熊、増える
「いいか、このシシ丸ことリオ・シシマール伯爵が、王族と連絡を取ってやった」
「あ、伯爵だったんだ」
すかさず合いの手を入れると、シシ丸伯爵は頷く。
「男爵スタートだけど伯爵令嬢を落として乗っ取った」
「流石のイケメン詐欺師じゃん」
「褒めるなよ。王族は落とせなかったんだから」
ユッキーより先に国を盗りそうなことを言うじゃん。
流石は国盗りに一家言を持つプレイヤーだ。
「で、王族なんだが、上の方から山羊ドクロに洗脳されてってな。王都では第四王女をなんとか守っている状況だ」
「上からオープンかよ。近衛とか、警護どうなってんのそれ」
「ユッキーが王族スタート、マウスが近衛スタートだったら防げたかもな」
うーん、王宮が雅な感じから、こう、無秩序な感じのイメージになる。
ありえないってことだな。
「ちなみに第四王女は、俺が落とせなかった王族だ。多分このシナリオ用に落とせない設定だったんだな。それならまあ仕方ない」
自信満々である。ゲームで落とせない女はいないと豪語するだけのことはある。
なおリアルの方では、そんな軟派な真似はしないし、軟派な男が嫌いなシシ丸である。
ゲームとリアルの使い分けがしっかりしているイケメン詐欺師は、もうわかったな、と直感型三名を見渡してくる。
「これから王都突入組には、その第四王女を救い出しに行ってもらう。どうも山羊ドクロに洗脳された他の王族は、もう女神の力を使えないそうだ。邪神の力の汚染がどうのこうのっつー話だ。第四王女が無事なうちに、さらって来い」
テーブルの上のつまみを除けて、シシ丸が紙をテーブルに置く。
王都のマップだ。連動して、マウスのマップの情報もピコーンと更新される。
第四王女様救出任務の情報だ。
王城ではなく、でかい屋敷が立ち並ぶ区画、屋敷の一つにいるらしい。
「公爵家の屋敷に王女は匿われているんだ。未亡人の公爵夫人がいるから、もちろん、王女と一緒に夫人も助け出すように」
「ほーん? それ、王女様とご夫人の体力っていうか、戦闘能力はどんな感じ?」
「お前みたいな蛮族と一緒にするな。どっちも深窓の似合うレディだぞ。公爵夫人も元王女様で、めちゃくちゃ綺麗だから絶対助けて来い」
「うーん、高APPキャラかー。ゲームによっては敵を寄せるマイナス補正なんだよなあ」
「なんだ、やる前からできねえ言い訳を重ねるなんて、らしくねえな?」
「おいおい、できないなんて言ってねえだろ」
相変わらず、カチンと来る台詞を言ってくれるじゃねえの。カチカチ山のカチカチ鳥かよ。
流石は詐欺師、火をつけるのが上手い。
基本的に俺は揮発性可燃物だからすーぐに着火しちゃうんだ。
「やりがいがあるなって話をしてるんじゃねえか。見てろよ、お姫様を二人まとめてさらって来てやるから」
問題は担ぎ方だな。
ファイアーマンズキャリー二段重ねとかしちゃうか?
「やる気を出してくれて嬉しいね。未亡人の公爵夫人も無事に脱出できれば、攻略対象になりそうなんだ。シシマール公爵家の未来のためにがんばってくれ」
「あれ、シシマール伯爵? この国の貴族って、家名ごと乗っ取るものなの?」
「プレイヤーの名前がポンポン変わったら面倒だろうが。まあ、純粋な貴族プレイならこうじゃないんだが、今回はユッキーの国盗りプレイのおまけっていうか、サポートだしな」
まあ、それもそうか。
「とにかく、こっちでルートまで作った。進行の仕方で使えねえってこともあるかもしれんが、最低限、行きはその道を守れよ。そのルートに沿って、俺やヘキサが援護すんだから」
「決まった道を使えと言われたら使うよ。俺はね。うん、俺は」
ユッキーとお塩のことは保証できない。
暗に含めたら、シシ丸にがっちりと肩を掴まれた。
「最低限、行きは、その道を、守れ」
「すごくがんばる」
それ以上の答えは出せないから、あきらめろ。
だってさ……。
「お姫様二人、お姫様二人かぁ。シシ丸が綺麗っていうお姫様二人かぁ。お姫様はあたし一人でいいんだけどなぁ。闇に葬っちゃうのはありかなぁ」
あそこで乱世の徒花している人が、今回のプレイのホストなんだぜ?
