの唐突な暴言はさっきの俺の思考を盗聴して……。
そう思って春乃先輩を見ると正解って感じの笑顔で親指を立てていた。こ、こいつ。
「お、俺たちから席を特定はしやすくなる分、逆もしかりですよね」
「並んでないとこは除外として。いやぁ、ソロが悪いとは言わないけど辛そうねぇ……」
先輩にそう思わせたのは、まるでオセロみたいな席の埋まり具合からだろう。
二人組に席をひとつふたつ空けられた状態の、お一人様が割と目立っていた。
「……ひっくり返ってしぬんじゃないですか?」
「あはははっ! それにここにいる人、ファミリー向け映画も一人で観てそう!」
愉快そうに春乃先輩が笑う。
絶対にこのクズ、自分より下を探して喜ぶくせに自分がされると滅茶苦茶キレ散らかすダブルスタンダードだろ……もう、確実に間違いがないと確信できる。
で、何はともあれ一番上の右端の席を二つ確保したが、距離は運任せなので歯がゆい。
なにせ何も見えないということはつまり、無限の可能性が広がってしまっているわけで春乃先輩が言うところの密室パゥワァがあまりに強すぎるのだ。
さらに映画館あるある(?)と言えばっ、つい恋人と手が重なるとか、ポップコーンを取ろうとした手が触れ合うとか。上映しているストーリーの展開次第ではさぞ燃え上がるというか、思春期の精神はドキドキのバクバクでもう爆発寸前というわけで、だから俺のメンタルはボロボロのぐちゃぐちゃというわけでやらぁああああああっ!?
「うるさい」
「ぎゃあああっ!!」
チケットを手渡されるついでに気軽な目潰しをされた。い、痛いよぉ……。
それから春乃先輩はポップコーンと飲み物を急ぎ買い、開場と同時に場内へ突入。
6番シアターへ駆け出して、席について息と身を潜めてやり過ごす。
小夏と渡会先輩はどうやら下の方の席だったらしい。割と距離があった。
先輩が幼馴染スキルを発揮し、後頭部で識別していたのでそうなのだろう。
そして肝心の映画だが――……俺と先輩は上映が開始されてしばらく経った後。同時に気を失っており、目が覚めると手は恋人繋ぎで、視界をハチマキで塞いだ状態だった。
もちろん、純白の裏側は涙と鼻水でデロデロである。
近くにいたソロプレイヤーの女性がドン引きしている声も聞こえたしな!
何故そんな事態に陥ったか。それは当然、映画の内容にあった。
具体的には、幼馴染の女の子が硬化病とかいう金属になって死んじゃう話で、主人公の幼馴染彼氏くんは精神を病んで記憶を失い、辛い時に優しくしてくれた別の女とくっつく展開だったからだよくっぅう、なんてもの見せるだこのバカ野郎ォオオオオッ!?
続きを書くつもりはあるのですが、息抜きにちょっと短編でも書いて投稿してみようかと思います……。




