9.これがはじめての相談……嘘だろ?
恋愛相談。
それを聞いた時に思い浮かべるのは、甘酸っぱい初恋や好きなひとに彼氏・彼女がいるどうしようとか遠距離つらいとか。そういういかにも青春みたいなものを想像する。
周防会長はどうか知らないが、少なくとも俺と春乃先輩はそう思っていた。
顔を見ればわかる。しかしそんな期待を裏切り今、俺たちの目の前でさっきから延々と繰り広げられているものは相談以前に会話ですらない。ただの独り言だった。
「――でねぇ、マーくんってばひどいのよぉ。アタシという絶世の美女の代名詞な彼女がいながらショップの女店員からおつりをもらう時、べたべた手を触れようとするのよぉ。でもその時わぁ、犯人はマーくんじゃなくてぇ。色眼鏡にかけたの女狐店員だったのぉ。いやんてっきりアタシな勘違いしちゃって。そしたらマーくん、その店員の前でアタシの唇を奪ってねぇ? オレはオマエのものオマエはオレのもの。オレが愛してるのはこんなそこらにあふれてる容姿が残念な女じゃねぇ。オレにはもうオマエにしか見えないなんて言っちゃってぇ。嬉しかったぁって話でぇ。だから――……」
机をひとつ挟んで面接するような状態で俺と春乃先輩、相談者の先輩はいる。
そして目安箱に投書したくそデブ……いや、ふくよか過ぎる先輩がベラベラベラベラと自分勝手に相談でも何でもないのろけ話を無限に続けていた。
あとどっかで見た顔だと思ったら前に屋上で見かけたバカップルの片割れだ。
「は、はぁ……」
一瞬、ハッとして出た返事はさすがに感情がこもっていなさ過ぎた。
いやむしろ、返事をしただけありがたいと思って欲しいくらいだが……それをこの身も心も膨れ上がった彼女に求めるのは酷というものだろう。
それにしても控えめに言って懲役1時間である。しんどいにも限度があった。
しかしこの拷問に耐えたことである種、俺たちの良心が免罪符を獲得したのは大きい。
会長なんて「長くなりそうだな」と早々に残りの投書を置いて戻ってしまった。
教室のドアを閉める時に「ふぅ」と背中がホッとしていたことについては、帰りに絶対問い詰めてやろうと俺は春乃先輩と目線だけで誓い合っている。
「あのねぇ……はぁ、って何よぉ? それでアタシの悩みを解決できるわけぇ?」
やや爬虫類っぽいカメレオンに似た顔つきの先輩が、露骨に不満そうな態度で俺たちをじろりと品定めする視線を向けた。
「あなたねぇ、そんな聞く力で悩み多きアタシの難問を解決できるつもりぃ? というかそもそも、あなたみたいなイケてないおブスに彼女がいた過去があるかすら疑問ね」
「あァ? いたことないと相談に乗っちゃいちゃいけないんでいやがりますかねぇ!?」
「そんなこともわからないのぉ、容姿だけじゃなくて頭も悪いのねぇ……かわいそうに。経験もないのに相談に乗るってことはぁ、何か下心があるってことじゃなぁい。たとえば失恋しそうな子に優しくしてぇ、彼氏に……あぁ~、なるほどねぇ。悪いわねぇ、坊や。アタシはガキんちょに興味ないのよぉ。だからこれで許してぇん、んぢゅぅー、ぱっ!」
脳裏に「は?」と思い浮かんだ時には、俺は投げキッス攻撃を食らっていた。
「ぶっ、く。くくっ――あたしとしたことがはしたない笑いを……失礼失礼、くくっ」
「てめ――い、いやっ、というか……ですねッ」
「んまぁ、本当に高校生にもなって彼女ができたことがないのぉ? かわいそうにねぇ。でも話を聞いてくれてありがとう、とは言わなければいけないから美しいって罪だわぁ」
こいつちょっとコロしていいかな。三分の一くらいは許されるんじゃない?
