対話してみた2
神官お姉さんは、振り向いて固まったプレイヤーキャラクターに、はんなりと笑みを浮かべた。
「ガルムさんのことは覚えていますか? 冒険者ギルドでお会いしたと聞きましたけれど」
「ああ、ガルムの知り合いなのか」
「ええ。彼はああ見えて面倒見が良い人でして」
そんな感じのキャラだよね。
なんだかんだ文句つけてくるけど、ピンチの時に助っ人参戦してくれそう。
「多分わかる。先輩と呼んだら喜んでいたぞ」
「まあ、それは嬉しかったでしょうね。彼、顔が恐いから懐かれないのが悩みなの」
ふふりと笑う美人のお姉さん。
この部分の動画を見せたら狂喜乱舞しそうな部員の顔が浮かぶ。
「それで、その先輩の知り合いが何か用か?」
「ええ。不慣れな土地の調査依頼なんて大変でしょう? ガルムさんが、暇だったら付き添って欲しいって……すごく遠回しにお願いされたの」
まあ、真面目に考えると、通常時を知らないのに何をどう調査しろってのよ、って話になっちゃうもんね。
ゲームだから平気じゃろ、って思ったけど、フォローを回して来たのか。
「そういうことなら、先輩の顔を潰すわけにはいかないな」
「そう言ってくれるとありがたいわ。ああ、ガルムさんには内緒にね? 話しても恥ずかしがって惚けるだけだと思うから」
わかった、と頷く。
俺も、強面おっさんが照れて赤面した顔を見て喜ぶ趣味はない。喜びそうな部員の顔が何個か浮かんだけど、そっちはスルーしよう。
俺のダメージがひどい。
「あ、まだ名乗っていなかったわね。私の名前はツィーゲ、よろしくね」
「知っているようだが、俺の名前はエクスマウス。長いだろうからマウスで良い」
差し出された神官お姉さんの手を握る。
リアルでこんな美人お姉さんと手を握るのならめっちゃ緊張するけど、これゲームだからね。体の感覚ももやっとしているから、「あ、本物じゃないじゃん」って制限がかかるのだ。
手を握っているのはわかる。
なんとなく温かいのもわかる。なんとなく柔らかいのもわかる。良い匂いがするような気もする。
それっぽい感じだけね。
フルダイブゲームは、慣れれば慣れるほど思い通りにプレイヤーキャラクターを動かせるけど、器用に動かせる人ほど「これはゲーム」という意識も強かったりする。
つまりまあ、何が言いたいかと言うと、いくら綺麗なお姉さんが相手でも、このマウス、簡単にNPCに惚れたりせぬぞ!
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「基本的に、手は貸さないようにするわ。私の受けた依頼ではないから」
お助けキャラっぽいツィーゲの台詞に、俺は頷く。
「こちらに向かって来る敵については、自衛させて貰うわね。これでも実力はあるつもりだから、こちらの心配はしなくて大丈夫よ」
そう言ってツィーゲが取り出したのは、鎖付きの鉄塊である。フレイル、というよりも、鎖分銅の凶悪版に分類されそう。
敵に投げつけるだろう鉄塊部分が地面に落ちると、ちょっとだけ地面が凹んだ。
うっそでしょ、それ振り回して戦うの貴方。
じゃらりと獲物を待ちわびるような音を立てる長い鎖を、ツィーゲは細い体に巻きつける。
どこがとは言わんけどスラッシュ状態。すごいスラッシュ状態。
そのためのグラマラスボディ、そのための武器チョイスか!
デザイン担当は天才かよぉ!
あかん。惚れてまう。
綺麗なお姉さんに外連味たっぷりの武器、しかもゴツイ鈍器とか……反則でしょ。
こんなん嫌いな男子高校生、俺の世界にはいないよ。
これはいよいよ重要キャラだぞ、この人。下手なことできんな。
「その武器、やはり特注か?」
森に向かいながら、じゃらりじゃらりと音を立てる凶器をちらちら見てしまう。
尋ねると、鎖を撫でながらツィーゲは微笑む。
「ふふ、これだけ大きくて長いものはね?」
「だろうな」
長い鎖をスリングバッグのように体に巻き付け、分銅――というより大槌――は腕に鎖を絡めながら、華奢な指にがっちりと掴まれている。
分銅がついていない方は短剣がくっついていて、腰元の鞘に納められた状態だ。
「でも、もっと小型の、そうね、普通のサイズは売っているわよ? 珍しい部類ではあるけれど」
「扱いが難しいだろうからな。そのサイズならなおさらだろう」
「そういうことね」
うずうずする。使ってみようかなー。
いつものソロプレイだったら、使いこなせないロマン武器は溜息を吐いて諦めるところだけど、今回はマルチだ。
戦闘力が落ちることに目をつむって、ちょっと振り回してみるのも許されたい。
流石に特注品だというツィーゲのビッグサイズは我慢するとしても、普通の鎖分銅くらいなら、ちょっと使ってみたい。
「マウスさん、お出ましよ?」
俺の目線を吸い寄せてやまない凶器が伸ばされた先に、狼がいた。三匹。
「む、敵か。ここはまだ調査地点ではないよな?」
「ええ。森にもうちょっと近づけば、調査の範囲内と言えるでしょうけど。それでも一応教えておくと、この辺りに普通に出る魔物ね。レッドアイよ」
確かに赤目の狼だ。サイズは中型犬くらい。
序盤に登場する雑魚エネミーのバリエーションの一つだろうけど、徒手空拳との相性が悪い。この手の四足歩行は、その姿勢の低さからリーチが短い武器では攻撃しづらいのだ。
軽く拳を握って戦闘態勢に入ると、赤目の狼が走り出す。
三匹ながら鏃のように三角陣形を作って突っ込んでくる辺り、本編最初のエンカウントにしては難易度高めな気がする。
ここでゲーマークイズ!
