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対話してみた3

「じゃあ、あれは私が相手するわね」


 わくわくうきうきしながら歩けば、エンカウントなんかすぐだ。

 今度は狼が五匹。ツィーゲがじゃらりと音を立てて前に進み出る。


 さあ、どんな戦闘を見せてくれるんだ。

 やっぱり、初手は鎖を伸ばして遠距離から分銅を投げつけるんだろうな。


 じゃらじゃらという鎖の音に、くすりと、女の笑い声が混じった。

 次に聞こえて来た鎖の音は、さながら蛇の威嚇音だ。これから捕食者が行くぞ、お前を捕らえて食らいに行くぞ。

 そんな音と共に、ツィーゲは駆けていた。


 大槌のような分銅を細い指で握り締め、五匹の狼の群れに向かって前進一直線。


「マジか。投げるんじゃないのか」


 神官お姉さんの初手は、まさかの鉄塊による殴打だった。

 間違いなく高レベルであろうお助けキャラの一撃に、レベル一が勝てるようなモンスターが耐えられるわけもなく、即死。

 右腕を振るえば、腕に絡んでいた鎖が解けて、身を回せば胴体に巻き付いていた鎖が離れて、分銅の捕食領域が増していく。

 狼達に囲まれた状況では、大蛇がご馳走に向けて鎌首をもたげたに等しい。その顎が二匹目、三匹目を瞬く間に噛み潰す。

 四匹目と五匹目は、三匹の犠牲でようやく逃げる行動に移った。

 それぞれ別々の方角に走った辺り、赤目の狼は戦術行動のレベルが高く設定されているのかもしれない。


 どちらを狙うか、ツィーゲは迷わなかった。

 振り回す分銅がたまたま近かった方を叩き潰し、もう一方には舌を向けた。


「『その体は石の如く(レ・アーナ・ニシィ)』」


 逃げる狼の背中が、黒い靄に包まれて、バランスを崩したように揺れる。状態異常を受けたエフェクトだ。

 どうやら、ツィーゲの魔法らしい。

 聞いたことのない呪文だ。俺がこのゲームから離れた後に実装されたやつか、あるいは……このゲーム、油断するとプレイヤーにもNPCにも、オリジナルスキルや魔法が生えたりするから、それか。


 狼が見るからに走りづらそうにしている辺り、速度低下系のデバフか、足回りに影響の出る麻痺の類の効果を受けたらしい。

 圧倒的格上相手に、足回りに問題が出てしまえば――余裕たっぷりにツィーゲが鎖を操り、鉄塊に風を引き裂かせる。

 旋回した蛇の頭は、丸呑みにするように最後の狼を粉砕した。


「こんなものかしら」


 終わりを告げた神官が、軽く右腕を振るいながらくるくると身を回す。

 凶悪に敵の命を貪った鎖分銅が、主人の命に従うようにその肢体に絡みつく。


 それが武器の収納モーションなの? はあ~っ、ちょーかっこいいじゃん! 最高かよぉ!

 使ってみたいわ~!


 内心、地べたをごろんごろん転がって悶絶しているが、今の俺は孤高の冒険者マウス。

 それらしく感嘆を表現しなければ。


「興味深い。見られてよかった」

「ふふ、ありがとう。……でも、言葉の割に不満そうね?」


 そりゃそうだ。俺は戦うのが好きでゲームをやっているんだ。

 目の前であんな暴れっぷりを見せられたら、一発殴ってみたくなるだろ。


 あー、ソロプレイだったらお尋ね者になるのを覚悟で殴りつけるんだが、それやったらシシ丸を筆頭にめっちゃ怒られるんだろうなー!


「戦うのが好きな身としては、すぐにでも戦ってみたいと思ってな。依頼を受けていなければ、と口惜しく思っただけだ」


 欲望をぐっと抑えて、マウスにそう喋らせる。


「あら、素敵なデートのお誘いだわ。その時は、楽しみましょう?」


 はあー!? この人もバトルジャンキー設定かよー!

 なんで神官服着てんだよもうギャップありがとうございますー!


「では……さっさと依頼を片付けるとするか」


 こーんな好みドストライクのキャラに同行されると、ロールプレイが剝がれそうだから駆け足で済ませようぜー。



****



 調査地点に入り、イベントクエストスタートの合図が出たらいよいよ本番だ。

 最初は街道と同じ狼が出て、それを倒して進むとゴブリンが出て、たまに蛇が奇襲を仕掛けて来る。何も問題はない。

 駆け寄って、殴って、はいお終い。

 数が多くても駆け寄って、殴って、駆け寄って蹴って、駆け寄って投げ飛ばして、はいお終い。


 敵の強さは、まあチュートリアルと変わらんな。

 ネックになるのは、敵の戦力よりも、自分のステータス、スタミナゲージだ。

 長時間、街を離れれば離れるほど、戦闘を重ねれば重ねるほど、最大値が減少していく。安全じゃない場所で心身の疲労が溜まっている、という状況を再現しているんだろう。


 低レベルで、スタミナを補助するスキルもない今のマウスだと、これは結構辛い。

 死にはしないが、戦闘中の行動に問題が出る。多分、そろそろ引き返すことを考えねばならなかっただろう。

 でも、今のマウスは、スタミナゲージがまだたっぷり残っていた。


(食べてて良かった星見トカゲ)


 あれは当たりアイテムだった。使用したことでくっついたスタミナ回復のバフが予想以上に効いている。

 最大値の減少もマイルドだ。滋養強壮というフレーバーテキスト通り、あれ一つ食べただけで元気一杯らしい。

 レア度が高そうなアイテムであったことと言い、値段と言い、今回のクエスト用のボーナスアイテムだったのだろう。

 あの広場には、同じようなアイテムが他にもあったのかもしれない。


(ということは、NPCと話をしなかった前回と前々回のプレイで、俺は相当縛りプレイをしていたことになるのでは?)


