正しい竜の殴り方
二度、マウスキャッチは行われた。
流石に、受け止める時に最初みたいな悲鳴はあがらないね。「むんんっ!」みたいな気合いの入った声はあがるけど。
キャッチした後のリリース時に、取り組みに勝った方のお相撲さんみたいな身振りをユッキーがしているのは、気分がスモウ・ファイターだからなのか?
ごっつぁんです、って。
毒竜バジリスクに与えるダメージは増えたが、こちらのチームの限界も近い。
とうとう、ベアちゃんも石化フォーム開幕で石化させられるようになった。
その影響として、ユッキーの呪いの蓄積量も増えて、終わりがもうすぐそこまで見えて来た。
じりじりとした耐久戦。焦って下手を打てばそこから崩れる。
かといって臆病風に吹かれてアクセルを緩めれば敵の地力に押し切られる。
このマウスの不慣れな指揮ぶりはどうだった。
上手くやったのか。下手をやらかしたのか。
もうすぐ答えが出る。勝敗という形の答えが。
逆鱗に叩きつけた拳の感触が違った。
スタミナ残量から絞り出せる最大効率の打撃方法を計算しながら、ユッキーの石化具合を確認していた脳が、目の前の勝利の糸口に焦点を合わせる。
逆鱗に亀裂が入った!
ここまで見た目の印象が変わらなかったところにこの演出、もう一息で砕けると思っていいな!
これが第一段階で、亀裂がどんどん広がっていく、とかやめろよ!
これだけ殴って、残り数段階ありますとか難易度調整がおかしいからな!
俺は信じているぞ、エタソンAIサーバーが熱暴走していないって!
「スタミナ切れまで殴る! 後は頼んだ!」
マウス一本釣りの技量を急速に上げつつあるユッキーに「助けて」とお願いして、スタミナゲージをぶっ飛ばす勢いでスキルをフル稼働させる。
連撃系スキルを可能なだけ使い切って、単発系スキルに移行。個人的に、後が続かない単発系は使いづらい印象だったんだけど、このゲームプレイではフルスイング君は大活躍だね!
渾身の右拳を叩きつけた先、逆鱗が砕けた。
それと同時に、毒竜がこれまでとは違う、明らかに悲痛さがこめられた絶叫する。
とぐろが崩れる。
スタミナ切れ状態の俺はこのまま落下するしかない。受け身も取れないから結構なダメージを食らうことになる。
「秘技、マウス一本釣り!」
味方に誤射するくせに、マウスを釣るとなれば大蛇の段腹の上で揺れている目標でも的確に当てるとかすごくない?
非戦闘アクション用だから狙いが簡単になってるのかな。
胴体を鞭に絡め取られた上、カツオよろしく引っこ抜かれながら、ユッキーの鞭の仕様について思い悩む。
ユッキー本人の腕前については考えるだけ無駄だ。
ミラクルの二つ名を持つプレイヤーぞ?
「フィーッシュ! いやー、これは立派なマウスだ! 記念に魚拓を取ろう!」
今度は魚か?
一応ネズミなんだけど、とりあえず魚のフリくらいはしておくか。
「びちびち」
「うわ、このネズミウオ、体は動かないけど活きのよさそうな効果音だけあげよるぞ!」
スタミナ切れだから釣り上げられたカツオの真似はちょっとできないです。許して。
突っついてもダメだから、突っついてもスタミナ回復まで動けないから!
ユッキーに遊ばれている間に、毒竜の巨体が地面に倒れ伏した。
特殊ダウンかな。ただ、シーサーペントの時にあったような、弱点を丸出しで転がったわけではない。
むしろ、腹側の逆鱗を隠すような倒れ方だ。
「ユキ、俺はスタミナ強制回復中で動けない。今のうちにソルとベアの石化解除を頼む」
「オッケー! でも、あたしの石化解除アイテムがそろそろ底を尽きそう」
それは俺も同じだ。
お塩とベアちゃんも似たようなものだろう。
「このターン回復できるなら十分だろ。どっちみち、あと一回か二回しか石化に耐えられない感じだ」
「あ、やっぱり? マウスがやたらイケイケモードだから、そうなのかもなーって思ってた。そいじゃ、ソルちゃんのところに行ってきまーす!」
思ったより状況を理解してくれていたようでなにより。
こっちはスタミナ強制回復の時間を使って、毒竜の観察と今後の予測を立てる。
シーサーペントと同じなら、逆鱗を砕かれた毒竜は、逆鱗部位に限り一発即死状態だ。
ダウンしている体勢からしても、それは同じではないかと思われる。
これで逆鱗の下にも相応の頑丈さがあるなら、シーサーペントと同じモーションを流用して倒れ込んでいたっていいわけだ。
とすると、毒竜は一発即死状態になっている可能性は高い。
そして、今のダウン状態でトドメを刺せないようになっているとすると、最後の足掻きが残っている。
逆鱗部位を攻撃すればこちらの勝ち、そこを攻撃させなければ毒竜の勝ち。
そんな戦いが始まるかもしれない。
ダウン状態の長さからすると――スタミナの強制回復が完全に終わったし、お塩とベアちゃんも石化から復帰した――こっちが万全の状態まで回復する時間が仕込まれているということだ。
今一度、気合を入れ直す必要がありそうだ。
一度、左手の拳を力一杯に握りしめてから、ふっと力を抜く。
俺なりの気持ちのリセットをする動作だ。
「全員に通達! 逆鱗はさっき砕けたはずだ。狙えたらそこを狙え!」
伝えると同時に、毒竜の頭が持ちあがる。
やはり、こちらの体勢を整う休憩時間をくれたらしい。
さて、ここからどうくる。
石化フォームはもう使えまい。
あの形態は、逆鱗部位が無防備だ。とすると、通常攻撃フォーム、あるいは――嫌な予感がする。
巨体ゆえにそれやったらゲームとしても厳しすぎるが、特殊攻撃としてならありえるかも。そう最初に想定したアレ。
毒竜は、蛇頭を低く保ったままゆらゆらと揺らして、俺達四人を睨みつける。
やがて、視線は定まった。
ベアちゃんだ。
多分、エタソン神が介入しやすいから、初見の攻撃相手に選ばれやすいんだろうな。
がんばれ、ボク等のチュートリアル要員!
