11.デートじゃないよ、お出かけだよ? 前篇
間が空いてしまったため、前回までのあらすじ。
ある日の朝。幼馴染の東雲小夏から〝彼氏できた発言〟をされ、脳が破壊された真田信二郎は同じ痛みを味わった久住春乃と偽装恋人となった。
それはお互いの幼馴染の脳を破壊し、上手いこと自分に気持ちを向けさせるためであり、目的を達成するべく二人は校内ベストカップルを目指していく。
手段として恋愛相談同好会(仮称)を作り、周りを幸せにする恋人となるため動き出した。
しかし、くだんの幼馴染カップルがデートをするというウワサを耳にしてしまった二人の取った行動は――。
「――デートを尾行しようと思います」
「自殺行為では?」
昼休み。恋愛同好会(仮)に与えられた教室で、またしても春乃先輩が真顔でおかしなことを言い出した。購買で買ったパンをかじる手はもちろん止まる。
というかデートと書いて、お出かけってルビ振って読むのやめて欲しい。
「先輩が言ったんじゃないですか。観測しなければ事実にならないって。なんでわざわざ自分から目を背けたい現実を焼き付けに行かなきゃいけないんですか。意味不明です」
「のんのん、おバカさんね。逆よ逆、〝観測しなければ事実にならない〟はひるがえって〝観測すれば事実になる〟のよ。分かってないわねぇ、まったくもう」
「は? 何言ってんの、お前……」
「だからキミ、先輩を敬いなさいっ!?」
そういうの、相手より上のものが年齢しかない人間の常套句だと思う。
「まあまあ話は最後まで聞きなさいって。そもそもよ? あのふたり、今の今までデートらしいデートをしてるってウワサ、聞いたことがない気がしない?」
言われてみれば、それはたしかに。付き合ってもう一ヶ月以上が経過している。
普通だったらデートのひとつやふたつをしていてもおかしくはないだろう。
つーか、俺たちが知らないだけでもうしてるかもあぁあああああっ!
「え。いやでもまぁ、土日を含めて毎日部活で忙しいからでは? 二年だと予備校とかもあるでしょうし、むしろ毎日暇してる春乃先輩の方がよっぽど異常ですよ」
「あたしってば昔から勉強だけはできるのよねぇ、不思議」
ふっふん、と得意げに胸を張る春乃先輩。
この人やっぱり黙ってさえいれば美人だしまともなんだろうなぁ。
「……って今あたしのことはいいのよ! でもそんなこと言ったら世の中の部活で忙しい学生諸君はいつどうやってイチャついてるのって話じゃない!?」
「登下校、昼休み。たまに休日が重なった時……あと通話とかになるんですかね」
「じゃない? 知らないけど。でもさ、何かおかしくない?」
「? そりゃあ先輩はおかしいですけど」
「あたしから離れなさい! もう話が進まないわね。いい、登下校も昼休みが一緒なのも休日出かけるのも! 通話するのも彼氏彼女じゃなくても普通にするでしょう? つまりやっぱりあの二人は付き合ってないの。ただの友達」
「その理論、さすがに無敵すぎんだろ……」
会長が言ってた理屈の都合のいいとこ取り……不都合から目を背けた異常者の発想だ。
「つまりあれですか、友達二人で出かけるのはごく自然だからそれを観測しようと」
「いえす」
「……ついうっかり脳がやられそうになったらどうするんですか?」
「? 見なければいいじゃない。バカじゃないの?」
清々しい感じで春乃先輩はそう言いきった。
もう完全に意味不明な悟りを啓いているだろ、これ。手に負えない。
(ていうか言っていることが完全に、寄生されたカマキリなんだよなぁ……)
ハリガネムシに脳をやられてしまったカマキリは泳げないにもかかわらず、水辺に飛び込んでいく。そして産卵の手助けをし、死んで魚の餌になるかわいそうな生き物だ。
だから春乃先輩も、ネトラレもしくは〝あたしが先に幼馴染だったのにぃ〟に脳を支配されてしまい、さも当然のように自殺志願をし始めているんじゃなかろうか。
先輩の目は俺の目、俺の目は先輩の目とかいう謎ルールのせいで俺が付き合わなくても死なばもろともされるのが確定しているため、最早すでに退路もなかった。
「わかりましたよ、それでどうやって尾行を」
「変装しつつ早朝から近所で出待ち。それぞれ二人をつけ回すに決まってるじゃない」
「ですよねー……」
呆れ混じりに言葉を返すと、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
春乃先輩が弁当箱を片付け、席を立った。
「じゃ、そういうことで。わかってるとは思うけど、万が一バレた時に言い逃れはできるようにデートっぽい格好かつ、普段はしないような服装をチョイスしてよ」
「わかってますよ。〝自分の知らない幼馴染〟を強調するためですよね」
「いえす。言い訳は当然、幼馴染ゆえに思考が被ったとかそういう感じだから!」
春乃先輩は満足そうに笑って去っていった。俺たちも当日の二人の服装次第では絶大なダメージを受けるわけなのだが、あの人は本当に理解しているんだろうか……。
小夏がもし露出多めのその、えっち成分を多分に含んでいたらきっと恐らく確実に俺は間違いなく死に至って悪霊になると確信している。死んでなお苦しむのだ。
……大丈夫だよな? 俺の知ってる小夏は、白いワンピースとかそういうちゃんと素で清純派な感じで。化粧なにそれおいしいの? みたいな白々しさで女子に敵を作りそうな発言を天然でしちゃうような、そういうやつなんだから……っ!
