10.オタクが好きなギャルは幼馴染
どうやら二年C組に在籍している江藤慈由利さんというひとは、隣席の太田蔵ノ介――通称オタクくん(勝手に春乃先輩がそう命名した)が好きらしい。
オタクくんは多趣味で顔は普通。交友関係はオタク友達が数人とからしく、まぁたぶん日陰者の平均値よりもちょっと上くらいな感じのひとだろう。
投書によれば事あるごとにやたらと厳しいことを言ってしまうらしい。
そんなだけど告白はしたいと思ってて、でも嫌われてないか心配とのこと。確かにいざ告白してみたら「嫌いなんだよね」とか言われたらと想像したら辛いのはわかる。
いわゆるあれだ。素で暴が混じってる、絶滅危惧種的なツンデレなのだ。
しかし素直になれないのはある程度しょうがないとしても、もしかしたら嫌われているかもと考えてしまうくらいのことをやっているのはどうなのかと思わなくもない。
とにかく総じてミーちゃんと比べてみれば、よっぽど恋愛相談している内容だった。
そうして二枚の投書を確認し終えた俺たちは、善は急げと移動を開始。
彼女が所属する女子水泳部の活動場所、屋内プールに向かった。
「すみませーんっ!」
靴下だけ脱いで中に入ると、塩素の匂いと顧問の声や水のしぶく音がよく響いていた。
俺たちに気づいたのか、すぐに遠くから女子マネージャーが走ってくる。
「君、もしかして、一年せ……って、春乃ちゃんだ。どしたの? 誰か用?」
「はろはろ、部活中にごめんねー。ちょっと今あたしね、自治会さまのお手伝いみたいなことをしててさぁ。江藤慈由利って子に話、聞きたいんだけど」
「チアやめたと思ったらまたいきなりだね……今年こそ全国! って言ってたのに」
「昔の話、昔の話」
四月の話だよ、という呆れた返事に春乃先輩が笑う。この学校って全国目指せるくらい強かったのか……知らなかった。いやけど、俺を応援するって破壊プランもありだな。
「はぁ、もうしょーがないなぁ。慈由利ちゃんだよね、わかった今呼んでくる。自治会の仕事なら先生もダメとは言わないと思う。外の方がいいよね、待っててもらえる?」
「よろしくー」
先輩が笑顔で見送り、早くもプールを出ることになってしまった。どうして……。
屋内で活動しているうえ、夏真っ盛りでもないので日焼けしてるひとは見られないが、なんで日焼け跡はあんなにも俺の心を乱すのだろう。不思議だ。
今からでも遅くない。心機一転、水泳部に入るのもありなんじゃないだろうか?
とてもじゃないが幼馴染を奪い返す! なんてやる暇はないだろうな……。
「なに鼻の下伸ばしてんの! は、や、く出るっ!」
「いーやーだぁっ! まだ水着が見ぃたーいぃッ!」
牛歩戦術で滞在時間を引き伸ばすつもりが速攻で首根っこを掴まれ、外へと連行されてしまった。プールから笑い声が聞こえる。引かれてはないので陽の者がほとんどらしい。
でもいいんだ、慈由利先輩とやらが水着で出てくるはずだからなっ!
「――なぁんでジャァアジ着てるんですかぁああああっ!?」
「えっ。は、なに? どゆこと。イミフなんだけど……」
プールの外。近くの自販機で待っていると、ジャージを着ている慈由利先輩と思わしき女子がやって来た。ジッパーもきっちり上までしてあり、これはもう裏切りだと思う。
健康的な太ももだけを覗かせ、取り乱す俺の姿を完全に一歩引いた目で見ていた。
しかも文面から勝手に抱いていた清楚な文系のイメージに反して、容姿は小麦肌の金髪ギャルである。これで隣の席のオタクくんにいじわるしちゃうのか……。
学校に来たら机の上に座ってたりとかするんだろうなぁ。羨ましいな、オタクくん!