不穏しか感じねえべさ。
****
さて、第四王女様(及び公爵夫人)救出作戦なのだが、潜入は毒竜討伐チームと同じである。
ヘキサとシシ丸は、後方から援護だ。
ヘキサは砦を中心に軍を動かして、山羊ドクロに扇動された元王国軍の主戦力を王都から引きはがす。
シシ丸は、まだ山羊ドクロの傀儡になっていない貴族勢力と協力して、王都内に残った敵戦力の妨害を行う。
二重に山羊ドクロの戦力を減らした上で、我等救出チームが一点突破を図る、と。
シシ丸がルートを守れと言ったのは、そこが特に手薄になるように計画しているからだな。
ルートを外れた時は、そっちの計画が上手くいかなかったからじゃないのーと言い訳しようと、今思いついた。
「よし、行くぞ」
突入組のスタート地点は、王都内の商店だった。
リオ・シシマール伯爵の息のかかった物件で、王都外から地下通路を繋げたそうで、秘密の出入り口というわけだ。
脱出地点も、ここが第一候補。
予備の第二、第三候補も準備されている。
シシ丸的に第四候補はないらしいが、王都には普通の入場門があるんだから、それを使えばいいじゃろ。
あんな目立つところ使うわけがねえと、意外と手薄かもしれないぞ。
商店の外に出ると、周囲は暗い。
潜入って言ったら夜だからね。
「ベア、お前の方が索敵範囲は広い。先頭を頼む。道を間違えるなよ」
「間違えないよ、ちゃんと道は覚えたもん」
ちょっとむくれた様子で、ベアちゃんが迷いなく先頭を走りだす。
よしよし、偉いぞ。グッベアー、グッベアー。
索敵範囲の多少の違いなんかより、NPCゆえ指定されたルートの把握は完璧だろう、という思惑の方が大事なんだ。
ユッキーとかお塩とか絶対迷子になる。マウスは道をちゃんと覚えられるけど、美味しそうな餌がある方向にすぐ釣られちゃうからね。
ベアちゃんの後ろを、ユッキー、お塩と続いていく。殿は俺だ。
縦一列の隊列で、ベアちゃんを先頭にするとどうしてもこうなるよね。
夜更けだというのに、大通りの方から物音が聞こえる。
荒っぽい言葉の応酬もあり、捕り物っぽいやり取りだ。
シシ丸の仕込みはこれだろう。大通りで騒ぎを起こして、そっちに警備を誘引している。
たまに、大通りに行かずに、俺達の通る進路を守っている警備もいるが、ベアちゃんが速やかに鎮圧してしまう。
強くなったな。師匠は少し寂しいぞ。
……戦う機会が回って来なくて。
持て余した闘争心はまさに餓狼。涎を垂らす狼をなだめるため、走りながらシャドウボクシングを始める。
俺には全てわかっているとも。
公爵の屋敷に着く前に、ボス戦が一つあるんでしょ。
うわっはっは、第四王女を助けに来るなどと吾輩にはお見通しよ! みたいなゴツイ敵が、門前に立ちはだかっているとみたね。
ふふん。このマウス、ゲームの大部分を戦闘に捧げた修羅道ランナーですので、この手の勘は冴えに冴え渡って、渡り過ぎること三途の川を十往復ってなもんなんだぜ。
というわけで、公爵家のお屋敷の門前には敵はいませんでしたー。
公爵家に、敵は、いません、でしたー!
シシ丸とヘキサの陽動が完璧だったってことか、これ。
おのれ、忌々しくも素晴らしいルート選定をしてくれる。
「あれ、マウス? どうかした? がっかりしてる?」
「ちょっとね、バトル禁断症状が……」
「あー、そういえば、まともな戦いがなかったもんね。よしよし、後で一杯戦おうね」
それってつまり、帰りはわざとルートを外れていいってこと!?
アクシデントの予感に期待しちゃうなー。
禁断症状は持ち直して、急激に元気になる。
うむ、そういうことならば苦しゅうない!
おうおう、公爵家の門番さんよぅ、そこを大人しく開けて女を二人、さっさとだしな!
なあに、大人しくしてりゃあ手荒な真似はしねえからよぅ!
