パーフェクトコミュニケーション(殺意)
やっぱり飛び道具は卑怯ですよ。
クロスボウや魔法なんかに頼るなんて騎士の風上にも置けやしない。せめて槍までにして下さい、お願いします。
山羊頭一族は、狼の他にゴブリンと蛇が出て来た。
難易度調整的に三体までしか群れで出て来ないのは助かるが、ノーマルならノーダメプレイできたのに、ドクロヘッドになると被弾するようになってしまった。
「そろそろ引き上げ時か」
「そうね、これだけ調査すれば十分、と言いたいところだけど……もう少し、奥を見てみない?」
お、引き留められた。
ひょっとして高評価につきイベント選択肢が発生したか? ここで頷けば評価倍増の予感。
「何か理由が?」
「……流石に、これだけゴートスカルが発生しているのはおかしいと思ってね」
やや深刻そうな表情をするツィーゲ助っ人。
あれでしょ、この先に進むと強敵が出て来て、助っ人キャラがメインで戦うのを、俺がフォローするんでしょ。
ふっ、ゲーマーの勘が冴え渡るぜ。
「そういうことなら、こっちはまだ行ける。奥に進もう」
「そう、大したものね……。流石は孤高の冒険者と言ったところかしら」
「周囲が勝手にそう呼んでいるだけだ」
レベルは今でもまだ四だしね?
しかも、孤高の冒険者って、別に強さの称号には思えない不思議。
これまでと同じくひたすら森を進んで行く。
フラグが立ったから、多分なんか変化があると思うのだが……。
「あの黒ドクロは、邪霊が憑依したと言っていたな?」
「そうよ。邪法で呼び出して周囲の魔物に憑依させるの。邪神官や悪魔が使う秘術ね」
「その犯人、あれじゃないか?」
森の奥に、黒い山羊ドクロをかぶった人影がいる。
見るからにダークサイドです、みたいな黒を基調とした神官服に、角か骨を加工したらしいねじくれた杖。
あれで邪神官ではありませんって言われたら、俺はツィーゲさんも信用できないよ。
「……そうみたいね。今度の戦いは、私も手を出すわ」
「当たれば一発で終わりそうだな」
「当たれば、そうなるわね」
え、意外と不安そうな台詞が返って来た。
なに、こんな序盤からそんな強い敵を出すつもりなの? じゃあ、俺も慎重に動くことにしようかな。
邪神官だと、やっぱり魔法系だよね。
これまでの黒山羊一族から察するに、状態異常系の魔法を多用すると見た。
星見トカゲのバフ効果はまだ続いているから、そんなに恐くない。問題は、単純にダメージ重視の範囲攻撃があった場合だな。
低レベルソロで強敵とやり合う際、一番困るのは避けられない攻撃だ。範囲攻撃とか俺の天敵ですよ。
ダッシュで逃げ切れる範囲攻撃なら良いのだが……。
「初撃は譲ろうか?」
ツィーゲさんが一発かましてくれればそれで解決だと思うけど。
「いえ、マウスさんがどうぞ」
ふむ。その辺はやっぱりゲームであって、この人はあくまで助っ人ってことか。
仕方なし、行くとしますか。
身をかがめて、茂みから茂みへと移動する。
他の雑魚には、隠れるのも面倒だと正面から進んで戦闘突入していたけど、流石にボスキャラっぽいのには気を遣う。
邪神官の移動ルートを見て、周囲のオブジェクトを見て、自分の手札を考える。
レベル四になって、スキルも増えている。まあ、低レベルだから基本的なのばっかりだけど。『スマッシュ』の他に、一発で二発分のダメージを与える『ダブルインパクト』、連続攻撃中に効果が持続する微ディレイ効果のある『コンボ・コネクター』を習得した。
『コンボ・コネクター』は、低レベルでゲットできる超優良スキルだ。
いわゆる最後まで使えるってやつ。前回も前々回も大変重宝した。
これを発動して殴ると、敵の動きが若干鈍る。これが微ディレイ、効果が累積して敵が動けなくなるーってことはないが、コンボを繋ぎ続ける限り、二発目にも十発目にもこの効果は乗り、敵の動きを妨害し続けられる。
つまりプレイヤースキル次第で、「貴様が死ぬまで殴るのを止めない」がしやすくなるのだ。
リーチが短い武器は、相手によっては接近できずに殺される、ってことも少なくないから、一度接近に成功したら大ダメージ与える権利を上げよう! というバランス調整を感じるスキルだ。
なお、調子に乗ってスタミナゲージが尽きるまで殴り続けると、防御も儘ならず会心の反撃を食らう模様。
今回は、これを上手に組み合わせて、敵を倒していきたいと思います。
まず、茂みに身を潜め、うろうろしている邪神官を待ち受けます。
一息に飛びかかれるところまで来たら、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばします。
この時、吹っ飛ばす先に木を用意しておきましょう。木にぶつけることによって追加ダメージを稼ぐと共に、後ろへ逃げるという選択肢を潰します。
相手が状況を認識し、反撃に移るより先に、『コンボ・コネクター』を使用しながら連打、連打、連打、連打だオラァ!