 ソロプレイをするにしても、NPCと会話くらいしてね、というゲームだったわけだ。

 まあ、昨今のゲームには多いやつだ。それを承知の上で、俺はあのプレイスタイルなんだから仕方ない。

 たまにはNPCと協力するのも悪くない。そう考えて、助っ人キャラのツィーゲを振り返る。


「調査としては、特にここは普段と変わりはないんだな?」

「ええ、ここでは珍しくもない魔物。数も、こんなものよ。調査依頼なら十分じゃない?」

「ふむ……。いや、まだ余力はあるし、もう少し調べてみるか」


 まあ、最初のクエストとしてはこんなものだよな。

 そう思いつつ、星見トカゲのおかげで余裕がある分、行けるところまで行ってみようと進んでいくと、登場モンスターが変わった。


 狼。

 狼には違いない。

 だが、頭になんか骨をかぶっている。

 なんだあれ?


「牛の頭蓋骨?」


 狼にも十四歳なファッションセンスに取りつかれる時期ってあるの?


「いえ、山羊よ。角の形が、ほら、山羊でしょう?」

「……生憎、畜産には食うこと以外に興味がなくてな」


 ちょっと恥ずかしいじゃん。ともあれ見たことのない魔物だ。


「ツィーゲ、あれについて知ってるか?」

「スカルゴート……邪霊に憑依された魔物ね。あれは狼だから、スカルゴート・ウルフというところね。あと、骨が黒いからブラックスカルゴート・ウルフでもある」

「へえ、強いのか?」

「ただの狼よりはかなり」


 それは楽しみだ、と言うより先に、山羊頭が戦闘態勢に入った。

 なんか黒い頭蓋骨の中で目に青い炎みたいなものが光るのだ。カッコイイ。


 次の瞬間、「ただの狼よりかなり強い」とツィーゲが答えた理由がわかった。

 影が凝り固まったような紫紺の棘が、矢のように眼前に迫る。頭を振って回避したが、舌打ちが出た。


「魔法を使うのか」


 飛び道具は反則だろ。こっちは素手だぞ。

 しかも、敵は初登場から二体である。紫紺の棘が撃ちだされるのを待っていたら不利だ。

 真っ直ぐ突っ込まないようフェイントを入れながら、間合いを潰す。

 もう一度、棘をかわしてようやく殴れる距離になる。


「頑丈さはどうだ!」


 魔法用にステ振りされていたら柔らかいはず。

 あ、待て待て、邪霊が憑依とか言ってなかったか。憑依だから肉体を壊せば倒せるはずだよな?

 本体は邪霊だから魔法ダメージしか受け付けないとか、こんな序盤でやらないよな?

 物理無効は絶対やめろよ!

 物理耐性までなら許す!


 左ジャブ(らしきもの)でお洒落なブラックスカルを殴りつけたら、普通の手応えがあってホッとする。

 敵のHPゲージは見えないが、ダメージエフェクトがあったので間違いない。


「殴れば死ぬなら問題ない」


 魔法の発動は、目の青い炎がぶわっと光量を増すから事前に察知しやすい。

 撃つタイミングさえわかれば銃撃だってかわすのは簡単なことよ。

 そう、フルダイブゲームならね!


 ふはは、今時のゲーマーたるもの、こめかみに銃口を突きつけられた程度で動揺などせんぞ。

 その状態から逆転する練習を何度もする羽目になるからな。

 実質俺はアクションスター。


 でも、流石に二体でバラバラに撃たれるとたまに発動を見逃すね。一匹倒し切る直前に一発貰ってしまった。

 ダメージ自体は微々たるものだが、なんか状態異常のエフェクトがかかった。

 これ状態異常系の魔法なのか、色合いも毒々しいし、ちょっと納得。

 でも効かない! 食べてて良かった星見トカゲ、状態異常耐性も良い仕事をしてくれる。


 なるほど。このクエストは、高評価を取るのは難しいけど、あのボーナスアイテムがあれば割と簡単って仕組みだったか。

 これは最高評価いけるかな?

 魅惑のタヌキの皮算用をしながら、山羊骨狼の二体目も殴り倒す。


「確かに、ツィーゲの言う通り強かった」

「ふふ、そうでしょう? 毒、貰っちゃったんじゃない?」

「ああ、状態異常つきの魔法だとは思わなかった」


 そして、付与される状態異常は色合い通り、毒だったのか。


「一度、戻った方が良いんじゃない?」

「いや、行けるところまで行ってみよう」


 毒食らっていたら毒消しを持ってないから頷くけど、毒食らってないからね。

 問題なし。


「そう? 私はそれでも構わないけど……」

「この辺からは、あの黒ドクロが多いのか?」

「ええ、最近はね」

「歯応えが出て来た。楽しませて貰おう」


 ゴツリと拳を打ち合わせ、森の深みへと足を踏み出す。

 エンジンかかって来たぜ。

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