けどおかしいな。飾森にも普段から似たようなこと言われているはずなのに。そうか、これが俺たちの求める好感度ってやつか。俺ってば飾森のこと結構好きなんだな……。
なんてことを思って先輩を見ると全力で俺を笑う顔だった。
こいつ許せねぇ……! 一部事実は事実だけどッ! つーか先輩は同類でしょがッ!
「いいえ。俺、恋人自体はいるんですよ。この今、隣にいる春乃先輩なんです。ちょっと恥ずかしくてすぐに言い出せませんでしたが……」
「あら……まぁ、付き合うのが恥ずかしいと感じるイタい時期は誰にでもあるわよねぇ」
そう言ってカメレオン先輩が今度は、ちらりと春乃先輩を見た。
春乃先輩は性懲りもなく笑いを堪えたまま「な、何か?」と聞き返す。
「まぁ、釣り合ってるんじゃないかしら? お似合いねぇ」
「あァんッッ!?」
鏡を取り出して自分と比べた直後の発言に春乃先輩が机をバンッ、と叩いて席を立つ。
短気だなぁ、自分のことになると。しかしいいぞカメレオン先輩、もっともっと!
「事実を指摘されて、すぐに逆上して怒鳴り散らすなんて……まったく。淑女の風上にもおけないわねぇ。せいぜい風下でアタシのお尻を見ながら見習うといいわよぉ。おそらく人生ではじめての彼氏ができて、舞い上がっているから落ち着きが足りなくなっているのでしょうけどねぇ。ダメよぉ、だってただでさえそれほど可愛くない顔がさらに可愛さを失っているんだものぉ、見てなさいこれがスマイルよぉ」
シャー、と。獲物を丸のみするように口を開いてカメレオン先輩が笑う(?)。
瞬間。春乃先輩がブチギレる寸前までいった気配を感じ、とっさの判断で先輩の両脇に手を入れて背中から抑え込む。な、なんてパワーだッ! 到底、俺では耐えられない!
それでも殴ったら後で面倒という理性は残っているのか、どうにか踏み留まっている。
「しゃっしゃっ、しゃ!」
一方でカメレオン先輩はのんきにそんな俺たちを笑っていた。こ、こいつ……。
「と、とりあえずそもそも先輩がここに何を相談しに来たのか全然伝わってこなかったんですけど、そのマーくんとやらを呼び出して話し合うべきだと思いますぅっ!」
「言われてもねぇ。今は絶賛ケンカ中で、ミーちゃんなんか大嫌いって言われてブロックされちゃってぇ。それから連絡が一切つかないのよねぇ」
などと抜かすため俺たちは渋々、マーくんを求めて校内を探し回ることになった。
カメレオン先輩いわく、普段この時間はイチャついていたので悲しんでいるマーくんは校内のどこかをさまよっているはずだという。
本当かよと思いつつ探すも中々見つからず、最終的には放送部へ話を通して迷子案内の要領でマーくんを校舎裏にある大きな花壇前に呼び出すことに成功したのだ。
「……絶対、両親も同じような外見してるわよね。それで小さい頃から可愛い可愛いって言われて育ったから認知が歪んでるの。見てる分には面白いけど関わると腹立つぅ」
「あ、言っちゃいますそれ。まぁ、言わなきゃ伝わんないこともありますけど」
「ぶっちゃけ一回、分からせてやった方がいいでしょ。あの勘違い女」
その一点に関してだけは完全に同意だった。やがてついに俺たちはマーくんと対面し、内心これからどんなくだらない話が……と落胆した瞬間のことである。
対面して開口一番。どことなくハダカデバネズミっぽい顔のマーくんが放った一言が、この相談の全てを一瞬にして解決させた! ありがとう!