こういう包囲攻撃に遭遇した場合、最も適切な対処方法は一体なにか!
一、三十六計「逃げる」コマンド。残念、回り込まれてしまった!
二、その場に留まって「反撃」コマンド。三対一だと怪我すると思うけど頑張れ!
三、接近前に削る「遠距離」コマンド。あ? そんなもんねえよ!
四――ネタバレするとこれが正解だ。
「突撃……!」
包囲しようなんて敵は、中央突破してぶちのめしてやりゃ良いのだ!
ていうか三対一なら陣形なんか関係あるか、一対一を三回やりゃ良いんだよオラァン!
あ、真ん中狼テメエ、ちょっとビビッて速度緩めるんじゃない。
お前が遅くなったら両脇の二匹が前に出て両翼包囲的なサムシングが完成するじゃないか。
ハンニバルか貴様!
(ならばこちらはスキピオ……!)
リメンバー・カンナエ。
塩まいてやるぜカルタゴ。
我ながら意味不明なテンションのパワーによってさらに加速して(普通に一歩目から二歩目の踏み込みで速度が乗っただけ)、フルスイングで拳を振り下ろす。
ここで物理エンジンを利用した小技を紹介。
攻撃によって吹っ飛ばし効果が発生した際、対象が壁や地面に接触することによって計算上の飛距離を飛べなかった場合、余剰エネルギーはダメージに換算される。
はい、現在、真ん中狼君は地面と拳に挟まれて、吹っ飛べる距離はほぼゼロです。
打撃系の攻撃は吹っ飛ばし効果が高めに設定されており、さらに俺は吹っ飛ばし効果のある「スマッシュ」を使用します。
この時の真ん中狼君の運命を答えよ。
「必殺!」
ズンと地面に打ち込まれる鈍い衝撃。
俺の拳が捕らえていたのは真ん中狼君の頭部、クリティカル判定でダメージ計算はさらに膨れ上がる。
システムが出した判定は頭部粉砕。真ん中狼君は、エフェクトを上げて一撃消失だ。
手応えや視覚的なグロは、ちゃんとゲーム的になっている。
まあね、誰だってデカイ昆虫モンスターも出て来るようなゲームで、リアルな手応えとか感じたくないでしょ?
想像しただけで全身がかゆくなる。
右側狼君が慌てて飛びかかって来たのをかわして、左側狼君が飛びかかって来るのもかわして、尻尾をキャッチ。
ふふふ、左側狼君、覚悟は良いかね?
今から君は、このマウスの鎖分銅になるのだ!
キャインと可愛らしい悲鳴を上げる左側狼君を大きく振りかぶって、右側狼君に襲いかかる。
「え? こんな状況なったことない、これどうしたら良いの!?」みたいに尻尾を丸めている右側狼君、そういう時はとりあえず突撃すれば良いと思うよ!
転生【リポップ】したら、是非そうしてみてね!
優しく教えてあげながら(ただし一言も発していない)左側君で右側君を滅多打ちにする。
徒手空拳の何が好きって、大抵のゲームにおいて、この手の攻撃が投げ技判定になるところですよ。
つまり、狼を鎖分銅代わりに振り回すと、徒手空拳のスキル補正とか装備品補正が何気に入るの。
「まあ、こんなもんだな」
エフェクトを上げて消失した狼君達に別れを告げる。
このゲームのアイテムは自動ドロップ自動回収式だ。ポケットの中のアイテムリストに勝手に入っている。
討伐証明用として使われる耳、換金素材としての毛皮はともかく、一つだけ手に入った尻尾はあれかな、左側狼君、君なのかい?
ちょっとだけアイテムリストに黙祷をしてから、お助けキャラ・ツィーゲさんを振り向くと、パチパチと拍手で評価してくれた。
「お見事。この殲滅速度で無傷だなんて、なるほど、遠くの冒険者なのに噂が聞こえて来るわけだわ」
「褒めて貰えるのは嬉しいが……」
レベル一なんだよなぁ、このキャラ!
あ、いや、今の戦いでレベルは上がった。二です、レベル二になりました!
つまり、今の俺は……雑魚です!
「ふふ、孤高の冒険者は意外に謙虚なのね。それに、あの狼を振り回しての攻撃、ひょっとして私を意識してくれたのかしら?」
じゃらりと音を立てて首を傾げるツィーゲに、俺は肩をすくめる。
もちろんですとも!
「興味があるのは確かだ。時に、ツィーゲ。ここが調査地点ではないのなら、俺が戦わなくても依頼には差し障りはないはずだな?」
「あら? そう言われてみれば、そうなるわね?」
「少しばかり、貴方の戦うところが見てみたい」
そのカッコイイ武器で暴れ回る姿を、是非見せてくれたまえ!
笑う俺に、綺麗なお姉さんもまた、楽しげに口の端を吊り上げた。
なお、俺の方はほぼ顔の露出がないものとする。