天地が裏返っても自称清楚系みたいなカスでは断じてない! ……だよな? で、でも彼氏の影響で雰囲気が激変して、女の子から女になるなんてよくあることだし――。
結局、その日の俺は「うわあああああああっ」とベッドの中で叫ぶハメになった。
先輩と一緒にいるとなんか「そうかな、そうかも……」って気持ちが強くなって誤魔化されちゃうけども、一人になった途端。ふと悲しくなって泣いちゃった……。
俺はメンヘラだったのかとさすがに頭を抱えてしまう。ある意味すでに心が春乃先輩の存在に依存というか、特効薬みたいにスーっと効いているような感じだ。
あぁ、けれど一緒にいればいるほど同類にされていく気がしてそれは、イヤだなぁ……なんて思っていると少しずつ頭から小春が離れていって無事に眠ることができた。
――で、光陰矢の如し。時間経つの早え! ってことなのだが、気が付けば日曜の朝を迎えており、俺は洗面所の鏡の前で精一杯に整えた全身のチェックに勤しむ。
と言っても服装を地味な色合いで統一し、帽子にサングラスも用意したくらいだ。
あまり過剰に隠そうとすると、周囲から逆に浮いてしまうからこんなものだろう。
その後。小夏と渡会先輩の予定が一切不明のため、仕方なく俺は五時頃から最寄り駅へ向かうのに必ず通る大通りがよく見える、コンビニのイートインで待機していた。
やがて胃が痛むのを堪えながら三時間という苦悶を過ごして、そろそろ女性店員さんの目線が気持ちよく感じられるようになってきた時である。
テーブルに置いていたスマホが振動。画面が点灯する。
もちろん送り主は春乃先輩で、打ち込まれた文面は『家出』とだけあるだけだ。一瞬、疑問符が浮かんだけれど、その答えを示すようにしばらくすれば小夏が見えてくる。
(き、来たか……っ! ぐ、ぅっ、はっは……っ、ふ、服装は――……)
しかし磁力で反発するように眼球はうまく持ち上がらなかった。
それはグロテスクな画像を見たくはないけども、気にはなるという感覚に近い。
(ど、どうせ見なくちゃ付いてくなんて出来やしないんだ……見るぞ、俺は見るぞ!)
観測したら事実になってしまう。その事実と共に押し寄せる不安が鼓動を早める。
俺の緊張に比例して、店員さんの目もヤバいやつを見る目に変わっていく。
もはや一種の発情と言っても過言ではなく、なんというか素質のある変態なんじゃないかと最近は思えてしまえて心底、自分が情けなくなってきていた。
「ふ、ふっ、ふぅ、ふ、はふ……」
先日の、小夏が風邪を引いた日の放課後。
なぜか部活を休んでた渡会先輩の胸に向かって、つまずいた小夏の姿が頭をよぎる。
あの時。「昨日、彼氏できたんだよねー」と言ってきた照れ笑いが頭をよぎる。
そんな現実を振り払う勢いで深呼吸をキメ、覚悟完了を終えた俺は今を直視した。
「――――っっ!」
俺の思い描いた純白ではなかったが、小夏は真新しいセーラー服みたいなワンピースを着ていた。あんなの、持ってたんだな――……あっ、いやあああああああッっ!?