イキリ散らす俺はユッキーの後ろ、門番さんが一瞥もしない立ち位置である。
一方、一番前で丁寧に頭を下げているのはお塩である。
「夜分遅くに失礼します! えーと、リオ・シシマール伯爵先輩から、お仕事を頼まれて来ました! こちらを渡せばわかるって言っていました、ご確認をお願いします!」
誰がどう見ても無害な天然聖人お塩は、シシ丸伯爵先輩から直々に託された紹介状を門番に差し出す。
NPCの警戒心を突破するため、シシ丸は最強の手札を切った形になる。
シシ丸の采配は確かで、門番さんは慎重にしつつも、礼儀正しく紹介状を手に取って確認する。
「確かに取り決め通りの印がある。すぐ奥様に知らせに走るゆえ、門の中へ入って待たれよ」
「ありがとうございます、お邪魔いたします!」
伯爵先輩から頼まれた任務を完了して、お塩はすごく嬉しそうだ。
聖人度が五割は増している。俺とユッキーはお塩の頭を撫で撫でして褒めておいた。
さて、後は第四王女様と公爵夫人を連れての脱出か。
多分、帰り道はこれほど楽じゃないんだよな。あちこちの騒ぎに対応がされて、これ陽動なんじゃね?と敵も探り出すって感じか。
一波二波とウェーブ方式で敵が襲いかかって来るか。
特定の地点に辿り着くと敵が襲いかかって来る固定エンカウント方式か。
後ろから追いかけられる鬼ごっこ方式ってのもありえる。
それぞれにどうやって対応したものか、今のうちから作戦を考えておかなければいけないな。
ヘキサ大佐の薫陶を受けたカピバラ=マウス少尉として、成長した姿を見せるのだ。
ウェーブ方式の場合、出て来た敵を殴り倒せばよい。
固定エンカウント方式の場合、遭遇した敵を殴り倒せばよい。
鬼ごっこ方式の場合、追いかけて来た敵を殴り倒せばよい。
なんてこった。
つまりなにがどう来ても殴り倒せばいいだけではないか!
完璧な作戦だな。いつも通りのマウスとも言う。カピバラ少尉はどこに行ってしまったんだべ?
あいつはな、遠い場所に旅立っていったのじゃ……。
カピバラ=マウス少尉が作戦案を置いて逐電している間に、公爵家の屋敷の中に通され、豪奢な応接室に通され、綺麗な公爵夫人と綺麗な第四王女様が現れた。
二人を見て、俺は色々とわかった。
公爵夫人は、確かにシシ丸が助けろ、と念押しをする美人さんだった。
上品でお淑やかそう、それでいて弱々しいとは思えない芯の強そうな眼差しをしている。
納得、シシ丸こういうタイプが好きだからね。
もう一人の第四王女様は……なんつーか、この人、絶対にうちのパーティの関係者でしょ、ってわかった。
俺の視線が、絶対に関係者であろう仲間に向かう。
ユッキーも、お塩も、「わー?」って顔で見つめている。
ベアちゃんことベアトリクスの熊面を、見つめている。
第四王女様も、見つめている。
ベアトリクスの熊面を、そっくりの熊面で見つめている。
「ど、どうして」
熊面の下から、王女様のか細く震える声――シュール過ぎんか。
「どうして、その面を、あなたが……」
「えっと……これは、いつか親が見つけるためにって、捨てられたあたしが持っていたものだけど」
戸惑いも露わに、ベアちゃんは自分の熊面に触れながら答える。
「まさか、そんな……! では、では……あなたの名前は、その面に縫いこまれていた名前は、ベアトリクス?」
名前を言い当てられ、ベアちゃんは頷く。
なにが起きているのだろうかと不安そうな様子に、お塩が後ろに立って、その背中にそっと手を添えた。
途端にベアちゃんの肩から力が抜けた辺り、クリティカル判定が出たな。
第四王女様も、ベアちゃんの緊張に気づいて、慌てて自分の熊面をはぎ取る。
あ、取っていいんだ、それ。
「ベアトリクス、この顔、わからない? どこか、似ているところはない?」
面の下から現れたのは、どうして熊で隠したん?と突っ込みたくなるほどの美貌。
ベアちゃんはベアちゃんで、その顔に見入って、自分の熊面をそっと取り払う。
なんということでしょう。
二人の顔立ちは驚くほどにそっくりで、まるで姉妹のようだったー!(おおよそ予想通り。)
驚きが引かないベアちゃんと違って、第四王女様は納得に目を潤ませていた。
「やはり、やはりそうなのね、ベアトリクス。その面はね、王家が身を隠す時、目印として伝わるものなのよ」
美貌の王女様は、そっくりの美貌を持つお肉大好きベアちゃんに手を伸ばし、抱きしめた。
「初めまして。わたしの、可愛い妹、ベアトリクス。あなたに会えて、うれしいわ」
かーっ、いい話だわー!