「ていうかオタクに優しいギャルかよッ! ダメだろそれは犯罪だろっ!」
「マジ、なんなのこいつ……」
「ステイステイ。あんまりはしゃぐとあなたも地面に突き刺すわよ」
「申し訳ございませんでした」
それはやばい。あんなのギャグ時空に放り込まれてなきゃ絶対死んでしまう。
とはいえ、上のジャージだけ着てるのも全然ありなのよな。ナイス密室パゥワァ。
「ごめんなさいね。見てわかる通り頭がおかしいのよ、コレ」
「まー、別にイイケドさ。つーか見た目だけでギャル扱いはどーなんよ――……ってオ、オタクに? 話ってもしかしてあーしが最近、目安箱に勢いで出したあれのこと?」
「いえす。ついでだし何か飲む? おごるわよ」
意外にも春乃先輩がお茶を二人分おごってくれた。
だからちょっとだけ見直そうかと迷ったが、あとで周防会長に金を請求したり、慈由利先輩が消えた途端に俺の支払いを要求するかもしれないのでまだ見直さないでおく。
「それにしても文章と印象、違いますね。文字は私なのに話す時はあーしですし」
「そりゃそうっしょ。さすがにそーゆう時にあーしはバカっぽくね?」
「っぽいですけども」
「まぁまぁ。休憩もそんな長くないでしょうし、ぱぱっと本題にいきましょう!」
とりあえず慈由利先輩だけ休憩スペースのベンチに座ってもらい、話を進める。
彼女は生唾を飲んだり、髪を触ったりと妙に緊張した様子だった。もう少し顔が赤い。
脇腹をつついたらびくぅうとなって面白そうだけど、埋められそうなので断念した。
「では江藤慈由利さん。あなたは隣の席のオタクくんが好きなんだけど、素直になれないどうしよう? 嫌われてないかなぁ……って悩みで間違いないのね?」
「お、おう……そーだよ、文句あっかよ」
慈由利先輩はやや照れくさそうに、すでに素直になれなさの片鱗を見せていた。
うーん。確かに初対面の俺とかの前でこれということは、好きなひとの前だと思ってもないことを口走っちゃうやつなんだろうな。場面が容易に想像できる……。
「で。お風呂とかで反省会はじめて、わぁああっとかやっちゃうと。かわいいですねー」
「な――はっ、テキトー言うんじゃねぇ! つかそれはあーし、書かなか――……あっ」
「「ニヤニヤ」」
「ニ、ニヤニヤ言ってんじゃねぇぞ、舐めてんのかお前ら! 特にそっちの後輩!」
と、反射的に手に持っているお茶を投げようとしてくる慈由利先輩。
なるほど。これは重症だなぁ……と思っていれば、同じことを考えたらしい春乃先輩がさも狙い通りですみたいな得意げな笑みを浮かべて言い切った。
「はい、それ! そのお茶がよくないのよねっ! どうせいつもそんな感じでしょ!」
「うぐっ! で、でもちょっかい掛けられるだけで嬉しいって言ってたし、あいつ!」
「ふっ、言ってやりなさい! 男子代表!」
「えぇ。罵倒や暴力混じりでもちょっかいだけで嬉しい。それは事実でしょう」
「ほ、ほらっ! ぅ……――」
座っているところにずけずけと迫れば、慈由利先輩が少し身構えたように身体を引く。
意外と押しに弱いタイプなのかもしれない。うっすらと浮かぶ涙が見えた。
「ですがッ、そんなの抜きにして朝挨拶してくれるだけの方がよっぽど嬉しいんじゃないですかねぇッ!? はっきり言ってそんなので喜ぶのはキモい方のオタクですッ!」
「――――っっ! だ、だってしょーがないじゃんっ! あいつの顔見てるとなんかこうムカムカしてつい言っちゃうんだもん……」
「だもん。じゃないですよ! してんのはムカじゃなくてムラ――ふんごぉっ!?」
かぁ、と。リンゴみたいに赤くなった先輩に腹パンされて数メートル吹っ飛んだ。
植え込みに頭から突っ込んで、情けなく四つん這いみたいな醜態をさらす。
「んー、今のは殴って正解だと思うけど……もしかして普段からそのレベルなの?」
「そーだよ、悪いかよ。あーしだってわかってんだよ、やりすぎだってのは……」
「ぶっちゃけ腹が立ってない確率の方がどう考えても低いってのは、わかってるのよね」
痛む腹を抑えながら顔をあげる。
ド正論を聞いた慈由利先輩は、鼻をすすりながら今にも泣きだしそうな様子だった。
よほどオタクくんが好きらしい。羨ましいな、まったく!
