対話してみた1
なんやかやあって――最後の方は一人で別ゲーやっていることがバレて俺が責められた――ようやく本編スタート。
まあ、このエタソンというゲーム、最初にゲームホストが開いたゲームに参加すれば、別に同時にゲームをしたり、パーティ組んでゲームしたりしなくても良いんだけどね。
バラバラに行動していれば、それはそれでゲームAIが良い感じに調整してくれる。
例えば、俺が依頼を受けて強い魔物を倒したら、貴族プレイしているシシ丸の方にはその土地の復興に絡んだイベントが発生する、みたいな感じ。
(俺はいつもソロプレイだったので本当かどうか知らんけど。)
一番シナリオに影響を持っているのは、もちろんホストのユッキーのロールプレイだ。
ホスト特権で、おおまかなシナリオの要望もできる。「皆で協力して国盗りしたい!」って神に伝えたそうだよ。
これで国を奪うことに成功したら、一部では邪神扱いされそうだけど、大丈夫か、エタソン神。
でも、俺は他の誰がなんと言おうと、あなたを崇めよう。
別データでモンスタースタートして貰う予定だし。力をくれるなら、俺は邪神だって迷わず崇めるよ。
視界がぼんやりと明るくなって、景色が浮かんで来る。
結構大きい建物のドアを、体が自動操作で開ける。
正面には受付窓口があって綺麗な女性陣がお待ちかね。左右を見渡すと強面成分が多い武装民達。
そうだね、冒険者ギルドだね。
割と清潔だし、雰囲気も明るい。
エタソンは狙っているユーザー層がライトゲーマーも含んでいるから、あんまり奇をてらった舞台設計をしていない。
その代わり、シナリオカスタムの方でヘビーユーザーまで満足させる、っていう方針だ。スラム街スターダムとか、どちらかというとマニアック向けだろう。
強面共の視線に「やんのかオラァすっぞコラァ」とご返事差し上げて戦闘に持ちこみたいのだが、まだムービー中らしく自動的に綺麗な受付嬢の前まで進む。
「ようこそ、イデルの冒険者ギルドへ。当ギルドのご利用は初めてですか?」
ここで声を出して返事するのは三流、頷くだけで返事するのが二流。
一流は、ポケットに手を入れてアイテムリストを表示、冒険者カードを選んでテーブルに放り出すことで華麗に会話スキップ。
このエクスマウス、孤高の冒険者という設定なので、冒険者ギルドには登録済みだ。
初回プレイはそんなこと知らなかったので、受付嬢と会話を余儀なくされた。
「ではお持ちの冒険者カードをお見せ下さい。お持ちでない? ポケットにあるのをお忘れなのでは?」とアイテムリストの使い方を丁寧に説明された屈辱。
その辺はゲーム開始前にちゃんと説明を読んでたよ! でもスタート時点から身分証明アイテムを持ってると思わなかったの!
冒険者カードを確認した受付嬢が、わずかに目を大きくする。
「これは……エクスマウス様ですね。お名前は当ギルドでも聞き及んでおります。優秀な冒険者をお迎えできたこと、嬉しく思います」
真にぃ? このキャラ、さっき生まれたばかりでござるよぉ?
ゴブリン十体しか討伐してないのにぃ?
なんて心の中で遊びながら、ここからはちゃんと会話しなければならない。
いつもの戦闘メインムーブでプレイするのは、ゲームホスト・ユッキーにとってよろしくないと、他の部員からも圧力かけられた。
まともにNPCと会話するのなんて久しぶりだなあ。
あ、緊張して来た。
ええと、孤高の冒険者だと、いきなりフランクなのはよくないよね。
「ンンッ! まあ、それほどでもない。単に戦うことが性に合っていた、とかそういう感じだろう。こちらでも、そう、荒事をメインに、活動すると思う…………えー、早速だが、何かあるだろうか?」
あーっ、心の肩がこるぅ!
そうだよ、NPCとの会話が苦手なんですぅ!
開き直って素のままでNPCと向き合うこともできず、かといって演じようとしても照れとかが出ちゃうんですぅ!
ごめんなさいねえ、十四歳を卒業した思春期なんですぅ!