生き別れた姉妹が思わぬところで思わぬ再会とか鉄板だわー!
俺は感動に鼻を擦りながら、そそっと公爵夫人に近づく。
この人も元王女らしいから、突然の親戚(姪っ子とかになるのかな?)との再会に驚いてらっしゃるようなんだけど、王女様より冷静なのよね。
大人の余裕ってやつかしらん。素敵、マウス的に相談しやすい。
「ご夫人、あまり悠長にしている時間はないと思うので、この後の動きの確認をしても?」
「そんな無情な……と言いたいけれど、事実でもありますね。あなた、お名前は?」
「冒険者、エクスマウス。畏まって呼ばれるような人間でもないので、マウスでいい。シシマール伯爵からの指示を受けて、王女様とあなたを助けに来た」
「そうですか。伯爵には苦労をかけます」
公爵夫人が目を細めて申し訳なさそうに呟くが、全然気にすることはないと思う。
あいつにとってはゲームで遊んでいるだけなので、その苦労は楽しむべきものだ。
「あいつにしてみたら大した手間でもないと思うがな。引け目を感じるなら、デート……貴族だとお茶か? 一回くらい相手してやれば、あいつは元が取れたと思いそうだが」
「この度の骨折りに礼を述べる機会は設けたいと思っていましたから、それは構いませんが……」
「なら問題ないな。それで、この後の脱出だが、伯爵の用意した脱出地点まで二人を連れて行くことになっている。ご夫人の方でなにか都合はあるだろうか?」
「いえ。わたしの力ではここから身動きできなくなっていたところです。伯爵にこの命を預けましょう」
シシ丸が喜びそうな台詞だ。
そんなこと言うとベッド付きの密室までさらわれちゃうぞ、あいつ詐欺師だから。
「しかし……」
ご夫人のほっそりした美女顔が、憂いを帯びる。
「この屋敷にいる使用人達については、どうにもならないのでしょうか。危険な王都で、ここまでついて来てくれた者達なのです。多くの王族が邪神の手に落ちた今、元とはいえ王族のしきたりに通じたこの身が生き延びる重要性はわかります。同時に、公爵家の女主人として、我が身の安全が確保できたからと、使用人を簡単に切り捨てるという真似はできません」
少なくとも、なにかできないか模索する必要があると、公爵夫人は問いかける。
「ふむ、伯爵の計画にはなかった話だ。少し待て」
これはあれか。難易度調整か。
ここで使用人達を助けることを選べば、難易度が上がって評価に影響があるってことだな。
是非とも挑戦したいが、どういう風に対処すればいいんだ、これ。
敵を殴って終わりだったらいいんだけど、大人数の脱出作戦とかこのマウスの専門外だ!