「はっ、そんなイケてないふたり連れてどういうつもりなんだよ。もしかしてオレ捨ててそっちのやつに乗り換えるって話かよこれ。で、そっちをオレにって? 悪いけどオレ、ミーちゃんより冴えない女は眼中にないんだよね。帰ってもら――……」
それが今日、彼の最後の言葉になった。
いつかの殺人タックルのような音を鳴らしはじめた春乃先輩が、問答無用でマーくんを抱えて頭から花壇へのダンクを見事に決めたのである。
「マーくんっ!? 何するのよぉ、このおブ……」
ついでにミーちゃんも隣へと叩き込まれていく。人間が直立不動で花壇に突き刺さっているのは、中々にシュールな絵面だった。やり過ぎな気がしないでもないが……。
「ま、いっかぁ」
「でしょ?」
なんだか心がスッとして、俺たちは「えへへ」と笑い合う。
とはいえこんなところを誰かに見られたらさすがにやばい。さっさと去るべきだ。
しかし、突如として聞こえた声に俺は滝のような汗をかくはめになった。
「一体、そこで何をしているのかね?」
「え」
声に振り返るとジョウロなどを持った渋いおじさんが立っていた。用務員か?
いや、それにしては格好がきっちりしてる気がする。まぁ何はともあれ花壇の手入れに来たんだろ、くそ! けど見られたなら仕方ない。おじさんも始末するしかな――
「あ、校長先生」
「終わりだ……」
か、勝てない……権力が違いすぎる。絶望に沈み、高校生活の終わりを予感した。
「これは君達がやったのかね?」
「違います。あのふたりが勝手に頭から」
あまりに平然と、まるで今来たばかりのような態度で春乃先輩がしれっと答える。
(このクズぅ、性懲りもなくっ!?)
「そうなのかね?」
「え、あ……そ――……」
キリっとした眼差しを向けられ、俺は言い淀む。な、なんて答えるのが正解か。
いっそ先輩を売るか? いや、そうしよう! 弱みを握られて脅されてたんだ俺は!
「いやまぁ。どちらにせよ、んんんっううっ! すぅぅんばらしぃいっ! 見事かな!」
「――――ッ!?」
もしかしてこいつもヤバいヤツなのか、と。そう思った心に応えるように、校長先生は孫を出迎えるおじいちゃんみたいな笑顔で花壇に突き刺さった四本の足に頬ずりをした。
「我が校の基本理念である〝自立〟の精神をこれでもかというほどに〝自由〟な発想で、かつ全身全霊で体現するとはすんばらしぃっ! 君達こそこれからの世の中を担っていく世界に求められるべき人間っ! 我が校の真なる模範となるべき存在だッ!」
ん、大丈夫か正気か、この校長……。
目をキラキラさせるおじさんは、関わったら負けな雰囲気を醸し出している気がした。
「そうだ。君達。ちょっと記念に写真を撮ってくれまいかね?」
「あ、いいですよー」
「えぇ……」
結局。先輩が快くそれを引き受け、写真を撮り終えると校長は満足げに去っていった。
もちろん、あのカップルを引っこ抜くことはなく。今も花壇に突き刺さったままだ。
「先輩、なんだかよく分かりませんが今日も世の中のために働いちゃいましたね……」
「そうね、気持ちがいいことしたわね! じゃ、さっさと次いきましょ次っ!」
「切り替え早ぇー……」
とりあえず窒息で力尽きる前に引っこ抜き、保健医を呼んでその辺に転がしておく。
そして最低限の責任を果たした後。俺たちは空き教室に戻り、残りの投書を確認した。
「次はまともだといいんですけど……」
それぞれ一枚ずつ投書の内容に目を通していく。
そこに可愛らしい文字でつづられた純情を知り、俺は思わず胸が苦しくなった………。
「どう?」
「い、いいんじゃないですか? すごくまともです、こっち」
「そ? ちなみにこっちも。ちょっと見せて」
交換し、どんどん読み進めていく。
すると気がつけば、俺と先輩は自然と互いを見合っていた。
つい手を取り合って、俺たちは初めての相談経験を記憶から消し去って声をあげる。
「「そうだよ、こういうのでいいんだよ………っ!」」
間に合いそうもなく本日は投稿できません、申し訳ありません。(9月4日)