「まーまー、春乃先輩もそんな圧強めでいじわる言わないであげてくださいよ。にしてもオタクが好きなギャルって実在してたんですね……てっきり空想上の生き物かと」
「あ、ね。あたしも驚いちゃった」
「べつにオタクだからどうとかじゃなくて。お、幼馴染でずっと一緒なだけだし……」
「「やっぱ実在しないじゃん……」」
それは幼馴染に素直になれないギャルであって、まるっきり別の生き物である。
テレビの企画で材料費はいくらに収まりましたとか言って、ほぼ貰いものだからゼロ円とか言い出すようなのとそんなに変わらない。つまりほとんど詐欺だ。
「そっか、幼馴染……ね、慈由利さん」
「?」
「あたしとこのアホ信二郎って付き合いたてなんだけどね、きっかけは何だと思う?」
一瞬「え、マジ?」って声が顔から聞こえたが、慈由利先輩ははっきりと答える。
「……好きだから以外に何があんだよ?」
「違います。お互いの幼馴染に彼氏と彼女ができて傷ついたから、なんですよ」
「ぇ」
慈由利先輩がきょとんとする。
そうだろうなぁ、こんな純情ギャルにはきっとまだ理解できるはずもないだろう。
「傷心のゆえの傷の舐め合いです。共感からはじまる恋もあるってことですよ」
「テニス部のま――渡会が一年と付き合ったって話ぐらい、もう広まってるでしょ?」
「あっ、あぁ……確かそういや同じクラスのファンクラブやってんのが絶望してたな……あ、そうか。そ、れは……ご愁傷様。で、あってんのか?」
我ながらよくこんな嘘が平然とつけるものだと悲しくなってくる。
これも全部、春乃先輩のせいだ。クズは伝染するのだ。気をつけないと。
気がついたら先輩の常識が俺の常識になっているかもしれない。
「じゃあ、目をつむって? 今から本当にあった怖い話をします。ささっ、早く早く」
「え、あ? わ、わかったよ……つむればいいんだろ、つむればっ!」
言われてみれば、俺たちと違って想いを最初から自覚しているのならば実体験に基づく〝辛いもしも〟の話は、性格を変えさせる強力なきっかけになり得るだろう!
ただ問題は話すとこっちに自傷ダメージがあることなんだよなぁ……。
やがて思いっきり誇張して語りだした俺と春乃先輩の言葉を受け、慈由利先輩が悲鳴を上げていく。しかし当たり前の反応だろう。
今まで自分がいたはずの場所に自分より優しく接してくれる女子が現れ、あーだこーだねちっこく不安を煽られたら誰だってこうなる! こうなった!
これは慈由利先輩の未来を思ってのこと――……ではなく九割嫌がらせだと思う。
「へ、へ、へへへっ」
だって不気味に笑う春乃先輩はもう、そういう顔をしていた。そして、
「ひっく……ひっく……やだよぉ、うぅ……クーちゃん行かないでよぉ……」
号泣だった。ついでに幼少期のオタクくんの呼び方が〝クーちゃん〟らしく、小夏からしーちゃん呼びの俺がとんでもないもらい事故に遭って俺も泣いた。
そんな慈由利先輩を楽しげに見下ろしながら満足げな顔をしているクズが優しい言葉をかける。なんか殴って優しくするDV彼氏みたいなひとだなぁ……。
「とにかく今までのことはオタクくんに謝って。全部そこからはじめましょう?」
「俺と春乃先輩も一緒にいますから! できますよ、先輩なら!」
「ありがどぉおお……が、がんばり、ますぅうぇええっ……っ」
――なんてことがあったのが、昨日のことである。
というわけで。ここで二枚目の投書に触れておくと、結論から言ってそれを書いたのは他ならないオタクくん。つまりは太田蔵ノ介先輩だった。
こちらもざっくりまとめてみれば、二年C組に在籍している隣の席の江藤慈由利さんが好きらしい。いわゆる両片想いってやつだ。よかったな、ちゃんと変態でちくしょう!