困った時の頭脳派だ。
『もしもし、詐欺師? 今お話しできる? ちょっと相談することができたんだけど』
『なんだ。このタイミングで連絡とかなんのヘマしやがった? 戦闘か。戦闘だな? 隠密だっつーのにはしゃいで戦闘して芋づる式に敵に見つかって大騒動だ。そうだな?』
『的確に俺がやりそうな予想だな。でもまだヘマしてませんー。する前に連絡したんですー』
チームプレイできて偉いじゃん、とシシ丸が褒めてくれた。
『シシ丸がお熱の公爵夫人がね、使用人の脱出についてもなんとかならんかって相談して来たんだ。断るのもなんだし、やってみたいんだけどどうしたもんかと』
『ああ、状況が楽に進んでるのを見てアドリブを入れて来たのか』
多分そうなんだと思う。
ヘキサとシシ丸の援護が完璧だから道中は暇だったし。
『そうか。んー、どうするかな。流石にこっちの采配しながら、アドリブの作戦立案は頭が足りねえ。あー? いや待て、それこっちで作戦を考える必要ないな。公爵夫人に、こっちの脱出計画を全部話して、作戦は向こうに丸投げしろ。いい塩梅で調整してくれるだろ』
『お、アドリブを入れて来たエタソン神にアドリブの責任を取らせるのか』
『そういうこと。とりあえず、それ試してみてくれ』
『オーケー。シシ丸直伝アドリブ返し!』
というわけで、公爵夫人に地図を見せて、脱出地点の予備まで話して、どうするべかと尋ね返して三秒。
「そういうことでしたら、使用人達は予備の脱出地点に向かわせましょう。門番など警備兵もいますから、多少の妨害なら彼等も対応できるはずです。敵の追手も三方向に分散されることになりますので、それぞれ無事に辿り着ける可能性も高まります」
うーん、エタソン神、優秀。どうやらサーバーの熱暴走は熊関係にだけ発生するようだ。
実にクールでそれっぽい作戦になったじゃないか。
「では、それでいこう」
「あ、マウスさん、少々お待ちを。一つ懸念すべき点があるのです」
作戦立案という最大の懸念は解決したのに、まだなにか問題があるのか。
「王都にいる邪神の眷属に、この屋敷は見張られています。使用人達全員がいなくなるとなれば、すぐに察知され、普段は温存されている強者も仕向けられるはずです」
「ほう、強者だと?」
「ええ、邪神の眷属の中でも、戦闘において明らかに別格扱いをされている人物が王都にいるのです」
それは懸念点ではない。
ボーナス特典だ。
「その強い奴が出て来ると危険だというわけだな。どうにかして目の前に出てくれば、俺が相手をするが。それはもう喜んで相手をするが!」
うーん、どうにかして目の前に引きずり出せないか。
うきうきわくわくのマウスに、公爵夫人が心配そうに溜めを作って、口を開いた。
その人物を誘き出す方法はあります、と。
「彼女は無類の戦闘好きと聞きます。王都内で騒動が起き、強い者が暴れていると彼女の耳まで届けば、周りの制止など関係なしに、その騒動の渦中に現れるでしょう」
なんだそれ。
簡単な話じゃないか。
「俺が目立つところで大立ち回りをすればいいんだな。そいつが会いたくなるくらい強いのがここにいるぞ、と悲鳴と怒声が響き渡るくらいに暴れれば、それだけでいい」
喧嘩は江戸の華って言うしね。
ここはゲーム世界の王都で、つまり江戸と同じ首都、ゲームの江戸ってわけだ。
華の喧嘩はやって当然、無形非合法文化財だ。
「ですが、マウスさんが危険です。夜会で誰より派手なドレスを着るようなもの、少しの乱れで批判にさらされるのに、ワインや食べ物の投擲、すれ違いに指輪等で引き裂きなど、集中攻撃を受けます。社交界では、それで失態を演じても人前に出られなくなるだけですが、この場合は――」
「心配無用」
どうせこの世はゲーム!
仮初の死のなにを恐れようものか!
ゲームの世界で恐れることはただ一つ。
楽しめないこと、挑戦しなくなること!
「咲くも花なら散るも花だ。散ることを恐れて咲かない花より、咲き誇った後に散る花の方が、俺は好きだからな」
花は花でも、喧嘩の華だが――付け加えると、公爵夫人は大輪の華を見たように目を細めた。
「その生き様、実にお見事。ならば、エクスマウス殿。あなたという花を、一等目立つところに飾って知らしめたく存じます」
「それこそ望むところ。どんな毒花だってかすむ真っ赤な咲き方を見せてやろう」
いいじゃん、いいじゃん。
思いっきり暴れられそうじゃん。
隠密作戦もひりついた緊張感が嫌いじゃないけど、殲滅作戦の結果隠密とか、そっちの方が好きだぜ、俺は。
「それにしても、勇ましい言葉がその口から出て来るものだ。伯爵からは、深窓が似合う女性と聞いて来たから、少し意外だ。品の良さは流石と思わされるが」
「軍務は殿方に任せて来ましたが、社交パーティのちょっとした応用ですね」
「戦いに応用できるとは社交も侮りがたい。踊っているだけではないんだな、少し興味が出て来た」
今までは舞踏会より武闘会だぜ、って気持ちだったけど、戦いに応用できるとは侮れないな舞踏会。
「この事態が無事に終われば、あなたもパーティにご招待しましょう。王女様を助け出した英雄なのですから、一度は顔を見せてくださいね」
「早めに社交界用の新兵訓練を受けておかないといけないな」
マナー、マナーを覚えないと。
カーテシーって男もするの?
新兵未満には社交界の難易度が高い。