あっ、あああっ、危うく即死にお至りかけたが、前から持ってたんだよな。そうだよ、うんうん。そうに違いない! オデ、シッテル。けど、けど……けどッ、服装以上に!
何よりも俺の網膜に焼き付いたのは、ばっちり決められた小夏の――薄化粧だった。
「アッ、あっ、あ、はっは……ぁ、はあはあ……ふぅ……アハハ!」
意味もなく安堵のため息みたいなものが漏れ、その後すぐに頬が緩んで笑ってしまう。
「ひぃっ! あ、あのぉー……お客様ぁ? そろそろ――きゃあっ!?」
もう涙と鼻水で前が見えなくなっていた。何にしがみ付いてるのかもわからない。
妙にやわらかい気もするが、どうやら人語を理解するらしい。よし、質問してみよう。
「化粧の、ケの字も知らねがっだッおざななじみがゲジョウをじでるッでぇ、なんでだどおぼいばずがえんねぇっ!? おじぇでおじえでぇっ」
「え、あ……そ、それはまぁ――か、彼氏でもできたんじゃないですか?」
「あぁあああああああああ、あああああっ!! ずびぃい――――っ!」
「はぇっ! わ、わたしの将来彼氏専用の美脚で鼻をかまないでくれますぅううっ!?」
泣いた。
*
そうして次に俺が自我を取り戻したのは、頬に走り続けた痛みのおかげだった。
目を開くと春乃先輩に襟元を掴まれ、往復ビンタされていたのだ。い、痛いよぉ……。
「うぇ、あぇえあ、ぐえっ……」
「よしよーし……なぁんて言ってもらえるとお思いか、この駄後輩っ!」
「っぐ、ぐえぇ……っは」
一瞬だけぱっと解放されたかと思えば、春乃先輩は昔の小夏と同じような純白さを放つハチマキでネクタイみたいにきゅぅと首を絞めてくる。ホント容赦ねぇ先輩だ。
つーか俺、よく無事に合流できたな? もう夢だろこれ。いいや、夢であれ!
「しかもサングラス(これ)、似合ってない上に邪魔っ!」
サングラスは雑に取り上げられ、自販機横のゴミ箱に没シュートされたらしい。
ひどい。あんまりだ。せっかく買ったのに。な、なんで俺がこんな目に遭うんんだ。
「……ていうかちょっとバレてないんでしょうね、尾行」
「ばがびばぜんっっ! ぐえぇえええっ!」
答えた途端、締まりが強くなる。そこに関してだけは素直にごめんなさい。
もがき苦しむ中でふと春乃先輩の格好を見れば、金髪のウィッグとメイクだけで印象を変えていた。しかも地味めなパーカーを深くかぶってもおり、これはかなり意識しないと先輩だと気付くのは難しい気がする。総じて渡会先輩の幼馴染力が試される感じだ。
少なくともデートでっ! 頭がいっぱいだったら気づけないレベルだちくしょうッ!
「まっ、いいわ。はいこれ、あとスマホ」
「どうもでひゅ……」
使いたての白いハチマキに加え、いつの間にか落としたらしいスマホを手渡される。
知らない発信履歴があったので、俺は恐らく通話しながら合流したのだろう。えらい。
それと首絞め以外に用途不明のハチマキは、どうやら二人分あるようだった。
「な、何に使うんですかこれ……」
「自衛!」
じえい。いえいえい。
「現実逃避にサングラスみたいな割れ物は危険が危ないんだから当然でしょう」
「衝撃を受ける前提なのかよっ!?」
「あ、ほらっ、行っちゃう! というわけで気を取り直していざ出陣よ! おーっ!」
先輩が声を上げた先。駅前の噴水広場にある銅像で待ち合わせていた小夏と渡会先輩がよく見えた。正直、帰りたいなぁと思いながら俺は拳をあげさせられる。
そして、純白のハチマキを握り締める俺たちのダイナミックな自殺が幕を開けてしまうのだった。
間が空いてしまい申し訳ありません。
ガガガ文庫大賞やNOTEの週刊少年マガジン原作大賞への投稿作を仕上げていました。
 