慈由利先輩と話している時にあえて言わなかったのは、もちろん彼女のためだ。
嫌われているかもしれない不安を払しょくするのは簡単だがその結果、恋愛のドキドキまで奪ってしまうのは流石に野暮というものだろうと。
クズの春乃先輩にしては、えらくまともな意見を出してきたので賛成した次第である。
で、オタクくんはすでに帰宅してしまっていたこともあり、翌日の金曜。
人の少ない早朝。慈由利先輩に太田先輩を屋上に呼び出してもらうことになったのだ。
「――え、と話ってなんだろう。しぃちゃん……じゃなかった。ごめん、学校で呼ばないほうがよかったんだよね。というかその人たちは?」
中肉中背にメガネというまあまあスタンダードな格好をした太田先輩が――というか、慈由利先輩もしぃちゃんかよ! あと呼ぶなは呼ばれたいの裏返しだろふざけんな!
なんで俺はこんな巻き込まれているんだ、やめてくれよ絶対うまくいくのが確定してる関係性にさぁ! しぃちゃん呼びはあんまりだろ……もう、泣けてきた。
ぐすん。うええ、ぁあ、ぁああああああああああああっ!
「じょ、情緒不安定だね君っ!? だ、大丈夫かい?」
「へーき、へーき。すごく頭がおかしいだけだから気にしないで。ささ、慈由利ちゃん」
「お、おうっ……」
慈由利先輩はもじもじと足と地面を擦り合わせ、うまく言葉にできずにいた。
段々と身体がふらつきはじめて髪をくるくると回し、なにやらぶつぶつ言い出す。
事前にどう話すかLINEである程度会議しているんだけどな。緊張で飛んだか?
なんて疑問に思っていたら慈由利先輩の頭から湯気が出はじめる。がんばえー。
しかし、ややあって煙を吹く彼女の口から絞り出された言葉はひどいものだった。
「ぷ、ははははっ! もしかして急に呼び出されて告白されるかもー、とか思い上がったんじゃないでしょうねぇ! ないないっ、ないって! ぷははっ、あんたみたいなチョー冴えない、教室でずっとラノベ読んでるようなの好きになる女子なんていないってっ!」
「「は?」」
「………………」
太田先輩には恋愛相談について何も伝えてはおらず、シンプルにダメージを受けている可能性が高い。だがまぁ正直、さすがにここまでの取り乱しは想定外だった。
「何もやらないから何もできないだけなのに、貧乏が悪い遺伝子が悪いって時代や環境のせいにして文句だけ言って。何かやったような気になってるからダメなのよ、あんたは」
こいつはひでぇや。本人もかなり目を回しており、思ってもないことをしゃべっているのだろうとは思う。たぶん、普段言わないような内容も口走ってるレベルだ。
そもそも言葉にした大半が当てはまらない気がする。趣味への行動力はあるっぽいし。
「ちょ、ちょ……し、慈由利ちゃん? そんな心にもないことがぺらぺら出てくるの逆にすごいけど。うん……とりあえず、どっちも地面に刺して記憶飛ばそっかっ!?」
「いやいや飛ばすな飛ばすな!」
これだから脳筋はすぐ物理に頼るから困る。
どう考えてもここは精神担当(?)の俺の出番だろうに! 俺は春乃先輩の肩を叩き、任せておけとキメ顔を向けた……ら、笑われた。ぶっ飛ばすぞ、この先輩マジでっ!