とりあえず、このストレスを発散したいので戦闘イベントください。
「申し訳ございません。エクスマウス様であっても、当ギルドに異動したばかりとなると、新人ランクからのスタートとなります」
強者ムーブしてるけど、レベル一だし、強くてニューゲーム搭載のゲームじゃないし、始めは簡単なクエストからになるよね。
「とりあえず、戦えればなんでも良い」
じゃあ、できる範囲で戦闘イベントください。
おねだりしたら、受付嬢が引きつった顔を作って、お噂通りですね、と呟く。
あ、これだと結局、戦闘ばっかりのキャラ付けされそうな感じ?
「いや、待った。そう、そうだな……もう少し、視野を広げるように言われていたから、たまには血生臭いことから離れて……。孤児院とか、冒険者になる子達が多いと聞く。その訓練なんかどうだろう?」
咄嗟に、お塩さんに絡めるルートを閃いたぞ。
これはファインプレイなのでは?
「申し訳ございません。そういった依頼には、もう少し当ギルドでの信用を積み立てる必要がありまして」
「ええ……」
これひょっとして、ゲーム的な都合で、合流までいくつかステップが必要な感じ?
「まあ、そういうことなら……。何かお勧めはあるだろうか? 人との交流は得意ではないが、依頼となれば頑張るつもりだ」
面倒になったら神に丸投げっすよ。
良い塩梅で頼む。後、戦闘以外やる気もアピールしておく。
「では、依頼をお調べいたします。少々お待ちください」
受付嬢の手元にある依頼書の束が開かれる。依頼書の形で、神がイベントの生成に入った模様。何がでるかな、何がでるかな。
「おいおい、随分と生意気な新人じゃねえか」
おっと! 新人に絡んで来る、ガラの悪い冒険者が、あらわれた!
お約束といえばお約束だけど、これは予想していなかった。
いきなり真後ろに生えたのでめっちゃ驚いたけど、大丈夫。
俺、マイキャラは基本的に顔を隠す派だから、表情には出ない。顔の下半分はマフラーを巻いてるし、上半分はネズミモチーフのマスクをつけている。
ゆっくりと後ろを向いて、受付カウンターにもたれかかるようにチンピラ冒険者を見上げる。
見上げるような巨躯に厳つい強面だが、俺のメインゲームの一つは巨大な魔獣と戦うというものだ。
見た目でビビらせるには、大きさと凶暴さと禍々しさが足りないぜ。
「新人が生意気だと、何か問題か」
「新人用の低ランクなら問題ないが、急に上位の依頼を持って行かれると、いつも仕事している奴が食いっぱぐれるだろうがよぉ」
あ、思ったより理由がちゃんとしてた。
ははぁん? 新人に絡むチンピラと見せかけて、戦闘系を振るか、対人系を振るか迷った神の最終確認みたいなやつだな、これ。
チンピラ冒険者って言ったけど、先輩冒険者に訂正しておくね。
「そこを調整するのはギルドの仕事じゃないか? それに、新人ランクから始まるなら、そう上位の依頼を受けることになるとは思わないが……」
どうですかね、受付のお姉さん。
ちらっと顔を向けると、笑顔で頷かれる。
「もちろんです。冒険者は実力主義とはいえ、安定した運営を心掛けないと治安維持との兼ね合いがありますから」
「流れ者にそう簡単に良い思いはさせられない、ってことか。そういうことらしいぞ、先輩」
見上げると、先輩冒険者は釣り上げていた眦を、へにゃりと下げた。
「なんでえ。エメラと揉めてる風だから、癖の強い新入りが来たかと思ったが、割と普通じゃねえか」
「こちらはエクスマウス様ですよ。他のギルドからの情報では、戦闘にしか興味がないと聞きましたけど、やはり噂には尾ひれがつくものみたいです」
「ほう。名前は聞いたことがあるな。ああ、俺はガルムってもんだ。ここのギルドじゃ古株になる。絡んで悪かったな」
どうやら戦闘バカという決定は免れたらしい。
「色々あって尖った生活をしていた自覚はあるから、構わない。ここには心機一転のつもりで流れて来た。まあ、戦闘が得意ってことに変わりがないんだが……とりあえず、なんでもやってみるさ」
さあ、どんと来い。
迷子の猫探しでも、居酒屋のウェイターでも、廃墟の掃除でも、今のマウスさんはなんでもやるぞ!