まあどうせエタソン神の贔屓が入っているんだから大丈夫じゃろ。
と思っていたが、実際に攻撃される様子を見たら流石に気の毒になった。
ちょっと想像してみて欲しい。
電車みたいな大きさのデカブツが、地を這って自分の方に突撃してくるのだ。
気分はスタンド・バイ・ミーだ。ベアちゃんは見たことないと思うけど。
「うわああああ!? ちょっ、こんなん一体どうしろって!?」
ベアちゃんは標的にされた瞬間に、防御だの反撃だのは投げ捨てて、一目散に逃げだした。
多分それが正解。ちゃんとお塩やユッキーとは別方向に逃げる辺り、褒めてあげたい。
安心して、この毒竜の新パターンを分析できる。
列車のように地面を這って移動するので、腹の下にある逆鱗部位が全く露出しない。
攻撃方法は、あれでひき潰すんだろう。通常攻撃パターンにある、丸呑み攻撃の亜種だな。
軌道は比較的真っ直ぐ。しかし、行き過ぎた後に回りこんで戻ってくるので、逃げる方向を間違うと長い蛇体に囲まれて逃げ道がなくなる。
お塩とユッキーが狙われるときつそうだな。
スタミナゲージの面でも、逃げる方向の判断の面でも。
さて、向こうの攻撃についてはそんな感じとして、こっちからの攻撃手段はどうだろう。
こちらの考えは、逆鱗にどうやって攻撃を入れるか、という一点に集約されるわけだが、あの電車攻撃中は弱点が見えない。
一定時間、逃げ続けると逆鱗部位を攻撃できるように、鎌首を持ちあげるのかな?
ちょっと様子を見て――いたら、一向に鎌首を持ちあげない。
ベアちゃんの次は、俺を追いかけて来た。
ずっと地面に伏せた、低い体勢のままだ。
待て待て待て。ひょっとして、この後は常時この体勢か?
これをどうにか崩して、腹側を攻撃するチャンスを作れと?
ぐわー、ありそうだと思ってしまった!
毒竜戦の最後の課題はこれか!
あの巨体を転がす?
イメージは疾走する電車だぞ。
横綱だってできるかそんなこと! できそうなゲームキャラとか漫画キャラはいるけどね!
ん? ってことはできるんじゃね?
今のマウスはまさにゲームキャラ、つまりできないと決まっていない!