「ごめんね、しぃ――……ううん、江藤さん」
悲しそうに太田先輩が謝る。呼び出されて一方的にここまで罵倒されるなんて、これはちょっとトラウマ一歩手前の体験だと思う。代わってあげ……たくはないかな。
慈由利先輩に至っては泣きながら呪文を唱えており、中々に混沌とした状況だった。
「あ、謝るってことの意味はわかるよねぇ? 悪いことをしてる自覚があるってことなんでしょ! そもそも二次元好きってそーゆうのある意味ロリコンだよねぇ。だってさぁ、次元が一個下なんだもん。うへぇやだやだ、キモすぎてありえん――」
「いや、ホントホント。実際、慈由利先輩の言う通りきめぇんですよね」
「……え?」
俺の一言を耳にして、彼女のマシンガンみたいな勢いがようやく止まる。よし、じゃあここからは俺のターンだ。俺を生贄に幼馴染カップルを召喚してやるからクソッたれ!
「だっていかにも小学校高学年までハナクソ食ってそうな顔じゃないですか? ラノベを読んでるとかそんなの関係ないんですよ。全身から滲み出る臭気っていうか、染み付いた生き方、習慣、行動言動! あらゆるすべてがキモそうなんですよね。人生経験の薄さが顔に出てんですよね、うへぇ……来年、こういう先輩になっていたくねぇなぁ」
「………………」
「は、はぁ? いきなし何ゆってんだ、真田……」
「人間、見た目より中身が大事って言いますけどね。ぷっ、そもそも見た目の悪い人間の中身なんて興味わかなくないですか? 料理だってそうでしょ。いくら食べたらおいしいなんて言われてもおいしそうに見えないものとか興味持てないに決まってますし。だから偶然中身を知った結果、自分だけが知ってる相手の魅力にやられて冴えなくてもモテたりするわけでしょ? つまり俺から見た太田先輩なんて、地味通り越して虚無――……」
思いついた言葉をテキトーに並べていく視界の端。尋常でない怒りを爆発させた慈由利先輩が駆けてくるのが見える。うーん……死んじゃうのかな、俺は?
「あーしの大好きなクーちゃんのッ、悪口言うなぁあああああああああっっ!!」
「え」
「うぐっえあばッ!?」
放たれたのは顎の骨が砕けるんじゃないかってくらい的確すぎるストレートだった。
なんだ、この人も殺人拳の使い手か。やるな! 許して!
「言えたじゃねぇですか。やれやれあっ痛ッまッ話聞ぃ……」
しかし当然のように容赦ない追撃が、俺を襲う。
痛い痛い。春乃先輩とは違って意識が残ってる分。ある意味こっちの方が辛かった。
「江藤……しぃちゃん! 待って蹴るの待って!」
「クーちゃん止めないで! こいつ許せない!」
(助けてオタクくん!)
太田先輩が慈由利先輩を止めるために近寄って――
「ボクも蹴りたい!」
(助けてオタクくん!?)
いやまぁ、いきなり現れた見ず知らずの後輩にあれだけの暴言を吐かれたらブチギレも致し方なしなのはわかる! わかるんだけど、お前だよお前!