あー、スタミナが圧倒的に足りなぁい!
スタミナゲージがすぐ減る、がりがり減るぅ!
もっと殴りたいのに!
まだまだ殴りたいのに!
低レベルのスタミナが、それを、許して、くれなぁい!!
と言う訳で、スタミナが切れる前に、余裕を持って『ダブルインパクト』を使用してコンボを締めましょう。
欲張りすぎると前々世のマウスさんみたいに激オコの敵の前で棒立ちになっちゃうぞ!
やっぱり、スタミナ消費軽減系のスキルとかバフとかがないと爽快感が足りないね。
スタミナ問題が解決すると、この手のスキルすっごい楽しいんだけどなー。
黒い山羊ドクロに二倍ダメージが入る右ストレートをぶち込む。後ろの木で後頭部を挟む形なのでさらにダメージ計算が上がる。
かなり攻めたけど、流石にこれで死ぬとは思わない。このクエストの実質ボスキャラでしょ、この邪神官。
反撃に警戒しつつ、スタミナの回復を図る。
見た目が魔法使い系に後退はしない。
遠距離攻撃されながら接近するの面倒じゃん? まだスタミナに余裕はあるから、こいつがちょっとでも動いたら弱パンチ入れて行動潰してやる。
基本的に、俺はガードを上げて構える、ということをしない。
元々格闘技とかやったことないから、それっぽい構えだけ真似るっていうのが恥ずかしいって意識がある。
軽く握った拳を下げ、ガンつけるような格好で邪神官の動きを待つ。
超至近距離で早撃ちの合図を待つような緊張感。
時間の感覚が曖昧に引き延ばされ、集中力の高まりを感じる。
じゃらり――という鎖の音が、その集中力に障った。
ツィーゲが動いたんだ、と察した。
このタイミングで何故、と考えた。
敵と自分の立ち位置、鎖の音から想定されるツィーゲの立ち位置、周囲の障害物の配置……ヤバイ、と感じた。
一歩を前に踏み出す。
動け我がプレイヤーキャラクター!
動くな邪神官!
唸れ俺のプレイヤースキル!
前に踏み出した右足を邪神官の膝に乗せる。
次の一歩を踏む左足で、邪神官の鳩尾を踏みつける。
後もう一歩! 邪神官の膝を蹴った右足を、今度は肩に乗せて、敵キャラを駆け上がる。
垂直の梯子を勢いつけて駆け上がるような動きだ。
物理エンジンはゲーム内でも実直に作用反作用を計算している。動作の中で、俺は斜めに傾いて、仰け反り、宙返り。
天地逆転した俺の顔の下を、致命的な速度で鉄塊がかっ飛んでいった。
ツィーゲの鎖分銅だ。
エクスマウスを仕留め損ねた攻撃は、邪神官を濡れたティッシュペーパーみたいに突き抜け、木をへし折ってなお直進する。
自然破壊音を聞きながら見事な三点着地を決めた俺は、すぐには立ち上がらず、今の状況を冷静に振り返る。
――うおおおおおお、アドレナリンやべええええええ!?