別ゲーなら、あれくらいのサイズ相手にやったことあるしね。
よし、やってみよう。
なに、無防備に直撃でもしなければ一撃死はしないだろう。
死ななきゃ安いの精神で、試してみるべ。
覚悟を決めたところで、毒竜のターゲットが俺からユッキーに移った。
「うわあああ、こっちに来たー!? ひゃー、こ、これは流石に迫力~!」
「丁度いい。こっちだ、ユキ! 俺の方に走って来い!」
「え、そっち? 行っていいの? なら行くー!」
わーい、と両手を挙げてユッキーが突進してくる。
赤いマントを見た牛かよ。
「ソル、俺にバフをくれ! ええと、とりあえずSTR強化から!」
「はーい! なんだかよくわかりませんけど、がんばってくださーい!」
あの巨体を転がすには力とパワーと筋力が必要だろう。
お塩の声援つきで効果倍増だ。
「ベアは攻撃準備をしておいてくれ。あいつを止められるか試してみるから、逆鱗部位が見えたら素早く一撃を入れるんだぞ」
「ええ? 師匠、あれを止めるって、どうやって?」
「思いっきり殴る」
ベアちゃんが、なに言ってんだこいつ、って顔をしたけど、それ以外にマウスができることなどあんまりない。
なあに、ああいうデカブツの突進攻撃を弾き返すのは俺の趣味だ。
シーサーペントにもやった……ああ、毒竜を転がせる自信がまた一つ湧いて来た。
そうか、そうか。シーサーペントも転がしてやったもんな。エタソン神はそれを受けて、この最後の課題を用意したってわけだ。
クールタイムが空けていた単発系のスキルをフルコースで用意する。
フルスイング君はまたもや大活躍だ。今度は吹っ飛ばし効果も重要なので、ギガントスマッシュにも協力してもらおう。
あとは角度だ。
流石に、ゲーム的に物理法則を甘く設定されたとしても、暴走列車を真正面から殴ったところでひき潰されて終わりだ。
このシナリオでのエクスマウスの設定からすると、カウンター・パリィの判定を出せば、成功の目はある。
なんたってユニークスキルがあるし、ユニーク装備もそのための方向性に揃っている。
「ユキ、そのまま真っ直ぐ、こっちに来い!」
距離とタイミングを見計らう。
これはスプリントステップも必要だな。
ユッキーとすれ違う瞬間に、横にスライドして角度を調整しないといかん。
感覚的には、右斜め四十五度からど突き上げるのがよさそうだ。真横からだと、質量差で弾かれそうなんだよね。
こっちにも反動がくることを覚悟して、あの巨体の勢いをある程度は受け止めて突っ返さないと効果が薄そうだ。
「マウス、信じてるぞ!」
ユッキーが、すれ違いざまにウィンクをくれる。
特大のバフをもらってしまった。
ここは幼馴染として、一番の武者働きをせねば!
計画通りに体が動く。
スプリントステップで高速移動、右斜めから、こちらも前に踏みこんで全体重を乗せた渾身のアッパーカット。
間違いのない命中。
狙い通りの打ち込み。
しかしてその手応えは、予想以上。
噛みしめた歯の間から、言葉にならない音が漏れる。
重い。望んだ通りに当てたのに、反動が全身に圧し掛かってくる。
HPゲージが真っ黒に塗り潰される。
反動で死ぬか。
いや、それほどの反動を食らったとしても、このカウンターだけは決めてやる。
こちとらイージスの名を持つユニークスキルをもらってるんだ。相手がでかいからってカウンターをしくじってたまるか。
パリィ・カウンターのいいところは、大成功判定が出れば大抵ノーダメが適用されるってことよ。
しっかりと足を踏みしめ、体勢を崩さずに腰を回す。
押し戻されたかけた拳が、鈍重な手応えを突き破って振り抜かれた。
うわあ、HPゲージもほぼ消し飛んだけど、スタミナゲージも一気に飛んだ。
これは実質、イベント戦闘だな。
スタミナ強制回復モードに入って、膝から崩れ落ちる。
おのれ、このマウスの膝に土をつけるとは、毒竜、天晴な敵!
「師匠!」
心配と感動が複雑に入り混じった声をあげて、ベアちゃんが飛びこんで来る。
好感度の上がったこの師匠マウスを心配しつつ、目の前で見せた神業への感動を壊さぬよう、目は真っ直ぐに剥き出しになった逆鱗を向いている。
そうじゃ、それでいい。
老いぼれた師の安否など、勝利という結果を前にして振り向くものではないのじゃ……。
エンディングでムービーとして編集された時のことを考えて、ふっと口元を緩めて笑っておく。
あ、このエクスマウスのアバター、口元も出てねえわ。
痛恨のミスを自覚したところで、ベアちゃんの拳が砕けた逆鱗の痕、脈打つ毒竜の心臓に突き立てられた。
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シナリオ『王蛇の猟場』をクリアしました。
以下のイベントフラグを達成しています。
『毒竜討伐任務』>『王蛇の睥睨』>『王蛇失冠』
『毒竜討伐隊(最小)』>『伝説級の挑戦者』>『王蛇討伐者』
『王都進出準備』>『王都進出軍』>『王都進出精鋭軍』
『名声上昇:孤高の冒険者エクスマウス』
『友好度上昇:ベアトリクス、ヘキサ騎士団、シャロン』
『特殊行動:〝王命解除〟毒竜の王バジリスクを討伐し、封鎖されていた交通路を解放した』
『特殊行動:〝伝説の竜殺し〟真正の竜種を討伐し、伝説に最新の一行を記した』
『特殊行動:〝勝利の鍵〟困難な戦いにおいて、勝利への扉をこじ開けるキーマンを演じた』
『特殊行動:〝燦然たるイージスの輝き〟毒竜の王バジリスクと対峙して、仲間に一人の犠牲も出さなかった』
『偉業達成〝王冠を踏みつける〟毒竜の王バジリスクを討伐し、伝説に匹敵する強さを証明した』