「では、市外の調査をお願いできますか。魔物の動きが活発になっていないか、盗賊が居ついてないか、そういった異変がないか現地調査の依頼をお出ししましょう」
「それは……何か、そう言った前兆があったということだろうか?」
「いいえ。そういった依頼は新人さんにはお任せできません」
あ、はい。依頼をこなして実績を積め、ってことですね。
ゲームスタート時点の受付嬢の好感度は低い。お約束として受付嬢は製作サイドも美人を用意するから、ギャルゲーとして冒険者をするプレイヤーもよくいる。
「わかった。ただ、この辺りの魔物が普通どんなものか、なんてわからない……適当に何種類か仕留めて持って来るか」
「はい。特別強い魔物がいたら、戦闘を避けて報告だけでも。盗賊については、人を見かけたらどんな人だったか後で教えてくださいね。冒険者以外が外にいるのは珍しいのでこちらで判断します」
受付嬢の台詞回しだと、魔物が出るのか、対人になるのかも微妙だ。
まだまだチュートリアルというか、シナリオの方向性を決めるための情報収集段階かな。
「わかった、引き受けよう。他に注意点とか……ついでにして欲しいことがなければ、すぐにでもそこに行って来るが?」
「では、場所のご案内を」
カウンターの上に広げられた地図に、受付嬢がほっそりとした指を置く。
「ここが今いる冒険者ギルド」
ピコーン!
プレイヤーマップの情報が更新されたぞ!
こういうマップがデフォルトで存在していることも、このゲームがライトユーザーを想定していることがわかる。
ヘビーユーザー向けになると、マップもゲーム内コストを支払って手に入れなければならない。
スキルかなんかで自動マッピング機能があれば良い方で、探検メインのマニアックなゲームになると全部手書きでやる上、筆記具全部がゲーム内通貨で購入が必要、落としでもしたらそれまでの苦労が完全ロストだ。
あそこまでゲームでやるの、俺は嫌だな……。
視界内でARっぽく表示されたマップと、受付嬢の指先を交互に見て、ふむふむと頷く。
受付嬢の指先が、すっと動いて都市の外を示す。
「調査を依頼したいのは、この街の東にある森です」
ピコーン!
プレイヤーマップの情報が更新されたぞ!
マップ上に最短移動ラインも引いてくれる親切設計。とても便利。
根っからの旅好きはシステムマップを邪道と言うが、俺は戦闘を楽しみたい派だから、こういう細かい部分はゲーム的に処理してくれると嬉しい。
「浅いところだけでも結構ですが、深くまで潜れるのであれば、それに応じて実力を評価しましょう」
達成度によって評価が変わるタイプの依頼かー。
こういう依頼、最上評価を目指してやりこんじゃうから、ちょっと苦手だ。程々にして引き返さないと、デスで最低評価になるやつ。
呪いの呪文「モウチョット、アトスコシダケ」は、今回のプレイでは封印だ。
デスって評価下げたら、シシ丸とかにめっちゃ文句言われる。
頷いて、他に注意はないか受付嬢を見るが、ない模様。
「では、初仕事に行ってくる」
「はい。どうかお気をつけて」
受付嬢に背を向けると、強面だけど実は良い先輩キャラっぽいガルムも、軽く手を上げてアドバイスをくれる。
「あそこは普通、状態異常を使ってくる奴は出ないから一人でも大丈夫だろうよ。でも、冒険者も命あっての商売だってのは忘れるなよ」
「わかってる。……けど、戦闘となると熱中してしまう悪癖があるからな。戦闘になったら、先輩の厳つい顔を思い出すことにしよう」
「厳ついは余計だ、この野郎!」
大きな声を上げつつも、ガルムはちょっと嬉しそうだ。
先輩扱いが嬉しいキャラか? デザインも結構気合いが入っているし、ガルム先輩との友好度はシナリオの評価に関係しそうだ。
先輩扱いは覚えておこう。
冒険者ギルドから街中へ出て、システムマップの機能を呼び出す。
さあて、ファストトラベルで即移動しよう……と思ったけど、頭の中でシシ丸が「タイムアタックじゃないから!」と言い出したので、たまには徒歩でまったり移動するか。
他のメンバーは手間も楽しむ派が多い。
シシ丸とヘキサはシミュレーションゲームを楽しむタイプなので、時間をかけられるところはじっくり仕込む。
ユッキーはストーリー重視派で、NPCにも片っ端から話しかける。
お塩は……うん、お塩だからな。
俺だけ早くイベントをこなしても、そのうち他のメンバーの進行待ちが発生しそうだ。
せっかくの機会だ、たまには、ユッキーみたいにゲームを楽しんでみるとしよう。
冒険者ギルドから出て、東門への大通りを進む。
広場の屋台をちらりと見れば、真っ黒いトカゲの干物。うーん、物語的なファンタジー。
あれは食べ物枠なのか?