今の動きよくぞやり切った!
全俺からのスタンディングオベーションが鳴りやまない!!
このプレイ動画を永久保存版にすることを決めながら、俺はゆっくりと立ち上がり、後ろを振り返る。
そこにいるのは、もちろん、ツィーゲさんだ。
おかしい、助っ人キャラがフレンドリーファイアで殺しに来ることなんてある?
エクスマウスの覆面の下で、ひっそりと俺が首を傾げていると、分銅を投げたと思われる右腕を下ろして、ツィーゲが笑った。
目も口も、三日月のように細めた妖しい笑みだった。
「なんだ、やっぱり気づいていたのね?」
なにを?
聞き返しかけた言葉をぐっと堪える。
まあ待て、まあ待て。
今の俺は孤高の冒険者エクスマウスだ。強キャラムーブしとこう。
ええと、ええと、なんて返そう。
こういう時、もったいぶるキャラは……とりあえず同じことを言い返す!
「そっちこそ、気づいていたか」
「ふふ、流石にね」
ビンゴォ!
会話が進んだので、いそいそと状況をツィーゲさんから聞き出す。助っ人キャラなんだから教えて教えて。
「いつ気づいた?」
「だって、私の戦闘を見て手札を確認したり」
調査地点に着く前に、戦ってるとこ見せて、っておねだりしたあれのことかな?
「調査は十分と言っても帰らなかったし」
そんなこと言われたっけ? ちょっと記憶にないです。
「どうやったのか状態異常対策もしていたみたいだし」
星見トカゲさんは今回のMVPっすね。
「邪神官を私に攻撃させようとしたでしょう?」
ボスキャラへの初撃は、とりあえず一番攻撃力のあるやつが良いかなって思っただけなんだけど……。
「そしたら案の定、今の完璧な不意打ちをかわされちゃったわ。私を敵だと疑ってないと、かわせないはずよ」
なるほど、なるほど。
把握。
ツィーゲさん、これ、助っ人キャラじゃなくて、敵キャラでござるな?
「そっちは、いつ気づいたの?」
「か……確信が……。んんっ、そう、敵だという確信が、あったわけではないな」
嘘じゃないよー。最後まで気づいてなかっただけだもの。
「ふふ、流石は孤高の冒険者と言ったところかしら? 誰も信用していないのね」
「マウスは、臆病なものだ」
「臆病? こんな深くまで足を踏み入れておいて、面白いことを言うのね。ここまで見られたら、生きて返せないじゃない。後に取っておいてあげようと思ったのに、残念だわ」
気づかなかったけど、分岐あったっぽい。
途中で引き返せば、その後もしばらく助っ人キャラでいたとか、そういう感じかな。
「謝った方が良いなら、謝罪しよう。ただ、疑問なのだが……」
「ええ、なに?」
「帰りが危ないのは、ツィーゲの方だろう。俺は帰って星見トカゲを食べる予定だが、お前が夕飯にありつくのは……無理だと思うぞ」
「口が達者なのね、マウス」
一瞬、ツィーゲの笑みが落ちた。声から感情が消える。
いいね、美人の真顔の迫力はぞくぞくする。
「そういえば、デートのお誘いを受けていたわね」
笑みと感情がツィーゲに再装填された時、それは殺傷能力を備えた凶暴性に満ちていた。
「ああ、こんなに早く叶うとは思わなかった」
答える俺の声も、つい笑ってしまう。途中経過はもうどうでも良いことだ。
結果的にパーフェクト・殺し合い・コミュニケーション! やったぜ!
「初撃は――」
呟きながら、ツィーゲの右腕が手招きするように引かれる。
鎖が巻き付いたその動きは、投擲した分銅を引き寄せることになる。
伏せた頭の上を、風圧が抜けていった。
「そちらに譲りましょうか?」
よく言うぜ。
今のとさっきので、実質そっちが二手攻撃してるじゃないか。
「いや、初撃は譲る。代わりにラストアタックを貰おう」
ツィーゲの笑みが深くなり、唸りを上げて分銅が振り回された。