意図は理解しているだろうに。げらげら笑ってるクズミーはホントあのさぁ……。
ていうか、そろそろヤバい。意識がなくなる。いやむしろ早くなくなってくれ。
「あ、そろそろ意識飛びそうね。ストップストーップ! 中止!」
「「うぉあっ!?」」
さすがパワー系女子。軽々とふたりを放り投げ、状況をリセットする。
しかしひとのこと平気で気絶させるだけあって、意識を失う瀬戸際が見極められるのはすごい。なんだけど……ひどすぎだろ、絶対いつか倒す。打倒、春乃先輩だ。
「太田くん、聞き逃した? 慈由利ちゃんの〝あーしの大好きなクーちゃん〟って」
「え、あ……そういえば……そうか、なるほど。そこの彼はそれで……」
太田先輩から俺への怒りが僅かに消えたのか、少しやわらかい笑みが向けられた。
もしかすると自治会に出した投書のことが可能性として浮かんだのかもしれない。
「しぃちゃん、ボクもしぃちゃんが好きだ。付き合って欲しいんだけど……いいかな?」
「ひょわっ!? へ、あ……ほ、ホント? マジ?」
「マジマジ」
するとややあってからふたりは恐る恐るという感じで抱き合う。
おめでとうございます……なんだか素直に喜べないけども。
それから慈由利先輩と手をつないだ太田先輩が振り返り、俺に言った。
「さっきのは本心……じゃないよね?」
「あ、当たり前ですよ。先輩のことなんにも知らないですし……でもあのままだと慈由利先輩が暴走して、先輩たちの関係が終わっちゃうじゃないですか」
「う……」
う、じゃないよまったく! 予定通りだったらこんな痛みいらなかったのに。
これが自己犠牲ってやつか。気分はよく……いや微妙だなぁ。
「蹴って悪かったね、えぇと真田くん?」
「気にしないでください。どうしてこんなやり方しかできないんだ……! なんて人生で一度くらい言われてみたいなぁとか思っただけですから」
「ふふっ、いいよね。自己犠牲キャラ」
「しかも〝やれやれ〟まで達成できましたよ、満足です」
「確かに。ほら、しぃちゃん」
「……あーしが悪かったよ」
太田先輩と慈由利先輩の手を借りて、どうにか俺は立ち上がれた。
なのに春乃先輩がまだふらついている俺を遠慮なくぺしぺし叩く。鬼か、こいつ。
「自治会の手伝いであなたたちの恋愛成就ために、このアホはああいうこと言ったわけ。ふたりとも目安箱に出してたのよ、隣の席のひとが好き! って。面白いでしょ?」
「「え……」」
「クーちゃん……」
「しぃちゃん……」
こうして、悖徳高校にまた一組のバカップルが誕生したのである。
ふたりは見つめ合い、自分たちの世界に突入していた。くそっ、三週間で破局しろ!
「真田くん、せっかくだから連絡先を教えてもらえるかな?」
「あ、はい。いいですよ」
「あとできれば誰かに付き合ったきっかけの話とかする時、あたしたちの名前を出してもらえると助かるよ。素敵なカップルが縁を結んでくれた、みたいに」
「え、まー。それくらいはいいケド。素敵カップル……?」
「なんだかいかにも謎部活モノって感じだね。あ、そうだ。しぃちゃん、明日なんだけど部活終わって時間あったらさ。デートしようよ」
「「「!?」」」
不意にそんなことを言い出した太田先輩の全身は、輝いている気がした。
こ、これが彼女を持つ者と持たない者の〝差〟ってやつなのか……っ!?
「いやいや。そんなデートに誘えるくらいなら普通に告白とかできそうなもんですけど」
「ちがうよ、真田くん。逆なんだ。彼女ができたという事実がボクに自信をくれたんだ」
「――――っ!?」
つ、つまり彼女ができやすくなる〝自信〟をつけるためには、彼女を作ることが一番の近道ってコト!? なんだそんな簡単なことだったのか! しんでしまえ!
「う、ま、眩しい……っ! こ、これが幼馴染とくっついた選ばれし者だけが出せる輝きなんですか! や、やられる!? たぶん俺、闇属性なので消滅しちゃいますぅ!」
「ま、正直なところここに来る途中でテニス部の渡会くんが彼女を日曜かな? デートに誘ってたのを聞いたからっていうのも少しはあるけどね」
「へー、渡会せ――……え?」
俺は思わず口を開けたまま、春乃先輩と見合った。
「「えぇえええええええええええっ!?」」
考えてみれば、そんなのは当たり前の話である。
俺たちが悠長に校内の過半数が憧れるベストカップルを目指している間、ふたりの時が止まっているわけではないのだから。愛は、日々が積み重ねていくものだから。
そして、来たる日曜。俺はまたひとつ、倫理から外れた選択をすることになるのだ。