真っ黒トカゲさんに視線を送りつつ通り過ぎ……くるっとターンを決める。
気になるならNPCに話しかければいいんだよ、そうだよ。
「この黒トカゲって……薬用か? それとも、食べるのか?」
どっちもいけるよ、と露天のおばあちゃん。
薬用素材でもあるけど、そのまま食べても薬効があって、何より美味しいんだってさ。
「そうなのか……。いつもポーションで済ませるのだが、薬としてはどういう効果が?」
「このトカゲは体に良いんだよ。食べれば病気知らず、大抵の毒にもしばらく抵抗できるよ。夜にしか出なくて見つけづらいだけが難点だねえ」
この黒さで夜しか出ないのは、確かに見つけづらそうだ。レアアイテムっぽい。
「ふむ……試しに一つ欲しいところだが、高そうだな?」
「そうだねえ。こいつはちょっと時間が経ってるから、オマケして千マネルでどうだい?」
初期の所持全額一杯だった。
ひょっとして、システム的にこっちの懐具合を読んだか。
「せっかくだし、食べてみたい」
ポケットに手を突っ込んで全財産を引き出す。
リアルだったら絶対やらかさないような買い物だけど、ゲームゲーム。
初期所持品に回復アイテムはいくらかあるから、これくらい平気でしょ。
テクテク歩きながら、串に刺さった黒トカゲ君をかじる。
味は――しない。
ゲームだからね。ぶっちゃけ、「食べる」コマンドを使用しただけだ。
黒トカゲ君はエフェクトと共に消えた。さらば。
流石に、ゲームで繊細な味覚までは再現されていない。
何となく噛んでいる雰囲気くらいまでなら再現するゲームもある。この辺の技術のスピンオン・スピンオフしている医療分野のフルダイブシステムだと、味覚に喉越しまで再現できる研究が進んでいるとか。
味覚システムをゲーム利用するには、その医療分野フルダイブシステムで色んな食事を、長期間利用して大丈夫かどうかの研究結果が必要になるんだろう。
じゃあ、なんでわざわざ味もしない食べ物アイテムに全財産をはたいたのかと言うと、この手のアイテムは使用することでフレーバーテキストが手に入るのだ。
『星見トカゲの燻製:庶民から貴族まで人気がある星見トカゲを燻蒸したもの。丁寧な処理のおかげで日持ちもするが、これは若干品質が落ちている。食後に各種バフをもたらす効果がある。噛めば噛むほど旨味が出て来る。スープの出汁にも、お酒のおつまみにも良し。』
あ、おばあちゃんの言う通り、異常耐性のバフに、スタミナとHPの回復強化のバフもくっついた。
これから行く先は、状態異常持ちがいないってガルム先輩が言ってたから、状態異常は無駄になりそうだけど、スタミナとHPの回復補正は嬉しい。
効果時間も一つのイベントに使うには十分だし、今後も確保して良いかもしれない。
継続効果アイテムは、戦闘中の手番を増やさずに済むので有用。
他にも気になる屋台があるけど、流石に懐がお寒い状態で覗くのは躊躇する。
冷やかしだけになるのはちょっと……。スーパーで試食すると、買わないと申し訳なくなるタイプの人がいるでしょ? それが俺だよ。
依頼を頑張って、お金をたくさん稼いでからまた覗いてみよう!
そう思えるくらいには屋台のラインナップは面白かった。このゲーム、アイテムの種類が豊富だったんだね。フレーバーアイテムが多そうだけど。
いつになく戦闘突入まで時間をかけているなぁ、と我ながら感心していると、やっと東門に到着した。
「そこのあなた、エクスマウスさんで間違いないかしら?」
流石にそろそろ戦闘に入りたいと、俺の中の暴れん坊が叫んでいるのだがー?
見れば、たれ目おっとり系の神官お姉さんが、しずしずとこちらに歩み寄って来る。
その美貌、清楚なはずの神官服を台無しにする凹凸ボディ、スリットから覗く黒タイツと白い太股の絶妙な比率……一目でわかる。
こいつ、モブじゃないぞ……!
気合が入ったデザインのキャラは、大体がシナリオに絡んで来るやつ。
これがゲーマー式の未来予知である。